23 / 28
23 オーギュスト
しおりを挟む
◇◇ オーギュスト ◇◇
ピィィーーーーーーー…
微かな音だが、オーギュストの耳はしっかりとそれを感知した。
オーギュストは瞬時に手にしていた書類を放ると、部屋を飛び出した。
《聖女》は守るべき最重要人物である為、彼女の住む小宮殿の警備は、
端から見るよりも厳重だった。
警護の衛兵の内、一人はオーギュスト直属の部下で、
聖女に関する事、緊急の場合には、笛を吹き知らせる事になっていた。
一体、彼女の身に何が___!
「騎士団長様!!」
ナタリーが風の勢いで駆けてきた。
彼女は訓練を受けていて、身体能力も桁外れて高い。
「ガブリエル様が聖女様に話があると館に来られ…!」
オーギュストはその名を聞き、カッとなった。
それは恐ろしい気となり、足は速度を上げた。
第二王子ガブリエルとオーギュストは、言ってみれば犬猿の仲だ。
そのガブリエルが小宮殿に聖女を訪ねて来た___
それだけでも良い想像は出来なかった。
相手が他の者であれば、ナタリーや警備の衛兵たちが何とかしただろうが、
流石に《王子》では無理だった。
オーギュストは近付くものを全て跳ね飛ばす勢いで、小宮殿に駆け込んだ。
間に合ってくれ___!!
オーギュストが寝室に駆け付けた時には、二人はベッドの上にいた。
圧し掛かる獣の様な姿を目にし、オーギュストは我を忘れ、
その肩を掴み、怒りのままに引き倒したのだった。
「ガブリエル!一体、これは何の真似だ!!」
オーギュストがガブリエルに対し、これ程声を荒げた事は無かった。
どれだけ挑発されても、これまで手を上げた事は無かった。
それが、今、何の躊躇もなく、その顔を殴り付けている___
拳の痛みを持ち、オーギュストは漸く少し冷静さを取り戻す事が出来たが、
ガブリエルの恐怖に慄く顔を見ても、「当然だ」という気しかしなかった。
セリーヌはこの何倍も怖い思いをしただろう___
ガブリエルは青い顔で震えながらも、悪態を吐いてきた。
「フン!王はおまえなんかに期待してないんだよ!
王は俺との子を望んでいたんだ、俺が結婚していたから、仕方なくおまえにしただけだ。
俺との子の方が王も喜ぶ、だから、俺がこの女と子を作ってやるんだ!」
オーギュストは再び、カッとなった。
「おまえや王が何を望もうと、セリーヌは私の妻だ!
勝手は許さない!殺されたくなければ、さっさと失せろ!!」
オーギュストが吠えると、ガブリエルは「クソ!」と吐き捨て、わたわたと寝室から出て行った。
ガブリエルが消え、オーギュストは息を吐き、冷静になろうと努めた。
「セリーヌ…」
セリーヌはベッドの端で小さくなっていた。
泣いているのが分かった。
シーツで体を隠そうとする、その仕草にオーギュストはヒヤリとした。
「すまない、危険な目に遭わせてしまって…」
ゆっくりと近付くと、セリーヌは体を強張らせ、ますます小さくなった。
可哀想に…
ガブリエルへの怒りが再び沸き上がったが、なるべく穏やかにそれを聞いた。
「無事か?怪我はしていないか?」
ベッドに腰かけ、セリーヌの様子を伺うと、彼女は声を上げて泣き出した。
言葉にはなっていない、だが、何か伝えようとしている様に思えた。
縋り付かれ、オーギュストはその小さな体を優しく抱擁した。
安心させたかったのだ。
「悪かった、怖い思いをさせて…」
頭や背中をそっと擦る。
次第に、セリーヌの叫ぶ声は小さくなっていった。
オーギュストは安堵したが、セリーヌが頭を自分の胸に押し付け、
強くしがみついて来たのには、困った。
「セリーヌ…」
この状況は、不味い…
オーギュストはセリーヌを引き離そうとした。
だが、それよりも早く、セリーヌがオーギュストの唇を奪った___
「!!」
その柔らかさに眩暈がする。
頭の中で警報が鳴ると同時に、それも遠くなり、何も考えられなくなる。
ただ、彼女を感じるだけ…
駄目だ___!
