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23 オーギュスト

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◇◇ オーギュスト ◇◇


ピィィーーーーーーー…

微かな音だが、オーギュストの耳はしっかりとそれを感知した。
オーギュストは瞬時に手にしていた書類を放ると、部屋を飛び出した。

《聖女》は守るべき最重要人物である為、彼女の住む小宮殿の警備は、
端から見るよりも厳重だった。
警護の衛兵の内、一人はオーギュスト直属の部下で、
聖女に関する事、緊急の場合には、笛を吹き知らせる事になっていた。

一体、彼女の身に何が___!


「騎士団長様!!」

ナタリーが風の勢いで駆けてきた。
彼女は訓練を受けていて、身体能力も桁外れて高い。

「ガブリエル様が聖女様に話があると館に来られ…!」

オーギュストはその名を聞き、カッとなった。
それは恐ろしい気となり、足は速度を上げた。

第二王子ガブリエルとオーギュストは、言ってみれば犬猿の仲だ。
そのガブリエルが小宮殿に聖女を訪ねて来た___
それだけでも良い想像は出来なかった。

相手が他の者であれば、ナタリーや警備の衛兵たちが何とかしただろうが、
流石に《王子》では無理だった。

オーギュストは近付くものを全て跳ね飛ばす勢いで、小宮殿に駆け込んだ。

間に合ってくれ___!!


オーギュストが寝室に駆け付けた時には、二人はベッドの上にいた。
圧し掛かる獣の様な姿を目にし、オーギュストは我を忘れ、
その肩を掴み、怒りのままに引き倒したのだった。

「ガブリエル!一体、これは何の真似だ!!」

オーギュストがガブリエルに対し、これ程声を荒げた事は無かった。
どれだけ挑発されても、これまで手を上げた事は無かった。
それが、今、何の躊躇もなく、その顔を殴り付けている___

拳の痛みを持ち、オーギュストは漸く少し冷静さを取り戻す事が出来たが、
ガブリエルの恐怖に慄く顔を見ても、「当然だ」という気しかしなかった。
セリーヌはこの何倍も怖い思いをしただろう___

ガブリエルは青い顔で震えながらも、悪態を吐いてきた。

「フン!王はおまえなんかに期待してないんだよ!
王は俺との子を望んでいたんだ、俺が結婚していたから、仕方なくおまえにしただけだ。
俺との子の方が王も喜ぶ、だから、俺がこの女と子を作ってやるんだ!」

オーギュストは再び、カッとなった。

「おまえや王が何を望もうと、セリーヌは私の妻だ!
勝手は許さない!殺されたくなければ、さっさと失せろ!!」

オーギュストが吠えると、ガブリエルは「クソ!」と吐き捨て、わたわたと寝室から出て行った。
ガブリエルが消え、オーギュストは息を吐き、冷静になろうと努めた。

「セリーヌ…」

セリーヌはベッドの端で小さくなっていた。
泣いているのが分かった。
シーツで体を隠そうとする、その仕草にオーギュストはヒヤリとした。

「すまない、危険な目に遭わせてしまって…」

ゆっくりと近付くと、セリーヌは体を強張らせ、ますます小さくなった。
可哀想に…
ガブリエルへの怒りが再び沸き上がったが、なるべく穏やかにそれを聞いた。

「無事か?怪我はしていないか?」

ベッドに腰かけ、セリーヌの様子を伺うと、彼女は声を上げて泣き出した。
言葉にはなっていない、だが、何か伝えようとしている様に思えた。
縋り付かれ、オーギュストはその小さな体を優しく抱擁した。
安心させたかったのだ。

「悪かった、怖い思いをさせて…」

頭や背中をそっと擦る。
次第に、セリーヌの叫ぶ声は小さくなっていった。
オーギュストは安堵したが、セリーヌが頭を自分の胸に押し付け、
強くしがみついて来たのには、困った。

「セリーヌ…」

この状況は、不味い…

オーギュストはセリーヌを引き離そうとした。
だが、それよりも早く、セリーヌがオーギュストの唇を奪った___

「!!」

その柔らかさに眩暈がする。
頭の中で警報が鳴ると同時に、それも遠くなり、何も考えられなくなる。
ただ、彼女を感じるだけ…

駄目だ___!

