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ユベールの休暇

4 ユベール視点

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グノー家までは三時間程度で、馬車での移動だ。
馬車は揺れない様に出来ているので、小部屋に居る感覚だ。
ほとんど外に出ない僕は、窓から見える景色に目を奪われていた。

テオの結婚式、披露パーティの日と同じ道ではあるが、
あの日は急いでいたし、緊張や不安もあり、景色を見る余裕など無かった。
帰りは帰りで、疲弊していたし、リゼットの姿を忘れない様にと、
目を閉じていたのを思い出す___

「あまり興奮なさらない様に」と、エドモンに注意され、
僕は「ああ、そうだね」と言いつつも、窓の外を眺めていた。
エドモンは僕の向かいで書物を読んでいるが、良く見ているらしい、流石護衛だ。
だが、僕の隣のリゼットは、エドモンに異議を唱えた。

「あら、興奮するのは良い事だわ!元気って事でしょう?」
「具合が悪くなりますよ」
「それは困るわね、ごめんなさい、ユベール、興奮しない様に外を見るといいわ」

リゼットが真面目な調子で言うので、僕は小さく吹いた。
体を戻し、リゼットを見る。

「外を見て、興奮しないのは無理そうだよ、僕にとっては初めて見る
景色だからね。僕は王子だというのに、自分の国を見た事も無い…」

つい、憂いてしまった僕を、リゼットは即座にひっくり返した。

「これから、ゆっくり知っていけばいいわよ、まだ、19歳じゃない」

そういう彼女は14歳の少女だ。
僕より余程しっかりしている。

「まずは、グノー家の領地から始めるといいわ!
具合が悪くなったら、お兄様もいるし、大丈夫よ!」

リゼットは、王宮の主治医が付き添って来るのを断った。
王宮の主治医は、僕の専属では無い事もあり、それは当然だったが。
テオは勿論、医師では無いが、リゼットは『どんな問題でも解決出来る』と信じ疑っていない。
テオはリゼットの神的存在なのだと感じた。
そんな事もあり、僕はテオに会うのが怖かった。

テオたちの結婚式の日、披露パーティで、僕はテオにリゼットの事を頼まれた。
テオはリゼットを心配していたのだ。

『リゼットには話していないが、
僕はパトリックに対して、あまり良い印象を持っていないんだ…
夜会パーティで選ばれなければいいんだけどね…
リゼットに限って、迂闊な事はしないと思うけど…心配だよ』

『夜会は無理だけど、もし、リゼットが候補に選ばれる事になれば、
気に掛けておくよ…僕にはこの位しか出来無いけど…』

『いや、心強いよ、ありがとう、ユベール』

そんな事を約束しておいて、まんまと、リゼットの婚約者の席に座った僕を、
テオは何と思うだろうか…


グノー家の館に着き、馬車を降りると、玄関で執事が迎えてくれた。
エドモンが車椅子を用意し、押してくれる。
パーラーに通されると、そこには、アンドリュー、イザベル、テオ、フルールが
揃っていた。喜ぶべき所だが、僕は一層憂鬱になった。

「お帰り、リゼット、ユベールも良く来てくれたね」
「お帰りなさい、リゼット、ユベールも疲れているでしょう、さぁ、座って!」

ソファに座ると、お茶が用意された。

「婚約者選びの事を聞きたいわ、どんな事をしたの?」

イザベルが聞きたがり、
リゼットはお茶を飲みながら、大して興味無さそうに話した。

「普通の事よ、親睦を深める為の時間ね…顔見せのパーティでしょう、
王家所有の湖畔でピクニックをしたり、王宮の見学、食事会…そんな感じ」

「もう!冷めてるわね!ロマンチックな事は無かったの?」

リゼットはチラリと僕を見た。
そして、悪戯を思い付いた子供の様な顔になる。
僕は嫌な予感がし、オロオロと逃げ場を探したが、当然何処にも無く…
護衛のエドモンも、全く動く気配は無く、平然と紅茶を飲んでいた。
どうやら、僕の味方は一人もいないらしい…

「ロマンチックな事は沢山あったわよ、ね、ユベール♪」

リゼットのその魅力たっぷりの笑顔に、僕は自分が赤くなっていない事を願った。
無理だと思うけど…

「リゼット、からかわないで、ご両親が心配されるから…」
「あら!心配なんてしてないわよ、是非聞きたいわ!」
「ふふふ、残念でしたー!それは、あたしとユベールの秘密だもの!」

リゼットが煙に巻き、僕は心底安堵したのだった。
まだ、テオと話していないというのに…
テオは嫌な気分になっていないだろうか?
僕はチラリとテオを盗み見る。
テオはいつも通り、穏やかな表情で紅茶を飲んでいた。
テオの隣にはフルールが座っていて、彼女は僕の視線に気付き、勇気付ける様に小さく頷き微笑んだ。

「お義母様、ユベール様より届いたショコラの事を…」

フルールが話を逸らしてくれた。

「そうだったわ!昨日、婚約の知らせと一緒に、
ユベールから沢山ショコラが届いたわよ、あれは、どういう意味?
婚約の贈り物かしらって、フルールと話していたのよ!」
「はい、とても素敵なショコラばかりで…」
「ロマンチックでしょう?ユベールがあたしに贈ってくれたの!」

リゼットが得意気に言い、僕は慌てた。

「深い意味は無く、僕が食べるには可愛過ぎたので、リゼットにあげる事にしたんです」
「それは、まぁ!仲良くしていたようね、二人共」
「夢の様なショコラを突然贈られた時のときめきは、忘れられないわ~」

軽口を言っているのは分かったが、僕はテオを意識し過ぎて、
赤くなるのを通り越し、青くなっていた。
そんな僕を助けてくれたのは、他でもなく、テオだった。

「リゼット、ユベールを困らせてはいけないよ。
疲れている様だし、少し部屋で休んだ方がいいね、僕が連れて行くよ」

テオはさっと立ち上がると、僕が車椅子に乗るのを手伝ってくれた。
車椅子を押す役は、エドモンが攫い、僕たちは部屋を出た。

「一階の見晴らしの良い部屋を用意してあるよ、
エドモンの部屋と続きになっているから、その方が安心だと思ってね」

テオの声が、僕の耳を素通りしていく。
僕は車椅子の肘置きをギュっと握った。

「テオ!」

僕が呼ぶと、彼は顔だけで振り返った。
エドモンが車椅子を停める。
僕はテオに向かい、頭を下げた。

「こんな事になってしまって、ごめん___」

「君の所為ではないだろう?
大体の話は聞いてるけど、リゼットが決めた事だよ」

テオの声は穏やかだったけど、僕は震えていた。
きっと、彼は見抜いているだろう___

「でも、止めるべきだった、それなのに僕は…!」

きっと、軽蔑される___

僕の膝に、涙がぼとぼとと落ちる。

「ユベール…」

テオは僕の前に片膝を着くと、僕の手を取った。

「君は、リゼットを愛しているよね、ユベール」

言い当てられ、僕は息を飲んだ。
怯えてテオを見たが、彼は穏やかな表情で、そのオリーブグレーの目も優しいものだった。

「だけど、リゼットは…
君に好意は持っているけど、愛するにはまだ子供過ぎる」

テオが苦笑する。
僕は震えながら、頷いた。

「うん、きっと、お気に入りの人形の一つだろうね」
「君がその事を気にしているなら、僕の時の事を話そうか…」

テオは立ち上がると、窓の外に目を向けた。

「僕がフルールと婚約した時、
彼女は僕に、好意以上のものは持っていなかったよ…」

予想もしない、告白だった。
僕はとても信じられなかったが、テオは淡々と続けた。

「僕が一方的に彼女に恋をし、他の男に渡すのが嫌で、自分のものにしたかった。
彼女を助ける騎士の如く現れ、強引に婚約に持ち込んだんだ。
勿論、僕は彼女に好きになって貰おうと努力したよ、
そして、フルールの愛を手に入れた___」

僕はほうっと、息を吐く。

「だから、僕は君たちの婚約に反対はしないよ。
だけど、結婚は別だ」

テオは僕を振り返り、はっきりと言った。

「リゼットがこのまま君を愛せなければ、僕は君たちの結婚を認める事は
出来ない。愛のない結婚では、君もリゼットも、幸せにはなれないからね…
まぁ、結婚は、リゼットが魔法学園を卒業してからになるだろうから…
3年はあるしね、頑張って」

テオは明るく笑った。
僕の恋を応援してくれる気なのだ…
僕を、リゼットの相手として、認めてくれるのだろうか…
リゼットの両親も、テオも、僕を受け入れてくれる…だけど…

「僕は…そこまでは望んでないよ…それは望めない…
もし、そんな事になれば、リゼットを悲しませる…
愛する者に先立たれるのは辛いよ」

「人は病を持っていなくても、命を落とす事はあるよ…」

テオの声が暗い。
僕の頭に、サーラの事が浮かんだ、多分、テオも同じだろう。
最後に会った時には、幸せそうに笑っていたのに…
彼女は突然、逝ってしまった___
僕がヒュウ…と息を吸うと、エドモンが僕の肩を掴んだ。
僕は現実に引き戻され、強張りを解いた。

「皆、一緒だよ、病を持っているからといって、諦める事は無いよ。
君だって、直ぐに死ぬ訳じゃないだろう?」

僕は頭を振った。
そして、誰にも言えなかった事を打ち明けた。

「どうかな…僕は、自分が何かの力で生かされている気がするんだ…
二十歳で死ぬ、そんな気がする…」

「それなら、まず、二十歳を超えよう。
僕たち家族が付いているからね、大丈夫、
君をみすみす死なせたりはしないよ、ユベール」

テオは僕の手を握り、力付けてくれた。
僕は、どうしてだろう…また、涙が零れた。


用意された部屋は、明るく、大きな窓からは庭の木立が見え、美しく絵画の様だった。
王宮での僕の部屋は、北向きでいつも薄暗く、景観は良いが見慣れた
もので、気持ちが晴れる事は無かった。特に、寝室は暗い。
だが、それには意味もあった。

「ありがとう、とてもいい部屋だね…気持ちが晴れるよ」
「気に入ってくれて良かったよ、少し休むかい?」
「うん、そうさせて貰うね」
「何か困った事があれば、メイドを呼ぶといいよ」

テオはメイドを呼ぶベルをテーブルに置き、部屋を出て行った。

「いい部屋、ですね…」

エドモンの声には含みがある。
彼は部屋をゆっくりと見回し、そして、続きの自分の部屋を覗いた。
エドモンが何を言いたいかは、十分承知していたが、
僕はそれを無視し、上着を脱ぎベルトを抜くと、ソファに横たわった。

「少し休むよ…」

エドモンが鼻を鳴らす。
僕は無視して瞼を閉じた。

「エドモン、さっきの話だけど、王には言わないでね…」

「あんな根拠も糞もない、荒唐無稽な話、他の者にする筈が無いでしょう?
私の正気を疑われます」

「ふふ…君らしいね」

僕が眠りにつくと、エドモンは僕にシーツを掛けてくれた。


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