そう思いながらも、自分を止められなかった。
気付けば、セリーヌを押し倒し、自ら唇を奪っていた。
そして、彼女の体を貪った。
衝動であり、肉欲でしかなかった。
快楽に身を任せるも、行為が終われば、激しい後悔に襲われた。
自分は何て事をしてしまったのか…
先に求めたのはセリーヌだが、彼女が自棄になっていた事は分かっている。
ガブリエルに襲われそうになり、正気では無かったのだ。
そこに付け込んだのは事実だ。
止められた筈なのに、目の前に差し出されたものに抗えなかった。
それを手に入れたいと、何処かで思っていたのかもしれない。
そして、手に入れた後、どうなるか…
だからこそ、これまで避けて来たというのに…
一緒に居れば、また同じ事が起こるかもしれない___
セリーヌが嫌だといっても、オーギュストは自分を抑える自信が無かった。
そんな事になれば、泥沼になり、待っているのは生地獄だ。
思い悩むも、オーギュストには、ただ、セリーヌから離れる事しか浮かばなかった。
◇◇
セリーヌを護る為、そしてガブリエルに対する怒りから、
オーギュストは王にガブリエルの所業を申し出て、処罰をする様、訴えた。
「聖女に対し、又、私の妻に対し、この様な非道な行いは許されません!
どうか相応の処分をなさって下さい!」
宰相、側近たち、当のガブリエルも、『王は処分をしない』、
『ガブリエルを庇うだろう』と見ていた。
これまで、王は王太子やガブリエルに対し、そうしてきたからだ。
ガブリエルはこの場に呼ばれても、嘲る様な目でオーギュストを見て、ニヤニヤとしていた。
オーギュストの方は、ただ、王を睨んでいた。
王の返答次第では、オーギュストは行動を起こすつもりでいた。
それは、セリーヌを連れて王城を出る事。
それが許されないのであれば、逃亡も止むを得ないと思っていた。
これまで、オーギュストが大人しく従って来たのは、王への義理ではない。
第三王子は、王太子、第二王子よりも立場が低く、しかも、オーギュストは側室の子だ。
下手をすると、彼等に良い様に使われて終わる存在だった。
それを避ける為には、オーギュスト自身が力を持たなければならなかった。
オーギュスト自身が、必要とされなくてはいけない___
オーギュストは幼い頃より、自分を見つめ、得意分野に焦点を合わせ、
上に上がる努力してきた。
その結果、オーギュストは若くして《騎士団長》という地位を得た。
だが、良い様に利用されるだけで、護りたいものも守れないのであれば、
何の意味があるだろう?
これまでのオーギュストは、王に期待していたのだ。
王が自分を認め、必要としてくれる事を___
だが、この返答次第では、それも棄て去る気でいた。
これまでの全てを断ち切っても良いと思えていた。
オーギュストはセリーヌを《家族》と言った。
言葉にするまでは、考えもしなかったというのに、自然に口を突いていた。
いつの間にか、彼女の存在が、オーギュストの内で誰よりも大きくなっていたという事だ。
ややあって、王は口を開いた。
「第二王子ガブリエルのした事は、聖女への冒涜に他ならん!」
王の言葉に、宰相、側近たちは驚き、ガブリエルは顔を青くした。
「お、お待ち下さい!これは国を思ってした事です!
聖女の子が《聖女》となるなら、優秀な血を引くべきではありませんか!
王様もそうお考えだったでしょう?」
「黙れ!私は言った筈だ、
件はオーギュストに任せた事、以後、口出しは無用だと!」
それはオーギュストの知らない事で、思わず王を見た。
目の前の王は、毅然とした態度で続けた。
「おまえは王命に背いたのだぞ、ガブリエル!
妻がありながら不貞を働いただけでなく、暴行に及んだその所業、
《王子》としてあるまじき行為である!
寄って、ガブリエルの《王子》称号は剥奪とし、十年間、辺境の地へ行って貰う!」
「そ、それはあんまりです!父上!
暴行というのならば、あいつ…オーギュストの方です!
オーギュストは正当な血を引く第二王子の私を殴ったのですよ!
これが証拠です!まだ痛みが取れない!元に戻るか知れません!
