16 / 16
最終話
しおりを挟む矢継ぎ早に質問され、姉はもごもごと言っていたが、遂に切れた。
「そんなの!どうだっていいじゃない!私は言われた事をやっただけよ!
その後は忘れたって仕方がないでしょう!」
「一度やらせて終わり、そんな事を私がわざわざ教えていたと思っているの?
私はね、真剣に、伯爵夫人となる者に必要な事を教えていたの。
それを軽く考え、おざなりにしていたあなたに、婚約者候補の資格があるとお思い?」
「それに、君は以前、私が雇ったレディースメイドを、勝手に首にしたな。
婚約者候補に相応しいドレスを仕立てようとした時も、反対した。
これでも君は、私たちの言う事に従っていたと言えるか?」
「あれは、婚約者候補として、あまりに貧相で…」
「それでは今夜、君に声を掛けた者がいたか?
君は良い様に解釈したかもしれないが、あまりに場違いで笑われていたぞ」
姉は顔を赤くした。
容姿に絶対の自信を誇る姉にとって、初めての屈辱かもしれない。
「わ、私を馬鹿にして!こんなケチで悪趣味な伯爵家に嫁ぐなんて、こっちこそ、願い下げよ!」
「いいだろう、これより、ディオール=マイヤー男爵令嬢に代わり、
クラリス=マイヤー男爵令嬢を、レオナールの婚約者候補とする」
突然、伯爵から名を挙げられ、わたしは目を見開き、息を飲んでいた。
姉に代って、わたしがレオナール様の婚約者候補に?
とても信じられず、幻聴かと思ったが、姉が捲し立て始めた。
「クラリス!あんたが仕組んだのね!裏で伯爵に取り入るなんて、この薄汚い泥棒猫!」
「クラリスは何もしていない、強いて言えば、君がすべき事を代わりにしただけだ」
「私が命じたのよ!」
「それでも、君より余程優秀だし、伯爵夫人の素質もある」
伯爵がゆったりと微笑む。
「フン!勝手に言っていればいいわ!そんな地味で貧乏臭い娘を選ぶなんて、どうせ後で後悔するんだから!
それに、私にはジョルジュ様がいるもの、レオナール様よりも彼の方が血統も上だし、優秀よ、
何れ、伯爵を継ぐのはジョルジュ様になるわ!」
姉は踵を返し、パーラーから出て行った。
パーラーは静まり返っていたが、一瞬後、伯爵と伯爵夫人が吹き出した。
「ジョルジュが伯爵を継ぐだって?彼女はどうしてそんな風に思ったんだい?」
「ジョルジュの母親の入れ知恵でしょう、ジョルジュが言い回っているのよ」
「全く厄介な親戚だ、カサンドラの実家は疾うに没落したというのに、気位だけは高いからな」
「そもそも、ジョルジュはディオールに気はありませんからね…」
「ああ、レオナールの婚約者候補を奪いたいだけだからな、こうなっては、相手にもされないだろう」
「それでは、そろそろジョルジュも追い出しましょうか___」
それを証明するかのように、何やら部屋の外から騒々しい言い合いが聞こえてきた。
段々とそれは遠くなり、やがて消えた。
伯爵がわたしの前に立ち、わたしは息を飲み、見上げた。
レオナールと同じ、深い碧色の目だ。
「クラリス、勝手に話を進めて申し訳ない、だが、君には是非、
レオナールの婚約者候補としてこの館に残り、ゆくゆくは、レオナールの妻になって貰いたい」
改めて言われ、わたしは震えた。
答える声も震える。
「わたしで、よろしいのですか?」
「レオナールが望んだのは君だ、クラリス。
私たちはレオナールの人を見る目を信じていたし、次期伯爵なのだから、そうでなければいけない。
レオナールを審査する為にも、マイヤー男爵家に縁談の打診を送ったのだが…
断られ、姉のディオールならば許すと言われた。
おかしな話だ、問題のある家ではないかと思った___」
それを探る為にも、話を合わせ、ディオールを婚約者候補として呼ぶ事にした。
何か理由を付け、家に帰し、代わりに妹を要求する事も出来ると考えていた。
だから、あくまでも《婚約者候補》としていたのだ。
「まさか、侍女として妹を連れて来ると言われた時には驚いたが、私たちには願っても無い事だった。
私たちはディオールだけでなく、君も審査していたんだよ、クラリス。
君がディオールの代わりに花を活けていた事も知っている、妻の代わりに花を活けてくれていた事もだ。
刺繍もピアノも、君だと分かった。
君は誰にでも優しく、親切で、思い遣りがある。それに、我慢強い。
そんな君を、私たちは息子の妻、我がヴェルレーヌ伯爵家の伯爵夫人に相応しいと判断したんだ」
これまで、こんな風に、誰かに認められた事は無かった。
見ていてくれたのだ、分かってくれたのだと思うと、胸が熱くなった。
伯爵に代わり、レオナールがわたしの前に立った。
「クラリス、僕は出会った時から、君に惹かれていた。
君は純粋で、可愛らしく、君といると不思議と落ち着いた。
君の前では、ありのままの自分でいられる、そんな人は初めてだった。
君を逃したくなくて、縁談を申し込んだけど、断られて…
それが君の本心なのか、ずっと聞きたかった。
本心だとしても、諦めたりはしないけど…」
レオナールが自信無さげに笑みを見せる。
わたしは胸を突かれ、思わず言っていた。
「わ、わたしも同じです!
