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ユベールの休暇
5 ユベール視点
しおりを挟む意識が浮上し、それに伴い、瞼を上げると、光が入ってきて、瞬きした。
「まぶしい…」
また意識が遠退きそうになったが、それを引き止める何かを見付け、
僕は意識の焦点を合わせた。
直ぐ近くに、良く知る顔があった。
青い、綺麗な瞳が、じっと僕を見つめていて…
「リゼット!?」
僕は反射的に飛び起きていた。
あまりに急に起きたので、眩暈を起こしてしまった僕は、手で顔を覆い、落ち着かせた。
「ユベール、大丈夫?急に起きては駄目よ」
リゼットはそんな事を言いながら立ち上がると、スカートの埃を払った。
「リゼット…どうして?」
僕が聞くと、彼女は手を擦り合わせ、気まずいそうにした。
こんなリゼットは珍しい、どうしたのかと思っていると、彼女はそれを話した。
「謝りに来たの、さっきは調子に乗り過ぎたわ、
あなたの困る顔が可愛くて、つい苛めてしまったの…ごめんなさい。
お母様にも悪気は無いのよ!あたしたち、はしゃいじゃったの…
だって、うれしいんだもの、婚約者を迎えるのが!」
『可愛い』
14歳の少女に言われると、肩を落としてしまう。
それに、やはり、全く男として見られていないのだろう…
そんな残念な気持ちは隠し、僕は微笑み返した。
「いいよ、僕も意識し過ぎていたんだ、
テオとも話せて気持ちも落ち着いたし…歓迎してくれて、うれしいよ」
だが、何故か、リゼットは唇を尖らせた。
「そこで、何で、お兄様なの!?あたしと話せばいいじゃない!
あたしが婚約者なんだもの!それとも、お兄様と婚約したかったの!?」
「僕が、テオと??」
どうしてそうなるのか分からなかったが…
「リゼット、もしかして、妬いてる?」
僕が聞くと、彼女の顔は真っ赤になった。
ああ…可愛い…
そんな事を思ったのがいけなかったのか、リゼットから報復された。
「ユベールは寝る時には、人形を抱いて寝るのね」
彼女の視線に合わせ、視線を落とすと、僕の腕の中には、ソレイユ…
うさぎの人形があった。
!!!!!
「それに、シーツに包まって、とっても可愛いわ」
僕は自分の頭に手をやる、白いシーツが手に触れ、
僕は一気に赤くなった。
「いや、これは!エドモンが勝手に…!僕じゃないからね!?」
「もう!お兄様の次は、エドモンなの!?」
そういう事ではなくて…
「あなたは、あたしのものになる気はあるの?」
リゼットが怒った顔をする。
僕はソレイユを盾にし、頷いた。
僕はもう、既に、君のものだよ…
「休むならベッドの方がいいわ」とリゼットに言われ、
僕はシーツとソレイユを抱え、ベッドに移った。
ベッドに横になり、ソレイユは枕許に置き、シーツを引き上げた。
「具合はどう?やっぱり、馬車移動は疲れるわよね」
「いや、大丈夫だよ、少し休めば…」
天蓋はあるが、光を受けた布は白く眩しい、
気が遠くなりそうで、僕は自然、目を閉じていた。
「眠っちゃった…無理してたのかしら…
それに、うさぎの人形…特別な物かしら?」
特別なものだよ…
君に貰ったものだ…
僕のともだち…
◇
「ユベール様、晩餐はどういたしますか?」
エドモンの声に、僕は無理矢理に瞼を開けた。
部屋は薄暗くなっていて、ほっとした。
だが、頭は少しふらふらしている。
「晩餐…勿論、出席するよ」
のろのろと起き上がると、エドモンが嘆息した。
「無理なさらない方が良いかと、あなたが倒れでもしたら、先方も困るでしょう」
「そうだね、でも、晩餐の間位は大丈夫だよ」
エドモンはもう一つ嘆息すると、着替えるのを手伝ってくれた。
普段は使用人に手伝って貰う事だが、
エドモンが「他人の家に来た時には、出来る事は自分でやるものです」と
言ったので、自分でやろうとしたのだが、「晩餐が終わります」と攫われた。
晩餐の席は、リゼットの隣で、逆隣はエドモンだった。
エドモンは護衛だが、毒味役もしてくれるらしい、難しい顔で、率先して料理に口を付けていた。
嫌な客だと思われなければいいが…
「ユベール、このスープは是非飲んで欲しいんだ」
テオに言われ、僕はスープ皿を見た。
知らない葉が上に盛られているが、何の変哲も無さそうだ。
エドモンは早速そのスープを飲み、少し頭を傾げたが、何も言ったりはしなかった。
だが、リゼットも、テオも、目をキラキラさせてこちらを見ている。
テオの隣のフルールは心配そうな、少し困った様な顔をしていたが…
僕はスプーンを手に取り、スープと葉を掬った。
口に持ってきて、それに気付いた。
凄い匂いだ…!
