5 / 13
5 エリーゼ/
しおりを挟む
◆◆ エリーゼ ◆◆
エリーゼは毎日の様に、ヴァンサン伯爵家に行き、ナゼールを慰めた。
「ナゼール様ぁ、どうか、気を落とされないでぇ」
「ミシェルは、ナゼール様を吹っ切ると言っていたものぉ…」
「ナゼール様が幸せになる事がぁ、ミシェルの願いなのよぉ」
そして、数日後、エリーゼの狙い通り、それは届いた。
ヴァンサン伯爵家からの、縁談の打診だ。
「エリーゼ!ヴァンサン伯爵が、おまえをナゼール様の妻にしたいと言って来たぞ!」
父は驚きながらも歓喜していた。
それはそうだ、男爵令嬢が伯爵家に嫁ぐなど、滅多に無い事だ。
「まぁ!うれしいわぁ!お父様、早く返事をなさってぇ!
こういう事は、早い方が印象も良いのよぉ!」
エリーゼは返事を急がせた。
翌日には、両親と共に伯爵家に呼ばれ、
伯爵、伯爵夫人、ナゼールと会う事となった。
伯爵は機嫌が良く、エリーゼたちを歓待したが、ナゼールは暗い顔をしていた。
礼儀正しくはしていたが、何処か虚ろだった。
エリーゼは構わずに、ナゼールや伯爵、伯爵夫人に愛想を振り撒いた。
伯爵も伯爵夫人も愛想良く、目配せをしていたので、自分を気に入った事が分かった。
「二度も婚約破棄をしては、結婚を急がねば余計な詮索をされる。
そうなれば、前の婚約者も肩身の狭い思いをするだろう。
それでだが、結婚は予定通り二月後と考えている。準備は整っておる、心配はせずとも良い。
エリーゼ、急だが受けて貰えるか?」
「はい、謹んでお受け致しますぅ」
エリーゼは言葉少なく返事をしたが、内心では歓喜していた。
二月などと言わず、直ぐにでも結婚したい位よぉ!
◆◆
次の日には、エリーゼはミシェルに報告に行った。
「昨日、ヴァンサン伯爵から、あたしの家に縁談の打診が来たのぉ…
あたしは勿論、断るつもりだったわぁ!親友のあなたを裏切る事は出来ないものぉ!
でも…お父様が、あたしに内緒で受けてしまったのぉ…
あたしの家はミシェルの家程裕福じゃないでしょぉ?
伯爵家からの申し出を断る事は出来ないってぇ…
ああ、ごめんなさい!ミシェル!こんなの、酷いわよねぇ?
あたしの事、恨んでくれていいからぁ…」
エリーゼは涙を流し、謝った。
ミシェルは未だベッドに寝たままで、動く事も出来ないらしい。
彼女はただ、緑色の目を大きく見開き、顔色を失くした。
だが、驚きが過ぎると、震える声で言った。
「いいのよ、エリーゼ、仕方ない事だもの…
わたしは婚約破棄された身だから、次の相手が誰でも、わたしには関係無い…
いいえ、あなたで良かったわ…あなたなら、ナゼールを任せられるもの…
ナゼールをお願いね、エリーゼ」
「ああ、ありがとう!ミシェル!あなたって、本当に、優しいのねぇ…」
思ってもいない癖に、偽善者ね!と、エリーゼは内心で嘲笑う。
エリーゼは素知らぬ顔で、意地悪をした。
「伯爵は予定通りに結婚式を挙げたいと言うのぉ、結婚式は二月後よぉ。
ミシェルも出席してくれるぅ?あなたは一番のお友達だものぉ、絶対に来て欲しいのぉ」
自分が挙げる筈だった式に招待されるなんて、滑稽よね?
当然、ミシェルは断った。
青い顔で、震えながら。
「ごめんなさい…足を怪我しているの、人が集まる所には行けないわ…
きっと、迷惑を掛けるもの…」
「二月先だものぉ、治っているわよぉ、ねぇ、お願い、ミシェル!」
治る筈がない!
一生、動けなくしてやりたい所だわ!