罰するなら、オーギュストにして下さい!」
ガブリエルは錯乱していたのだろう、その言い分に、周囲は唖然とした。
「自分の妻が襲われていれば、相手が誰であれ、立ち向かって当然であろう、
それこそが我が国の男であり、勇者だ。
それとも、おまえは傍観する様な、腑抜けなのか?」
上手い言い訳が思いつかないのか、ガブリエルは口籠り、話を変えた。
「それに、私がいなければ、公務はどうするのですか?」
「日頃から、側近たちにさせておったのだ、彼等に任せよう。
側近たちの方がおまえより余程優秀だ、おまえが居なくとも誰も困りはせん。
おまえは辺境の地で、心行くまで学んで来い。
尚、《王子》と認められない限り、王都に戻って来る事は許さん!
即刻、ガブリエルを連れて行け!」
ガブリエルは「クソ!!離せ!!」と暴れていたが、衛兵たちの力には敵わず、
引き摺られ、連れ出されて行った。
「オーギュスト、我に代わり、聖女に謝罪する様申し付ける、良いな!」
「御意」
王が去って行き、オーギュストは信じられない面持ちで頭を上げた。
王がこれ程厳しくガブリエルを罰するとは、想像もしていなかった。
何か裏でもあるのでは?と勘繰りたくなったが、
それでも、オーギュストの胸には喜びがあった。
『件はオーギュストに任せた事、以後、口出しは無用』
王は、宰相、側近たち、ガブリエルにそう言っていたのだ。
王がガブリエルを嗾けたのだとばかり思い、憎しみを持っていたが、
自分の誤解だと知った。
「俺は、馬鹿だ…」
王は自分を愛していない___
これまで、そう決めつけ、相対した事は無かった。
それは、ただ、期待を裏切られ、自分が傷つきたくなかったからだ…
◇◇
『我に代わり、聖女に謝罪する様、良いな!』
王から申し付けられた事を、オーギュストは実践出来ていなかった。
現在、国境付近に塔を建て、水晶球を設置する計画を、
オーギュストが中心となり進めている為、何かと忙しい…
それを理由に、先延ばしにしていた。
実の所、オーギュストが恐れているのは、セリーヌに会う事だった。
オーギュストは自分の態度を決め兼ねていた。
当初、セリーヌとの婚姻関係は、一年としていた。
セリーヌに相手を見つけさせ、円満に離縁をする。
白い結婚ならば、相手も躊躇はしないだろう、セリーヌは想う相手と結婚出来る___
それが、こうも易々破綻すると、誰が予測出来ただろう?
このまま、婚姻関係を続けるか?
それとも、セリーヌを相応しい相手に渡すか…
冷静に考えれば、後者を選ぶべきだろう。
セリーヌに謝罪し、「間違いだった」と言えばいい。
そして、二度と関係は持たないと誓うのだ___
だが、何故か気が重く、踏み切れない。
悶々とし、ただ時間だけが過ぎていった。
◇◇
「騎士団長様、いい加減にお戻りになられて下さいよ!」
メラニーが訪れ、煩く言ってくるのを、オーギュストはウンザリとしながら聞いていた。
メラニーの休暇が終わり、交代でナタリーが休暇に入ったのだろう。
ナタリーにしても、メラニーにしても、雇い主に対し、遠慮がない。
仕事は聖女の護衛で監視だけの筈だが…
「セリーヌはどうしている?」
それでも、こうしてセリーヌの様子を聞けるのは有難かった。
メラニーは不機嫌な顔になる。
「騎士団長様を想って泣いております…と言って欲しいのですか?
残念ながら、聖女様はお元気ですよ、あまり冷たくしていると、必要とされなくなりますよ!」
オーギュストは安堵しつつも、気分が落ちた。
何処かで、寂しがっていて欲しいと願っていたのかもしれない。
オーギュストはそんな自分を嘲笑した。
「それならば問題はない、それよりナタリーは休暇だろう?
護衛がいつまでもこんな所で遊ぶな、セリーヌの事、頼んだぞ」
「聖女様を大事に思われているのに…」
「私には仕事がある、これは国の将来を左右するものだ、仕方あるまい」
メラニーは顔を顰め、肩を竦めて出て行った。
国の将来を左右するもの…
オーギュストがこの仕事に熱を入れているのは、他でもない、セリーヌの為だった。
聖女の力が消えるという危機感から、「聖女に子を産ませろ」、
「王室の側室にしろ」と言い出す者もいる筈だ。
セリーヌを道具にさせない為にも、国が安泰となる基盤が必要だった。
セリーヌが相手を見つけるまでの、時間稼ぎ。
「その筈だったんだが…」
◇◇◇
ピィィーーーーーーー…
微かな音だが、オーギュストの耳はしっかりとそれを感知した。
オーギュストは瞬時に手にしていた書類を放ると、部屋を飛び出した。
《聖女》は守るべき最重要人物である為、彼女の住む小宮殿の警備は、
端から見るよりも厳重だった。
警護の衛兵の内、一人はオーギュスト直属の部下で、
聖女に関する事、緊急の場合には、笛を吹き知らせる事になっていた。
一体、彼女の身に何が___!
