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しおりを挟む「妹は、晩餐には出ないのかい?」
晩餐の時間になり、いつもの様に、姉に付いて行くと、
食堂の前でジョルジュが酒を飲んでいた。
酔っ払っているのか、ニヤニヤと笑い、わたしを見て来る。
姉は不機嫌に口元を歪めた。
「フン!晩餐なんて、クラリスには勿体ないわ、幾ら妹でも侍女だもの、不相応よ。
その証拠に、伯爵、伯爵夫人、レオナール、誰一人、クラリスを呼べと言わないわ」
分かっていた事だが、わたしは傷付いた。
だが、ジョルジュは更に面白がり、わたしに近付いて来た。
「へー、可哀想だねー、俺が頼んでやろうか?」
「ジョルジュ、クラリスの事は放っておいて!クラリスが同席するなんて、不愉快よ!」
「分かったって、それじゃ、クラリス…後で俺の部屋においで」
ジョルジュが小声で言い、わたしはゾッとした。
正気とは思えなかったが、ジョルジュはニヤリと笑うと姉を連れて食堂へ消えていった。
わたしは勿論、従う気など無かったが、途端に恐怖に囚われた。
「クラリス!どうしたの?顔が真っ青よ?」
メイドが気付き、心配してくれたが、とても話す事は出来ず、
わたしは何とか笑みを作り、誤魔化した。
「何でもありません、大丈夫です」
だが、やはり食欲はなく、出された料理は半分以上残してしまった。
晩餐が終わり、姉が出て来るのを待ちながら、わたしはジョルジュに会う事を恐れていた。
最初に、伯爵が、伯爵夫人が乗る車椅子を押して出て来た。
二人はそのまま、一階の伯爵夫人が使っている部屋に行く様だ。
それから出て来たのは、レオナール、姉、ジョルジュだった。
わたしは三人の後ろに付いた。
伯爵夫人が怪我を負うまでは、食後にパーラーでお茶をする事が多かったが、最近は直ぐに各々の部屋に戻っていた。
姉の部屋は二階、レオナール、ジョルジュの部屋は三階だった。
軽く挨拶を交わし、姉が部屋に向かう。
「クラリス!」
ジョルジュに呼ばれ、わたしは振り返った。
ジョルジュがニヤニヤと笑い手を振っていて、わたしは会釈をしただけで姉を追った。
そのやり取りに、姉は気付いていた様だ。
部屋に入るや否や、姉が目を吊り上げ、わたしを責めて来た。
「この尻軽女!!ジョルジュに色目を使うなんて、どういうつもりよ!!
碌に侍女の仕事もしないで、男を漁っていたの!?
何て、ふしだらなの!あんたみたいな女が私の侍女だなんて、恥ずかしい!
ここから追い出してやりたいけど…態度を改めるなら、置いてあげてもいいわ。
分かったら、二度とジョルジュに色目なんか使うんじゃないわよ!!」
ジョルジュに色目を使ったりしていない___
そんな事を言えば、姉の怒りの炎に油を注ぐ様なものだ。
わたしは不名誉を受け入れ、「承知しました」と答えるしかなかった。
姉の着替え、身支度を手伝いながらも、悔しくて泣きたかった。
わたしは心身共に疲れ、夜着に着替えるとベッドに潜り込んだ。
メロディを抱き、目を閉じると少しは心が落ち着けた。
「お姉様に誤解されるなんて…」
しかも、相手はジョルジュだ___!
わたしはジョルジュの事を良く思っていない。
彼は軽薄だし、何といっても、レオナールや伯爵夫人に対して失礼な態度を取る。
それに、レオナールの婚約者候補だと知りながら、姉を連れ回し、レオナールに見せ付けている。
そんな人を、どうして好きになれるだろう?
一欠けらの好意さえ持っていないというのに___!
『後で俺の部屋においで』
小声で囁かれた事を思い出し、わたしは嫌悪感で自分の体を擦った。
漸く眠りに落ちた頃だった。
コンコン!
小さな音で目を覚ました。
外扉を誰かが叩いている。
こんな事は初めてで、わたしは驚いた。
急いでベッドを下り、扉の方に走った。
「何かあったのですか!?」
余程の事があったに違いないと思ったのだが…
「俺だよ!ジョルジュだ!早く開けてくれよ、クラリス___」
わたしはギョッとした。
不測の事態に、わたしは当然動転した。
「帰って下さい!人を呼びますよ!!」
「そんな冷たい事を言うなよ、それとも、こういうやり取りがしたい訳?
生憎、こういうじれったいのは好きじゃないんだ、さっさと入れてくれよ!」
ドンドン!と扉を叩かれ、わたしは震え上がった。
「困ります!帰って下さい!」
「君の妄想を叶えてあげようと、わざわざ来てやったんだろう」
「妄想なんてしていません!迷惑です!」
「はぁ?ふざけんなよ、この、芋娘が!!」
ガンガン!!扉を蹴っている様で、わたしは慌てて部屋の奥に逃げた。
ベッドからシーツを引っ張り、体を覆った。
メロディを抱き、必死で祈った。
ああ!どうか、諦めて帰って!!