内心で呪いの言葉を吐きながら、エリーズは無邪気な笑みを向ける。
「ごめんなさい、約束は出来ないわ、酷い怪我なの…」
「無理言ってごめんねぇ、ミシェル…」
エリーズは謝り、部屋を後にした。
「ふふふ!ミシェルの、あの絶望した顔!!
ああー、スッキリしたぁ!」
でも、ミシェルが悪いのよ?
あたしの方が先に好きになったのに、あたしの方が先に声を掛けたのに、
あたしから、ナゼール様を奪ったんだから!
「当然の報いよ!もっと、苦しめてやっても良かったわ!
でも、あたし、そんな酷い事は出来ないわぁ、だって、ミシェルは《親友》だものぉ」
それよりも、ミシェルには、自分の幸せな姿を見せ付け、分からせたい。
幸せになるのは、自分みたいな人間だと。
ミシェルの様な地味な女は、指を咥えて羨ましがっていれば良いのだ___
「安心してねぇ、ミシェル、あたしがナゼール様と幸せになるからぁ!」
翌日、エリーゼはナゼールを訪ね、ミシェルの言葉を伝えた。
「あたしたちの事、ミシェルに話したのぉ、でもぉ、少しも驚いていなかったわぁ、
それ処か、次の相手は誰でも良かったけどぉ、あたしで良かったってぇ。
二人で幸せになってねってぇ、喜んでいたわぁ」
ナゼールは、自分への未練が感じられず、ショックを受けていた。
エリーゼは構わずに、ナゼールに優しく甘く、囁いた。
「ミシェルはぁ、ナゼール様の事ぉ、そんなに愛してはいなかったみたいねぇ。
あたしなら、あんな風には言えないしぃ、吹っ切るなんて無理よぉ」
「そんな…気付かなかった…」
「ミシェルは案外、冷たい所があるからぁ、ナゼール様も早く忘れた方がいいわぁ、
ナゼール様も幸せにならなきゃ!」
エリーゼは慰める様に、ナゼールの肩を撫でた。
そして、ピタリと体を付け、抱擁する。
心が冷え冷えとしていたナゼールは、その体温と柔らかさに、本能的に縋り付いたのだった___
◇◇ ミシェル ◇◇
「ミシェル、いいかしら?あなたにお見舞いよ___」
扉が叩かれ、母が顔を覗かせた。
その弾んだ声に、わたしの失っていた感情が少しだけ目を覚ました。
そんな筈は無いというのに、ナゼールが来てくれたと期待したのだ。
だが、痛む体を何とか起こしたわたしの目に入ったのは…
赤毛ではなく、ダークブロンドの背の高い、三十歳位の男性だった。
彼は大股でわたしの所まで来ると、真剣な顔でわたしを覗き込んだ。
その灰色の瞳に、既視感があった。
「ミシェル、大変だったね、もう、大丈夫だ___」
低く、温かみのある声。
大きな手がわたしの髪を優しく撫でる。
わたしは手を伸ばし、彼の服を掴んでいた。
「グエン兄様!」
わたしは「わっ!」と声を上げ、泣いていた。
◇
グウェナエル=フォーレ伯爵。
わたしの母、イレーヌの七歳下の弟で、わたしにとっては叔父だ。
グエンはわたしが生まれた時から、わたしを知っている。
母が良く話していたが、グエンはわたしの誕生を待ちわび、
予定日の一月前から男爵家に居座っていたらしい。
彼は当時十三歳で、赤ちゃんを見るのが初めてだったのだ。
初めての対面で、「可愛い!ちっちゃい!天使みたいだね!」と、わたしを気に入ってくれ、
それからもう一月、男爵家に居座り、わたしの世話を手伝ってくれたらしい。
それから、グエンはわたしを妹の様に思い、大事にしてくれた。
誕生日には必ず贈り物をしてくれ、
夏になれば、わたしを伯爵家に招待してくれ、一緒に夏を過ごした。
弟のローランが生まれると、弟も一緒に招いてくれた。
伯爵家は大きく、敷地も広く、わたしには《夢の家》に見えた。
伯爵家の庭を駆け回り、子供用の隠れ家で過ごす。
釣りをしたり、果物を採ったり、ピクニックをしたり…
普段、大人しい自分も、伯爵家に行くと子供らしくなれた。
いつもグエンが相手をしてくれたからだ。
『釣りが出来ないと、立派な令嬢にはなれないぞ!』
『ミシェル、りっぱなれいじょうになれないのぉ?』
『大丈夫、僕が教えてあげるから!』
『ミシェル、がんばるね!』
『よし!いいぞ!流石僕の妹だ!』
『うん!』
わたしはグエンに憧れていた。
グエンは小さなわたしから見ると、何でも出来、恰好良かった。
どんな難題も、簡単に解決してしまうのだ!
