【完結】婚約者候補の落ちこぼれ令嬢は、病弱王子がお気に入り!

白雨 音

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ユベールの休暇

7 ユベール視点

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部屋が整ったと伝えられたのは、お茶の時間が終わってからだった。
部屋の壁は薄い暗めのセージグリーン、天井はもっと深い色だった。
そして、ベッドの天蓋も暗い紺色に換えられていた。
光が反射してくる事は無くなった。それに安堵しつつも、やはり寂しさもある。

「ありがとう、落ち着くよ…」
「なんだか、とっても…大人だわ!」

リゼットは物珍しそうに部屋を眺めていた。
リゼットの部屋は、きっと可愛らしく、家具はピンクや白色で揃えられ、
壁紙は花模様が似合う…そして、その中にいる彼女の姿を妄想し…
僕はぽうっとしてしまった。
そんな僕に、リゼットは気付く事無く「それじゃ、晩餐の時に会いましょう!」と
明るく手を振り、部屋を出て行った。

こんな僕を知ったら、リゼットは軽蔑するだろうか?

「はぁ…」

髪を掻き嘆息する僕に、エドモンは鼻を鳴らした。

「王子は聖職者ではありませんよ、あなたは深刻に考え過ぎです」
「でも、リゼットは14歳の少女だよ」

女性というには、まだ幼い…
そんな彼女に、邪な気持ちを持ってしまっている自分は、酷く汚れた人間に思えた。

「自分が悪い大人に思えるよ…」

僕はリゼットよりも5歳年上で、エドモンと僕も5歳違いだ。
彼からは随分子供扱いされているので、僕の気持ちも分かってくれそうなものだが…
僕の呟きに、エドモンは吹いた。
そして、口を手で押さえ、肩を震わしている…そこまで、笑う事だろうか?

気分を幾らか害した僕は、エドモンは放置する事にし、
今日買ったカメオ用の石をテーブルに広げた。

リゼットに贈ると約束をしていた。
どんなカメオにしようか…

『ロマンチックなものがいいわ!』

リゼットは言っていたが、ロマンチックというものが何か、僕には全く分からなかった。

「エドモン、ロマンチックなものって何かな?」

部屋にはエドモンしかいないし、そもそも、こんな事を相談出来る相手は僕にはいない。だから訊いてみたのだが、彼はまだ先の事を引き摺っているのか…必死に、笑いと涙を耐えていた。

「あなたが思う、ロマンチックの定義でよろしいと思いますよ」

アドバイスは有難く受け取る事にした。



その日の晩餐、リゼットは舞踏会の時の様に、美しく着飾って現れた。
「ユベールに楽しんで貰おうと思ったの!」と。

彼女は人を喜ばせるのが上手い。

きっと、これがロマンチックというものなのだろう…

僕に微笑み掛けるリゼットをみつめ、そう思ったのだった。


◇◇


翌日は、リゼットが庭園を案内してくれる事になった。

「少し歩かない?大丈夫よ、あたしが車椅子を押して行くから」
「リゼットにそんな事はさせられないよ…」
「それじゃ、エドモン?」

リゼットがエドモンに視線を送ると、エドモンは僅かに顔を顰めた。

「誰も乗っていない車椅子を押す程、虚しいものはありませんね」
「いいじゃない、あなただって、車椅子に乗っている主人より、
自分の足で歩いている主人の方が、いいでしょう?」
「面倒なので、途中で根をあげたら、私が抱えます」

リゼットが「まぁ、いいわ」と了承してしまったので、
僕は絶対に、途中で根を上げられなくなってしまった。
お陰で、景色を楽しむ所では無くなり、何処をどう歩いたのかすら、記憶に無い。