そう思いながらも、自分を止められなかった。
気付けば、セリーヌを押し倒し、自ら唇を奪っていた。
そして、彼女の体を貪った。

衝動であり、肉欲でしかなかった。

快楽に身を任せるも、行為が終われば、激しい後悔に襲われた。

自分は何て事をしてしまったのか…
先に求めたのはセリーヌだが、彼女が自棄になっていた事は分かっている。
ガブリエルに襲われそうになり、正気では無かったのだ。
そこに付け込んだのは事実だ。

止められた筈なのに、目の前に差し出されたものに抗えなかった。
それを手に入れたいと、何処かで思っていたのかもしれない。
そして、手に入れた後、どうなるか…
だからこそ、これまで避けて来たというのに…

一緒に居れば、また同じ事が起こるかもしれない___

セリーヌが嫌だといっても、オーギュストは自分を抑える自信が無かった。
そんな事になれば、泥沼になり、待っているのは生地獄だ。
思い悩むも、オーギュストには、ただ、セリーヌから離れる事しか浮かばなかった。


◇◇


セリーヌを護る為、そしてガブリエルに対する怒りから、
オーギュストは王にガブリエルの所業を申し出て、処罰をする様、訴えた。

「聖女に対し、又、私の妻に対し、この様な非道な行いは許されません!
どうか相応の処分をなさって下さい!」

宰相、側近たち、当のガブリエルも、『王は処分をしない』、
『ガブリエルを庇うだろう』と見ていた。
これまで、王は王太子やガブリエルに対し、そうしてきたからだ。
ガブリエルはこの場に呼ばれても、嘲る様な目でオーギュストを見て、ニヤニヤとしていた。
オーギュストの方は、ただ、王を睨んでいた。

王の返答次第では、オーギュストは行動を起こすつもりでいた。
それは、セリーヌを連れて王城を出る事。
それが許されないのであれば、逃亡も止むを得ないと思っていた。

これまで、オーギュストが大人しく従って来たのは、王への義理ではない。
第三王子は、王太子、第二王子よりも立場が低く、しかも、オーギュストは側室の子だ。
下手をすると、彼等に良い様に使われて終わる存在だった。
それを避ける為には、オーギュスト自身が力を持たなければならなかった。
オーギュスト自身が、必要とされなくてはいけない___
オーギュストは幼い頃より、自分を見つめ、得意分野に焦点を合わせ、
上に上がる努力してきた。
その結果、オーギュストは若くして《騎士団長》という地位を得た。

だが、良い様に利用されるだけで、護りたいものも守れないのであれば、
何の意味があるだろう?

これまでのオーギュストは、王に期待していたのだ。

王が自分を認め、必要としてくれる事を___

だが、この返答次第では、それも棄て去る気でいた。
これまでの全てを断ち切っても良いと思えていた。

オーギュストはセリーヌを《家族》と言った。

言葉にするまでは、考えもしなかったというのに、自然に口を突いていた。
いつの間にか、彼女の存在が、オーギュストの内で誰よりも大きくなっていたという事だ。

ややあって、王は口を開いた。

「第二王子ガブリエルのした事は、聖女への冒涜に他ならん!」

王の言葉に、宰相、側近たちは驚き、ガブリエルは顔を青くした。

「お、お待ち下さい!これは国を思ってした事です!
聖女の子が《聖女》となるなら、優秀な血を引くべきではありませんか!
王様もそうお考えだったでしょう?」

「黙れ!私は言った筈だ、
件はオーギュストに任せた事、以後、口出しは無用だと!」

それはオーギュストの知らない事で、思わず王を見た。
目の前の王は、毅然とした態度で続けた。

「おまえは王命に背いたのだぞ、ガブリエル!
妻がありながら不貞を働いただけでなく、暴行に及んだその所業、
《王子》としてあるまじき行為である!
寄って、ガブリエルの《王子》称号は剥奪とし、十年間、辺境の地へ行って貰う!」

「そ、それはあんまりです!父上!
暴行というのならば、あいつ…オーギュストの方です!
オーギュストは正当な血を引く第二王子の私を殴ったのですよ!
これが証拠です!まだ痛みが取れない!元に戻るか知れません!
罰するなら、オーギュストにして下さい!」