それに、凄く、優しい。
世界で一番優しい人だと思っていた位だ。
グエンが大好きで、『妹』と呼ばれるのが、自慢だった。
わたしたちは、本当の兄妹みたいに、仲が良かった。
『ああ、ミシェル!大丈夫か?怪我したかな?見せて…』
わたしが怪我をした時には、グエンは自分の方が辛そうな顔をし、
丁寧に手当をしてくれた。
二人で泥だらけになって館に帰り、一緒に叱られた事もある。
二人で目配せをして、舌をペロリと出した。
グエンとの思い出は、尽きない程あった。
だが、それは、わたしが十三歳の夏で終わった。
その夏、グエンがロベール男爵家を訪ねて来た。
グエンは一日居ただけで、翌朝には帰ってしまった。
わたしが目を覚ました時には、もう居なかった。
わたしは、グエンに嫌われてしまったのではないかと、落ち込んだ。
母は、「グエンは伯爵を継いだばかりで、忙しいのよ」と言っていた。
グエンの父が前年に亡くなったのは、わたしも知っている。
伯爵家までは馬車で三日は掛かるので、訃報を聞き、家族で駆けつけた時には、
葬儀はとっくに終わっていて、埋葬も済んでいた。
グエンは酷く落ち込んでいた。
わたしは慰めたかったが、一緒に泣く事位しか出来なかった気がする。
それ以降、グエンの家には招待されなくなった。
寂しい気持ちだったが、招かれないのに行く訳にはいかない。
その内、わたしも学校に入り、忙しくなったので、辛く思う事も無くなった。
誕生日に贈り物、記念日にカードを贈り合う以外、
わたしたちは、すっかり疎遠になっていた。
グエンは大人になり、子供の相手が嫌になったのだろうと、自分を納得させた。
そのグエンが、目の前にいる___
わたしは子供に戻ったかの様に、グエンに縋り付き、泣いていた。
グエンはそっと、わたしを抱擁し、ただ黙って、頭や背中を撫でてくれた。
わたしはその温もりと優しさに安堵し、眠りに落ちたのだった。
しっかりと、グエンの服を握り締めて。
エリーゼは毎日の様に、ヴァンサン伯爵家に行き、ナゼールを慰めた。
「ナゼール様ぁ、どうか、気を落とされないでぇ」
「ミシェルは、ナゼール様を吹っ切ると言っていたものぉ…」
「ナゼール様が幸せになる事がぁ、ミシェルの願いなのよぉ」
そして、数日後、エリーゼの狙い通り、それは届いた。
ヴァンサン伯爵家からの、縁談の打診だ。
「エリーゼ!ヴァンサン伯爵が、おまえをナゼール様の妻にしたいと言って来たぞ!」
父は驚きながらも歓喜していた。
それはそうだ、男爵令嬢が伯爵家に嫁ぐなど、滅多に無い事だ。
「まぁ!うれしいわぁ!お父様、早く返事をなさってぇ!
