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王太子の婚約者選び
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しおりを挟む「リゼット、僕の事、父の前で良く言ってくれてありがとう…」
庭園を、車椅子を押しながら歩いていると、ユベールが零した。
ユベールは王が好きなのね、良く思われたいと思っているんだわ。
尤も、王はユベールを愛しているし、良く思っている様に見えた。
あたしより、余程、ユベールを見ていて、理解しているだろう。
「だけど、僕は男らしくないよ、君のいう男らしさからは外れている…
僕はずっと、逃げ続けているんだよ、公的の場に出る事も避けている。
パトリックが言った様に、皆に奇異な目で見られるからね…
王子として、酷く情けない気持ちになり、場違いに思えて…怖いんだ」
『怖い』
初めて言ってくれた…
ユベールの心の奥に触れた気がし、あたしはうれしかった。
「そうね、立場があると、『立派でなければ』と考えるのでしょうね。
だけど、本当は、そういう王子だっていていいのよ。
暴君の王子はいて欲しくないけど、あなたは病持ちってだけの、
善良な王子じゃない、十分に国は救えるわ」
「国を、救える?僕が?」
赤い目が丸くなる。
あたしは笑った。
「今だって、救ってるでしょう?国の為に、お仕事してるもの!」
「そんな、微々たるものだよ…」
「でも、それで、沢山の人が助かってるわ!」
ユベールは口を閉じ、もう反論しなかった。
「あなたは、もっと、大きな事が出来る人よ!
その為に、あたしがいつでも左腕になるわ!
残念だけど、右腕はエドモンに譲らなきゃね…」
あたしが肩を竦めると、ユベールは笑った。
「やっぱり、君には敵わないな…君は、僕の太陽だよ」
◇
夜のパーティは、定例の舞踏会で、
その際に、婚約者の発表が行われる事になっていた。
招待客も多く、両親を見付けるのにも苦労した。
母なんて、呑気に御夫人方と話している。
「お父様!お母様!」
「おお、リゼット!おめでとう!」
「あら、リゼット、もう発表なの?」
父は笑顔で抱擁してくれたし、母の青色の目はキラキラとしている。
どうやら、この婚約に反対では無さそうだ。あたしは内心ほっとしていた。
「違うわ、その前に会っておきたかったの!
だって、急だったし、驚いたんじゃないかと思って…」
「驚いたわよ!だって、パトリック殿下の婚約者選びに行ったのに、
ユベール殿下を捕まえるなんて!あなたらしいじゃない?」
母がニヤリと笑う。
「お父様もお母様も、ユベールを知ってるの?」
「ああ、勿論だよ、尤も、小さい頃だがね…」
「そうね、サーラ王女が亡くなってからは特に、ユベール殿下は顔を見せ無くなったから…」
ユベールは、自害したサーラを『理解出来る』と言っていた。
病持ちは、周囲から受け入れられないと思ったのだろうか…
どちらにしても、ユベールが病の事で卑屈になっているのは確かだわ。
「お父様、お母様、あたしとユベールの婚約に、反対じゃない?」
「不安がない訳じゃないが、リゼットの決めた事なら、応援するよ」
「リゼット、あなたは王宮でもやっていけるわ、
あなたが誰と結ばれても良い様に、その術を教えてきたつもりよ」
あたしは両親から心強い言葉を貰い、胸の中が明るくなった。
「後で、ユベールに会ってね!」と言い残し、席に戻った。
『王太子パトリック殿下のご婚約者を紹介致します』
『ヴィオレーヌ=ドュ・ラ・ファージュ公爵令嬢___』
発表があり、会場から拍手が鳴った。
パトリックとヴィオレーヌは共に皆に向かい、礼をした。
『第一王子、ユベール殿下のご婚約者を紹介致します』
『リゼット=グノー公爵令嬢___』
突然の予期せぬ発表に、会場は戸惑っていたが、
拍手が聞こえると、それに合わせ、拍手が鳴った。
ユベールは車椅子から立ち、あたしたちも同じ様に、皆に向かい、礼をした。
ユベールは緊張からなのか、それとも、恐れているのか…強張った表情だった。
「ユベール、皆は敵じゃないわ、これから二人で、味方にしていきましょう」
あたしがその手を握ると、ユベールは「ふっ」と笑い、手を握り返してくれた。
あたしたちが席に戻ると、両親が声を掛けに来てくれた。
来賓たちのほとんどは、パトリックとヴィオレーヌに祝いの言葉を掛けに行っていた。
「ユベール、久しぶりだね」
「ユベール!まぁ!大きくなったわね!」
「ご無沙汰しております、グノー夫妻」
「グノー夫妻だなんて!
昔みたいに、アンドリュー叔父さん、イザベル叔母さんでいいわよ!」
ユベールは車椅子から立ち上がり、両親に挨拶をした。
「この度は、急な事で驚かれたかと思います…
リゼットは、僕には過ぎた人です。
僕なんかと婚約していい人ではない…」
あたし、まさか返品されるんじゃないでしょうね!?
婚約一日目にして!?そんなの、ないわ!!