「騎士団長様!!」
ナタリーが風の勢いで駆けてきた。
彼女は訓練を受けていて、身体能力も桁外れて高い。
「ガブリエル様が聖女様に話があると館に来られ…!」
オーギュストはその名を聞き、カッとなった。
それは恐ろしい気となり、足は速度を上げた。
第二王子ガブリエルとオーギュストは、言ってみれば犬猿の仲だ。
そのガブリエルが小宮殿に聖女を訪ねて来た___
それだけでも良い想像は出来なかった。
相手が他の者であれば、ナタリーや警備の衛兵たちが何とかしただろうが、
流石に《王子》では無理だった。
オーギュストは近付くものを全て跳ね飛ばす勢いで、小宮殿に駆け込んだ。
間に合ってくれ___!!
オーギュストが寝室に駆け付けた時には、二人はベッドの上にいた。
圧し掛かる獣の様な姿を目にし、オーギュストは我を忘れ、
その肩を掴み、怒りのままに引き倒したのだった。
「ガブリエル!一体、これは何の真似だ!!」
オーギュストがガブリエルに対し、これ程声を荒げた事は無かった。
どれだけ挑発されても、これまで手を上げた事は無かった。
それが、今、何の躊躇もなく、その顔を殴り付けている___
拳の痛みを持ち、オーギュストは漸く少し冷静さを取り戻す事が出来たが、
ガブリエルの恐怖に慄く顔を見ても、「当然だ」という気しかしなかった。
セリーヌはこの何倍も怖い思いをしただろう___
ガブリエルは青い顔で震えながらも、悪態を吐いてきた。
「フン!王はおまえなんかに期待してないんだよ!
王は俺との子を望んでいたんだ、俺が結婚していたから、仕方なくおまえにしただけだ。
俺との子の方が王も喜ぶ、だから、俺がこの女と子を作ってやるんだ!」
オーギュストは再び、カッとなった。
「おまえや王が何を望もうと、セリーヌは私の妻だ!
勝手は許さない!殺されたくなければ、さっさと失せろ!!」
オーギュストが吠えると、ガブリエルは「クソ!」と吐き捨て、わたわたと寝室から出て行った。
ガブリエルが消え、オーギュストは息を吐き、冷静になろうと努めた。
「セリーヌ…」
セリーヌはベッドの端で小さくなっていた。
泣いているのが分かった。
シーツで体を隠そうとする、その仕草にオーギュストはヒヤリとした。
「すまない、危険な目に遭わせてしまって…」
ゆっくりと近付くと、セリーヌは体を強張らせ、ますます小さくなった。
可哀想に…
ガブリエルへの怒りが再び沸き上がったが、なるべく穏やかにそれを聞いた。
「無事か?怪我はしていないか?」
ベッドに腰かけ、セリーヌの様子を伺うと、彼女は声を上げて泣き出した。
言葉にはなっていない、だが、何か伝えようとしている様に思えた。
縋り付かれ、オーギュストはその小さな体を優しく抱擁した。
安心させたかったのだ。
「悪かった、怖い思いをさせて…」
頭や背中をそっと擦る。
次第に、セリーヌの叫ぶ声は小さくなっていった。
オーギュストは安堵したが、セリーヌが頭を自分の胸に押し付け、
強くしがみついて来たのには、困った。
「セリーヌ…」
この状況は、不味い…
オーギュストはセリーヌを引き離そうとした。
だが、それよりも早く、セリーヌがオーギュストの唇を奪った___
「!!」
その柔らかさに眩暈がする。
頭の中で警報が鳴ると同時に、それも遠くなり、何も考えられなくなる。
ただ、彼女を感じるだけ…
駄目だ___!
