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最終話

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矢継ぎ早に質問され、姉はもごもごと言っていたが、遂に切れた。

「そんなの!どうだっていいじゃない!私は言われた事をやっただけよ!
その後は忘れたって仕方がないでしょう!」

「一度やらせて終わり、そんな事を私がわざわざ教えていたと思っているの?
私はね、真剣に、伯爵夫人となる者に必要な事を教えていたの。
それを軽く考え、おざなりにしていたあなたに、婚約者候補の資格があるとお思い?」

「それに、君は以前、私が雇ったレディースメイドを、勝手に首にしたな。
婚約者候補に相応しいドレスを仕立てようとした時も、反対した。
これでも君は、私たちの言う事に従っていたと言えるか?」

「あれは、婚約者候補として、あまりに貧相で…」

「それでは今夜、君に声を掛けた者がいたか?
君は良い様に解釈したかもしれないが、あまりに場違いで笑われていたぞ」

姉は顔を赤くした。
容姿に絶対の自信を誇る姉にとって、初めての屈辱かもしれない。

「わ、私を馬鹿にして!こんなケチで悪趣味な伯爵家に嫁ぐなんて、こっちこそ、願い下げよ!」

「いいだろう、これより、ディオール=マイヤー男爵令嬢に代わり、
クラリス=マイヤー男爵令嬢を、レオナールの婚約者候補とする」

突然、伯爵から名を挙げられ、わたしは目を見開き、息を飲んでいた。
姉に代って、わたしがレオナール様の婚約者候補に?
とても信じられず、幻聴かと思ったが、姉が捲し立て始めた。

「クラリス!あんたが仕組んだのね!裏で伯爵に取り入るなんて、この薄汚い泥棒猫!」

「クラリスは何もしていない、強いて言えば、君がすべき事を代わりにしただけだ」

「私が命じたのよ!」

「それでも、君より余程優秀だし、伯爵夫人の素質もある」

伯爵がゆったりと微笑む。

「フン!勝手に言っていればいいわ!そんな地味で貧乏臭い娘を選ぶなんて、どうせ後で後悔するんだから!
それに、私にはジョルジュ様がいるもの、レオナール様よりも彼の方が血統も上だし、優秀よ、
何れ、伯爵を継ぐのはジョルジュ様になるわ!」

姉は踵を返し、パーラーから出て行った。
パーラーは静まり返っていたが、一瞬後、伯爵と伯爵夫人が吹き出した。

「ジョルジュが伯爵を継ぐだって?彼女はどうしてそんな風に思ったんだい?」
「ジョルジュの母親の入れ知恵でしょう、ジョルジュが言い回っているのよ」
「全く厄介な親戚だ、カサンドラの実家は疾うに没落したというのに、気位だけは高いからな」
「そもそも、ジョルジュはディオールに気はありませんからね…」
「ああ、レオナールの婚約者候補を奪いたいだけだからな、こうなっては、相手にもされないだろう」
「それでは、そろそろジョルジュも追い出しましょうか___」

それを証明するかのように、何やら部屋の外から騒々しい言い合いが聞こえてきた。
段々とそれは遠くなり、やがて消えた。

伯爵がわたしの前に立ち、わたしは息を飲み、見上げた。
レオナールと同じ、深い碧色の目だ。

「クラリス、勝手に話を進めて申し訳ない、だが、君には是非、
レオナールの婚約者候補としてこの館に残り、ゆくゆくは、レオナールの妻になって貰いたい」

改めて言われ、わたしは震えた。
答える声も震える。

「わたしで、よろしいのですか?」

「レオナールが望んだのは君だ、クラリス。
私たちはレオナールの人を見る目を信じていたし、次期伯爵なのだから、そうでなければいけない。
レオナールを審査する為にも、マイヤー男爵家に縁談の打診を送ったのだが…
断られ、姉のディオールならば許すと言われた。
おかしな話だ、問題のある家ではないかと思った___」

それを探る為にも、話を合わせ、ディオールを婚約者候補として呼ぶ事にした。
何か理由を付け、家に帰し、代わりに妹を要求する事も出来ると考えていた。
だから、あくまでも《婚約者候補》としていたのだ。

「まさか、侍女として妹を連れて来ると言われた時には驚いたが、私たちには願っても無い事だった。
私たちはディオールだけでなく、君も審査していたんだよ、クラリス。
君がディオールの代わりに花を活けていた事も知っている、妻の代わりに花を活けてくれていた事もだ。
刺繍もピアノも、君だと分かった。
君は誰にでも優しく、親切で、思い遣りがある。それに、我慢強い。
そんな君を、私たちは息子の妻、我がヴェルレーヌ伯爵家の伯爵夫人に相応しいと判断したんだ」

これまで、こんな風に、誰かに認められた事は無かった。
見ていてくれたのだ、分かってくれたのだと思うと、胸が熱くなった。
伯爵に代わり、レオナールがわたしの前に立った。

「クラリス、僕は出会った時から、君に惹かれていた。
君は純粋で、可愛らしく、君といると不思議と落ち着いた。
君の前では、ありのままの自分でいられる、そんな人は初めてだった。
君を逃したくなくて、縁談を申し込んだけど、断られて…
それが君の本心なのか、ずっと聞きたかった。
本心だとしても、諦めたりはしないけど…」

