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ユベールの休暇
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しおりを挟む何とか無事に昼食会を終え、クリスティナ、ジュリエンヌ、メリッサの馬車を
見送ったあたしは、玄関に入り、大きく息を吐こうとした。
だが、そこを、フルールが遮った。
「リゼット、テオが直ぐにユベール様のお部屋へ来る様にと…」
彼女らしくなく、思い詰めた表情に、あたしは嫌な予感で胸がキュっとした。
あたしは廊下を走り、ユベールの部屋へ飛び込んだ。
「お兄様!ユベールは無事なの!?」
薄暗い部屋の中、兄はベッド脇に膝を着いている。
あたしは恐る恐る、そちらに近付いていく。
ユベールはベッドに寝かされていたが、
その顔は真っ白く、まるで生気が見えない…あたしはぞっとした。
兄はユベールの手を両手で握っていた。
「ユベールが、意識を失ったんだ…僕の所為だ…!」
絞り出す苦し気な声に気付きながらも、あたしは聞かずにいられなかった。
「どういう事なの!?お兄様、ユベールに何したの!?」
「病の事を話したんだ…ユベールは酷く取り乱して…
あんな風になるなんて…もっと、慎重に打ち明ければ良かった…」
「病って…?」
「彼は魔毒に侵されている可能性がある…
でも、それが分かる事で、治せる可能性も出て来たという事なんだ。
だけど、ユベールには、受け入れられなかった…怖がらせてしまった…
酷く怯えて、王には知らせないで欲しいと…」
兄は辛そうにユベールをみつめている。
あたしは、前にユベールが言っていた事を思い出した。
『僕はずっと、逃げ続けているんだよ、公的の場に出る事も避けている。
パトリックが言った様に、皆に奇異な目で見られるからね…
王子として、酷く情けない気持ちになり、場違いに思えて…怖いんだ』
「ユベールは、王子らしくない自分を嫌っているのよ。
ユベールは王を敬愛しているし、王子らしくない自分を知られるのが
怖かったのね…それとも、魔毒に侵されている自分が、
王子であってはいけないと思ったのかしら…」
あたしが言うと、兄はビクリとし、愕然とした顔で振り返った。
「僕が追い詰めた…ユベールを、サーラと同じ目に遭わせるなんて!」
サーラは一方的に婚約を破棄された王女だ。
彼女はそれが原因で自害したと聞いていたが…
「サーラは、異国に勝手に『奇病』と決め付けられて、婚約破棄されて、
自害したのよね?結婚を反故にされたのがショックだったからでは無いの?」
「婚約破棄だけじゃなかったんだ…友好条約も破棄されて…
それで、サーラはこんな自分が王女では申し訳ないと…
責任を感じて、思い詰めて…自害したんだよ」
王子、王女だからなのか、それとも姉弟だからなのか…
考え方が似ているわ…
兄は、サーラの自害を止められなかった、その後悔を抱えている。
フルールのお陰で乗り越えられたというのに…
これで、ユベールが自害してしまったら、兄は自身を絶対に許せないだろう…
そんな事にはさせないわ!
魂の抜けた兄なんて、見て居られないもの!
それに、ユベールを失うなんて、絶対に嫌よ!!
ここで黙っているなら、婚約者失格だわ!!
あたしが絶対に助けてみせる!!
「お兄様、代わるわ、ユベールはあたしが看ているから、
お兄様はユベールを治す事を考えてあげて、
大丈夫よ、あたしが付いている限り、絶対にユベールを自害させたりなんてしないわ!」
あたしは兄をフルールに預け、スツールを持って来ると、ベッド脇を陣取った。
「そうだわ…」
あたしはうさぎの人形を取ると、ユベールの側に入れた。
人形を抱いて寝るなんて可愛いと思った。
特別な人形なのかもと思うと、少し嫉妬もしてしまうけど…
だけど、今は…
「ユベールの力になるのよ!」
あたしはうさぎの人形に言うと、その額を撫でたのだった。
◇
ユベールは思いの他、長く眠り続け、目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだった。
「ユベール!良かった、気付いたのね!」
瞼を上げ、体を起こしたユベールに気付き、あたしは歓喜したが、
ユベールにはまるで聞こえていない様だった。
虚ろな目をし、口を開かずに、ぼんやりとしている。
「ユベール?ねぇ、聞こえてないの?」
目の前で手を振ってみても、その痩せた肩を掴み揺すってみても、まるで反応は返って来なかった。
あたしは急いで兄を呼び、そして、グノー家の主治医を呼んで貰った。
主治医の見立てでは、「脳は眠っていて、体は記憶により無意識で動いている」という事だった。
食事を取る事も儘ならないので、このままでは数日で衰弱して死んでしまうだろう…と。
兄は酷くショックを受け、役に立たなくなってしまった。
兎に角、兄の事はフルールに任せ、あたしはユベールに付き添った。
こんな時に、護衛であるエドモンが何処に行っているのか…
「あの、変態護衛!こんな一大事に何してるのよ!全く役に立たないんだから!!」
八つ当たりしたくもなる。
だけど、叫んでスッキリしたわ!
