【完結】婚約者候補の落ちこぼれ令嬢は、病弱王子がお気に入り!

白雨 音

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ユベールの休暇

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「ユベール!あなた、目の色が変ってるわ!」

あたしはユベールの顔を両手で挟み、覗き込んだ。
それから「来て!」と、ユベールを壁に掛けられた鏡へ向かわせ、それを見せた。
鏡の中のユベールは瞬きし、緑色の目を丸くした。

「ねぇ、髪の色も…少し、変ってない?」

ユベールがその髪を振る。
真っ白だったその髪は、今はやわらかい色を湛えていた。

「お兄様!?」

あたしは説明を求めて兄を振り返る。兄は微笑み、頷いた。

「ユベールが魔毒に侵されている、と考えられたのは、
眩しい光で体調を崩す、食が細く、生の野菜、果実が苦手…
薬草、特に毒消しの薬草を受け付けない等、幾つか疑惑があったんだけど、
決め手はね…君の髪と目の色なんだ」

あたしはユベールの髪に触れる。
やわらかく、そして優しい色だ。

「エドモンから聞いたけど、ユベールの髪色、目の色は、生まれた時は
髪は白金色、目は緑色だったそうだよ。それが、三歳の時に掛かった
熱病の後、髪色は白く、そして目の色は赤くなったと。
先天的なものなら、問題は無いんだ。
だけど、途中でとなると、魔毒の影響が考えられる。
ヒューが同じ事案を見た事があると言っていたよ___」

「王様がおっしゃっていたのを思い出したんです。
ユベール様がレティシア様に似ておいでだと、小さな頃は白金色の髪に
緑色の目で、レティシア様の生まれ変りだと思われたそうですよ」

エドモンが補足する。
ユベールは小さく息を吐いた。

「父は…僕を、恨んでもおかしくはなかったのに…
そんな風に、思ってくれていたなんて…
僕は、いつも申し訳く思っていた、母の命を奪って生まれてきたというのに、
何ひとつ満足に出来無い自分が…王も、僕に失望しているだろうと…」

「王は王で、王だというのに、息子の病も治せない自分の力の無さに
失望していましたよ。それをあなたに知られ、逆に追い詰め、
苦しめていたと気付いてからは、あなたの前では見せ無くなりましたが、
側近は皆知っていますよ。王は今もあなたの為に力を尽くされています。
あなたの仕事ぶりも良くご存じです、喜ばれていますよ、
『ユベールは誠実で頼りになる、いい王子に育った』と」

ユベールが綺麗な涙を零す。
それを見ていたいという葛藤を何とか抑え、あたしは彼の手にハンカチを持たせてあげた。


エドモンが三日間出掛けていたのは、ユベールが魔毒に侵されている
可能性がある事を、王に知らせる為だった。そして、その調査も___

「王から聞きましたが、今の主治医は、ユベール様が三歳の時に掛かった
熱病の際に、王妃の推薦で呼ばれた者でした」

あの、王妃の推薦ですって!?
ユベールに全く関心が無い、寧ろ嫌っている癖に…絶対に怪しいわ!!

「今の所は、主治医に隠密を付け、見張らせています。
王にも、主治医には十分に注意するよう、申しておきました。
主治医が王妃の同郷の者という情報を掴みましたので、数名を秘密裏に
派遣しましたが、何分、領地が遠いので、数日必要かと…」

流石、エドモンだわ!抜かりが無いわね!
あたしはクロワッサンを口に放り込むと、手に付いた粉を払い、
紅茶をぐいっと飲んでから、姿勢を正した。

「あたしからも、情報があるわ!ユベールには少しショックかもしれないから、
聞きたくなければ耳を塞いでいてね」

あたしが注意を促すと、ユベールは不安そうな顔をしたが、頷いた。

「これは、クリスティナが聞いたと言っていた、パトリックの言葉よ…」

『パトリック様がおっしゃっていたわよ~、
第一王子は、もう後一年も生きていないだろうって、
でも、自分の引き立て役としてなら、生かしておいてやってもいいって~』

「パトリックがユベールの死期を知ってるなんて、おかしいでしょう?
『生かしておいてやってもいい』っていうのも変よね?
ユベールの命をパトリックがどうこう出来るって事でしょう?
これって、何かの場合には、暗殺するぞって事じゃないかと思うの…」

