上 下
25 / 28

25

しおりを挟む
「それでは、私の事か?」

「はい、突然、戻って来られたのは、何か理由があるのではありませんか?」

食事をしたからか、わたしはいつもの調子を取り戻す事が出来た。
オーギュストの方は逆で、彼は視線を落とし、嘆息した。

「メラニーから、君が断食を始めたと聞いた。
変な話だと思ったが、断食をしていながら、夜中に食料を漁っているらしいと聞きけば、
いよいよ変だと思い、覗きに来てみた次第だ」

つまり、帰って来る気は無かったのだ。
わたしは気が抜けた。

「実は…数日前、マッシュポテトを食べた際、違和感がありました。
毒を盛られている様な気がして…勿論、この館の者がそれをするとは考えられません。
ですが、一度気になると、食べられなくなってしまい…
わたしは聖女ですから、わたしが命を落とせば、この国がどうなるか…」

「成程…そういう事か」

オーギュストは神妙な顔で呟いた。
その後の決断は早く、彼は席を立った。

「至急、調べさせよう」

「お待ち下さい!大事にはしないで下さい!
皆が嫌な気持ちになります、それに、きっと、わたしの勘違いですから…」

「だが、食事が出来なくては、君が死んでしまうぞ!」

「わたしはこうして、食糧を漁って生き長らえます」

わたしが毅然として言うと、オーギュストはポカンと目と口を開けた。

「君は…逞しいな」

わたしはその言葉がうれしく、つい、笑っていた。

「それでは、食事は他で用意させよう。
毒見をさせた物をメラニーに運ばせる、他の者には触らせない、それで良いか?」

「はい、ありがとうございます」

「だが、心配事があるなら先に言え。
黙って、珍妙な行動に出れば、皆が心配するのだろう」

オーギュストが鋭い目を向ける。
わたしはそれを避ける様に、ミルクを飲んだ。

「使用人たちに言う訳にはいきません」

オーギュストが居ないのが悪いのだ___

その当て擦りに、オーギュストも気付いたのだろう、小さく頷いた。

「ああ、私が悪い、君を避けていた」

はっきりと言われると、覚悟していた事なのに、胸が酷く痛んだ。
わたしは息を止め、涙を耐える。

「安心なさって下さい、あの様な事は、二度と致しません…」

「ああ、分かっている、だが…
君が相応しい者を見つけるまで、私は側にいない方がいい…それが君の為だ。
君には、愛する者と幸せになって欲しい、セリーヌ」

オーギュストの目は真剣だった。

彼には、何故、分からないのだろう?

わたしが求めるのは、オーギュストだけだ。
わたしは神への誓に背き、あなたを愛してしまった。

それなのに、この愛は届かない…

クレマンの時も、わたしの愛は届かなかった。
二度目だというのに、遥かに今の方が辛い…

それでも、いい…

わたしには、この子がいるから…

「あなたのお気持ちは承知致しました、でも、ここへは戻って来て下さい。
あなたが他の女性の元に通われているのでなければ…」

チラリとオーギュストを伺う。
彼は平然と、「無用の心配だ」と切り捨てた。

「それは、その様な事はしていないという意味ですか?
それとも、わたしに口を出すなという意味ですか?」

突っ込んで聞くと、オーギュストは少し驚いた顔をした。

「珍しく厳しいな、それだけ怒らせたという事か?」

「怒ってはいません、心配していたのです」

これは強がりだったが、オーギュストは信じた様だ。

「悪かった、女の所に通っていた訳ではない。
王城の自分の部屋にいた。
結婚する前に使っていた部屋で、今もそのままにしている」

「気ままな独身生活を堪能したかったのですか?」

「さぁ、どうだろう…ただ、仕事をし、眠るだけだ…」

オーギュストが零す。
あまり楽しんではいない様で、わたしの気分は少し浮上した。

「それでは、お戻りになって下さい。
そろそろ皆が、わたしが捨てられたのではないかと心配し始めます。
ベッドはあなたがお使い下さい、わたしはソファで構いません」

「いや、ベッドは君が使ってくれ、私がソファを使う」

この子の為には、その方が良く、わたしは大人しく頷いた。


◇◇


オーギュストと顔を合わせれば、《子》に気付かれるかもしれない。
そんな心配がありながら、わたしは彼に戻って来る様、言ってしまった。

オーギュストに傍にいて欲しい…

結ばれなくても、少しでも長く、彼と一緒にいたい。
彼を見ていたい…
そんな風に思ってしまう自分に自嘲した。

「わたしったら、頼りないママね…」

わたしは下腹を撫でた。
温かい光を感じる。
今日も元気そうだ…
わたしはそれだけで幸せになれた。


オーギュストが手配してくれ、食事はメラニーが運んで来る様になった。

「聖女様、どうぞお召し上がりください!」

「面倒を掛けてしまってすみません…」

「事情は騎士団長様から聞いていますので、ご安心下さい。
それから、密かに、使用人たちを探っています」

メラニーが小声で付け加え、わたしは緊張した。

「きっと、わたしの気の所為です、少し神経質になってしまって…」

「神経質に?ああ!もしかして、聖女様…ご懐妊ですか!?」

メラニーが大きな声を出し、わたしは真っ青になった。

「違います!止めて下さい!」

思わず強く言ってしまい、わたしは手で口を覆った。
メラニーはしょんぼりとし、肩を落とした。

「無神経な事を言ってしまい、申し訳ありません…」

「わたしの方こそ、ムキになってしまって、すみません…」

メラニーは気持ちを切り替え、笑顔になり、「どうぞ、召し上がって下さい!」と勧めた。
わたしは料理を無理に口に詰め込んだ。

メラニーにあんな態度を取ってしまうなんて…

わたしは自分が情けなく、気落ちした。





晩餐の時間が近付き、わたしはドレスに着替え、部屋を出た。
階段に差し掛かった所で、下から上がって来るメイドに気付いた。

ヘレナ___!?

「!?」

気付いた時にはもう遅く、彼女はわたしの方に倒れ掛かって来た。
強くぶつかられ、わたしは手摺に体をぶつけ、足を滑らせた。

「きゃ!!」

「聖女様!!」

メラニーが手を伸ばしたが、及ばなかった。
階段を転がり落ちながら、わたしは子を護ろうとしたが、成す術は無かった。
そして、勢いのまま頭を強く打ち、意識を失ったのだった。



意識が浮上し、目を開けると周囲は薄暗かった。
わたしはベッドに寝かされていたが、それを思い出し、飛び起きた。

「ああ!わたしの赤ちゃん!!」

ああ!どうか、無事でいて!!
わたしは下腹に手を当てる。
それは、温かく、消えていない事を教えてくれた。

「ああ…良かった…」

お腹を抱え、安堵の息を吐いた時だ。

「どういう事だ?」

低い声がし、わたしはビクリとした。
顔を上げると、直ぐ側で、オーギュストがわたしを見下ろしていた。
その表情は厳しく、わたしを責めている様に見えた。
わたしはお腹を抱え、後退った。

「近付かないで…」

「どうしてだ、私との子ではないのか?それで、話せなかったのか?」

「馬鹿を言わないで!あなたとの子に決まっています!
でも、あなたは子供が嫌いだと言ったでしょう!
あなたに要らないと言われたら、この子が可哀想で…
この子は、わたしが一人で産んで育てます!あなたには迷惑は掛けません!
だから、わたしたちに近付かないで!放っておいて!」

わたしは枕を掴み、それを盾にしてオーギュストを牽制した。
オーギュストは顔色を失くし、目を見開いている。
明らかにショックを受けている…
わたしは彼が何を思い、感じているのか、知りたかったが、
それ以上に、恐れる気持ちが大きく、警戒を解けなかった。

「すまなかった…だが、私の話を聞いて欲しい…」

オーギュストが低く零し、ベッドの端に座った。
肩を落とし、十歳は老けて見えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

処理中です...