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王太子の婚約者選び

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夜会の日がやって来た。

前日から、母イザベルと、王都にあるグノー家が所有する別邸に来ていた。
ドレスを合わせてみて、直しが必要か確認した。
ドレスは母が御用達にしている、ロアナ=ル・ブランの作ったものだ。

それから、母と王都見物に出た。
王都で何が流行っているのか、売れている物を調査したり、ロアナの王都の支店に顔を出したりした。

グノー家の別邸から王宮までは、馬車で三十分も掛からない事もあり、
当日は、友達のジュリエンヌ=ベジャール侯爵令嬢と、
メリッサ=ブリオン侯爵令嬢に部屋を貸していた。
もう一人の友人であるクリスティナ=カブレ公爵令嬢は、王都に別邸があり、部屋を貸す必要は無かった。

それぞれに着飾り、一緒の馬車に乗り王都へ向かった。
出席出来るのは招待状を持つ者だけで、両親や付き添いは付いて来る事は出来無い。
あたしたちは解放感に浮かれ、王宮に向かったのだった。

「ああ!どきどきしますわ!」
「どの位、令嬢が集まると思う?国中から選んだ訳じゃないわよね?」
「その中から数名選ぶって、考えてみたら難しいわよねぇ?」
「もう決まっていたりして!」
「そんな事言うのは止めてよ!もっと、ロマンチックに考えなきゃ!」
「そういうの、いつもはリゼットが言うのに、今日は大人しいじゃない?」

ジュリエンヌに訝しげに言われ、あたしは肩を竦めた。

「だって、王太子は従兄だもの、全然、ロマンチックじゃないわ」
「成程、それで乗り気じゃないのね」
「いいじゃない!従兄とのロマンス!素敵よ、運命的だわ!」

無邪気なメリッサに、あたしは「そうかしら」と唇を尖らせた。

馬車が王宮に着き、階段を上って、開かれた大きな扉を潜る。
扉の両側には衛兵も立っていて、不審者がいないか目を光らせている。
あたしたちは異国のお姫様になった気になり、気取った態度で広間に入った。

大広間には、ざっと百名程の令嬢の姿があった。

「うわぁ!やっぱり凄いわぁ!!」

無邪気なメリッサは声を上げ、ポカンと口を開けて、高い天井や豪華なシャンデリアを眺めていた。

「クリスティナはもう来てるかしら?」

あたしたちはもう一人の友人を探して、令嬢たちの間を歩いた。
皆、これでもかと豪華に着飾っている。
それにしても、この人数は…
条件の合う者に、手当たり次第、招待状を送ったのではないかと思わせる。
香水の匂いで咽返りそうだ。

「クリスティナがいたわ!」

メリッサが指を指す。
その先には、豪華に着飾ったクリスティナの姿があった。

「うわぁ、クリスティナってば、気合入ってるわね!」
「お母様に着せられてしまったのよぉ…こんなの~恥ずかしいわぁ」

クリスティナは恥じらう。
だけど、彼女がまんざらでも無い事は、長い付き合いで良く分かっていた。
彼女に悪気は無いと思うが、少し面倒な子だった。

「クリスティナ、とっても素敵よ!」
「そんな事~、恥ずかしいわぁ、リゼット!」

四人で話していると、開会の言葉があり、王太子パトリックが姿を現した。
令嬢たちから黄色い声が上がる。

静かに音楽が流れ出し、皆が固唾を飲み、パトリックの動向を見守った。
パトリックが最初に誰をダンスに誘うのか___
これは非常に大事な場面といえる。

パトリックは沢山の令嬢を脇に、堂々と歩みを進める。
王太子らしい態度だが、自信家にも見える。
まぁ、こんな事を催している時点で、かなりの自信家には違いないわね。

赤毛の癖のある髪で、我の強そうな吊り上がった眉、琥珀色の目をしている。
引き締められた口元も頑固そうだ。
伯父である王とは似ていないので、王妃似なのだろう。
身長は高い方で、鍛えているのか体格も良い…

「素敵ねぇ…」

クリスティナがうっとりとした声を洩らした。
すると、パトリックの顔がパッと、こちらに向いた。
クリスティナが雷に打たれたかの様に、目を見開き、息を飲んだ。
パトリックはこちらへ足を向け、歩いて来ると…
何故かあたしの前に手を差し出した。

あたしがそれを取ると信じ、疑っていない。
勿論、あたしはその手を取る。そうしなければ、礼儀に反するからだ。
だが、彼から尊大な態度が伺え、その手を振り払いたい気分になった。

いけないけない、きっとこれは、あたしの被害妄想ね…

陽に焼けた肌は健康そうだ。体格も良いし、運動が好きなのかしらね…
確か、隣国の魔法学園に留学して、二年で卒業したのよね?
優秀なのかしら?まぁ、王太子が馬鹿では困るわね…
ぼんやりと考えながら、あたしはパトリックとファーストダンスを踊っていた。

「君、名前は?」
「リゼット=グノー」

あなたの従妹よ。
言わなくても分かるだろうと思ったが、相手はそれについては何も言わず、
無遠慮にじろじろと視線を這わせてきた。

「美人だな」

「ありがとうございます」

顔や胸の辺りを舐め回す様に見られ、あまりの気持ち悪さに返事が少し遅れたが、何とか返すと、パトリックは満足そうにニヤリと笑った。
ダンスをしながら、相手を精査するなんて!
最悪、最低だ!

最悪のダンスを終え、友人たちの元へ帰って来たあたしを、メリッサとジュリエンヌは笑顔で迎えた。

「凄いわ!流石リゼットね!」
「あなたを見るパトリック様の目!あれは恋に落ちたわよ!」

ジュリエンヌの言葉に内心、吐きそうになったが、
相手は王太子…従兄でもあるので、何とか我慢した。

「そんな事は無いわ、パトリック様は冷静よ」

冷静に女性を精査しておりましたわ。と胸の奥で皮肉った。

「パトリック様は、私の声で足を止められたのに!
それをリゼットが攫うなんて…私たちお友達なのに、酷いわ!」

クリスティナの機嫌は地に落ちていた。
だが、そんな事を言われても、あたしにはどうしようも無い事だ。
メリッサもジュリエンヌも困った顔になった。

「仕方ないわよ、リゼットは目立つから」
「それなら、リゼットと一緒にいれば、パトリック様の目に入る確率は高いって事ね!リゼット、私と一緒にいてね☆」

メリッサは冗談で言ったのだが、クリスティナは思い切り顔を顰めた。

「私は嫌よ、良い所だけリゼットに奪われるのですもの!リゼットとは一緒にいたくないわ」
「だったら、リゼット、私達は向こうへ行きましょう」

ジュリエンヌがあたしとメリッサを誘ったが、クリスティナが止めた。

「私を独りにするなんて!皆意地悪しないで!お母様に言い付けるから!
私、本気でパトリック様が好きなの!皆協力してよぉ!」

クリスティナの面倒な所が出てしまい、
結局、あたしとメリッサ、クリスティナとジュリエンヌ、二手に別れる事にした。
夜会は三時間、それが終わって、友情が復活するといいけど…
これで、クリスティナが選ばれなかったら、次に会う時が恐ろしいわ。

それからあたしは、メリッサがパトリックに近付けるように手助けをし、
後は壁の花となり、周囲を眺めていた。
三時間が経ち、令嬢たちはそれぞれパトリックに挨拶をし、広間を出た。
あたしも一応、形通りの挨拶をしておいたが、やはり、パトリックが自分や
令嬢たちを見るあの目は、獲物を狙う目の様で、ぞっとした。

「ああ、パトリック様は、なんて素敵なのかしら!」
「男らしくて、恰好良いわよね」

メリッサもジュリエンヌも、パトリックに対して好意的だった。
あたしは異を唱えたかったが、礼儀に反する…と我慢し、適当に相槌を打っておいた。

ああ…どうか、選ばれませんように!!


そんなあたしの祈りは虚しく、三日後、
王家から、婚約者候補に選ばれたので王宮に来るように…と、招待状が届いたのだった。

案の定、兄のテオは良い顔をしなかった。
しかし、断れるものでは無い事は、誰にでも分かる事で、兄は特に何か言ったりはしなかった。

あたしは皆を心配させたくなくて、自分が感じたパトリックの印象を、素直には話さなかった。

「見た目はそう悪く無いわね」
「どういう方か、まだ分からないわ」
「万が一にも選ばれる事なんて無いわよ!」

明るく笑い飛ばしていた。

王宮で過ごす5日間、両親や付き添いはいない。
不安は勿論あったが、あたしが不安を見せると、両親も兄夫婦も困ると思い、平気な顔をしていた。
だが、やはり、兄は気付いていて、王宮へ向かう日、あたしに言ってくれた。

「リゼット、独りで抱え込んでは駄目だよ。
僕たち家族は皆、おまえの味方だ、おまえは自由に選択していいんだからね。
僕たちの事はいいから、自分が幸せになる道を選ぶんだよ。
それから、もし、何か困った事があれば、ユベールを頼るんだよ」

兄の言葉で、あたしは王宮にはユベールがいるのだと気付いた。
ユベールに会えるかもしれないわ!
それを考えると、数日王宮で過ごす事も悪く無いと思えてきた。

「はい、お兄様!
あたしが家を留守にしている間、フルールと甘い新婚生活を送ってね!」

兄は苦笑したが、何処か安心した表情だった。

あたしは颯爽と馬車に向かい、力強く踏み台に足を掛け、乗り込んだ。
そして、とびきりの笑顔で、家族に手を振った。

「行って参ります!」

必ずや、パトリックとの婚約は回避してみせます!!と胸に誓って。



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