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王太子の婚約者選び
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しおりを挟む結局の所、あたしが呼ばれたのは、一番最後だった。
お陰で持って来ていたロマンス小説は、すっかり読み終わってしまった。
パトリックだって、あたしの顔なんて見たく無いに決まってるわ!
それなら、いっそ、呼ばなければいいのに!
それとも、またネチネチと苛めたいのかしら?
あたしがいつまでも、大人しく黙っているなんて思わないで!
とはいえ、相手が『王太子』では、簡単に喧嘩する事など出来無い。
しかも、相手は『性悪で横暴な王太子』だ!家ごと潰され兼ねない。
あたしは唸りつつ、パトリックの居る部屋へ向かった。
「リゼット=グノー公爵令嬢が参りました」
執事は告げると、あたしを置いて部屋から出て行った。
パトリックは長ソファの真ん中に踏ん反り返って座り、嘲る様にあたしを見ていた。
ああ…どう頑張っても、こんなヤツを好意的に見るのは無理だわ…
あたしは早々に悟ったのだった。
「リゼット、座れ」
「失礼致します」
あたしはパトリックの向かいの椅子に座った。
「ふん、やはり、顔だけはいいな」
パトリックの琥珀色の目が、遠慮無く、そしていやらしくあたしを見回す。
何故、こんな目で見るのかしら?気持ち悪くて、ぞっとするわ!
「おまえが態度を改めるというなら、おまえを婚約者に選んでやってもいいぞ」
「!?」
正直、驚いた。てっきり嫌われているものだとばかり思っていたからだ。
尤も、気に入っているのは『顔』だけだろう。
あたしが驚きを見せた事で、彼はニヤリとした。
「こっちへ来い、リゼット」
パトリックは顎で自分の隣に座れと言っている。
あたしはその事にも驚いた。
何よ、こいつ!隣に座らせて、何するつもりよ!?
あたしを14歳の世間知らずな令嬢だなんて、見縊らないで欲しいわ!
母のお陰で貴夫人の知り合いは多いし、こう見えて、好奇心は高い方だから、
町の人たちや使用人たちの噂話だって、耳に入てるんですからね!
それに、この手の事は、ロマンス小説で学んでるのよ!
まぁ、万が一、そんな気が無いとしても、よ?
馴れ馴れし過ぎるわ!淑女に対して、とても正気とは思えない!
まさか、他の令嬢たちにも同じ様な事をしたのかしら!?
ああ!こんな事知ったら、ユベール…いえ、王様だってひっくり返っちゃうわ!!
あたしの頭は大混乱中だったが、日頃の鍛錬の成果を持ち、
それをひた隠すと、令嬢らしく慎ましく答えた。
「どうか、お許しを…」
「おまえは、王太子の命令が聞けぬというのか?」
パトリックは何処までも尊大で高圧的だった。
だけど、あたしは、そんなもので屈する様な、やわな令嬢では無いわ!
リゼット=グノーを舐めないで貰いたいわ!!
「はい、その様な事は、結婚前の淑女には醜聞となりましょう…」
「婚約するのならば良かろう?」
「いいえ、許されるのは、結婚した後、お相手とのみですわ」
あたしが静々と答えると、パトリックは嘲るように声を上げ笑った。
「今時、古臭いな!おまえ、何処の田舎者だ!」
「はい、由緒正しい、グノー家の娘でございます。
命を賭しても、自分の評判は守り通しますわ___」
「面白い!」
パトリックは立ち上がると、あたしの前に立った。
そして、椅子にあたしを閉じ込める様に、覆い被さってきた。
その琥珀の目はギラギラとしている、怒らせた様だ。
「では、命を賭して守って見せろ!」
パトリックがあたしの顎を掴む。
キスされる___!?
「いやーーーーーー!!!」
ドカ!!!
咄嗟の事に、あたしはパトリックに蹴りを入れていた。
それが、何処に当ったかは、深く考えない事にしよう。
あたしは目の前で崩れ落ちたパトリックの背を踏み台に、脱出すると、
一目散に部屋から逃げ出したのだった。
そのまま自分の部屋へ逃げ込むつもりだったが、
何故か衛兵たちが「待てーー!!」と声を上げ、あたしを追って来ている。
なんでよーーー!??
パトリックに蹴りを入れたのが良く無かったのだろうか?
だが、あの場合は仕方が無いし、『命を賭しても守ってみせろ』と言ったのは、
他でもないパトリックだ。
回廊を直走っていると、急に出て来た人影に腕を掴まれ、あたしは悲鳴を上げた。
「ぎゃーーー!!いやー!離してー!変態ーーー!!」
「落ち着きなさい、全くもって不本意ですが、助けましょう」
あたしの手を掴んでいたのは、変態…いや、エドモンだった。
エドモンはあたしを脇にし、衛兵を止めた。
「王宮の衛兵たる者が、この様な小娘を追い駆け回しておいでとは…
一体、何をなさっているのですか?」
嫌味ったらしい事この上ないが、今のあたしは、エドモンの味方だった。
衛兵たちは気まずそうに顔を見合わせた。
「いえ、それが…パトリック殿下のご命令で…連れて来る様にと…」
「そうですか、王太子の命令では仕方ありませんね」
ええ!?裏切る気!??
あたしは口をあんぐりと開けてエドモンを見たが、
彼は落ち着き、冷やかな目を衛兵に向けていた。
「ですが、小娘を追い駆け回し、無理矢理引っ捕えて来い!などとは、
まさか、王太子も言ってはいないでしょう?」
「そ、それは、勿論であります!」
「あなた方のなさった行為を知れば、王は何と言うか…」
衛兵の顔色が一気に悪くなった。
「王に知られて困る様な事はなさらないように、
それと、この者は私が預かります、手出しは一切許しません、
王太子にそう伝えなさい、いいですね?」
エドモンが鋭い口調で言うと、衛兵たちはすごすごと引き返して行った。
「エドモン!あなたって、凄いのね!ただの嫌味な変態じゃなかったのね!」
「失礼な事を言っていると、王太子の部屋に投げ捨てますよ」
「あああ!止めてーー!!それだけはーーー!!」
あたしはあっさりと陥落したのだった。
「エドモンのお陰で助かったわ、ありがとう、ユベールが頼んでくれたの?」
「ええ、候補者たちが困っていれば助けるようにと。
尤も、問題を起こしたのは、あなた、ただお一人でしたが。
全く、あなたは、問題を起こさないと気が済まない体質ですか?」
なんだ、あたしを心配していたんじゃないのね…
その事に、あたしは少し気が抜けてしまった。
お陰で、エドモンの嫌味は気にならなかったけど。
「あたしの所為じゃないわよ、問題なのはパトリックの方よ!
あいつ、あたしを、ソファの自分の隣に座らせようとしたのよ!?」
あたしは訴えたが、エドモンは鼻で笑った。
「その位、座ってあげればいいでしょう」
「嫌よ!気持ち悪い!あんな奴に触られたくないわ!」
「それで、どうやって怒らせたんです?」
「丁重にお断りしたら、向こうが勝手に怒ったのよ!
それで、キスされそうになったから、蹴ってやったの、それだけよ!」
「まぁ、あの方相手なら、怒らせるのには十分ですね」
「それじゃ、ユベールによろしくね!」
あたしは行こうとしたが、エドモンは腕組をし、冷やかに言った。
「あなたは、九死に一生を得たのでしょう?
感謝はユベール様に直接伝えるべきでは?」
「でも、ユベールは忙しいんでしょう?」
「ええ、お仕事をなさっています、あなたの様な浮かれた小娘とは違い、
ユベール様は毎日忙しいんです」
『浮かれた小娘』で悪かったわね!!