そう思いながらも、自分を止められなかった。
気付けば、セリーヌを押し倒し、自ら唇を奪っていた。
そして、彼女の体を貪った。
衝動であり、肉欲でしかなかった。
快楽に身を任せるも、行為が終われば、激しい後悔に襲われた。
自分は何て事をしてしまったのか…
先に求めたのはセリーヌだが、彼女が自棄になっていた事は分かっている。
ガブリエルに襲われそうになり、正気では無かったのだ。
そこに付け込んだのは事実だ。
止められた筈なのに、目の前に差し出されたものに抗えなかった。
それを手に入れたいと、何処かで思っていたのかもしれない。
そして、手に入れた後、どうなるか…
だからこそ、これまで避けて来たというのに…
一緒に居れば、また同じ事が起こるかもしれない___
セリーヌが嫌だといっても、オーギュストは自分を抑える自信が無かった。
そんな事になれば、泥沼になり、待っているのは生地獄だ。
思い悩むも、オーギュストには、ただ、セリーヌから離れる事しか浮かばなかった。
◇◇
セリーヌを護る為、そしてガブリエルに対する怒りから、
オーギュストは王にガブリエルの所業を申し出て、処罰をする様、訴えた。
「聖女に対し、又、私の妻に対し、この様な非道な行いは許されません!
どうか相応の処分をなさって下さい!」
宰相、側近たち、当のガブリエルも、『王は処分をしない』、
『ガブリエルを庇うだろう』と見ていた。
これまで、王は王太子やガブリエルに対し、そうしてきたからだ。
ガブリエルはこの場に呼ばれても、嘲る様な目でオーギュストを見て、ニヤニヤとしていた。
オーギュストの方は、ただ、王を睨んでいた。
王の返答次第では、オーギュストは行動を起こすつもりでいた。
それは、セリーヌを連れて王城を出る事。
それが許されないのであれば、逃亡も止むを得ないと思っていた。
これまで、オーギュストが大人しく従って来たのは、王への義理ではない。
第三王子は、王太子、第二王子よりも立場が低く、しかも、オーギュストは側室の子だ。
下手をすると、彼等に良い様に使われて終わる存在だった。
それを避ける為には、オーギュスト自身が力を持たなければならなかった。
オーギュスト自身が、必要とされなくてはいけない___
オーギュストは幼い頃より、自分を見つめ、得意分野に焦点を合わせ、
上に上がる努力してきた。
その結果、オーギュストは若くして《騎士団長》という地位を得た。
だが、良い様に利用されるだけで、護りたいものも守れないのであれば、
何の意味があるだろう?
これまでのオーギュストは、王に期待していたのだ。
王が自分を認め、必要としてくれる事を___
だが、この返答次第では、それも棄て去る気でいた。
これまでの全てを断ち切っても良いと思えていた。
オーギュストはセリーヌを《家族》と言った。
言葉にするまでは、考えもしなかったというのに、自然に口を突いていた。
いつの間にか、彼女の存在が、オーギュストの内で誰よりも大きくなっていたという事だ。
ややあって、王は口を開いた。
「第二王子ガブリエルのした事は、聖女への冒涜に他ならん!」
王の言葉に、宰相、側近たちは驚き、ガブリエルは顔を青くした。
「お、お待ち下さい!これは国を思ってした事です!
聖女の子が《聖女》となるなら、優秀な血を引くべきではありませんか!
王様もそうお考えだったでしょう?」
「黙れ!私は言った筈だ、
件はオーギュストに任せた事、以後、口出しは無用だと!」
それはオーギュストの知らない事で、思わず王を見た。
目の前の王は、毅然とした態度で続けた。
「おまえは王命に背いたのだぞ、ガブリエル!
妻がありながら不貞を働いただけでなく、暴行に及んだその所業、
《王子》としてあるまじき行為である!
寄って、ガブリエルの《王子》称号は剥奪とし、十年間、辺境の地へ行って貰う!」
「そ、それはあんまりです!父上!
暴行というのならば、あいつ…オーギュストの方です!
オーギュストは正当な血を引く第二王子の私を殴ったのですよ!
これが証拠です!まだ痛みが取れない!元に戻るか知れません!
