上 下
16 / 34
王太子の婚約者選び

13

しおりを挟む



「リゼット、僕の事、父の前で良く言ってくれてありがとう…」

庭園を、車椅子を押しながら歩いていると、ユベールが零した。
ユベールは王が好きなのね、良く思われたいと思っているんだわ。
尤も、王はユベールを愛しているし、良く思っている様に見えた。
あたしより、余程、ユベールを見ていて、理解しているだろう。

「だけど、僕は男らしくないよ、君のいう男らしさからは外れている…
僕はずっと、逃げ続けているんだよ、公的の場に出る事も避けている。
パトリックが言った様に、皆に奇異な目で見られるからね…
王子として、酷く情けない気持ちになり、場違いに思えて…怖いんだ」

『怖い』
初めて言ってくれた…
ユベールの心の奥に触れた気がし、あたしはうれしかった。

「そうね、立場があると、『立派でなければ』と考えるのでしょうね。
だけど、本当は、そういう王子だっていていいのよ。
暴君の王子はいて欲しくないけど、あなたは病持ちってだけの、
善良な王子じゃない、十分に国は救えるわ」

「国を、救える?僕が?」

赤い目が丸くなる。
あたしは笑った。

「今だって、救ってるでしょう?国の為に、お仕事してるもの!」
「そんな、微々たるものだよ…」
「でも、それで、沢山の人が助かってるわ!」

ユベールは口を閉じ、もう反論しなかった。

「あなたは、もっと、大きな事が出来る人よ!
その為に、あたしがいつでも左腕になるわ!
残念だけど、右腕はエドモンに譲らなきゃね…」

あたしが肩を竦めると、ユベールは笑った。

「やっぱり、君には敵わないな…君は、僕の太陽だよ」





夜のパーティは、定例の舞踏会で、
その際に、婚約者の発表が行われる事になっていた。
招待客も多く、両親を見付けるのにも苦労した。
母なんて、呑気に御夫人方と話している。

「お父様!お母様!」
「おお、リゼット!おめでとう!」
「あら、リゼット、もう発表なの?」

父は笑顔で抱擁してくれたし、母の青色の目はキラキラとしている。
どうやら、この婚約に反対では無さそうだ。あたしは内心ほっとしていた。

「違うわ、その前に会っておきたかったの!
だって、急だったし、驚いたんじゃないかと思って…」

「驚いたわよ!だって、パトリック殿下の婚約者選びに行ったのに、
ユベール殿下を捕まえるなんて!あなたらしいじゃない?」

母がニヤリと笑う。

「お父様もお母様も、ユベールを知ってるの?」
「ああ、勿論だよ、尤も、小さい頃だがね…」
「そうね、サーラ王女が亡くなってからは特に、ユベール殿下は顔を見せ無くなったから…」

ユベールは、自害したサーラを『理解出来る』と言っていた。
病持ちは、周囲から受け入れられないと思ったのだろうか…
どちらにしても、ユベールが病の事で卑屈になっているのは確かだわ。

「お父様、お母様、あたしとユベールの婚約に、反対じゃない?」
「不安がない訳じゃないが、リゼットの決めた事なら、応援するよ」
「リゼット、あなたは王宮でもやっていけるわ、
あなたが誰と結ばれても良い様に、その術を教えてきたつもりよ」

あたしは両親から心強い言葉を貰い、胸の中が明るくなった。
「後で、ユベールに会ってね!」と言い残し、席に戻った。


『王太子パトリック殿下のご婚約者を紹介致します』
『ヴィオレーヌ=ドュ・ラ・ファージュ公爵令嬢___』

発表があり、会場から拍手が鳴った。
パトリックとヴィオレーヌは共に皆に向かい、礼をした。

『第一王子、ユベール殿下のご婚約者を紹介致します』
『リゼット=グノー公爵令嬢___』

突然の予期せぬ発表に、会場は戸惑っていたが、
拍手が聞こえると、それに合わせ、拍手が鳴った。
ユベールは車椅子から立ち、あたしたちも同じ様に、皆に向かい、礼をした。
ユベールは緊張からなのか、それとも、恐れているのか…強張った表情だった。

「ユベール、皆は敵じゃないわ、これから二人で、味方にしていきましょう」

あたしがその手を握ると、ユベールは「ふっ」と笑い、手を握り返してくれた。


あたしたちが席に戻ると、両親が声を掛けに来てくれた。
来賓たちのほとんどは、パトリックとヴィオレーヌに祝いの言葉を掛けに行っていた。

「ユベール、久しぶりだね」
「ユベール!まぁ!大きくなったわね!」
「ご無沙汰しております、グノー夫妻」
「グノー夫妻だなんて!
昔みたいに、アンドリュー叔父さん、イザベル叔母さんでいいわよ!」

ユベールは車椅子から立ち上がり、両親に挨拶をした。

「この度は、急な事で驚かれたかと思います…
リゼットは、僕には過ぎた人です。
僕なんかと婚約していい人ではない…」

あたし、まさか返品されるんじゃないでしょうね!?
婚約一日目にして!?そんなの、ないわ!!

