【完結】婚約者候補の落ちこぼれ令嬢は、病弱王子がお気に入り!

白雨 音

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病弱王子は恋をしている

1 ユベール視点

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リゼット=グノー公爵令嬢

僕と彼女の出会いは、まだ幼い、子供の時分だった。

その日、王宮で行われた行事の途中で、僕は息苦しさを覚え、席を外した。
この様な所作は、例え十歳の子供だからといえ、第一王子のする事では無い…と、本来ならば批難される所だろうが、元来、体の弱い僕には珍しい事では無く、周囲も今更気に留めたりはしない。

少し休むつもりで、僕は庭園と庭園を繋ぐ、中庭に降りた。
ここは人気も無く落ち着ける。
春のやわらかく温かな陽を浴び、清々しい空気を吸い込む…

気持ちは和むのだが、その反面、胸の辺りは更にもやもやとしてきた。
僕は胸を押さえ、擦る。

「ふう…」

病弱なのは生まれた時からなので、体の辛さには慣れているが、
心の方は慣れず、落ちてしまう。

人並みに、座ってもいられない自分___
こんな自分が、第一王子なんて…父上はどう思っているだろう?
僕の耳に入って来る噂では、良い声は聞こえて来なかった。

『あれが第一王子では、面目が立たない』
『あれでは、外交に出せ無い』
『全く、役に立たない王子だ…』

そんな声ばかりだ。
だが、父自身は、その様な事を僕に言った事は無かった。
それよりも寧ろ、いつも温かく見守っていてくれ、勇気付けてくれる。
愛情…なのだろう。
だが、それは何処か、負い目を感じている様にも見える。
僕を産んだ所為で、母上は亡くなってしまったというのに…

僕の誕生と引き換えに亡くなった母を思うと、気持ちは更に沈んだ。
『亡くなった母上の為にも、立派な王子にならなければ!』
そう思うのに、自分は全く何も追い付かない。
体が弱く、激しい運動をすると発作が起きるので、剣術は習えなかった。
魔力はあっても、魔法を使うだけの体力を持ち合わせていないので、
勉強し、習ってはいるが、ほとんど使った事は無い。

二歳年下の異母弟、第二王子のパトリックは、僕とは真逆で、
健康で活気に満ち、8歳の今、剣術も魔法も習い始めたというのに…

僕は何も出来無い王子だ…

どんどん悲しみの淵に追いやられていく。
そこは暗く息苦しい場所だが、きっと、自分には似合いの場所だ。

「きゃー!きゃー!」

子供特有の、高く可愛い声が聞こえてきて、僕は意識を引き戻された。
目を上げ、声を辿ると、金色の小さな塊が見えた。
ぼんやりと見ていたのがいけなかった。
それは突風の様に、こちらに向かって来たかと思うと、そのまま勢い良く…
僕にぶつかった。

ドン!

「うわ、ぁ!?」

情けない事に、尻餅を着いたのは、僕の方だった。
そして、痩せている僕は、お尻にかなりの衝撃を受けたのだった。

「い、いた、たた…」
「いたい?」

僕を覗き込んできたのは、目が覚める様な、綺麗な青色の目だった。
金色の髪はやわらかそうに、ふわふわと風に揺れている。
ふっくらとした薔薇色の頬に、小さな赤い唇…

天使…

一瞬、そうだと思ったが、当然、そんな事は無く、それは幼い女児だった。
小さな少女は、その小さな手の平で、僕の頭をペシペシと叩く。

「なかないなかない、つよいこだねー」

最初、何かの呪文かと思ったが、その意味を理解した僕は、自分の頬に触れた。
僕は自分が泣いていた事に気付き、恥ずかしさに顔を赤くした。
慌ててポケットからハンカチを取り出し、隠す様に頬に当てた。

「あなた、うさぎさん?」

急にそんな事を言われ、僕はキョトンと彼女を見た。
彼女は白いうさぎの人形を持っていて、それを僕に向けている。
僕は、ああ…と、納得した。

僕の髪は白く、目は赤い。
それが、うさぎの人形と似て見えたのだろう。

だが、そんな風に言われたのは初めてだった。
『怖い』『不気味』『呪われている』等は良く言われていたが、
まさか、『うさぎ』と言われるとは…
子供の純粋さに救われる気がした。

「おともだちいるから、さびしくないよー」

彼女はぐいぐいと、僕にその人形を押し付けてきた。
あまりに力が強かったので、僕は更に後に倒れそうになった。
その時だった。

「リゼット!ユベールを苛めちゃ駄目だよ」

何処からともなく、少年が走って来て、彼女を止めてくれた。
テオフィル=グノー。
彼は、僕の父の妹の息子…従弟で、僕より一つ年下だ。
僕の5歳年上の姉、サーラとは特に仲が良く、時々彼女に会いに来ていた。
僕も体調の良い時には、顔を出すようにしていた。
テオは優しく朗らかで、話題も豊富で…
僕は彼と一緒の場に居るだけで、気持ちが晴れるのだ。きっと、サーラもだろう。

「ユベール、ごめんね、怪我は無い?」

心配そうなテオに、僕の顔はますます赤くなった。
まさか、こんな小さな子供に押し倒されたなんて言えない…
僕はなるべく平気な笑みを作った。

「うん、驚いただけだよ、テオ、その子は?」
「僕の妹でね、リゼット、5歳だよ」
「元気が良いね」
「そうなんだよ、何処に飛んで行くか分からなくてね…待って、リゼット!」

テオは困った様に言っているが、リゼットを捕まえに行く姿は楽しそうだった。
妹か…
羨ましく思えた。

「ユベール、またね!」
「ゆべーる、ばいばい!」

屈託の無い、明るい無邪気な笑顔だった。
きっと、彼女がいれば、周囲はパッと明るくなるだろう…
僕は羨望の眼差しで、手を振っていた。

二人が去ってから、気付いた。
僕の足元に落ちていた、うさぎの人形に。
僕はそれを拾い上げ、埃を払った。

「僕の、ともだちか…」

僕に友達はいない。
唯一、気軽に話せるのは、テオとその友人たちだったが、年に数回程しか会う事も無かった。
それで、友達などというのは、おこがましいだろう。

「僕のともだちになってくれる?」

僕は人形に話し掛け、それを部屋に持ち帰った。
だが、夜になって、少女が人形を失くし、泣いているんじゃないかと気になり、
僕はテオに手紙を書いた。

リゼットの人形を預かっている事、何かの機会に返そうと思っている事、
もし、リゼットが悲しんでいたら直ぐに送ると。

テオからの返事は直ぐに届いた。

『人形の事なら、返して貰わなくて構わないよ』
『リゼットは、うさぎの人形はともだちと一緒にいると言ってる』
『君の事を友達だと思っているみたいだよ』

手紙を読み、僕はテオが誤解している事に気付いた。
僕はリゼットに友達と思われている訳では無い。
『うさぎの人形の友達』に思われているのだ。
だけど、それをわざわざテオに伝えるのは恥ずかしく、誤解させたままにしておく事にした。

僕は『ともだち』となったうさぎの人形に、名前を付けた。

リゼットから貰ったから、彼女にちなんだ名前にしたかった。
リゼットは、無邪気で、元気で、周囲をも明るくしてしまう…
憧れて止まない、真夏の太陽のような少女だった。

「君の名は、ソレイユ《太陽》だよ」



その日から、ソレイユは僕の心の支えになった。
今まで僕は、自分の考えや悩みを口にする事は無かった。
ただ、頭の中で悶々と思考を繰り返し、悲しみの淵にいた。
だが、ソレイユに話し掛ける事で、不思議だが、悲しみの淵に立つ事は減った。
少しだが、胸の内に明るい光が差し込むのだ。


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