罰するなら、オーギュストにして下さい!」
ガブリエルは錯乱していたのだろう、その言い分に、周囲は唖然とした。
「自分の妻が襲われていれば、相手が誰であれ、立ち向かって当然であろう、
それこそが我が国の男であり、勇者だ。
それとも、おまえは傍観する様な、腑抜けなのか?」
上手い言い訳が思いつかないのか、ガブリエルは口籠り、話を変えた。
「それに、私がいなければ、公務はどうするのですか?」
「日頃から、側近たちにさせておったのだ、彼等に任せよう。
側近たちの方がおまえより余程優秀だ、おまえが居なくとも誰も困りはせん。
おまえは辺境の地で、心行くまで学んで来い。
尚、《王子》と認められない限り、王都に戻って来る事は許さん!
即刻、ガブリエルを連れて行け!」
ガブリエルは「クソ!!離せ!!」と暴れていたが、衛兵たちの力には敵わず、
引き摺られ、連れ出されて行った。
「オーギュスト、我に代わり、聖女に謝罪する様申し付ける、良いな!」
「御意」
王が去って行き、オーギュストは信じられない面持ちで頭を上げた。
王がこれ程厳しくガブリエルを罰するとは、想像もしていなかった。
何か裏でもあるのでは?と勘繰りたくなったが、
それでも、オーギュストの胸には喜びがあった。
『件はオーギュストに任せた事、以後、口出しは無用』
王は、宰相、側近たち、ガブリエルにそう言っていたのだ。
王がガブリエルを嗾けたのだとばかり思い、憎しみを持っていたが、
自分の誤解だと知った。
「俺は、馬鹿だ…」
王は自分を愛していない___
これまで、そう決めつけ、相対した事は無かった。
それは、ただ、期待を裏切られ、自分が傷つきたくなかったからだ…
◇◇
『我に代わり、聖女に謝罪する様、良いな!』
王から申し付けられた事を、オーギュストは実践出来ていなかった。
現在、国境付近に塔を建て、水晶球を設置する計画を、
オーギュストが中心となり進めている為、何かと忙しい…
それを理由に、先延ばしにしていた。
実の所、オーギュストが恐れているのは、セリーヌに会う事だった。
オーギュストは自分の態度を決め兼ねていた。
当初、セリーヌとの婚姻関係は、一年としていた。
セリーヌに相手を見つけさせ、円満に離縁をする。
白い結婚ならば、相手も躊躇はしないだろう、セリーヌは想う相手と結婚出来る___
それが、こうも易々破綻すると、誰が予測出来ただろう?
このまま、婚姻関係を続けるか?
それとも、セリーヌを相応しい相手に渡すか…
冷静に考えれば、後者を選ぶべきだろう。
セリーヌに謝罪し、「間違いだった」と言えばいい。
そして、二度と関係は持たないと誓うのだ___
だが、何故か気が重く、踏み切れない。
悶々とし、ただ時間だけが過ぎていった。
◇◇
「騎士団長様、いい加減にお戻りになられて下さいよ!」
メラニーが訪れ、煩く言ってくるのを、オーギュストはウンザリとしながら聞いていた。
メラニーの休暇が終わり、交代でナタリーが休暇に入ったのだろう。
ナタリーにしても、メラニーにしても、雇い主に対し、遠慮がない。
仕事は聖女の護衛で監視だけの筈だが…
「セリーヌはどうしている?」
それでも、こうしてセリーヌの様子を聞けるのは有難かった。
メラニーは不機嫌な顔になる。
「騎士団長様を想って泣いております…と言って欲しいのですか?
残念ながら、聖女様はお元気ですよ、あまり冷たくしていると、必要とされなくなりますよ!」
オーギュストは安堵しつつも、気分が落ちた。
何処かで、寂しがっていて欲しいと願っていたのかもしれない。
オーギュストはそんな自分を嘲笑した。
「それならば問題はない、それよりナタリーは休暇だろう?
護衛がいつまでもこんな所で遊ぶな、セリーヌの事、頼んだぞ」
「聖女様を大事に思われているのに…」
「私には仕事がある、これは国の将来を左右するものだ、仕方あるまい」
メラニーは顔を顰め、肩を竦めて出て行った。
国の将来を左右するもの…
オーギュストがこの仕事に熱を入れているのは、他でもない、セリーヌの為だった。
聖女の力が消えるという危機感から、「聖女に子を産ませろ」、
「王室の側室にしろ」と言い出す者もいる筈だ。
セリーヌを道具にさせない為にも、国が安泰となる基盤が必要だった。
セリーヌが相手を見つけるまでの、時間稼ぎ。
「その筈だったんだが…」
◇◇◇
16
お気に入りに追加
242
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる