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しおりを挟む放課後、ぼんやりとしながら、図書室に向かっていた。
あんまりぼんやりとしていたので、声を掛けられるまで、そこにいる人に気付かなかった。
「エリザ!」
「ひゃ!」
顔を上げると、ユーグが立っていて、思わずぽかんと目と口を開けてしまった。
「エリザ、ぼんやりして、熱でもあるんじゃないのか?」
「ね、熱なんてないから…」
わたしが言い終わらない内に、ユーグの大きな手がわたしの額にピタリと付けられた。
うううう~~~!!
人の気も知らないで~~~!!!
「熱は、無いか…保健室に行くか?いや、寮に帰った方がいいな」
「本当に大丈夫だから!
それより、お義兄様、放課後は忙しいんじゃなかったの?」
聞くと、ユーグは視線を反らし、「ああ」と顎を擦った。
んん??
「気持ちもないのに、期待させてもいけないだろう?」
その言葉に、曇っていた胸の中は、さっと明るくなった。
だが、何故だか、想いとは別の事が口を突いて出てしまった。
「でも、ディオール様は美人だし、才女だし、理想の令嬢だし、
きっとその内、お義兄様も好きになるわ」
「そうだといい…」
その憂えた表情に、胸がキュっとした。
もし、そんな事になれば、わたしは家を出て、二度と帰って来ないわ。
笑って、二人の姿を見られそうにないもの…
それ処か、どんな顔をして良いのかも分からない…
「お義兄様はわたしに何か用だったの?」
わたしを待ち伏せていた様に思え、聞いてみた。
「いや、今日は元気が無いみたいだったから、気になっていたんだ。
何か悩み事なら、話してみなさい、おまえの為ならどんな事でも力になるよ」
そんな風に優しいから…
わたしをどんどん好きにさせてどうするの?
あなたが困るだけなのに…
「ありがとう、お義兄様!でも、わたしは元気よ!お義兄様の気の所為よ」
わたしは笑って見せると、鞄からそれを取り出した。
碧色のリボンが結ばれた、長方形の薄い箱。
「お義兄様、お誕生日おめでとう!わたしからのプレゼントよ!」
ユーグはじっと、箱を見つめていた。
あまりに神妙に見つめているので、不安になってきた。
安っぽかったかしら?
でも、わたしが学生だし、高価なプレゼントを上げるのは分相応だし…
ああ!それなら、両親と一緒という事にするべきだった??
「ありがとう、エリザ」
ややあって、その大きな手が箱を受け取った。
「見てもいいかな?」
「ええ、勿論!」
ディオールから貰ったプレゼントは開けようとしなかったのに…
つい、声が弾んでしまった。
ユーグは長い指で器用にリボンを解くと、箱を開けた。
わたしが贈ったのは、青い鳥の羽根が付いた、羽ペンだ。
濃く深い青から、淡い水色に、グラデーションを見せる、美しい羽根。
通りの店で、目が合った瞬間、ユーグの姿が浮かんだ。
ユーグにピッタリの贈り物だと思い、即購入を決めたのだった。
ユーグも見惚れている様だった。
「お義兄様、気に入ってくれた?」
「ああ、気に入ったよ、使うのが勿体ないな…」
「使わない方が勿体ないわ!
これを見た瞬間、お義兄様の為に作られた物なんじゃないかって思ったの!
絶対に、使ってね…」
わたしが言い終わらない内に、ユーグがわたしを抱き締めた。
「!??」
「ありがとう、最高の贈り物だ___」
今一度、ギュっと強く抱きしめてから、腕を放した。
そこにあったのは、いつもの優しい笑みで、ドキドキしているのが自分だけなのだと知らされた。
悔しいけど…
でも、そんなに喜んでくれたなら、いいかな…
「も、もう!お義兄様ってば、また、重度のシスコンって言われるわよ!」
「別に構わないよ、本当の事だから」
ユーグが笑う。
爽やかな笑顔に、キュンとしつつも、憎たらしくなる。
わたしだって、十六歳の娘なのだ。
最近は白豚から脱皮し、そこそこ魅力的な体型になってきている。
胸だって結構あると思うんだけど…
義妹には意識もしなければ、興奮もしないのかな??
そんな事を考え、また一人赤くなってしまった。
◇◇
「エリザ、少しよろしいかしら?」
放課後、教室を出た所で、ディオールに声を掛けられた。
ディオールがわたしに会いに来たのは初めてで、少なからず驚いた。
何の用かしら??