レオナールが自信無さげに笑みを見せる。
わたしは胸を突かれ、思わず言っていた。

「わ、わたしも同じです!
初めて会った時から、あなたに惹かれていました。
でも、あなたは遠い人で、とてもわたしなんて、相応しくないと…
あなたから縁談の打診が来た時、とてもうれしくて…
だけど、両親が断ってしまって…
あなたも伯爵家の方々も姉で了承したと聞き、わたしでなくても良かったのだと…」

レオナールがわたしの手を握った。
真剣な目でわたしを見つめる…

「僕が想っていたのは、君だけだよ、クラリス。
君が侍女として来てくれると知り、どれだけうれしかったか…
君に僕を知って貰う機会だと思った、好きになって貰えたらと、ずっと願っていたよ。
だけど、婚約者候補がいる身では、それも難しくて…」

「好きです!」

好きだけでは、とっくに収まらなくなっていた。
いつの間にか、そう…

「心から、あなたを愛しています、レオナール様」

「僕も、愛しているよ、クラリス___」

レオナールがわたしを包み込む。
温かい胸の中で、わたしは安堵の息を吐いた。
不思議、初めてなのに、落ち着くなんて…

幸せに浸り、うっとりと目を上げると、優しく口付けられた。

「はっ」として、両手で口を覆うと、レオナールは困った様に髪を掻いた。

「すまない、まだ、婚約もしていないのに…」

「い、いえ、構いません、ただ、慣れていなくて…」

「それじゃ、ゆっくりいこう…」

優しく微笑まれ、指で頬を擦られ、わたしは顔が真っ赤になった。
すると、また抱擁された。
先程よりも強く___

「いい匂い…」

「匂い?」

「懐かしい匂いがして…」

「ああ!」

レオナールがパッと腕を解き、わたしは途端に現実に戻された。
レオナールが懐を漁り、それを取り出した。
それは、うさぎの形の、匂い袋…

「これは…」

「君の落とし物だよね?
一晩明けても、君が忘れられなくて、君がいた場所に行き、そこで、これを見つけた。
君の物だと思い、ずっと持っていたんだ」

「はい、あの時落としてしまって…
あなたが持っていて下さったなんて…」

思いもしなかったし、これ程うれしい事はない。

「良ければ、このまま、持っていて頂けますか?」

彼に持っていて欲しい___
願う様に見つめると、レオナールは優しい笑みを見せた。

「ありがとう、気に入っていたんだ、君みたいで…」


◇◇


その夜、レオナールの提案で、わたしは姉から身を護る為、
以前伯爵夫人が使っていた一階の部屋に身を寄せた。

翌朝、姉はわたしを呼べと騒いだ様だが、相手にする者はおらず、
淡々と着替えさせ、さっさと荷造りをし、部屋から追い出した。

わたしとレオナールが見送りに玄関へ行くと、姉は目を吊り上げ、捲し立てた。

「覚えていなさい、クラリス!あんたのした事、全部両親に言ってやるからね!
両親が反対すれば、結婚なんか出来ないんだから!
フン!せっせと根回ししたのに、残念だったわね!」

姉は両親に、好き勝手わたしを悪く言い付けるだろう。
今に始まった事では無い、慣れっこだというのに、
『結婚出来ない』という言葉に、どうしても不安になってしまう。
わたしの気持ちが分かるのか、レオナールがわたしの腰を抱き寄せた。

「ディオール、君の好きにするといい。
例え、ご両親に結婚を反対されても、僕はクラリスを手放したりしない。
どんな妨害があったとしても、僕がクラリスを幸せにしてみせるよ」

「馬鹿な人!あなた、クラリスにそんな価値があると思っているの?
そんな地味で…」

「そこまでだ、ディオール!この館でクラリスを悪く言う者は、誰であれ許さない。
即刻、お帰り下さい」

わたしを詰り始めた姉を、レオナールは厳しい声で遮った。
姉は目をギラギラとさせ、唇を噛みしめ、ぶるぶると震えていたが、さっと踵を返した。
用意されていた馬車に乗り込み、さっとカーテンを引く。
馬車がゆっくりと前庭を行くのを、わたしたちは見送った。

「僕は本気だよ、クラリス、いざとなれば、君を連れて逃げる事も厭わない」

ここまで、わたしを求めて下さるなんて…
不安に変わり、胸が熱くなる。

「わたしも、心を決めました」

ずっと、家族から認められたかった。
家族の一員になりたかった。
だけど、もう、それを求めるのは止めよう。

「両親や姉弟から祝福されなくても、構いません!
わたしには、あなたや伯爵家の方々の方が、大切だから…」

レオナール、伯爵、伯爵夫人、それに、館の皆…
わたしを見つけてくれた、認めてくれた、選んでくれた、
そして、わたしに初めて、優しさと愛情をくれた、大切な人たち。

わたしの家族は、この人たちだ___

「わたしは、あなたと共に生きます!」

レオナールがわたしを強く抱擁する。


そう、愛はここにある


《完》
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