ユベールの重い口調に、あたしは内心冷や汗だった。
だが、ユベールは続けて…

「僕が相手では、不安もあるでしょうが…
僕は、自分に残された時間の全てを、リゼットに捧げます。
彼女を守り、愛します。どうか、お許し下さい___」

あたしはユベールの言葉に感激していた。
あたしに捧げるだなんて!それに、『彼女を守り、愛します』だなんて!
最高にロマンチックじゃない!?

でも、喜ぶあたしとは違い、両親は顔を曇らせた。

「あなた、もう死ぬみたいじゃないの…そんな、不吉な事を言っては駄目よ」
「ユベール、そんなに悪いのかい?」

ユベールは俯き、小さく息を吐いた。

「病が良くなる事はないので…年々、悪くなるばかりです…
主治医もそう診断しています…」

ユベールがどんな病なのか、あたしは知らなかった。
ユベール自身、重くみていたのだ…
まるで骨のような、細い体、食を受け付け無い体、歩行も困難…

「こんな所で話す事では無かったな、誰かに聞かれたら困るだろう」
「そうね、今度ゆっくり話しましょう、あなたの気持ちは分かったわ、ユベール」
「ああ、一番大事なのは、娘を任せられるかだ、頑張りなさい」
「はい、有難うございます…」

両親の許しを得て、ユベールは幾分、安堵した様に見えた。
あたしは母の手を引いた。

「お母様、後で王様と会われるでしょう?」
「ええ、兄に会うのも久しぶりだし、あなたの婚約の事もありますもの、しっかり挨拶しておかなきゃ!」
「その時に、王様にお願いして欲しいの___」

あたしはそれを告げた。
母は驚いた顔をしたが、ニヤリと笑うと、「いい考えね」と父の腕を引いた。

「リゼット、どうしたの?」

ユベールが不思議そうな顔をする。
あたしは小さく笑った。

「お母様から王様に、お願いをして貰うの」
「何を?僕では駄目な事?」
「お母様が一番適任なのよ!」

あたしは笑い、王に挨拶に行く両親に目を馳せた。

「ユベール、何か食べる?」
「いや、僕はいいよ、食べると気分が悪くなるから…リゼットは好きに食べて」
「ユベール、ダンスも無理?」
「うん…足が付いていけないんだ、それに、あまり動けない…ごめんね」

ユベールは辛そうな顔を隠すように、俯いた。
『王子として情けない』と、思わせてしまったのだろうか…

「いいのよ、知っておきたかっただけよ、
婚約者を差し置いて、他の人と踊れないでしょう?
ダンスは社交の手段なの、名のある来賓方と踊って、顔を売ってくるわ!
それだけだから、妬かないでね?」

あたしはユベールの頬に、そっとキスをした。
ユベールは赤い目を見開き、顔を赤くし、あわあわとしている。
ああ!可愛い!!

「エドモン!」

あたしが呼ぶと、何処からともなく、彼が現れた。
護衛らしく、シンプルで目を惹く所の無い礼服姿だ。

「あたしは少し外すから、ユベールをお願いね!」
「勘違いをして貰っては困る、
例え婚約したからといって、あなたに命令される謂われはありません」
「でも、あなたがいなきゃ、あたしが婚約者を放置する、冷酷な女に見られるでしょう?」
「どうぞご勝手に、私はあなたがどう見られようとも、一向に困りませんので」

エドモンは冷たく斬り捨てる。

ああ、そう!ユベールの『お願い』でなければ、駄目っていうのね?
この変態護衛め!!

あたしはユベールに強請った。
ここは、なるべく、可愛く、頭なんかを傾げて…

「ねぇ、ユベール、お願い!」

ユベールは期待通り、顔を真っ赤にし、その赤い目を潤ませ…

「エドモン、その、リゼットの言う通りに…僕の側に、居て」

「御意」

エドモンは瞬時に、最高に優秀な護衛と化した。
全く!と呆れつつも、癖になりそうだ。

ああ、あたしの婚約者には、いつまでも、純粋天使でいて欲しいわ!


あたしは来賓方と踊りながら、着々と人脈を作っていく。
グノー家は有名だし、王の親族という事もあり、顔見知りも多く、
然程難しい事では無い。

「イザベル公爵夫人の娘だね!」
「リゼット嬢の事は、イザベル公爵夫人から良く聞いているよ」
「婚約おめでとう!」
「もう、そんな年になったのか…いや、綺麗な令嬢になったね」

あたしは小さい頃からダンスも仕込まれているので、
優雅に華やかに踊る事が出来、夫人たちの目も惹いていた。

「まぁ!綺麗なご令嬢ね…」
「なんて、優雅に踊られるのかしら!」
「イザベル様の娘ですって!」
「第一王子とご婚約なんて、流石ね…」
「王様の妹君の娘ですもね…出来が違いますわ!」

評判も上々だ。
あたしは踊りながら、それとなく目を移す…王と話している両親の姿。
母が話しているのを、王は黙って聞いていたが、何度か頷いた。
母はこちらを振り返ると、頷き、合図を送ってきた。

説得出来たのね!

あたしは満面の笑みで、ターンをしたのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

処理中です...