こういう事は、早い方が印象も良いのよぉ!」
エリーゼは返事を急がせた。
翌日には、両親と共に伯爵家に呼ばれ、
伯爵、伯爵夫人、ナゼールと会う事となった。
伯爵は機嫌が良く、エリーゼたちを歓待したが、ナゼールは暗い顔をしていた。
礼儀正しくはしていたが、何処か虚ろだった。
エリーゼは構わずに、ナゼールや伯爵、伯爵夫人に愛想を振り撒いた。
伯爵も伯爵夫人も愛想良く、目配せをしていたので、自分を気に入った事が分かった。
「二度も婚約破棄をしては、結婚を急がねば余計な詮索をされる。
そうなれば、前の婚約者も肩身の狭い思いをするだろう。
それでだが、結婚は予定通り二月後と考えている。準備は整っておる、心配はせずとも良い。
エリーゼ、急だが受けて貰えるか?」
「はい、謹んでお受け致しますぅ」
エリーゼは言葉少なく返事をしたが、内心では歓喜していた。
二月などと言わず、直ぐにでも結婚したい位よぉ!
◆◆
次の日には、エリーゼはミシェルに報告に行った。
「昨日、ヴァンサン伯爵から、あたしの家に縁談の打診が来たのぉ…
あたしは勿論、断るつもりだったわぁ!親友のあなたを裏切る事は出来ないものぉ!
でも…お父様が、あたしに内緒で受けてしまったのぉ…
あたしの家はミシェルの家程裕福じゃないでしょぉ?
伯爵家からの申し出を断る事は出来ないってぇ…
ああ、ごめんなさい!ミシェル!こんなの、酷いわよねぇ?
あたしの事、恨んでくれていいからぁ…」
エリーゼは涙を流し、謝った。
ミシェルは未だベッドに寝たままで、動く事も出来ないらしい。
彼女はただ、緑色の目を大きく見開き、顔色を失くした。
だが、驚きが過ぎると、震える声で言った。
「いいのよ、エリーゼ、仕方ない事だもの…
わたしは婚約破棄された身だから、次の相手が誰でも、わたしには関係無い…
いいえ、あなたで良かったわ…あなたなら、ナゼールを任せられるもの…
ナゼールをお願いね、エリーゼ」
「ああ、ありがとう!ミシェル!あなたって、本当に、優しいのねぇ…」
思ってもいない癖に、偽善者ね!と、エリーゼは内心で嘲笑う。
エリーゼは素知らぬ顔で、意地悪をした。
「伯爵は予定通りに結婚式を挙げたいと言うのぉ、結婚式は二月後よぉ。
ミシェルも出席してくれるぅ?あなたは一番のお友達だものぉ、絶対に来て欲しいのぉ」
自分が挙げる筈だった式に招待されるなんて、滑稽よね?
当然、ミシェルは断った。
青い顔で、震えながら。
「ごめんなさい…足を怪我しているの、人が集まる所には行けないわ…
きっと、迷惑を掛けるもの…」
「二月先だものぉ、治っているわよぉ、ねぇ、お願い、ミシェル!」
治る筈がない!
一生、動けなくしてやりたい所だわ!
内心で呪いの言葉を吐きながら、エリーズは無邪気な笑みを向ける。
「ごめんなさい、約束は出来ないわ、酷い怪我なの…」
「無理言ってごめんねぇ、ミシェル…」
エリーズは謝り、部屋を後にした。
「ふふふ!ミシェルの、あの絶望した顔!!
ああー、スッキリしたぁ!」
でも、ミシェルが悪いのよ?
あたしの方が先に好きになったのに、あたしの方が先に声を掛けたのに、
あたしから、ナゼール様を奪ったんだから!
「当然の報いよ!もっと、苦しめてやっても良かったわ!
