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王太子の婚約者選び
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しおりを挟む「そういえば、お兄様から聞いたのだけど、二人への結婚祝いのカメオは、
ユベールが彫ったのですってね?あたしも見せて貰ったんだけど、素晴らし
かったわ!人の手であんなに細かく繊細に彫れるなんて、驚きだわ!」
あたしが褒めると、ユベールは気恥ずかしそうな顔をした。
「ありがとう…」
「それに、二人の思い出の場所をカメオにして、結婚祝いに贈るだなんて!
最高にロマンチックよ!フルールってば、感動して泣いてたんだから!」
「喜んで貰えて良かった…」
ユベールは微笑む。
それは、全く邪気が無く、純粋で、見ていると心が洗われる気がした。
本当に、いい人だわ…
フルールの善良さと良い勝負だろう。
「今度、あたしにも彫ってくれる?」
「うん、リゼットは何が好き?花?鳥?」
「何でも好きよ!でも、それって、困るわよね?」
「そうだね、君の欲しいものをあげたいな…」
「ロマンチックなものがいいわ!」
そんな事を話していると、店に数名、人相の悪い連中が、大きな声を出しながら入って来た。下品な振る舞い、適当に見繕った様な甲冑、腰には剣…賊かもしれない。
あたしたちは自然、会話を止め動向を見守っていた。
何もせずに出て行く様ならいいけど…
「リゼット…」
ユベールがあたしの隣に座り、頭から膝掛けを被せてきた。
彼らの目に入らない様にだろう。
ユベールは怖くないのだろうか?だが、彼から恐怖は感じない。
エドモンがいるからだろうか?だけど、彼一人でこの人数を捌けるかしら?
あたしは神経を研ぎ澄ませながら、パスタを食べた。
何にしても、お腹を満たしておいて損は無い!
彼らは空いている席に座ると、大声で店員を呼び、料理を運ばせた。
それらを平らげ、酒を浴びる様に飲む。
一人が席を立ち、フラフラとこちらに歩いて来ると、ユベールに絡み出した。
「姉ちゃん、こっち来て、一緒に飲もうぜ!」
ユベールは彼らから顔を背けていたし、痩せている事もあり、
女性に間違えられた様だ。
ユベールの髪は短いのに…相当、酔っぱらっているわね…
笑ってしまってはユベールが恥ずかしい思いをする…あたしは我慢したが、
カウンターではエドモンが遠慮無く吹き出していた。
全く!あの護衛は!助ける気はあるんでしょうね!?
あたしはぐっと、フォークを握りしめた。
ユベールは拒否を示すように、手を振った。
だが、相手は諦めが悪く…
「おい、姉ちゃんてばよー」
ユベールの肩を乱暴に掴んだ。
ユベールは力無く、まるで人形の様に揺さ振られる。
あたしはそれを見て、自分が護らなければ___!と、強い思いに突き動かされた。
「止めなさい!その手を離しなさい!」
あたしは席を立ち、フォークで威嚇した。
「なんだ、小娘、そんなフォークなんかで、俺をどうにか出来ると思ってんのか?」
「あたしたちに危害を加えるなら、後悔するわよ!」
「勇ましいじゃねーか、やってみな!」
相手から許可が出たので、あたしは思いきり、ユベールの肩を掴む男の手に、それを刺してやった。
「ぎゃーーーー!!」
男は飛び退いた。
「な、なにしやがる!小娘が!!」
「もう!あなたがやれって言ったんでしょう」
「煩ぇ!!許さねーぞ!」
飛び掛かって来たが、あたしは手を向け、風の魔法を張り、防いだ。
このまま魔法を発動させる事も出来るが、それでは店が壊れてしまうので
止めておこう。
「大人しく席に戻って、酔いを覚ましなさいよ!
そんなんじゃ、女性に嫌われるわよ!」
「ぐうう…魔法!?こんな、小娘が…!!」
相手は驚いているが、こっちは、公爵令嬢だ。
昔から護身術として、剣や魔法はそれなりに嗜んでいる。
あたしが魔法を解くと、男は舌打ちし、席に戻って行った。
あたしは息を吐き、ユベールを覗き込んだ。
「ユベール、大丈夫だった?」
ユベールは苦笑した。
「ありがとうリゼット、君に助けられるなんて、恥ずかしいよ…」
女性に間違われた上に、小娘に助けられたとあっては、
ユベールの立場が無い…そんな事までは考えていなかった。
「ううん、ごめんなさい、余計な事して、きっと、エドモンが助けてくれたわよね」
恨みがましくエドモンを見ると、全く意に介さず、紅茶を飲んでいた。
あたしはこれ以上、巻き込まれない様にと、残っていた料理を急いで食べ、
「出ましょう」と席を立った。
店から出て、馬車に乗り込もうとしていた時だ、店からヤツ等が追って来た。
「おまえら!待ちやがれ!無事に帰れると思うなよ!!」
相当怒っているらしい、皆手に剣を持っている。
「しつこいわね!」
「誰の所為でしょうね?」
「あたしの所為だって言いたいの!?そもそも、あなたがユベールを助けないからでしょう!?」
「それでは、絡まれた僕の所為だね」
「いいえ!あなたを女性と間違える程、泥酔した男の所為よ!」
「僕の所為でいいから、その事は忘れて欲しいな、リゼット」
あたしが高らかに宣言すると、ユベールは力なく笑った。
あら!ごめんなさい!忘れられそうにないけど、従兄の為に努力しなきゃ!