ユベールの重い口調に、あたしは内心冷や汗だった。
だが、ユベールは続けて…
「僕が相手では、不安もあるでしょうが…
僕は、自分に残された時間の全てを、リゼットに捧げます。
彼女を守り、愛します。どうか、お許し下さい___」
あたしはユベールの言葉に感激していた。
あたしに捧げるだなんて!それに、『彼女を守り、愛します』だなんて!
最高にロマンチックじゃない!?
でも、喜ぶあたしとは違い、両親は顔を曇らせた。
「あなた、もう死ぬみたいじゃないの…そんな、不吉な事を言っては駄目よ」
「ユベール、そんなに悪いのかい?」
ユベールは俯き、小さく息を吐いた。
「病が良くなる事はないので…年々、悪くなるばかりです…
主治医もそう診断しています…」
ユベールがどんな病なのか、あたしは知らなかった。
ユベール自身、重くみていたのだ…
まるで骨のような、細い体、食を受け付け無い体、歩行も困難…
「こんな所で話す事では無かったな、誰かに聞かれたら困るだろう」
「そうね、今度ゆっくり話しましょう、あなたの気持ちは分かったわ、ユベール」
「ああ、一番大事なのは、娘を任せられるかだ、頑張りなさい」
「はい、有難うございます…」
両親の許しを得て、ユベールは幾分、安堵した様に見えた。
あたしは母の手を引いた。
「お母様、後で王様と会われるでしょう?」
「ええ、兄に会うのも久しぶりだし、あなたの婚約の事もありますもの、しっかり挨拶しておかなきゃ!」
「その時に、王様にお願いして欲しいの___」
あたしはそれを告げた。
母は驚いた顔をしたが、ニヤリと笑うと、「いい考えね」と父の腕を引いた。
「リゼット、どうしたの?」
ユベールが不思議そうな顔をする。
あたしは小さく笑った。
「お母様から王様に、お願いをして貰うの」
「何を?僕では駄目な事?」
「お母様が一番適任なのよ!」
あたしは笑い、王に挨拶に行く両親に目を馳せた。
「ユベール、何か食べる?」
「いや、僕はいいよ、食べると気分が悪くなるから…リゼットは好きに食べて」
「ユベール、ダンスも無理?」
「うん…足が付いていけないんだ、それに、あまり動けない…ごめんね」
ユベールは辛そうな顔を隠すように、俯いた。
『王子として情けない』と、思わせてしまったのだろうか…
「いいのよ、知っておきたかっただけよ、
婚約者を差し置いて、他の人と踊れないでしょう?
ダンスは社交の手段なの、名のある来賓方と踊って、顔を売ってくるわ!
それだけだから、妬かないでね?」
あたしはユベールの頬に、そっとキスをした。
ユベールは赤い目を見開き、顔を赤くし、あわあわとしている。
ああ!可愛い!!
「エドモン!」
あたしが呼ぶと、何処からともなく、彼が現れた。
護衛らしく、シンプルで目を惹く所の無い礼服姿だ。
「あたしは少し外すから、ユベールをお願いね!」
「勘違いをして貰っては困る、
例え婚約したからといって、あなたに命令される謂われはありません」
「でも、あなたがいなきゃ、あたしが婚約者を放置する、冷酷な女に見られるでしょう?」
「どうぞご勝手に、私はあなたがどう見られようとも、一向に困りませんので」
エドモンは冷たく斬り捨てる。
ああ、そう!ユベールの『お願い』でなければ、駄目っていうのね?
この変態護衛め!!
あたしはユベールに強請った。
ここは、なるべく、可愛く、頭なんかを傾げて…
「ねぇ、ユベール、お願い!」
ユベールは期待通り、顔を真っ赤にし、その赤い目を潤ませ…
「エドモン、その、リゼットの言う通りに…僕の側に、居て」
「御意」
エドモンは瞬時に、最高に優秀な護衛と化した。
全く!と呆れつつも、癖になりそうだ。
ああ、あたしの婚約者には、いつまでも、純粋天使でいて欲しいわ!
あたしは来賓方と踊りながら、着々と人脈を作っていく。
グノー家は有名だし、王の親族という事もあり、顔見知りも多く、
然程難しい事では無い。
「イザベル公爵夫人の娘だね!」
「リゼット嬢の事は、イザベル公爵夫人から良く聞いているよ」
「婚約おめでとう!」
「もう、そんな年になったのか…いや、綺麗な令嬢になったね」
あたしは小さい頃からダンスも仕込まれているので、
優雅に華やかに踊る事が出来、夫人たちの目も惹いていた。
「まぁ!綺麗なご令嬢ね…」
「なんて、優雅に踊られるのかしら!」
「イザベル様の娘ですって!」
「第一王子とご婚約なんて、流石ね…」
「王様の妹君の娘ですもね…出来が違いますわ!」
評判も上々だ。
あたしは踊りながら、それとなく目を移す…王と話している両親の姿。
母が話しているのを、王は黙って聞いていたが、何度か頷いた。
母はこちらを振り返ると、頷き、合図を送ってきた。
説得出来たのね!
あたしは満面の笑みで、ターンをしたのだった。
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