でも、あたし、そんな酷い事は出来ないわぁ、だって、ミシェルは《親友》だものぉ」
それよりも、ミシェルには、自分の幸せな姿を見せ付け、分からせたい。
幸せになるのは、自分みたいな人間だと。
ミシェルの様な地味な女は、指を咥えて羨ましがっていれば良いのだ___
「安心してねぇ、ミシェル、あたしがナゼール様と幸せになるからぁ!」
翌日、エリーゼはナゼールを訪ね、ミシェルの言葉を伝えた。
「あたしたちの事、ミシェルに話したのぉ、でもぉ、少しも驚いていなかったわぁ、
それ処か、次の相手は誰でも良かったけどぉ、あたしで良かったってぇ。
二人で幸せになってねってぇ、喜んでいたわぁ」
ナゼールは、自分への未練が感じられず、ショックを受けていた。
エリーゼは構わずに、ナゼールに優しく甘く、囁いた。
「ミシェルはぁ、ナゼール様の事ぉ、そんなに愛してはいなかったみたいねぇ。
あたしなら、あんな風には言えないしぃ、吹っ切るなんて無理よぉ」
「そんな…気付かなかった…」
「ミシェルは案外、冷たい所があるからぁ、ナゼール様も早く忘れた方がいいわぁ、
ナゼール様も幸せにならなきゃ!」
エリーゼは慰める様に、ナゼールの肩を撫でた。
そして、ピタリと体を付け、抱擁する。
心が冷え冷えとしていたナゼールは、その体温と柔らかさに、本能的に縋り付いたのだった___
◇◇ ミシェル ◇◇
「ミシェル、いいかしら?あなたにお見舞いよ___」
扉が叩かれ、母が顔を覗かせた。
その弾んだ声に、わたしの失っていた感情が少しだけ目を覚ました。
そんな筈は無いというのに、ナゼールが来てくれたと期待したのだ。
だが、痛む体を何とか起こしたわたしの目に入ったのは…
赤毛ではなく、ダークブロンドの背の高い、三十歳位の男性だった。
彼は大股でわたしの所まで来ると、真剣な顔でわたしを覗き込んだ。
その灰色の瞳に、既視感があった。
「ミシェル、大変だったね、もう、大丈夫だ___」
低く、温かみのある声。
大きな手がわたしの髪を優しく撫でる。
わたしは手を伸ばし、彼の服を掴んでいた。
「グエン兄様!」
わたしは「わっ!」と声を上げ、泣いていた。
◇
グウェナエル=フォーレ伯爵。
わたしの母、イレーヌの七歳下の弟で、わたしにとっては叔父だ。
グエンはわたしが生まれた時から、わたしを知っている。
母が良く話していたが、グエンはわたしの誕生を待ちわび、
予定日の一月前から男爵家に居座っていたらしい。
彼は当時十三歳で、赤ちゃんを見るのが初めてだったのだ。
初めての対面で、「可愛い!ちっちゃい!天使みたいだね!」と、わたしを気に入ってくれ、
それからもう一月、男爵家に居座り、わたしの世話を手伝ってくれたらしい。
それから、グエンはわたしを妹の様に思い、大事にしてくれた。
誕生日には必ず贈り物をしてくれ、
夏になれば、わたしを伯爵家に招待してくれ、一緒に夏を過ごした。
弟のローランが生まれると、弟も一緒に招いてくれた。
伯爵家は大きく、敷地も広く、わたしには《夢の家》に見えた。
伯爵家の庭を駆け回り、子供用の隠れ家で過ごす。
釣りをしたり、果物を採ったり、ピクニックをしたり…
普段、大人しい自分も、伯爵家に行くと子供らしくなれた。
いつもグエンが相手をしてくれたからだ。
『釣りが出来ないと、立派な令嬢にはなれないぞ!』
『ミシェル、りっぱなれいじょうになれないのぉ?』
『大丈夫、僕が教えてあげるから!』
『ミシェル、がんばるね!』
『よし!いいぞ!流石僕の妹だ!』
『うん!』
わたしはグエンに憧れていた。
グエンは小さなわたしから見ると、何でも出来、恰好良かった。
どんな難題も、簡単に解決してしまうのだ!