「ユベール、無理しないで、エドモン!抱えてあげてよ!」
「どういたしましょうか?」
「いや、大丈夫だよ…なんとか、行けるんじゃないかな…」

自分が喋っている筈なのに、自分の声が遠い。
リゼットの力強い声も、今日は何故か遠くに聞こえた。

「ああ!もう、見ていられないわ!肩を貸すから!
エドモン!あなた、そっちを持って!」

二人に両側から抱えられていた気もするが…
何とか、車椅子の所まで戻る事が出来た。

だが、部屋に戻った僕は、そこで完全に力尽きた。
車椅子を降りようとし、そのまま倒れたのだった。

結局、エドモンにベッドまで運ばれたが…
リゼットには見られずに済み、安堵した。
こんな僕だけど、リゼットの前で、そんな醜態は晒したく無いのだ。

だが、無理をした事で、その日の午後は、頭痛と疲労とで、
ベッドから出られなかった。

「見栄を張るからですよ」

エドモンが、ソレイユを僕の隣に押し込んだ。
僕が動け無い程疲弊しているのを知っていて…
ああ…こんな事なら、エドモンに『車椅子を押して付いて来て欲しい』と、
お願いするのだった…

僕は後悔しつつ、ソレイユに添い寝をして貰い、目を閉じたのだった。


幾らか眠り、目を開けると、リゼットが側に座っていて驚いた。

「リゼット!?」

「起きないで!ユベール、無理をさせてしまって、ごめんなさい…
あなたを傷付けたい訳じゃないのに、あたしって、駄目ね…」

リゼットがしょんぼりと肩を落とす。
こんなリゼットは珍しい…いや、僕がそうさせているんだ。
僕が意地を張ったばかりに…

「君の所為じゃないよ、僕が無理したんだから…
その、君の前で、エドモンに抱えられて運ばれるなんて…」

リゼットが僕の手を握ったので、どきりとした。
彼女はその青い目をキラキラさせ…

「恥ずかしかったのね!もう、ユベールったら!なんて可愛いの!」

全然、男扱いされていない…
身に沁みて思い知った僕は、何も返せなかった。

「ユベール、ゆっくり休んで、今日は頑張ったもの!」

リゼットは僕の母になったつもりなのか、優しく微笑むと、
冷たいタオルで僕の顔を拭いてくれた。

僕の実母は僕が生まれると同時に亡くなってしまったし、
こんな事をしてくれたのは、小さい頃は父と、そして姉たちだけだった。
中でも、サーラは自身の体が弱い事もあり、良く気に掛けてくれていた。
サーラを思い出しながら、僕はまた眠りについていた。





翌朝には疲れも取れ、いつも通りに起き上がる事が出来た。
だが、サーラの事を思い出してしまい、少し陰鬱な気分になっていた。

リゼットが朝食の後で、部屋に来てくれた。
彼女はいつも通り、明るかった。

「ユベール、具合はどう?」
「うん、良くなったよ、ありがとう」

「そう!良かったわ!今日は昼頃、あたしの友達が訪ねて来る事になって
いるの、とっても賑やかになると思うから、ユベールは避難しておいてね!」

リゼットに言われ、僕は「うん」と答えつつ、
彼女が部屋を出たのを確認すると、肩を落とし、ベッドに戻った。

僕なんて、とても友人には紹介出来ないよね…
見目麗しい王子という訳でもない、それ処か、窶れた貧相な病人だ。
僕ではなくパトリックだったら、彼女は紹介しただろうか…

思考はどんどん、暗い淵へ向かって行く…
溜息を吐こうとした時だった。

「勝手に悶々とされるのは自由ですが、一体どれだけ寝る気です?
少しは起きて、体力でも付けた方が健全だと思いますが?」

エドモンが珍しく僕に意見をしてきた。
僕は溜息を飲み込み、声のする方に顔を向けた。

「君、そんなにお節介だった?」

政務の仕事の時は別だが、護衛としてのエドモンは、
いつも存在を消し、必要な時にだけ助けてくれる、影の様な存在だった。
エドモンは僕よりも5歳年上だが、注意や忠告はそれとなくしても、
干渉し指図する事はほとんど無かった。

「それだけ、あなたも大人になったという事です」
「大人になると、お節介を受けるの?」

エドモンは肩を竦め、背を向けて紅茶を淹れた。

「今までのあなたは、生きようとしていませんでしたからね、
何か言えば、簡単に倒れてしまっていたでしょう…
私はあなたに干渉する事を恐れていました、私の所為であなたが死ねば、
後味が悪いですから」

エドモンは振り返り、「紅茶をどうぞ」と促した。
僕はベッドを出て、テーブルに着いた。
温かい紅茶は心を和ませる。

「ここの家の方々に、感化された…というのもあります」

エドモンは「ふっ」と笑みを零した。

「でも、今までも君は皮肉屋で毒舌だったよ」

それで自害するかもしれない、とは考え無かったのだろうか?