頭にきたが、助けて貰った事もあり、なんとか飲み込んだ。
「だから、邪魔せずに帰るんじゃない」
「既に、邪魔しているんですよ。ユベール様は、少しでも動ける時間を作ろうと、早朝から休みなく働いていらっしゃる…
そんなユベール様に、顔も見せないで帰るとは、あまりに薄情だとは思わないのですか?」
早朝から仕事をしても、席を外せない主人の代わりに、エドモンが来たって事ね…ユベールは他人に頼むのが苦手だと言っていたし、本当は自分が来るつもりだったのね…
病持ちで、車椅子なのに、そこまで配慮してくれるユベールは優しい人だ。
しかし、異母兄にそこまでさせるパトリックには困ったものだ。
「ええ、ユベールに直接会いたいわ、案内して」
エドモンは大人しくユベールの部屋に案内してくれた。
ユベールの部屋の前には、衛兵が二人立っていたが、エドモンを見ると、衛兵たちは礼をし立ち去った。
エドモンの代わりだったのだろうが…
エドモンは衛兵二人分の働きをするって事ね?
「ユベール様、入ります」
エドモンは扉を叩き、中へ入った。
あたしもそれに続く、ユベールは正面の机に着き、何やら書類と格闘していた。
大きな本棚、ソファ、テーブルがあるだけだ、仕事部屋なのだろう。
「ああ、エドモン、御苦労さま、何も問題は無かった?」
ユベールはあたしに気付いていないのか、顔を上げずに話す。
エドモンはというと、抑えてはいるが、何処か面白そうな表情だ。
あたしもつい、エドモンに合わせてしまった。
「はい、ユベール様が心配される様な事は何もないかと…」
「そう、それなら良かった、少し休むといい、ここはもう少しで片付くから…」
「リゼット様にお会いしましたが、王太子にキスをされそうになったとか、
なんとか、申しておりまして…」
瞬間、ユベールが顔を上げ、ガタンと音をたて立ち上がった。
その驚愕の表情は、エドモンから、奥に立つあたしに向けられ…驚きに変った。
「リゼット!?ええ!?君、ずっと居た!?いつから…エドモン!?」
かなり動揺している。
目を丸くして、あわあわとしている姿…非常に…可愛いわ!!
「それでは、少し休ませて頂きます」と、エドモンはあたしたちを放置し、
部屋を出て行った。
ユベールは机に足をぶつけたのか、鈍い音を立てつつ、こちらに来た。
「リゼット、パトリックからキスされそうになったって…」
ユベールは悲壮な顔をしていて、あたしは慌てて遮った。
「ああ、でも、それは問題無いの!蹴ってやったから」
「蹴…?」
「それで、部屋を出て来たんだけど、パトリックの衛兵に追い駆けられて…
そこを、エドモンに助けられたって訳」
「そう、だけど…君は、大丈夫?」
「ええ、エドモンが跳ね付けてくれたし、大丈夫でしょう」
「いや、そうじゃなくて…取り敢えず、座って、リゼット…」
ユベールがあたしをソファに促す。
あたしが座ると、ユベールも隣に座ってきた。
このシチュエーションって、さっき、パトリックがしようとしたのと同じよね?
流石、異母兄弟…
まぁ、かなり意味は違うけど。
「怖かったよね?もう、心配ないよ、パトリックには近付かせない。
何か飲み物を…紅茶がいい?」
ユベールが青い顔で聞いて来る。
まるでガラス細工にでもなった気分だわ!
「ユベール、心配し過ぎよ!あたしはこの通りよ、大丈夫に見えない?」
ユベールはじっと、その赤い目を凝らし、あたしを覗き込むと…頭を振った。
「見えない、君は傷付いている、紅茶にしようね」
ユベールは立ち上がると、メイドを呼び、紅茶と菓子を運ばせた。
あたしは大丈夫なのに!と、言えない雰囲気で、気付くと紅茶を持たされていた。
「飲むと、落ち着くよ」
ユベールが優しく微笑み、見守る中、あたしは紅茶を一口飲んだ。
美味しい、それに、本当に落ち着くわ…
自分でも気付かなかったけど、神経が張り詰めていたのかもしれない。
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