「いいわ、あたしはあたしで、出来る事をするだけよ!」
あたしは、兎に角、ユベールに話し掛ける事にした。
身体の機能は働いている、声もきっと聞こえる筈だ。
寝ていると動かなくなりそうで怖いが、体を動かすと体力を消耗する…
なので、なるべくベッドに座って貰い、あたしは只管喋った。
「ユベール、今日も外は晴れているわよ!」
「そういえば、庭園をまだ半分も見ていないでしょう?」
「残りも案内したいわ!でも、もう無理しないでね?」
「ちゃんと、車椅子を押して行くわ!」
「お兄様とフルールの温室も見せてあげたいの、凄いんだから!」
「ああ、でも、あなたは薬草の匂いが苦手なのよね…」
「小屋の前にはフルールの花壇があるから、それを見るといいわ!」
「エドモンは一体、何処まで行ってるのかしら?」
「また、ショコラを買って来てくれるかもね」
「そうだわ!ユベール、ショコラが好きでしょう?食べましょうよ!」
あたしは、ユベールから贈って貰ったショコラの箱を取って来ると、
蓋を開け、中身を披露する。
「うわー!見てよ!これも凄く可愛いわよ!!」
「ピンクでしょう、水色、気緑、緑…虹みたい!」
「夢のようなショコラだわ!」
その一枚を手に取った。
「ほら、いい匂いでしょう?懐かしくならない?」
「それじゃー、いただくわね…ん!美味しい!!」
少女の頃にやった『人形ごっこ』の様な事を、あたしはユベールと続けた。
時々、フルールが入ってくれる事もあった。
両親も話し掛けに来てくれた。
こんな状態のユベールを、あたしたちが王宮に連絡しなかったのは、
兄がユベールの主治医を疑っていたからだ。
兄から聞いたが、ユベールの薬は滋養にもならない、ただの水や穀物の粉で、しかも、一つは『毒』だったという。
主治医は、ユベールの病が魔毒と知っていて、碌に処方もせず、しかも黙っていたのだ!
「そういえば、クリスティナが言っていたのだけど…」と、あたしは兄に、
クリスティナがパトリックから聞いたという事を話した。
『パトリック様がおっしゃっていたわよ~、
第一王子は、もう後一年も生きていないだろうって、
でも、自分の引き立て役としてなら、生かしておいてやってもいいって~』
「お兄様、これって、変な話だと思わない?
パトリックがユベールの死期を知ってるなんて、おかしいわ!
主治医なら、まずは王に報告する筈だもの、しかもあのパトリックに話すなんて!全く意味が無いわ!
『生かしておいてやってもいい』っていうのも変よ!ユベールの命をパトリックがどうこう出来るって事でしょう?
暗殺する気じゃないかと疑うわ!」
「ああ、確かにね…だけど、今はユベールに元に戻って貰わないと…」
確かに、このままでは、ユベールは衰弱し、死んでしまう。
折角、前向きになっていたというのに…
「僕の所為だ…」
兄は暗い顔をし、ベッド脇に膝立ちになると、ユベールの手を握り、懺悔を始めた。
「ユベール…ごめんね、僕はなんて事をしてしまったんだろう…
君を追い詰める気じゃなかったんだ、ただ…いや、止めよう、
こんな話、聞きたく無いよね…
ユベール、お願いだよ、戻って来て…
君とリゼットが婚約したと聞いた時、本当は凄くうれしかったんだよ…
僕は君の事が大好きだから、君と家族になれるのがうれしかった…
だけど、僕はリゼットの兄だから、少し厳しくしなければいけなかったんだ…
ごめんね…戻って来て、ちゃんと、僕に謝らせてよ…ユベール。
君の事が大好きだよ…」
兄は立ち上がると、ユベールをそっと抱きしめた。
◇
ガシャン!!
ガツ!!バタン!!
「___!!」
何かが割れる音に続き、重圧のある鈍い音、そして、咳き込む声…
あたしはビクリとして目を覚ました。
「一体、何なの…?」
夜中で部屋は薄暗く、魔法で灯りを点ける。
目の前のベッドは空になっていて、あたしは焦った。
「ユベール!?何処行ったの!?」
慌てて探しに行こうとしたが、部屋の角、小さなテーブルが倒れているのが
目に入った。そして、その横に蹲っているのは…
「ユベール!!」
あたしはユベールを抱き起こす。
ユベールはぐったりとし、気を失っている。
吐いてしまったらしく、床が汚れている。
側には割れた瓶、それに深い緑色の飴が何個か散らばっていた。
兄が作った、薬草の飴だわ!
ユベールはこれを食べたのかしら…
以前、ユベールは、薬草入りのスープは匂いが駄目で口に入れる事が出来なかった。その代わりに、あたしが持って来て置いておいた物だ。
あたしはユベールを抱えたまま、メイドを呼んだ。
「誰か来て!!急いで、お兄様を呼んで!!」
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