わたしの祈りが届いたのか、その音は直ぐに止んだ。
それから、少しして、再び、「コンコン」と扉を叩かれた。
わたしは息を飲み、体を固くした。
「クラリス、大丈夫か?ジョルジュは連れて行ったから、もう、安心していい___」
声の調子で、レオナールだと分かった。
わたしは安堵に咽び泣いていた。
「クラリス?大丈夫?お茶を持って来たの、開けて貰える?」
メイドの声で、わたしは涙を拭い、鍵を掴み、外扉に向かった。
扉を開けると、夜着にガウンを羽織ったメイドが、ワゴンを押して入って来た。
「可哀想に、怖かったでしょう、もう大丈夫よ。
ジョルジュは酔っ払っていたんですって、レオナール様が厳しくお灸を据えていたから、大丈夫だとは思うけど、用心した方がいいわね」
メイドはジョルジュを批難しつつ、紅茶のカップを渡してくれた。
温かく、それだけでも安心出来た。
「ありがとうございます…」
メイドが事の次第を話してくれた。
「晩食の時に、リーズがあなたの様子がおかしいと言っていたから、レオナール様に相談していたの。
部屋を見回るように言われて、交代で回っていたら、あんな事が起こるなんて!
レオナール様の配慮のお陰で、大事にならずに済んで良かったわ…
怖かったわよね?若い娘にあんな事をするなんて!さっさと追い出して欲しいわ!」
紅茶を飲み終えると、メイドは「鍵を掛けて、ぐっすり眠って」と言い残し、部屋を出て行った。
わたしは鍵を閉め、ベッドに入り、メロディを抱いて、天井を見た。
とても眠れそうにない。
怖かった…
でも、助けられた。
レオナール様が、助けて下さったのね…
レオナールの顔を思い浮かべると、心が落ち着いた。
机の引き出しから、レオナールに貰ったハンカチを取り出す。
それを握り、わたしはいつしか、眠りに付いていた。
◇◇
ジョルジュが「酔っ払っていた」「覚えていない」と弁明した為、
これまで通り、滞在する事を許された。
勿論、わたしやメイドたちには近付かない様に、厳しく言われた様だ。
「大袈裟に騒いでくれたお陰で、とんだ不名誉を着せられてしまったよ!
大体、あんな芋娘、俺が好きで相手するとか、あり得ないだろう!
なんで皆、分からないかなー?
相手が美人のディオールなら、いつでも足元に平伏すけどさ…」
姉はジョルジュが不満を漏らすのを、微笑を浮かべて聞いていたが、
その実、わたしに対する怒りは、ジョルジュ以上だった。
姉はわたしと二人になった途端、怒りを剥き出しにした。
姉はその手で、わたしの頬を打った。
「!?」
頬がじんじんと痛む。
姉の本気を感じ、痛さと恐ろしさで、わたしは身を縮め、震えた。
「ジョルジュに声を掛けられたからって、いい気になるんじゃないわよ!
彼も言っていたでしょう、あんたを本気で相手にする男なんて、何処探したっていないんだから!身の程を弁えるのね!
ジョルジュに言い寄られたなんて言って周ったら、絞め殺してやるから!!
分かったら、あなたは謹慎よ!呼んだ時以外は、部屋にいなさい!食事も抜きよ!」
わたしは自分の部屋で過ごす事になった。
だが、それは直ぐに知れた様で、メイドがこっそり、紅茶を届けに来た。
それから、姉がジョルジュと出掛けると、「部屋を出ても大丈夫よ」と教えに来てくれた。
「大丈夫よ、皆、あなたの味方だから!」
使用人たちのお陰で、わたしは普段と同じ様に暮らす事が出来、伯爵夫人の元に通う事も出来た。
伯爵夫人にも、ジョルジュのした事は伝わっており、顔を見るなり陳謝された。
「クラリス、ごめんなさいね、あなたには怖い思いをさせてしまって、申し訳ないわ…
ジョルジュを追い出せればいいんですけどね、もう少しだけ、待って頂戴。
大丈夫よ、あんな事は二度とない様に、ジョルジュを見張らせておきますからね」
「ありがとうございます…」
「今度から、困った事があったら、直ぐに知らせるのよ?
メイドが気付いてレオナールに話してくれたから良かったけど…
まぁ、クラリス!その頬はどうしたの?」
伯爵夫人に気付かれ、わたしは反射的に頬に手をやった。
痛みと熱を持っていて、姉に叩かれた事を思い出した。
伯爵夫人が驚く位だ、腫れているかもしれない。
「これは…転んでしまって…」
やはり、姉の事を言い付けたりは出来なかった。
知れば、姉は怒るだろうし…
それに、もし、姉が館を出されたら、わたしもここには居られなくなる…
庇ったのは、姉の為ではない、自分の欲の為___
「冷やした方がいいわ、ミラ、お願いね。後、鎮痛剤も___」
わたしは鎮痛剤を飲み、濡らした布で頬を押さえて過ごした。
◇◇
その後、ジョルジュがわたしに近付いて来る事は無くなった。
ニヤニヤと笑って見て来る事もなく、それ処か避けている様で、
わたしが姉の後ろにいても、いないものとし、完全に無視していた。
メイドたちの見解では…
「ジョルジュ様は、いつも女性に言い寄られる方だから、断られるなんて思っていないのよ!」
「クラリスに袖にされて、自尊心が傷付いたんだわ!」
「でも、自分では認められないんでしょうね」という事だった。
どんな理由にせよ、ジョルジュがわたしに「興味無し」という態度を取るので、
姉の溜飲も下がり、以降は嘲笑うだけで、罵倒や暴力は無くなり、暮らし易くなった。
そして、レオナールからは、メイド伝いではあるが、
「お詫びに」と可愛らしい花の形のショコラを贈られた。
「こんなショコラ、初めて見たわ!」
食べるなんて勿体ない!ずっと飾っておきたい程だ。
わたしは一粒食べた後は、引き出しに仕舞った。
何か落ち込む事があった時に食べよう。
きっと、慰めになるわ___
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