不思議に思ったが、わたしは了承し、ディオールに付いて行った。
ディオールは女子部棟を出て、裏庭の方に向かった。
ユーグの事で何か言われるのかしら?
ディオールはそんな事はしないわよね?
ディオールは伯爵令嬢で、育ちも良く、常識ある女性に見えた。
ユーグの気を惹こうと懸命な処はあるが、意地悪をするタイプではない…気がする。
裏庭を進んで行くと、一人の茶髪の男子生徒が立っていた。
見目が悪い訳ではないが、ニヤついた口元が、生理的に受け付けない。
誰??
つい、目を眇めてしまった。
「エリザ、紹介するわね、こちらは、フィリップ=ダントリク男爵子息。
彼は長男で跡取りなの、三年生よ。
彼の家とは、古くから家同士の付き合いがあって、
学院であなたを見て、どうしても紹介して欲しいと言われたの、一目惚れですって!素敵ね!」
一目惚れ?
わたしは最近漸く人並みの体型に近付いてきた所で、それまでは「白豚」と揶揄されていた生徒だ。
にわかには信じがたいのだけど??
それに、どうも、フィリップの人相は《不良》とか、《女好き》を連想させるのだけど…
だが、ディオールは目を輝かせて、わたしの手を取った。
「何も、正式なお付き合いをしろというのではないの、お友達になってあげて貰えないかしら?
私のお友達とユーグ様の義妹が仲良くなるなんて、素敵だわ」
それは、素敵ですね…
付き合えと言われれば、断る事も出来るが、《友達》というのは、難しい。
「友達なら…」
「まぁ!ありがとう、エリザ!それじゃ、フィリップ、エリザをお願いね」
ディオールはさっさと行ってしまった。
わたしは引き攣った笑みをフィリップに向けた。
「わたしも図書室に行くから、また明日ね、フィリップ」
「折角会ったんだ、もう少し位、いいだろう?」
こっちは、何も知らされずに連れて来られたのよ!
だが、少し悪い気もし、愛想良く応対する事にした。
何と言っても、ディオールの旧友だ、義兄の顔を潰す様な真似は出来ない。
「少しだけでしたら、お話でもします?」
「それなら、カフェに行こうぜ」
カフェに行けば人もいるだろう。
ここに二人でいるよりはマシに思え、わたしは快諾し、二人で食堂近くのカフェに向かった。
カフェでは、お茶、菓子、軽食が提供されている。
放課後に立ち寄る生徒も多い。
わたしたちがカフェに入ると、幾つかのテーブルに、カップルがいた。
放課後デートの場所とも言えるみたい。
わたしたちは入口近くのテーブルに着いた。
「何にすんの?行って来てやるよ___」
フィリップは意外にも気が利き、わたしに注文を聞くと、
カウンターに伝えに行ってくれ、受け取って来てくれた。
わたしが頼んだのは、果実の乗ったカップケーキと紅茶だ。
紅茶はポットに入っており、良い香りがした。
フィリップが頼んだのは、コーヒーだけだった。
意外だわ、山盛りパスタとか食べそうなのに…
「あなたはお腹空いてないの?」
「あー、俺は別に、いいから、食えよ」
粗野だけど、見た目程悪い人ではないのかも…
警戒して悪かったかな?わたし、感じ悪かったよね??
好みの男性じゃないからって、冷たくして良い理由にはならない。
わたしはなるべく感じ良くしようと、気持ちを切り替えた。
「あなたはディオール様と古くからの付き合いなのよね?ディオール様は昔から美人だったの?」
「あー、ディオールはいい女だよなー、スカしてっけど」
あー、分かる!なんて、言っては駄目よね?
わたしは代わりに、ゴクリと紅茶を飲んだ。
「わたしの事は何処で見かけたの?」
「えー、何処だっけか?その辺歩いてるの見たんだろう、覚えてねーや」
いやいや!あなた、一目惚れ設定、何処いったよ??
思わずツッコミそうになり、わたしは笑って誤魔化し、紅茶を飲んだ。
つまり、一目惚れなんて嘘で、ディオールはわたしをこいつに押し付けたかったのね?
そうとしか考えられないわ。
全然、わたしに興味がある様には見えないもの…
紅茶を飲みながら、そんな事を考えていたのだが、ふっと、意識が遠退く感覚がした。
頭が酷くぼんやりとしている。
え…?
声に出したと思ったが、出ていなかったかもしれない。
体から力が抜け、わたしはテーブルに突っ伏していた。
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