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「コンコン」

自室の扉が叩かれる。

「私よ、ジェシー」

わたしはその名に安堵し、扉を開けた。
ジェーンは汗だくのわたしを見て、頭を傾げた。

「エリザ、何してたのぉ?」

「エクササイズよ!痩せてやるの!もう、白豚なんて、言わせないんだからーーー!!」

エクササイズに勤しむわたしに、ジェシーは「頑張って~」と声を掛け、ベッドの端に座った。

「ブリジットから聞いたんだけど、喧嘩したのぉ?」

「ブリジットは何て言ってたの?」

どうせ、自分に都合の悪い事は言わないだろうと思っていたが…

「急にキレられて、絶縁されたってぇ。
エリザは我儘で傲慢だ、義兄が有名人だから、皆が自分に従うのが当然だと思ってる。
自分くらいは対抗しないと、エリザが嫌な子になってしまう。
だから、私にもエリザを無視しろってぇ」

良くもここまで、自分を正当化出来るものだ。
全く腹立たしい!!

「ジェシーは何て答えたの?」

「自分に従うのが当然だと思ってるのは、ブリジットの方でしょう。
ブリジットを嫌な子にしないように、私も抵抗する事にするってね☆」

ジェシーがウインクをする。
嫌な気持ちが吹き飛び、自然と笑っていた。

「ありがとう、ジェシー」

わたしはジェシーに事のあらましを話した。
わたしに嫌がらせをしていたメンバーの中に、ブリジットがいたと話すと、ジェシーも引いていた。
ジェシーから同情して貰い、気分も晴れ、その夜はぐっすり眠る事が出来たのだった。


翌日から、ブリジットはわたしたちを無視し、他の寮生たちに好き勝手言って周った。

「エリザとジェシーから無視されている」
「エリザは意地悪で、ある事無い事、ユーグ様に言い付けられた」
「二人から酷い扱いを受けている」

等々。
ブリジットは自分を正当化するのが上手いらしい。
悪役令嬢は無理でも、下っ端の悪役にはなれそうだ。

尤も、ドロレスから『エリザに手を出すな』と通達が出ている事もあり、
まともに耳を傾ける者はいなかった。
それ所か、変な事に関わりたくないと、逆にブリジットは避けられていた。

登校時、いつも一緒だったが、ブリジットはわたしたちから少し離れて付いて来ていた。
恐らく、ユーグの目に入る様に…
当然、ユーグが気付かない筈はない。

「どうしたんだ、喧嘩でもしたのか?」

ブリジットの悪行の数々を訴える事も出来るが、そうしてしまえば、
『義兄を盾に~』とまた言われ兼ねないので、ぼやかした。

「ええ、わたしにだって、曲げられない事はあるもの!これは戦いなの!」

「つまらない意地を張れば、大事な物を失う事になるぞ」

何も知らない癖に…
わたしは唇を尖らせた。

「でも、エリザは悪くないんです、元々、ブリジットが我儘だから…」
「ジェシー、ありがとう!」

わたしはジェシーの言葉を遮る様に彼女の肩を抱いた。
ユーグが胡乱に見る。

「俺が口を挟む事ではなさそうだな…
でも、おまえには学院生活を楽しんで欲しいんだ、これは俺の我儘かな?」

ユーグが「ふっ」と笑う。

「ううん、楽しめる様に、頑張るわ!」

問題は多いけどね。

ユーグが励ます様に、ポンポンと背を叩いてくれた。


◇◇


わたしは、ドロレスをバッドエンドにしたくない___

ドロレスと会い、話した事で、その思いが強くなった。

【溺愛のアンジェリーヌ】では、ドロレスはアンジェリーヌに対し、嫌がらせを重ねていた。
だが、それは大きな問題にはなっていない。
問題は、アンジェリーヌが異国(大国)の王女と分かってからだ。

レオンはアンジェリーヌと結ばれる為に、王室にドロレスの悪行を伝え、婚約破棄を申し出る。
王室も、『大国の王女との結婚』は魅力的で、ドロレスは素行の悪さもあり、それはすんなりと叶えられる。
ドロレスは自尊心を傷つけられ、嫉妬から、アンジェリーヌの暗殺を企てる。
人を雇い襲わせるが、未遂に終わり、後に主犯がドロレスと発覚する。
ドロレスは王都追放、北地方の塔に幽閉となり、公爵家は降爵、エミリアンは家の再建に奔走する___

「ドロレスを止めるには、どうしたらいいの?」

早い内から、レオンを諦めさせる?
だが、ドロレスは『レオンが好き』という感じでは無かった。

「拘っているのは、《王子妃》?」

ドロレスは王子妃となる為に、常日頃から努力している様だった。
周囲から嫌われても構わない程に。
だから、それを奪われて、強硬手段に出てしまうのかしら?

だが、それが分かっても、どうしたら良いのかは分からなかった。


◇◇


週末、わたしはジェシーと、王都の通りに買い物に来ていた。
通りには店がズラリと並び、ここでは欲しい物が何でも手に入る。

「新しいワンピースを作りたいな~」
「私は髪留めを見たいわ!」
「化粧品も買っていきたいな~」
「あ、見て!あの子たち、一年生じゃない?」

学院生は何か問題があるといけないので、外に出る際には《制服着用》が決められている。
その為、学院生が来ていれば一目で分かる。
声も掛け易いというものだ。

店を眺めながら歩いていると、学院の男子がジェシーに声を掛けてきた。

「ねぇ、君、一年生?案内してあげようか?」

ジェシーは顔を赤くし、もじもじとしている。

「あの、友達と二人なので…」

「お友達?」

男子生徒の目がウロウロとし、漸くわたしの所で止まった。
「あ…」と、明らかにテンションが落ちている。
失礼ね!!

「もしかして、あの、ユーグ様の義妹っていう…?」

男子の顔が引き攣っている。
わたしは「ムッ」として、素っ気なく返した。

「ええ、ユーグ=デュランド伯爵子息の義妹、エリザです」

「し、失礼しました!今のは忘れて下さいーーー!!」

ピューーーー!!と逃げて行った。

「何なの、アレ」

「ユーグ様が極度のシスコンだって、知ってるからじゃないのぉ?」

ああ、納得。
首席にして、女子から人気の高いユーグの不興を買う事は、まともな者は避けたいだろう。

「ジェシー、何か食べない?お腹空いちゃってー」

わたしはキュウキュウと鳴り出したお腹を擦った。

「でもぉ、エリザ、ダイエットしてるんじゃなかったぁ?」

そう。わたしは《脱!白豚》を掲げて、日々エクササイズに励み、食事の管理をしている。
だが、溢れる食欲は抑えられず、ついつい、間食をしてしまうのだ…

だって!わたし、十五歳だもん!
この若い体は食べ物を欲するのよ~~~!!

「こんなに歩いたんだもん、少しご褒美あげなきゃ、もう歩けない~~」
「エリザがいいなら、私はいいよ~、何食べるぅ?」
「あ、あそこがいいわ!パンケーキがある!」

わたしは目敏くその看板を指差した。
ジェシーも「オッケー♪」と賛成してくれたので、二人で「きゃっきゃ」とはしゃぎながら店に入った。

「いらっしゃいませ、空いているお席にどうぞ」

ウエイトレスの女性に迎えられ、わたしたちは店内を見回した。
人気の店なのか、席のほとんどは埋まっていて、学院生たちの姿も多くあった。
わたしたちは窓際に一つだけ空いていたテーブルを発見した。
明るく、そのテーブルからは、通りが良く見えた。

「見晴らしも良くて、最高ね!」

明るい陽射しと景色、店内の甘い匂いに、わたしのお腹は期待で鳴った。
キュ~クルクル…
あら、失礼!

「えーと、私は紅茶とビスケットにするわ!」

ジェシーがメニュー表に目を通し、それを注文した。
わたしもメニュー表を手に取った。

「わたしは…パンケーキを二枚重ねて、バターをたっぷり塗って、ジャムは脇に添えてね。
後は、ホイップクリームを添えて、果実で飾ってくれる?果実はお任せするわ。
飲み物は紅茶でお願い___」

わたしが注文を済ませると、向かいに座るジェシーが目を丸くしてわたしを見ていた。

「エリザってば、凄いのねー、そんな注文、私には思いつかないわぁ!」

パンケーキは前世で好きだったから…
わたしは当然、それは言わず、「おほほほー」と笑って誤魔化したのだった。

わたしの想像と遠くはないパンケーキが届き、わたしはナイフとフォークを手に舌なめずりした。

「美味しそう!いただきま~~~す♪
うん!!美味しい~~~~♡♡♡」

思わず頬を押さえてしまう美味しさだ。
ジェシーが「いいな~いいな~」と連呼するので、少し分けてあげた。

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