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ユベールの休暇
8 ユベール視点
しおりを挟む「私は取り急ぎ、王宮へ戻らねばならなくなりました。
私が留守の間、くれぐれも軽率な行動はされませんように、
あなたが命を落とす事があれば、不本意ながら、私の命も無いでしょう。
あなたは兎も角、私はこの若さでは死にたくありませんので、
しかと肝に銘じておいて下さい」
昼前、エドモンはそんな事を言い残し、
馬に乗ると、颯爽とグノー家の門を出て行った。
正直、やはり、エドモンは恰好良く、恨めしくなる。
「ははは、彼は本当に、素直じゃないね、
尤も、ユベールには、あれ位の方がいいのかな?」
最近忙しくしていたテオが、ふらりと現れ、玄関に立つ僕の隣にやって来た。
今は忙しそうには見えず、彼らしい穏やかな笑みを浮かべていた。
「素直じゃない…のかなぁ?」
『死にたく無い』というのは、限り無く素直な言葉、彼の本心だと思う。
「ユベールを心配しているんだよ、現に、エドモンが帰って来るまで、
僕が護衛をする様に頼まれたよ」
「テオに!?ごめんね…そんな事を頼むなんて…」
変な所で過保護だ。
いや、自分が死にたくないだけかな??
「いいよ、それより、ユベール、君の部屋へ行っていいかな?」
テオに言われ、僕たちは部屋へ向かった。
その道すがら、僕はさり気無く聞いてみた。
「今日、リゼットの友人が来ると聞いているけど、どういう子たちなの?」
「古くから付き合いのある家の令嬢たちでね、年はリゼットと同じだよ、
クリスティナ=カブレ公爵家令嬢は知ってるよね?
パトリック殿下の婚約者候補だったから」
パトリックの婚約者候補!?
確か、婚約者発表の時に、酷く取り乱していた令嬢では無かっただろうか?
『何故なのです!?パトリック様!あんなに、私を愛して下さったのに!!
私を選んで下さるとおっしゃっていましたのに!!こんなの、嘘よー!!
どうしてーーー!!』
パトリックと個人的に何か約束をしていたか、付き合いがあった…
そんな風に見えた。
あれから、彼女は大丈夫だったのだろうか?
「ジュリエンヌ=ベジャール侯爵家令嬢、メリッサ=ブリオン侯爵家令嬢だよ、
婚約のお祝いに来てくれたんだろうね」
「僕は、避難しておいた方がいいと言われたよ…」
「うん、あの年頃の令嬢たちは凄いからね、イザベルの比ではないよ、
君は5分と耐えられないだろうね、僕でも自信無いよ」
テオは笑いながら、部屋に入った。
僕はテオの話を聞き、安堵した。
もし、リゼットが僕を恥ずかしいと思っていたら…
当然だと自分に言い聞かせながらも、きっと酷く落ち込んでいただろう。
「ユベール、座って、この葉の匂いを嗅いでみて貰える?」
テオがテーブルに、小さな葉を三枚並べた。
薬草だろう。
僕は椅子に座り、一枚を摘まみ、鼻に近付けた。
「!?」
キツイ匂いに、僕は顔を顰める。
「凄い匂いだね…」
「続けて」
テオに促され、真ん中の葉の匂いを同じ様に嗅いだ。
「これも、キツイな…」
「最後だよ」
最後の葉の匂いを嗅いだ僕は、急に喉が詰まった。
息が出来無くなり、激しく咳き込む僕の背を、テオが擦ってくれた。
吐きそうになりながらも、何とか息を整える事が出来た。
「テオ…これは、どういう実験?」
「ごめんね、こっちの二つは、気持ちが楽になる、疲労を回復してくれる…
そういう薬に使う薬草なんだ。そして、最後、君が激しく咳き込んだ物は…」
「毒草かな?」
つい、皮肉を言った僕に、テオは薄く微笑んだまま、頭を振り…
「その逆でね、毒消しの薬になる薬草だよ」
毒消し…テオは物知りだね…
僕は感心したのだが、事はそんな呑気なものでは無かった。
テオがそれを説明してくれた。
「君が薬草のスープを酷い匂いだと言った時から、変だと思ったんだ。
あの薬草の匂いは、そこまでキツイ物では無いんだ、
少し独特な匂いだなと感じる程度だよ、君以外の者にとってはね。
それに、馴染みのある匂いでもある筈なんだ、薬の匂いだからね。
でも、君は知らないと言った。薬を常備している君がね…
だから、君がどんな薬を飲んでいるのか気になったんだ」
それで、テオは僕の薬を不審がり、持って行ったのか…
「それで、僕の薬は何だったの?」
「君が滋養の薬だと言っていた緑の液体の方は、水に味と色を付け、
粘液に仕上げただけの物。
疲れを取る薬の方は、穀物を乾燥させた粉に色を付けた物で、
当然だけど、これで疲れは取れないよ」
僕は唖然としていた。
薬だと信じて疑っていなかった物が…まるで意味を成さない物だったとは…
「僕の病は良くならないから、気分だけでも楽にしてくれようと、
考えてくれたのかな?」
テオは銀色の髪を振った。
「ユベール、滋養の薬や疲れを取る薬は、何処にでも売っているんだよ、
わざわざ、意味の無い物を与える理由は、他にあると思わないかい?」
「どうかな…僕には、良く分からないよ」
テオは薬の分野に長けているが、僕はただ、与えられた物を飲むだけの者だ。
だが、テオの様子から…僕は何か良く無いものを感じた。
「痛みを和らげる白い粉、君が、口に入れてはいけない、
普通の者には強くて体を壊すと言っていた物はね…微弱ではあるけど、
その本質は『毒』なんだ___」
テオの言葉に、僕は気が遠くなり掛けていた。
「でも…本当に、その白い粉…痛みを和らげる薬は効くんだよ!
いつも、苦しい時には飲んでいるんだけど、痛みが緩和されて…」
きっと、何かの間違いだと思いたかった。
だが、テオは冷静に、そのオリーブグレーの瞳で、じっと僕を見た。
「毒を飲み、痛みが和らぐという事がどういう事か…
遠縁にね、そういった事に詳しい者がいるから訊いてみたんだ。
彼が言うには、魔毒に侵されている可能性があると…」
魔毒!?
あまりに驚き過ぎ、僕は息をするのを忘れてしまっていた。
「ユベール、落ち着いて!息を吸って…」
いつの間にか、テオが僕の隣に立ち、背中を擦ってくれていた。
「魔毒に侵されている…僕が…!?
テオ、嘘だよね?何かの間違いだよね?」
「ユベール、落ち着いて、魔毒だと決まった訳じゃない、可能性があるだけだよ…
それに、魔毒だとしたら、調べていけば治す方法もみつかる…」
混乱状態の僕には、テオの声は届いていなかった。
「嫌だ…お願い!王には知らせないで!こんなの…!」
魔毒に侵された王子なんていない!!
そんなの、許される訳がない!!
僕は王子でいられなくなる!
あの人の…父の息子でいられなくなる!
「嫌だ!嫌だ!お願い___!!」
僕は、生きてちゃいけない存在なんだ___
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