顔を背けたくなる匂いに、僕は隣のエドモンを見た。
こんな時は、何か言う筈なのだが、エドモンは無表情でいる。
何故、エドモンが何も言わないのか…
僕は不審に思いながらも、覚悟を決め、それを口に入れようとした…。
だが、あまりの匂いに咽てしまい、口に入れるのは断念した。
咳き込んでしまった僕を、リゼットが背中を擦ってくれた。
「ごめん…テオ、匂いがキツ過ぎて…口に入れられそうにない…」
僕が言うと、テオは酷く驚いた顔になった。
「匂いがきつい?…そう、ごめんね…ユベール、君、匂いに敏感だった?」
「どうかな、普通だと思うよ?」
「馴染みのある匂いじゃなかった?」
「うん、変な匂いだね、テオ、この葉は何?」
匂いを嗅ぐだけで、頭痛がしてきそうで、僕は額に手を当てた。
「薬草だよ、大丈夫、普通に食べられる物だから、凄く身体に良いものだよ」
薬草…薬の原料になる物だ。
グノー家では、普通に料理として食べているのだろうか?かなり贅沢な気がする。そして、それを振る舞って貰ったというのに、一口も食べずに、『変な匂い』とまで言ってしまった…
「ごめんね、食べてみるよ…」
僕は覚悟を決め、スプーンを持ち直したが、テオに止められた。
「いや、ユベール、無理してはいけない、それより…ちょっと気になるね…」
テオが考え込み、僕は『どうしようか…』と、スープの皿を見ていると、
隣から手が伸び、それを攫って行った。
エドモンが代わりに食べてくれたので、僕は少しばかりの肉と、マッシュポテト、
そしてデザートのショコラタルトを食べ、晩餐を終えた。
部屋に戻ると、幾らもしない内に、テオが「少しいい?」と、訪ねて来た。
僕は「勿論だよ」と快く招き入れた。
僕は長ソファに座り、テオには向かいの椅子を勧めたが、
テオは聞こえていないのか、僕の隣に座ると、じっと僕を見てきた。
その目は、まるで、主治医が診察をする時のものだった。
「テオ?どうしたの?」
僕は少し不安になり聞いた。
エドモンは少し離れた所から、黙って腕組をし、こちらを伺っている。
「ユベール、君の飲んでいる薬を見せて貰えるかな?」
「うん」と僕が立とうとすると、それよりも早くにエドモンが動き、薬を取って来てくれた。
荷づくりはエドモンがしてくれていたので、僕は薬が何処に入っているかも知らなかった…と思い出した。
「ユベール、これはどういう薬?病を抑える薬?」
「主治医が調合してくれていてね、この緑の液体が滋養の薬で、
黄色い粉が疲れを取る薬、白い粉は痛みを和らげるものだよ。
僕の病に効く薬は無くてね…」
気休め程度の薬だった。
滋養も疲れを取るという薬も効果は分からなかったが、
痛みを和らげる薬は役に立っている。
「少し貰ってもいいかな、成分を調べてみたいんだ」
テオは薬に不信感を持っている様だ。
主治医が聞いたらさぞ気を悪くするだろう…と思いつつも、僕は快諾した。
「ああ、でも、テオ、白い粉の方は口に入れてはいけないよ、
主治医から注意されていてね、僕の病には効くけど、普通の者には強くて体を壊すそうだから」
「うん、注意するよ」
テオは昔から薬草や薬に興味があり、研究熱心だったのを思い出した。
サーラが亡くなる前、最後に会った時には、薬師を雇い習い始めたと言っていた気がする。
「ありがとう。…それと、何か、僕に隠している事は無い?」
テオに聞かれ、僕はぽかんとした。
「君に隠し事なんてしないよ」
僕は笑ったが、テオは全く笑っていなかった。
「今日、ユベールはずっと寝ていただろう?
実はね、ここに着いた時には、君の体調は悪そうには見えなかったんだ。
『疲れている様だ』と言ったのは、君を連れ出す口実だったんだよ、
二人で話したいと思ってね。
だけど、様子を見に行ったリゼットは、君は酷く疲れていて、
気を失うように寝てしまったと言っていた…」
テオとリゼットの観察眼には驚かされる。
僕は観念し、それを話した。
「ああ…それなら、理由があるんだ…
こんな良い部屋を用意して貰ったから、言えなかったんだけど…
僕は強い光に弱くて、外はまだ良い方だけど、明るい部屋で長時間過ごすと、気を失ったりする事があって…今日は特別陽も強かったしね…」
テオはオリーブグレーの目を見開いた。
「それ、大丈夫なのかい!?」
「うん、少し気を失う程度だから、寝ていれば治るし、問題は無いよ」
「直ぐにカーテンを換えるよ、壁も白くない方がいいね、光が反射するだろう…」
「ごめんね、面倒掛けて…」
「謝るのは僕の方だよ、気付かなくて悪かったね。不備があれば、遠慮せずに何でも言って欲しい。
君はここに療養に来ていて、僕たちは君を元気にしたいのだから」
テオが僕の手を握る。
僕は、グノー家の皆の想いに胸がいっぱいになり、
「ありがとう」というのが精一杯だった。
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