「それで、今度は助けてくれるんでしょうね?エドモン」
あたしがエドモンを睨み見ると、
彼はその冷ややかな目をあたしではなく、ユベールに向けた。
「いかがなさいますか?」
ユベールはエドモンとは目を合わせずに頷いた。
そして、小さく呟く。
「エドモン、助けて」
すると、エドモンは急に態度を改め、「御意」と答えると、さっと踵を返した。
マントを羽織っていたら、良く靡いていただろう。
「ねぇ、今の、どういう事?」
あたしが聞くと、ユベールは項垂れたまま、頬を赤らめた。
「エドモンとの取り決めの様なものでね…
彼には少し変な趣味があって、彼は『お願い』されたい人なんだよ。
僕が『助けて』と言えば、エドモンは絶対に助けてくれるけど…
僕は人に頼むのが苦手でね…いつもギリギリになってしまって、
エドモンが痺れを切らすか、僕が降参するかの攻防だね___」
ナニソレ!!!
とても理解出来ない。一瞬、頭が真っ白になったわよ!
でも、それなら、さっき、『あなたがユベールを助けないからでしょう!』と、
エドモンを責めたあたしに、ユベールが『僕の所為』と言ったのは、
別にエドモンを庇った訳では無く…本当に、ユベールの所為だったのだ!
もしかして、離れた席に座っていたのも、
大声で『助けて!』と言われたいから…だったり、して?
披露パーティの時も、エドモンはその言葉を待っていたって事!??
うれしそうだったのは…まさか、それを想像してニヤ付いてたの??
ああ、どんどん、したくもない勘繰りをしてしまう…
「心配して損したわ!」
「うん、ごめんね…でも、知られるのは、恥ずかしくて…」
そうやって恥じらうユベールは、乙女の様に可愛く…
エドモンを責められない気がした。
あいつ、男色じゃないわよね!??
もしそうなら、あの変態護衛から、ユベールを守らなくては!!
あたしは強く心に決め、ユベールを馬車に引き上げた。
馬車の窓から、エドモンの実力をじっくり見させて貰おう。
これで、ヘナチョコだったら、笑ってやるわ!
エドモンは彼らの前に進み出ると、何らかの魔法を使ったのだろう…
男たちは「うああああ!」と絶叫し、ある者はその場で腰を抜かし、
ある者は剣を振り回していた。
エドモンは男たちを阿鼻叫喚に陥れると、踵を返し戻って来た。
そして無表情で馬車に乗り込み、何事も無かったかの様に腰を下ろした。
「エドモン、何の魔法を使ったの?」
「幻覚魔法です、彼らの足元には大蛇がいます。
効果は短いですが、時間稼ぎにはなるでしょう」
護衛というので、剣術が得意なのかと思っていた。
魔法なら、離れた場所でも助ける事は出来るだろう。
「ふうん、やるじゃない」
「ええ、主人に『助けて』と言われましたので」
これみよがしのエドモンに、ユベールは声も無く、頬を染め項垂れている。
これでは、ユベールが頼みたがらないのも分かるというものだ。
エドモンはユベールを苛めたいのね…
ええ、あたしの従兄は可愛いものね…
しかし、腕が立つなら、ここは暫く、変態行為も静観するしかないわ。
◇
王宮に戻り、あたしはパトリックの部屋を訪ねた。
『謝罪の為』と言うと、扉の前の衛兵は直ぐに取り次いでくれた。
「王太子様が催して下さった会を、途中で抜け出してしまい、申し訳ありませんでした、深く反省しております」
丁寧に謝罪を述べたが、パトリックがあたしを見る表情は蔑むものだった。
「ふん、口では何とでも言えよう」
「今後、この様な事は、誓って致しません」
「いや、おまえには罰を与えねばなるまい」
置いて帰られた事は、罰にはならないの!?
あたしは出掛かった言葉を飲み込んだ。
「そうだな、おまえは少し食べ過ぎだ、よって、婚約者が決まるまで、何も口にするな」
「そんな!死にますわ!!」
「水だけは飲ませてやる、後三日程度だ、死ぬものか。
それとも、『伯父様』に泣きつくか?」
馬鹿にした態度に、あたしの闘志に火が点いた。
「いいえ、それで構いませんわ、王太子様のご命令ですもの、
このリゼット=グノー、必ずや、期待にお応えしてみせます」
負けるものか!!!
あたしは恭しく礼をし、王太子の部屋を後にしたのだった。
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