「その位は構わないでしょう、それに、あなたは私に関心も無いですし」
「そんな事は無いよ、ただ、君は…父に気に入られているからね…」
「語弊がありますね、私は王に雇われていて、元々王の護衛ですから…」
「そういうんじゃないよ、君が息子なら、父も喜んだだろうと思ってしまうんだ…」

完全に、逆恨みというか、コンプレックスだった。
僕がエドモンの様だったら、王も安心出来ただろう、
誇りに思ってくれただろうと…
そう、だから僕は…エドモンと王が話している姿を見るのが辛かったのだ。
エドモンに頼るのが嫌、というのも、そうだ。
彼が居なくても平気だと、彼を意識していない様に振る舞っていたのも…

嫉妬だ___

今まで、無意識にそれをしてきたのだと気付き、僕は茫然とした。
僕自身、決して、エドモンを嫌いという訳では無いのに…
僕の方こそ、酷い意地悪をしていた。

「相変わらず、卑屈ですね。
王はあなたを愛しているから、魔法学園を首席で卒業し、
将来を有望視されていた私を、あなたなんかの護衛に就けたんですよ」

魔法学園首席卒業!?有能だと思っていたけど、それは凄い…
僕なんかの護衛をさせて、悪いね…と、そこでは無いよね?
王が、僕を愛している、そう彼は言った。

「サーラ王女を亡くされた王は、あなたまで失う事は出来無いと言っておられました」

「僕は、自害はしないよ…」

自害するまでもなく、二十歳で命は尽きると思っていた。
僕が言うと、エドモンは嘆息した。

「王の頼みで、私が不承不承、あなたの様子を見に部屋へ行った時、
あなたは短剣を手に、じっとその刃身を見ていましたよ。
とても正気では無かった」

「覚えてないな…」

本当にそんな事が?と思ってしまう。

「便利な頭ですね、まぁ、正気じゃない時の記憶などありはしないでしょう。
その場で、短剣は奪い取りましたけど、その後もあなたは何度か同じ事をしていましたよ。
王の心配は当っていた、流石親ですね、離れていても分かるんですから…
それで、いよいよ私も面倒になり、短剣を奪った後に、あなたの友人である、
あの人形を持たせたんです、そうしたら、あなたはそれを抱いて寝ていました。
以降、そういう事も無くなりましたので、最初から人形を持たせれば良かったと、
つくづく、馬鹿らしくなったものです___」

エドモンが肩を竦め、紅茶を飲んだ。

「それは、面倒を掛けたね…」

僕は零しながら、赤くなる頬を俯いて隠した。
全く記憶には無い事だったが、気恥ずかしくなった。
5歳の子供ならまだしも、サーラが亡くなった時、僕は15歳だったのだから…
エドモンが僕を子供扱いする訳だ…

「あなたがどれだけ自分を卑下しても、そんなあなたを愛している奇特な者も
いるという事をお忘れにならず、精進なさって下さい」

「うん、分かったよ、ありがとう…でも、父はどうして僕を愛せるのかな?」

僕の所為で、母は亡くなったというのに…

「王は前王妃、レティシア様を愛しておられましたからね…
あなたはレティシア様に似ているそうですよ」

「え?何処が、だろう?」

肖像画の母を思い出しても、自分に似ている所は一つも無い様に思えた。
だが、肖像画を見たリゼットも、僕は母に似ていると言っていた…

「面差しはありますね、髪の色、目の色が同じならば、母子と分かる程には
…ああ、そういう事か!」

話している途中で、突然、エドモンが声を上げ席を立った。
彼がこんな事をするのは無い事で、驚いたが、当人はまるで取り憑かれた
かの様に、心ここに在らずで、「少し席を外します!」と部屋を出て行った。

いつも落ち着いている彼が珍しい…

僕はそれをぼんやりと眺めていたが、「よし!」と椅子から立ち上がった。
そして、体作りとして、部屋の中を歩く事にしたのだった。


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