あたしはエドモンを見た。
エドモンは顎に指をやり、考えていたが、
「確かに、調べてみないといけませんね…」と呟いた。

エドモンはユベールに向かい、神妙な顔つきで言った。

「王からご命令です、事が片付くまで、王宮に戻る事は許さない。
グノー家でお世話になる様にと」

「『事』というのは、主治医の事だよね?」

「はい、しかし、こうなると、王妃、パトリック様にも疑いが掛かってくるかと…
全て調べが付き、ユベール様の安全が確保出来るまで、という事になります」

ユベールは「うん、分かったよ」と頷いた。
だが、あたしはテーブルを叩いた。

「待ってよ!それじゃ、一週間後の婚約式はどうなるの!?」

エドモンは嫌な顔をした。

「婚約式は今の所は、予定通りに執り行われる事になっております。
尤も、これ以上状況が悪くならなければ…ですが」

「そう、良かったわ!
今、お母様たちと急いでドレスを用意してるんだもの!」

あたしが安堵して言うと、エドモンは黒髪の頭を振った。

「ユベール様の暗殺や陰謀うんぬんの話をしている時に…
それ位しか心配事は無いのですか?」

「たった二週間で、婚約式用のドレスを用意するのがどれだけ大変か、
あなたは考えた事あるの?知らないから、そんな事言えるんだわ!」

あたしの婚約が決まってから、母と御用達のロアナの店は大忙しなのだ。
これでもし、婚約式が中止にでもなれば、皆はさぞガッカリするだろう。

「確かに…失礼致しました」

エドモンが珍しくあっさりと謝罪したので、あたしは大きく頷き許してあげた。
エドモンには、あたしたちが心置きなく、婚約式を挙げられる様に、
しっかり働いて貰わなきゃ!


エドモンは「それでは、私はこの事を知らせに、至急王宮に参ります___」と、
ユベールから魔毒が抜けた事、そしてパトリック言葉を伝えに、再び馬を飛ばし王宮へ戻った。
先程戻ったばかりだというのに、エドモンに疲れは見えない。
流石護衛!あの体格は伊達じゃなかったのね!
あたしは心の底から賛嘆したのだった。

兄はエドモンから、ユベールの魔毒に関する詳細を纏め、書簡にするよう
頼まれたので、再び自室に籠る事となった。
兄は優秀にして有能だから、二日もあれば十分にやってのけるだろう。
兄の優秀な助手であるフルールは、ユベールの命を救った薬草飴を作る様に言われていた。

ユベールは、二日間、何も食べていない事もあり、ゆっくり様子を見ながら、
体力を戻す事にした。それでも、魔毒が抜けた所為か、ユベールはいつもの
三倍の食事を取り、皆を驚かせた。
勿論、ユベール自身、その変化に驚いていた。

「不思議だけど、味覚が鋭くなったみたいで…味が分かるよ。
美味しいと感じるんだ、いつも、美味しいなんて感じた事は無かったのに…
食べられなかった野菜や果実も、喉を通るよ…
こんなに、美味しかったんだね…」

食物の美味しさに気付き、緑色の目を輝かせ、感動している。

この調子なら、体重も一年…いえ、数カ月で標準になりそうだわ!
でも、太り過ぎも良くないわね…逞しいユベールなんて想像出来ないし、
あたしは、華奢で可愛いユベールがいいわ!!
でも、少しだけ、逞しい彼も見てみたい気がするわね…ううん、迷うわ!

「ねぇ、ユベール、あなたの理想の男性ってどういうタイプ?」

本人の希望を聞いてみなければね!
ユベールはほわほわと微笑むと…

「父上かな…」

少し照れた顔をし、答えた。
確かに、王様は理想の男性像だわ…
あたしは立派で威厳のある伯父を頭に浮かべた。
だけど、やっぱり、ユベールはレティシア様似よね…天使だもの!

「後、本人には絶対に知られたくないけど…エドモン…恰好良いなって…」

恥ずかしそうに、顔を赤くしてぼそぼそと言う姿は、やはり、可愛い!!
うん、今のは聞かなかった事にするわ!
この天使をあんな大男にしてなるものですか!!

「ユベール、体の調子はどう?庭を少し歩いてみる?」
「うん、体が凄く軽いんだ、歩いてみたい」

あたしはユベールと一緒に、庭園に出た。

「ユベール、無理しないでね、ベンチで休みながら行きましょう」

「うん、ありがとう、そうするよ。
ああ、でも、凄く綺麗だ…それに、気持ちいいね…」

庭園を眺め、そして風を受けるユベールは、初めてそれを知る人の様に見えた。
だけど、それも仕方ないだろう、今まで体を魔毒に侵されていた彼は、
景色を楽しむ余裕なんて無かっただろう。
常に体は重く、倦怠感や痛みもあり、足の関節は動きが鈍く、
長時間立っていると棒の様になっていた。
どれ程辛かっただろう…
あたしは解放されたユベールを眺め、心から祝福を贈った。


その夜、グノー家の玄関に、一台の立派な馬車が着いた。
黒いローブを纏った男は、エドモンともう一人護衛を従え、
皆が集まるパーラーへと、颯爽と入って来た。

「父上!?」

ユベールが驚いた顔で立ち上がった。
ユベールの父…つまり、ローブの怪しい男は、
現国王、グレゴリ―=ヴァンアズールという事になる。
周囲がぽかんとする中、その怪しい…王は周囲に見向きもせず、
真っ直ぐにユベールに突進すると…強く抱擁した。
そして、号泣したのだった。

「ユベール!良かった…良かった!」
「父上…」

抱擁されているユベールは、押し潰されているようにしか見えないが…
照れていたが、やはりうれしそうで、あたしたちは貰い泣きしてしまったのだった。


「この度のユベール様のご回復をお伝えした所、王がどうしても会いたいと
言って聞かず、この様な時間に押し掛ける事になってしまい、
皆様には大変にご迷惑をお掛け致しました…」

すっかり泣き疲れた王とは真逆に、エドモンは苦い表情で、皮肉混じりの謝罪をした。
エドモンは、王に対してもこの調子なのね…見上げたものだわ。

「いいのよ、ユベールも元気になった姿を、早く父親に見せたかったでしょう?
兄さんが実は感情的で直情的な事は、良く知ってるわ、それに涙脆くてね!
兄が王になるなんて、あたしたち弟妹は皆心配したものよ!」

メイドがワインを運んで来た。
それを飲みながら、母イザベルが教えてくれ、王を気まずそうな顔にしていた。

「イザベルを前にしては、王の威厳も無くなるよ…」
「だから、王宮には行かないでしょう?兄さん、直ぐ泣いちゃうんだもの」
「う…うむ…」
「レティシア様は良く慰めてくれてたわよね~優しい方で…」

母が言うと、王は前王妃を思い出したのか、また涙ぐんだのだった。

「グノー家の皆には、大変世話になった、ユベールの呪いを解いてくれ、
心から感謝している、ありがとう。
リゼット、全て君のお陰だ、君の機転、行動力、前向きさが道を開いてくれた。
ユベールを助けてくれてありがとう。
君がユベールと婚約してくれて、本当に良かった…」

王はあたしの手を固く握り、礼を言ってくれた。

「全て片付いた後、正式に礼をさせて貰う。
それとは別に、テオフィル、何か望みを考えておきなさい___」

何といっても、兄の薬草飴のお陰だものね!!
兄は少し照れた様な困った顔をしたが、「ありがとうございます」と返した。


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