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王太子の婚約者選び

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料理のチェックをしていたあたしは、怪しい男性客に気付いた。

その男は二十代前半だろうか…大人で厳格な顔立ちをしている。
背が高く、肩幅があり、首もガッシリしているので、多分鍛えているのだろう。
見た目のスマートさより、きっと逞しい筈だ。
男は目立つ気が無いのか、身に着けているのは、飾り気の無いシンプルな礼服だ。

その男の何処が怪しいのか…というと、テーブルから離れて立ち、
手には料理を取った皿。それを食べながら、ずっと一点を見つめているのだ。
普段のあたしなら、一目惚れかしら?陰ながら想っている令嬢がいらっしゃるのかも!など、考える処なのだが…
その不機嫌そうな表情と、鋭い目付きには…
とてもロマンスの入り込む余地がないわ!

殺し屋かしら?
暗殺者かも!!
こんな、おめでたい席で死人が出ては困るわ!

あたしは自分の想像に衝き動かされ、男に声を掛ける事にした。
そう、なるべく、愛想良くね…

「素敵な式でしたわね、あなたは、テオフィルのお友達かしら?」
「いえ、私は付き添いの者です」

男は不機嫌な顔を崩さずに、一点を見つめたまま、素っ気無く答えた。
なんだ、暗殺者じゃないのね。
肩透かしだ、ガッカリしたあたしは、猫を被るのを止めた。

「付き添いなのに、こんな所で遊んでいていいの?」
「私の主人は、従者が食事を取らないのを嫌がるんですよ、
本人は碌に食べない癖に…」

憎々しいといった感じだ。

「側に居ないでいいの?」
「側に居られると邪魔らしいので」

確かに、こんな不機嫌で大きな男が傍にいたら、社交の場は台無しだろう。
あたしは、その見ぬ『主人』に同情し、この『付き添い男』にも同情した。

「それで、離れた所から見守っているのね、なんて健気なの!」
「別に、健気ではありませんよ、
主人が困った目に遭うのを、楽しんで見ているので」

男が初めて薄い笑みを見せたが、それは、正しく、暗殺者のものだった。

「意地悪ね!助けてあげたらいいじゃない、感謝されるわよ」
「それよりも、私は、私を遠避けた事を後悔される方を望みます」

健気ではなく、偏屈だったらしい。
あたしは肩を竦めた。

「残念だけど、この披露パーティで困った事なんて起こらないわ!
誰か困っていたら、助けて下さる方は沢山いますもの」

「大した自信ですね、だが、やはり子供…
世の中には、人から親切にされない者もいるんですよ、私の主人の様にね」

男はうっとりと笑みを浮かべる。
この人、主人が困るのを見て喜ぶなんて…サディストかしら?

「それで、あんたの主人は何処にいるのよ!
周囲が助けなくて、従者も助けないなら、あたしが助けるわ!
あたしは、この披露パーティのプランナーですもの!」

あたしは、男の視線を辿り、それに目を付けた。
椅子に座る白髪の人物___あの人に違い無いわ!
あんな老人を甚振るなんて、この従者はどうかしているわ!
即刻首にするように言ってあげなくちゃ!

あたしは『主人』を助けに向かった。
だが、途中で呼び止められたり、挨拶をされたりと、すっかり手間取ってしまった。
そうして向かっていた処、またもや呼ばれた。

「リゼット!」

だが、これは無視出来ない。
相手はこのパーティの主賓の一人、兄のテオだからだ___

「どうなさったの、お兄様!」

ああ、もう!早く終わらせて、男の『主人』とやらを助けに行かなくちゃ!
あたしは苛々しながら、そっちへ走った。

「おまえに紹介したかったんだ、話していただろう?
僕たちの従兄のユベールだよ」

兄が紹介する、その人物は…
白髪に、赤い目をした、若者だった___

『主人』って、もしかして、この人の事!?

白髪だったので、てっきり老人だとばかり思っていたけど…
兄よりも若い…いえ、確か、ユベールは兄の一つ年上だわ。
酷く痩せていて、窶れていて、体が小さく、目が大きく見えるからだろうか?
あたしと同じ年頃にも見えるし、もっとずっと上にも見えるわ。

『世の中には、人から親切にされない者もいるんですよ、私の主人の様にね』

男はそんな事を言っていたけど…
そんなの、嘘よ!!
だって、彼は、ユベールは、この国の第一王子じゃない!!
王子様に親切にしない者なんていないわ!!

からかわれたんだわ!
あたしは思い切り、不機嫌になった。

「ユベール、覚えているかな、僕の妹のリゼットだよ」

兄に紹介され、彼はあたしを見ると、その赤い目を細め、優しく微笑んだ。

「うん、勿論、大きくなったね、リゼット」
「大きくなった、だなんて!親戚の伯父さんみたいだわ!」

不機嫌だった事もあり、つい、頬を膨らませて返してしまった。
「リゼット、失礼だよ」と、兄は珍しく咎めるようにあたしを見た。
怒らせてしまったらしい、こんな日に!
あたしは急に後悔に襲われ、心の中で必死に謝った。
それが通じたのか、兄は冗談を交え、あたしを庇ってくれた。

「ごめんね、ユベール…年頃でね、最近のリゼットは、すっかり夢見る乙女になってしまってるんだよ」

ここでユベールが、「許さん!」と王子の傲慢さを見せ怒れば、
この場は一気に、修羅場と化しただろう。
だが、彼はなんと、楽し気に笑いを零した。
しかも…

「それは、僕が伯父さんになる訳だね。
テオの前だから、君を崇拝し傅く事は出来無いけど、そうしたい気分でいるよ、
見違える程綺麗になって、驚いているよ、リゼット」

あたしに合わせて、ロマンチックな事を言ってくれた!
こんな遊びに付き合ってくれた男性は初めてだわ!
あたしの中で『ユベール』の好感度は、一気に雲を突き抜けた。

「あなたって、いい人ね!ユベール!」

流石、兄の心を掴むだけはあるわ!
もっと話してみたかったけど、残念ながら、また呼ばれてしまい、
席を外さなくてはいけなかった。

それに加え、ユベールは、なんと!途中で帰ってしまったのだ!!
最後のケーキカットを見ないで帰るなんて!そこは減点しなくてはいけない。
ユベールにも見て貰いたかったし、食べて欲しかったのに…
ああ、彼は一体、何て言ってくれただろう?

最後に見掛けた彼は、車椅子に乗って移動していた。
例のサディストの従者に車椅子を押されて…

そういえば、あの従者を首にした方がいいと忠告してあげるのも忘れてしまっていた。

何もかも、上手くいかない、散らばったパズルみたいよ!

「ユベールが贈ってくれた、壁飾りのカメオだけど、ユベールが彫ってくれたものだったよ。
実際に見た事は無くて、想像だと言っていたけど、凄い才能だよね。
昔から手先は器用だったんだけど…」

兄がそんな事を誇らしそうに話すので、あたしはますます不機嫌になった。
あたしだって、ユベールと話したかったのに!
そういう話、ユベールから直接聞きたかったのに!

「お兄様の意地悪!」

あたしが言うと、フルールは笑い、兄は「ええ??」と目を丸くしていた。

「それより、ユベールは、なんで途中で帰っちゃったの!?
あの素敵なウエディングケーキを見ないで帰るなんて、酷いわ!」

「彼にとっては、あまり楽しい場では無いからね…
来てくれた目的は、僕とフルールに会う事だったと思うよ」

「楽しくなかったって事!?どうして!?」

名のある音楽家の演奏に、沢山の料理、自慢の国一番のワイン、
美しい庭園、華やかで楽しい雰囲気に包まれた、ガーデンパーティになった筈だった。それを『楽しい場ではない』など、あんまりだ!

「病気の所為で、あまり食べられないんだ、彼はフルールよりも食が細いよ。
音楽は楽しんでくれていた様だけど、動くとかなり負担になるから、
ダンスも出来無いしね…」

「それなら、庭園を見て周って、どなたかと会話を楽しむとか…」

「初めて会う人と話すのは好きじゃないんだよ。小さい頃から公的の場に出ていて、挨拶をする事は多かったと思うけど、どれも上辺だけの話でね…そういうのにはうんざりしているだろうし。好奇心で寄って来られてもね…
それに、彼は王子だから、相手とは距離を置かなければいけない」

それは、確かに、楽しくなさそうだ。

「おまえは思わなかっただろうけど、『病気持ちは不吉だ』と思う人も少なからずいてね、悪く言う人もいる。
それで長居はしないんだよ、ユベールはとても気を遣う人だからね…
エドモンに車椅子を押させ、式やパーティに付き合わせるのも『悪い』と思ってしまう位にね…」

「あの目付きが悪くて、サディストの従者は、エドモンって言うのね」

「おまえの率直な所は長所でもあり、短所だよ、リゼット。
エドモンは従者じゃないよ、ユベールの護衛で、片腕でもあるんだ、優秀らしいね」

成程、護衛なら、殺し屋と間違えても仕方がないわね!
雰囲気は一緒だもの!

「でも、あの人…エドモンは意地悪だわ!
ユベールが困っているのを見て、うれしそうにしてたのよ!?」

「ああ、ユベール曰く、邪険にして追い払ったらしいからね」

兄は肩を揺すり笑っていた。その様子から、関係の良さは伺えるが…

「でも、助けないなんて酷いわ…
ユベールが嫌な思いをしていたら、プランナーのあたしの落ち度になるわ」

「それなら、僕がフォローしておいたから」

また、お兄様!?
あたしが助けたかったのにーーー!!!

ジタバタするあたしに、兄は構わずに続けた。

「それに、彼なりにパーティを楽しんでいたよ」

この言葉で納得するより他無かった。


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