ガブリエルは錯乱していたのだろう、その言い分に、周囲は唖然とした。

「自分の妻が襲われていれば、相手が誰であれ、立ち向かって当然であろう、
それこそが我が国の男であり、勇者だ。
それとも、おまえは傍観する様な、腑抜けなのか?」

上手い言い訳が思いつかないのか、ガブリエルは口籠り、話を変えた。

「それに、私がいなければ、公務はどうするのですか?」

「日頃から、側近たちにさせておったのだ、彼等に任せよう。
側近たちの方がおまえより余程優秀だ、おまえが居なくとも誰も困りはせん。
おまえは辺境の地で、心行くまで学んで来い。
尚、《王子》と認められない限り、王都に戻って来る事は許さん!
即刻、ガブリエルを連れて行け!」

ガブリエルは「クソ!!離せ!!」と暴れていたが、衛兵たちの力には敵わず、
引き摺られ、連れ出されて行った。

「オーギュスト、我に代わり、聖女に謝罪する様申し付ける、良いな!」

「御意」

王が去って行き、オーギュストは信じられない面持ちで頭を上げた。

王がこれ程厳しくガブリエルを罰するとは、想像もしていなかった。
何か裏でもあるのでは?と勘繰りたくなったが、
それでも、オーギュストの胸には喜びがあった。

『件はオーギュストに任せた事、以後、口出しは無用』

王は、宰相、側近たち、ガブリエルにそう言っていたのだ。
王がガブリエルを嗾けたのだとばかり思い、憎しみを持っていたが、
自分の誤解だと知った。

「俺は、馬鹿だ…」

王は自分を愛していない___
これまで、そう決めつけ、相対した事は無かった。

それは、ただ、期待を裏切られ、自分が傷つきたくなかったからだ…


◇◇


『我に代わり、聖女に謝罪する様、良いな!』

王から申し付けられた事を、オーギュストは実践出来ていなかった。
現在、国境付近に塔を建て、水晶球を設置する計画を、
オーギュストが中心となり進めている為、何かと忙しい…
それを理由に、先延ばしにしていた。

実の所、オーギュストが恐れているのは、セリーヌに会う事だった。

オーギュストは自分の態度を決め兼ねていた。

当初、セリーヌとの婚姻関係は、一年としていた。
セリーヌに相手を見つけさせ、円満に離縁をする。
白い結婚ならば、相手も躊躇はしないだろう、セリーヌは想う相手と結婚出来る___

それが、こうも易々破綻すると、誰が予測出来ただろう?

このまま、婚姻関係を続けるか?
それとも、セリーヌを相応しい相手に渡すか…

冷静に考えれば、後者を選ぶべきだろう。
セリーヌに謝罪し、「間違いだった」と言えばいい。
そして、二度と関係は持たないと誓うのだ___

だが、何故か気が重く、踏み切れない。

悶々とし、ただ時間だけが過ぎていった。


◇◇


「騎士団長様、いい加減にお戻りになられて下さいよ!」

メラニーが訪れ、煩く言ってくるのを、オーギュストはウンザリとしながら聞いていた。
メラニーの休暇が終わり、交代でナタリーが休暇に入ったのだろう。
ナタリーにしても、メラニーにしても、雇い主に対し、遠慮がない。
仕事は聖女の護衛で監視だけの筈だが…

「セリーヌはどうしている?」

それでも、こうしてセリーヌの様子を聞けるのは有難かった。
メラニーは不機嫌な顔になる。

「騎士団長様を想って泣いております…と言って欲しいのですか?
残念ながら、聖女様はお元気ですよ、あまり冷たくしていると、必要とされなくなりますよ!」

オーギュストは安堵しつつも、気分が落ちた。
何処かで、寂しがっていて欲しいと願っていたのかもしれない。
オーギュストはそんな自分を嘲笑した。

「それならば問題はない、それよりナタリーは休暇だろう?
護衛がいつまでもこんな所で遊ぶな、セリーヌの事、頼んだぞ」

「聖女様を大事に思われているのに…」

「私には仕事がある、これは国の将来を左右するものだ、仕方あるまい」

メラニーは顔を顰め、肩を竦めて出て行った。

国の将来を左右するもの…
オーギュストがこの仕事に熱を入れているのは、他でもない、セリーヌの為だった。

聖女の力が消えるという危機感から、「聖女に子を産ませろ」、
「王室の側室にしろ」と言い出す者もいる筈だ。
セリーヌを道具にさせない為にも、国が安泰となる基盤が必要だった。

セリーヌが相手を見つけるまでの、時間稼ぎ。

「その筈だったんだが…」


◇◇◇
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