それに、凄く、優しい。
世界で一番優しい人だと思っていた位だ。
グエンが大好きで、『妹』と呼ばれるのが、自慢だった。
わたしたちは、本当の兄妹みたいに、仲が良かった。
『ああ、ミシェル!大丈夫か?怪我したかな?見せて…』
わたしが怪我をした時には、グエンは自分の方が辛そうな顔をし、
丁寧に手当をしてくれた。
二人で泥だらけになって館に帰り、一緒に叱られた事もある。
二人で目配せをして、舌をペロリと出した。
グエンとの思い出は、尽きない程あった。
だが、それは、わたしが十三歳の夏で終わった。
その夏、グエンがロベール男爵家を訪ねて来た。
グエンは一日居ただけで、翌朝には帰ってしまった。
わたしが目を覚ました時には、もう居なかった。
わたしは、グエンに嫌われてしまったのではないかと、落ち込んだ。
母は、「グエンは伯爵を継いだばかりで、忙しいのよ」と言っていた。
グエンの父が前年に亡くなったのは、わたしも知っている。
伯爵家までは馬車で三日は掛かるので、訃報を聞き、家族で駆けつけた時には、
葬儀はとっくに終わっていて、埋葬も済んでいた。
グエンは酷く落ち込んでいた。
わたしは慰めたかったが、一緒に泣く事位しか出来なかった気がする。
それ以降、グエンの家には招待されなくなった。
寂しい気持ちだったが、招かれないのに行く訳にはいかない。
その内、わたしも学校に入り、忙しくなったので、辛く思う事も無くなった。
誕生日に贈り物、記念日にカードを贈り合う以外、
わたしたちは、すっかり疎遠になっていた。
グエンは大人になり、子供の相手が嫌になったのだろうと、自分を納得させた。
そのグエンが、目の前にいる___
わたしは子供に戻ったかの様に、グエンに縋り付き、泣いていた。
グエンはそっと、わたしを抱擁し、ただ黙って、頭や背中を撫でてくれた。
わたしはその温もりと優しさに安堵し、眠りに落ちたのだった。
しっかりと、グエンの服を握り締めて。
17
お気に入りに追加
1,001
あなたにおすすめの小説
国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく
ヒンメル
恋愛
公爵家嫡男と婚約中の公爵令嬢オフィーリア・ノーリッシュ。学園の卒業パーティーで婚約破棄を言い渡される。そこに助け舟が現れ……。
初投稿なので、おかしい所があったら、(打たれ弱いので)優しく教えてください。よろしくお願いします。
※本編はR15ではありません。番外編の中でR15になるものに★を付けています。
番外編でBLっぽい表現があるものにはタイトルに表示していますので、苦手な方は回避してください。
BL色の強い番外編はこれとは別に独立させています。
「婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました」
(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/974304595)
※表現や内容を修正中です。予告なく、若干内容が変わっていくことがあります。(大筋は変わっていません。)
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
完結後もお気に入り登録をして頂けて嬉しいです。(増える度に小躍りしてしまいます←小物感出てますが……)
※小説家になろう様でも公開中です。
「君を愛す気はない」と宣言した伯爵が妻への片思いを拗らせるまで ~妻は黄金のお菓子が大好きな商人で、夫は清貧貴族です
朱音ゆうひ
恋愛
アルキメデス商会の会長の娘レジィナは、恩ある青年貴族ウィスベルが婚約破棄される現場に居合わせた。
ウィスベルは、親が借金をつくり自殺して、後を継いだばかり。薄幸の貴公子だ。
「私がお助けしましょう!」
レジィナは颯爽と助けに入り、結果、彼と契約結婚することになった。
別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0596ip/)
少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!
三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!
第一王子は男爵令嬢にご執心なようなので、国は私と第二王子にお任せください!
黒うさぎ
恋愛
公爵令嬢であるレイシアは、第一王子であるロイスの婚約者である。
しかし、ロイスはレイシアを邪険に扱うだけでなく、男爵令嬢であるメリーに入れ込んでいた。
レイシアにとって心安らぐのは、王城の庭園で第二王子であるリンドと語らう時間だけだった。
そんなある日、ついにロイスとの関係が終わりを迎える。
「レイシア、貴様との婚約を破棄する!」
第一王子は男爵令嬢にご執心なようなので、国は私と第二王子にお任せください!
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。
婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった
有川カナデ
恋愛
オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢は、未来の公爵夫人を夢見て日々努力を重ねていた。その努力の方向が若干捻れていた頃、最愛の婚約者の口から拒絶の言葉を聞く。
何もかもが無駄だったと嘆く彼女の前に現れた、平民のルーカス。彼の助言のもと、彼女は変わる決意をする。
諸々ご都合主義、気軽に読んでください。数話で完結予定です。
醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる