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「フロコンと散歩に行って来ます」

わたしはフロコンを連れて庭に出た。
直ぐ側に木立の森があり、気持ちの良い木陰があった。

フロコンを自由にさせ、わたしはゆっくりと木立の中を進む。

「涼しいし、気持ちが良いわね…」

そっと、下腹に手を当て、話し掛ける。
そこに、温かい光を感じる。
まだ外見に変化はないので、今の所、子を宿している事に気付く者はいなかった。
それで、わたしも安心していたのだが…

ガサガサ…

草が鳴り、わたしは振り返った。
木立の中をやって来たのは、メイドのヘレナだった。

「ヘレナ?」

彼女は大人しく、陰の薄い女性だった。
彼女は無表情でわたしに近付いて来ると、わたしの手を取り、「これを」と紙の包みを握らせた。

「これは?」

「私はファストーヴィ王国の大司教様の使いです」

ヘレナの告白に、わたしは息を飲んだ。

「大司教様の御言葉をお忘れですか?
神への誓いを破る事は、神に背く事。
あなたの子は悪魔の化身です、処分しなければいけません」

「!!」

気付かれていたのだ!
わたしは咄嗟に護る様に、下腹に手を当てた。

「聖女セリーヌ、その薬をお飲み下さい!
大丈夫です、あなたの命までは奪いません、悪魔の子が流れるだけです」

血の気が引き、わたしは彼女の手を振り払った。

「嫌です!誰が何と言おうと、わたしはこの子を産みます!」

「分からないのですか!その子に神のご加護はありません!生まれても不幸になるだけ!
それに、神に背けば、聖女の力を失いますよ!」

「誰に愛されなくても、その分、いえ、それ以上に、わたしが愛します!
わたしには、この子が全てなの!」

ファストーヴィ王国の者たちは皆、わたしを裏切り、切り捨てた。
わたしは愛してもいない者に嫁がされ、そして、愛をみつけた…
その結晶であるこの子を、どうして消せるだろう?

それに、もし、わたしが聖女の力を失っても、この子がいれば、聖女の血は受け継がれる。
いつか、この国は救われる___!

「わたしは絶対に、この子を護ります!」

「この、馬鹿女!!」

ヘレナがわたしに掴み掛かろうとした時、
木立の奥から、「オンオン!!」とフロコンが吠え、駆けて来た。
騒がれると困るヘレナは、即座に身を翻し、逃げて行った。

わたしは下腹を擦り、安堵の息を吐いた。

「フロコン、ありがとう…あなたのお陰で助かったわ…」

「オン!オン!」

フロコンがうれしそうに吠え、尻尾を振る。
わたしはフロコンを抱きしめ、撫でてやった。

でも、安心は出来ない…
ヘレナはこのまま諦めたりはしないだろう。

「ああ、どうしたらいいの…」


◇◇


わたしはヘレナを警戒しなくてはならなくなった。

ヘレナを追い出すにしても、理由が必要だ。
まさか、ファストーヴィ王国の密偵だとは言えない。
正体が露見すればヘレナがどうなるか、想像するのも恐ろしい。

わたしはヘレナを憎んでいる訳ではない。
彼女は悪人ではない、大司教の指示に従っているだけだ。

わたしはなるべく穏便にヘレナを追い出せないか、思案した。
だが、良い案が浮かぶよりも早く、ヘレナが動いた___


晩餐のマッシュポテトを口にした時、わたしはその違和感に吐いてしまった。
恐らく、薬を入れられていたのだろう…
幸い、飲み込む前に気付いたので良かったが…食べていたらと思うと、恐怖に震えた。

「どうされましたか!?」

わたしの様子に気付き、給仕のメイドが慌ててやって来た。

「いえ、あまり食欲が無くて…すみません」

他の物にも入れられているのでは?と考えると、恐ろしくて手を付けられなかった。


ヘレナは料理人トーマスと恋仲にある。
ヘレナが毒を仕込んだのか、それともトーマスに頼んだのか?
だが、こうなると、食事が出来なくなってしまう。
数日、何も食べない位は我慢出来るが、そでれはこの子が弱ってしまう…

わたしは意を決し、夜になってから、調理場に忍び込んだ。
そして、残り物のパンや肉を貪る…
まるで盗人だ。
わたしは一体、何をしているのか…
自分自身に愕然としたが、「この子を護る為よ!」と気持ちを持ち直した。

この子の為に、わたしはどんな事をしても生き延びなければ!