初めて会った時から、あなたに惹かれていました。
でも、あなたは遠い人で、とてもわたしなんて、相応しくないと…
あなたから縁談の打診が来た時、とてもうれしくて…
だけど、両親が断ってしまって…
あなたも伯爵家の方々も姉で了承したと聞き、わたしでなくても良かったのだと…」
レオナールがわたしの手を握った。
真剣な目でわたしを見つめる…
「僕が想っていたのは、君だけだよ、クラリス。
君が侍女として来てくれると知り、どれだけうれしかったか…
君に僕を知って貰う機会だと思った、好きになって貰えたらと、ずっと願っていたよ。
だけど、婚約者候補がいる身では、それも難しくて…」
「好きです!」
好きだけでは、とっくに収まらなくなっていた。
いつの間にか、そう…
「心から、あなたを愛しています、レオナール様」
「僕も、愛しているよ、クラリス___」
レオナールがわたしを包み込む。
温かい胸の中で、わたしは安堵の息を吐いた。
不思議、初めてなのに、落ち着くなんて…
幸せに浸り、うっとりと目を上げると、優しく口付けられた。
「はっ」として、両手で口を覆うと、レオナールは困った様に髪を掻いた。
「すまない、まだ、婚約もしていないのに…」
「い、いえ、構いません、ただ、慣れていなくて…」
「それじゃ、ゆっくりいこう…」
優しく微笑まれ、指で頬を擦られ、わたしは顔が真っ赤になった。
すると、また抱擁された。
先程よりも強く___
「いい匂い…」
「匂い?」
「懐かしい匂いがして…」
「ああ!」
レオナールがパッと腕を解き、わたしは途端に現実に戻された。
レオナールが懐を漁り、それを取り出した。
それは、うさぎの形の、匂い袋…
「これは…」
「君の落とし物だよね?
一晩明けても、君が忘れられなくて、君がいた場所に行き、そこで、これを見つけた。
君の物だと思い、ずっと持っていたんだ」
「はい、あの時落としてしまって…
あなたが持っていて下さったなんて…」
思いもしなかったし、これ程うれしい事はない。
「良ければ、このまま、持っていて頂けますか?」
彼に持っていて欲しい___
願う様に見つめると、レオナールは優しい笑みを見せた。
「ありがとう、気に入っていたんだ、君みたいで…」
◇◇
その夜、レオナールの提案で、わたしは姉から身を護る為、
以前伯爵夫人が使っていた一階の部屋に身を寄せた。
翌朝、姉はわたしを呼べと騒いだ様だが、相手にする者はおらず、
淡々と着替えさせ、さっさと荷造りをし、部屋から追い出した。
わたしとレオナールが見送りに玄関へ行くと、姉は目を吊り上げ、捲し立てた。
「覚えていなさい、クラリス!あんたのした事、全部両親に言ってやるからね!
両親が反対すれば、結婚なんか出来ないんだから!
フン!せっせと根回ししたのに、残念だったわね!」
姉は両親に、好き勝手わたしを悪く言い付けるだろう。
今に始まった事では無い、慣れっこだというのに、
『結婚出来ない』という言葉に、どうしても不安になってしまう。
わたしの気持ちが分かるのか、レオナールがわたしの腰を抱き寄せた。
「ディオール、君の好きにするといい。
例え、ご両親に結婚を反対されても、僕はクラリスを手放したりしない。
どんな妨害があったとしても、僕がクラリスを幸せにしてみせるよ」
「馬鹿な人!あなた、クラリスにそんな価値があると思っているの?
そんな地味で…」
「そこまでだ、ディオール!この館でクラリスを悪く言う者は、誰であれ許さない。
即刻、お帰り下さい」
わたしを詰り始めた姉を、レオナールは厳しい声で遮った。
姉は目をギラギラとさせ、唇を噛みしめ、ぶるぶると震えていたが、さっと踵を返した。
用意されていた馬車に乗り込み、さっとカーテンを引く。
馬車がゆっくりと前庭を行くのを、わたしたちは見送った。
「僕は本気だよ、クラリス、いざとなれば、君を連れて逃げる事も厭わない」
ここまで、わたしを求めて下さるなんて…
不安に変わり、胸が熱くなる。
「わたしも、心を決めました」
ずっと、家族から認められたかった。
家族の一員になりたかった。
だけど、もう、それを求めるのは止めよう。
「両親や姉弟から祝福されなくても、構いません!
わたしには、あなたや伯爵家の方々の方が、大切だから…」
レオナール、伯爵、伯爵夫人、それに、館の皆…
わたしを見つけてくれた、認めてくれた、選んでくれた、
そして、わたしに初めて、優しさと愛情をくれた、大切な人たち。
わたしの家族は、この人たちだ___
「わたしは、あなたと共に生きます!」
レオナールがわたしを強く抱擁する。
そう、愛はここにある
《完》
128
お気に入りに追加
3,416
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
貴方に種付けをお願いしたいのです!
ぽよよん
恋愛
貴族が入学する学園の入学前に伯爵令嬢の跡取りマリエルと侯爵家三男レイオンの婚約が決まった。
しかし、この婚約に不満のあるレイオンは、学園で知り合った子爵令嬢イザベルと恋仲になり、この婚約を破棄するようマリエルに詰め寄る。
マリエルは言う。「この婚約は決して破棄致しません。」
タイトルがアレなので一応R15つけましたが、内容はギャグです。
*おまけ追加しました*
おまけはかなりお下品ですので、閲覧はお気をつけください。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。
完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
「これは私ですが、そちらは私ではありません」
イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。
その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。
「婚約破棄だ!」
と。
その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。
マリアの返事は…。
前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる