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しおりを挟む薔薇園には噂のダントンの姿があった。
散った花を片付けている様だ。
わたしたちを見て、驚いた顔をしたが、特には何も言わなかった。
「ダントン、ご苦労様です、薔薇園を見せて頂きます」
「俺はただの庭師です、好きに見たらいい…」
ダントンはぶっきら棒で素っ気ない。
「それでは、ディアナ、お願いします」
「ええ、行きましょう…」
ディアナに案内され、薔薇園を周った。
薔薇園は見事に咲き誇る薔薇で溢れていた。
薔薇のアーチまである。
そして、小さく開けた場所には、白いテーブルと椅子が二客置かれていた。
「素敵だわ!テーブルも置かれているのですね、お茶をなさっていたんですか?」
「そ、それは、手入れをすると、お腹が空くから、たまによ…」
ディアナは焦っている様に見えた。
テーブルは綺麗にされていて、いつでも使える様になっていた。
「それでは、今日はここでお茶にしましょう。
用意して来ますので、ディアナは待っていて下さい、
沢山歩かせてしまったので、お疲れでしょう」
「そ、そうね、休ませて貰うわ」
ディアナを残し、わたしは館に戻った。
「薔薇園でディアナとお茶をしようと思います、用意して頂けますか?
ダントンもいらしたので、ダントンにもお願いします」
わたしがメイド長に伝えると、メイド長は少し驚いていたが、
「はい、直ぐに用意させます」と、調理場へ向かった。
ワゴンにお茶のセットを乗せ、リリーと一緒に押して行く。
「ディアナは良く薔薇園でお茶をしていたの?」
「分かりませんが、自分でバスケットを持って行っていましたよ」
「ディアナは体力のある方ね?案内をして貰ったのだけど、息切れもされていなかったわ…」
「元気過ぎますよ、パーティもお好きでしたから」
「踊るのがお好きだと聞いたわ、リリー、ダンスはどう?」
「好きですよ、町のカーニバルでは踊ります」
「町のカーニバルには言った事が無いわ…」
「そうなんですか!?勿体ない!面白いですよ!」
リリーからカーニバルの話を聞いている内に、薔薇園に辿り着いた。
すると、思い出したのか、リリーはお喋りを止めた。
テーブルにはディアナが着いていた。
わたしはワゴンからお菓子やサンドイッチの皿を下ろし、テーブルに並べた。
リリーはカップにミルクを注ぎ、ポットからコーヒーを注いだ。
今日はわたしもカフェオレにした。
「リリー、あなたも一緒にお茶にしてね、何処かに椅子は無いかしら…」
「あるわよ、持って来てあげるわ。
ダントンの分はそれ?ついでだから、運んであげるわ___」
今まで黙って座っていたディアナが立ち上がり、
カフェオレのカップとサンドイッチの乗った皿を手に、さっさと行ってしまった。
「信じられません、あの方が使用人に親切になさるなんて…」
リリーが怪訝な顔をし、零した。
ディアナはダントンにカップと皿を押し付け、何か指示をしていた。
ダントンは近くに置かれていた木箱に腰かけると、それを食べ始めた。
ディアナは奥から木の椅子を運んで来た。
「作業用の椅子だけど、汚れてはいないわよ」
「ありがとうございます…」
リリーは恐る恐る、それを受け取り、お礼を述べた。
リリーはワゴンの側に椅子を置き、座った。
「ディアナ、ありがとうございます」
「いいわよ、ここは私の方が詳しいもの」
「良く来られていたのですね」
「そうね、他にやる事も無いし、退屈だから」
言葉ではそう言っているが、好きでやっている事だろう。
きっと、わたしがピアノを弾くのと一緒だ。
「ディアナはいつから庭に興味を持たれたのですか?」
「覚えていないわ、昔から花は好きだったの、でも、そうね…
ここへ来てからかしら、だって、ここは…」
「退屈だから?」
わたしが先に言うと、ディアナは吹き出した。
「ええ、その通りよ!」
二人で気持ち良く笑った後、ディアナはカフェオレを飲んだ。
「でも、本当は、家ではやらせて貰えなかったのよ…
出戻りで庭仕事なんてしていたら、外聞が悪いって。
これ以上恥を掻かすな、結婚したかったら、普通にしろと言われたわ」
「まぁ…厳しい家だったのですね」
ディアナは肩を竦めた。
「結局、レオナールにも離縁されて、家にも戻れなくて…
今はレオナールの援助と祖母の遺産で暮らしているの。
家はこの近くよ、男爵家の近くには住みたくなかったし…
かといって、他に知り合いも居ないし…」
「恋人は?」
「いないわ、恋人がいると、レオナールから援助を受けられないの」
ディアナは寂しそうに見えた。
わたしは話題を変えようと、サンドイッチの皿を彼女に向けた。
「ディアナ、サンドイッチはいかがですか?」
「頂くわ、私が好きなローストビーフだわ、味は落ちていないかしら?」
「確かめてみて下さい」
「うん、美味しいわ!この館の料理長の腕は、大したものよ」
「はい、同感です、ここへ来てから太りました」
楽しくお茶をした後、リリーは「一人で大丈夫です」と、ワゴンを押して戻って行った。
わたしはディアナに教えて貰い、花を刈った。
そして館に持ち帰ると、活け方を習った。
「ディアナ、今日はありがとうございました、またいらして下さい。
もっと軽装で構いませんし…」
「軽装なんて!使用人に甘く見られるわ!あなたこそ、もっと派手に着飾るべきよ!」
ディアナは使用人たちに甘く見られたくなくて、着飾っている様だ。
確かに、豪華なドレスは、使用人たちを近寄らせない雰囲気がある。
「この館の使用人たちは皆良い方ばかりですよ、主人を敬っています。
誰もあなたを軽んじたりはしませんわ。
そんな風に鎧を付け、威嚇されては、恐れられるだけです。
恐れは良い感情を呼ばないでしょう…」
「私のドレスが鎧ですって!?」
「はい、とても威厳があります、それにとても重そうです。
近付き難く、誰も敵わないでしょう。
ですが、ここは敵陣の中ではありません、もっと気楽になさって下さい」
ディアナは押し黙った。
余計な事を言ってしまったかもしれない。
だが、ディアナは怒ったりはせず、「少し、考えてみるわ…」と小さく零した。
「はい、検討下さい、庭の手入れをして汚れてもいけませんので…」
「庭の手入れをするとは言っていないわよ!」
「薔薇園が気になるかと思ったのですが、差し出がましい事を申しました…」
「でも、そうね、薔薇園の手入れは、私でなければ行き届かないわね、
あなたがそんなに言うのなら、世話してあげてもよろしくてよ!」
「はい、それでは、宜しくお願いします、ディアナ」
わたしはディアナの馬車を見送った。
レオナールの援助と祖母の遺産で暮らしていると言っていたが、
確かに、彼女の馬車は、貴族が乗る物にしては、質素で小さな物だった。
それから、ディアナは一日置きに、館に来る様になった。
彼女は豪華なドレスを止め、汚れても良さそうな、シンプルなエプロンドレスに変えた。
髪型も装いに合わせてか、普通にシニヨンにしている。
そのまま庭へ行って貰っても良いのだが、彼女はまずわたしを呼び、
わたしに勧められてから、「あなたが言うなら、薔薇園を見て来てあげるわ」と行くのだ。
彼女の内の決まり事なのかもしれない。
リリーのディアナに対する態度も変わった。
ディアナを悪く言う事が無くなった。
執事やメイド長も、わたしがディアナと親しくする事に対し、口を挟む事はしなかった。
そうしている間に、レオナールが館に帰って来た。
◇◇
「奥様!旦那様が御帰りです!」
リリーが駆け込んで来て、わたしは刺繍を置き、椅子を立った。
足早に部屋を出て、廊下を進み、螺旋階段を降りる…
ああ、もどかしいわ!玄関に飛んで行けたら良いのに!!
逸る気持ち抑えつつ、階段を降り切った時、玄関の扉が開いた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
執事のセバスが迎える。
長身にダークブロンドの髪、いつも通りの洗練された上品な装い…
レオナールの姿を目にした途端、わたしの胸に喜びが溢れた。
ああ!彼が帰って来たんだわ!
わたしは駆けつけた。
「ただいまセバス、留守中の事は後で聞かせて貰うよ、急は無いだろうね?」
「はい、ございません」
レオナールの緑灰色の目がわたしを捕らえた瞬間、わたしの胸は大きく跳ねた。
「おかえりなさいませ、レオナール!」
思わず笑顔で迎えていた。
恋心を知られたらいけない___
そんな考えなど、彼を見た瞬間に、消し飛んでいた。
だが、幸いにして、レオナールは気付かなかった様だ。
わたしに向け、優しく微笑んだ。
「ただいま、元気そうだね、セリア」
あなたが戻られたからです!
だが、流石にそれは言えず、わたしは笑みで誤魔化した。
「あなたがご無事で、安心しました」
「ありがとう」
レオナールがわたしの頬に、挨拶のキスをした。
だが、初めての事に、わたしは思わず息を飲んでしまった。
「セリア、早速だが、書斎に来てくれるかい」
「は、はい!」
わたしはレオナールの後を追い、書斎に向かった。
書斎のテーブルに、レオナールと向かい合って着く。
メイドたちがワゴンを押して入り、お茶とサンドイッチ、菓子をテーブルに並べて行った。
「先程は驚かせてすまなかったね、使用人たちの目もあって、夫として振る舞った。
今後も、人が居る所では夫婦として振る舞う事になるけど、大丈夫かな?」
わたしがキスに驚いた事に気付いていたのだ!
わたしは恥ずかしく顔が赤くなった。
「はい、勿論です、その為の結婚ですから、わたしもその様に振る舞います。
ただ、わたしは不慣れですので、緊張してしまうかもしれませんが…」
「今は《年若く初心な妻》と思って貰えるだろうが、なるべく早く慣れて欲しい。
ベッドを共にしていないと悟られない様にね」
確かにその通りだ。
ディアナと話した時も、わたしは碌な返答が出来なかった。
「は、はい…すみません」
「いや、経験が無いのなら仕方の無い事だよ、私が無理をさせているんだからね」
「ですが、不安です…どう振る舞えば良いのか分からなくて…」
「いつもの君の想像力を発揮して貰えばいい」
レオナールがニヤリと笑う。
わたしは無意識に唇を尖らせていた。
「想像力を発揮するには、材料が必要です」
「説得力を持たせるには、真実を織り交ぜるのが大事だったね。
慣れる為にも、少し練習をしておこうか、おいで、セリア」
レオナールが長ソファのクッションを叩き、隣に促した。
わたしはドキリとし、硬直した。
「セリア、そんな態度では怪しまれるよ」
レオナールが苦笑する。
わたしは「はい」と椅子から立ち、そろそろと彼の隣へ行った。
「失礼します」
「それも妻らしくないね、想像してごらん、君は私の妻だ」
レオナールに手を引かれ、彼の隣に座った。
隣に彼を感じ、緊張しないでいられる筈がない。
顔が熱い…
「やはり、君では無理かな、君を見ていると、自分が悪い大人に思えてくる…」
君では無理___
その言葉にわたしはショックを受けた。
だが、同時に、わたし以外の誰かが彼の妻となると思うと、火が点いた。
他の誰かになんて、渡したくない___!!
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