◇◇


その翌日、わたしはメラニーに「暫く断食をします」と宣言した。
食事をしない事を疑われない為だ。
突然の事だからか、メラニーは目を丸くしていた。

「断食をすると、何か良い事があるのですか?」

「はい、集中力が高まります」

全くのデタラメだが、《聖女を知らない者》にとっては、有効だった。

「そうなんですね!でも、今は聖業をなさっていませんし…」

「王都内の結界の強化、瘴気祓いはしています」

日々、力を与える事で、それは強固になる。

「あまり、無理はなさらないで下さいね…」

メラニーは心配そうな顔をしている。
わたしは心配をさせない様、笑顔で「ありがとう」と返した。


『神に背けば聖女の力を失う』

それはわたしも承知している。
力を失えば、どうなるか…
不安に襲われたが、今現在、力は失われていない。

ああ!どうか神様、わたしから《聖女の力》を奪わないで下さい___!


◇◇


いつもの様に、夜になり、調理場に忍び込んだわたしは、小さなランプの灯りを頼りに、
食糧を物色していた。

ガタン。

棚を開けた際、音を立ててしまい、息を飲んだ。
誰にも気付かれないといいけど…
周囲の気配を伺った時だ、「何をしているんだ」と声を掛けられ、飛び上がりそうになった。

振り向くと、戸口にオーギュストが立っていた。

あれから、一月もここには帰って来ていないというのに、
こんな風にふらりと帰って来て、わたしの邪魔をするなんて!

憎たらしく思え、黙っていると、畳み掛けられた。

「君は断食中ではなかったのか?そもそも、それも私は信じていないが…」

誰がオーギュストに話したのだろう?
メラニー以外には思いつかないが…
もしかすると、これまでも、わたしの事はオーギュストに筒抜けになっていたのだろうか?
わたしはヒヤリとした。

「断食中ですが、お腹が空いたんです」

「それで、こんな、鼠みたいな事をしているのか?」

責める様に言われ、わたしは感情が高ぶった。
鼠だなんて、あんまりよ!

「わたしの事は、放っておいて下さい!」

わたしは背を向け、棚からバケットを取ると齧り付いた。
そんなわたしに、オーギュストはギョッとした様だ。

「セリーヌ!君は何をしているんだ!」

わたしは口をもごもごとさせた。
固いので、中々飲み込めない。

「馬鹿な事を!いいから、そこに座っていろ!」

オーギュストはわたしの手からバゲットを取り上げると、
調理台に向かい、何やら始めた。
待っていると、「ジュー、ジュー」という音と共に、美味しそうな匂いがしてきた。
それに合わせ、わたしのお腹が「キューキュー」と鳴った。

「我慢させてしまって、ごめんなさいね…」

わたしは下腹を撫でて謝った。
オーギュストが「何か言ったか?」と振り返ったので、わたしは慌てて誤魔化した。

「お腹が鳴ったんです!」

「全く、食事が出されないというなら分かるが、自分から断っておいて腹を空かせるとは…」

オーギュストがやれやれと頭を振った。

「ほら、食べなさい」

オーギュストがわたしの前に皿を置いた。
フレンチトーストだ。
美味しそうな匂いに、わたしの意地は脆くも消え去った。

「いただきます…」

わたしが食べ始めると、オーギュストがミルクをカップに注ぎ、出してくれた。

「君のお陰で、牛やヤギの乳の出が良くなった。鶏も驚く程卵を産む。
毎日卵が食べられ、ミルクが飲めるのは奇跡だ、皆、君に感謝している…」

温かい言葉が胸に沁みる。
心なしか、お腹の子も喜んでいる気がした。

「これから、もっと、良くなります…」

わたしの聖女の力が消えなければ…

「何か、心配事があるのか?」

わたしはフォークを持つ手を止めた。
わたしが「いいえ」と頭を振ると、彼は続けた。

「それでは、私の事か?」


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