【完結】愛は封印?厄介払いの聖女は異国に輿入れさせられる

白雨 音

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「お、お放し下さい!この様な事をなさってはいけません!」

わたしはガブリエルの手を振り解こうとしたが、力は強くビクともしない。
それ処か、益々強く肩を掴まれ、その痛みに息を飲んだ。

「…っ!!」

「フン!別に俺だって好きでやってる訳じゃないさ!
おまえの様な女、聖女でなければ誰が相手にするものか!
聖女には国の為に、優秀な子を産んで貰わねばならない、
俺が仕方なくその役目を買って出てやったんだから、感謝しろ!」

ガブリエルの目的を知り、わたしはゾッとした。
まさか、そんな事を考えていたなんて…

「離して!こんな事をしても、無駄です!あなたとでは、子は出来ません!」

「フン、出来るか出来ないか、試してやるまでだ!」

ガブリエルはわたしの体を引っ繰り返すと、強い力で後頭部を掴み、枕に押し付けた。

「っ!!!」

息が出来ず藻掻く。

「大人しくしていろ!」

「い、や!!オーギュスト様――!!」

「煩い女め!オーギュストだって、承知している事だ!」

ガブリエルの言葉に、わたしは愕然とした。
体が震える…

「オーギュスト様が…この事を…お認めになられたのですか?」

「そうだ、あいつは聖女に子が出来るなら、相手は誰でもいいそうだ」

ガブリエルの声は嫌な笑いを含んでいた。

「う、嘘…嘘です!オーギュスト様は、そんな人ではありません!」

オーギュストは優しい人だ。
わたしを助けてくれたのに、こんな事を認める筈が無い!

だが、同時に、疑いも起こる。

聖女の力の恩恵を受けるには、聖女に子を作る事だと、気付いたのかもしれない。
自分の子は欲しくないから、他の者に作らせようと…
オーギュストは優しいが、国を大事に思っている。
国とわたしを秤に掛け、国を取ってもおかしくはない…

「いや…ちがう!そんな人じゃない!ちがう!!」

わたしは恐ろしい考えを振り払おうと声を上げた。

「よくよく興醒めな女だな!」

ガブリエルは布でわたしの口を塞いだ。

「ううーー!!うーーー!!」

わたしは手足をバタバタとさせたが、ガブリエルはその体で押さえつけた。

「俺は王子だぞ!大人しく従え!!」

ガブリエルがワンピースのスカートを掴み、捲り上げる。
わたしはこれからされる事への恐怖で、形振り構わず、死に物狂いで藻掻いていた。

「ううーーー!!うーーー!!」

バン!!

大きな音がし、扉が開かれたのが分かった。
体に圧し掛かっていたものが消え、
わたしは震える手足を必死で動かし、這う様にして逃げた。

「ガブリエル!一体、これは何の真似だ!!」

鬼気迫る声と共に、ガツ!!ズダン!!と物騒な音がした。
恐る恐る振り返ると、オーギュストが仁王立ちになり、
床に倒れたガブリエルを睨み付けていた。

「フン!王はおまえなんかに期待してないんだよ!
王は俺との子を望んでいたんだ、俺が結婚していたから、仕方なくおまえにしただけだ。
俺との子の方が王も喜ぶ、だから俺がこの女と子を作ってやるんだ!」

「おまえや王が何を望もうと、セリーヌは私の妻だ!
勝手は許さない!殺されたくなければ、さっさと失せろ!!」

オーギュストが吠えると、ガブリエルは「クソ!」と吐き捨て、寝室から出て行った。
わたしは茫然とそれを眺めていたが、ガブリエルが出て行った事で、
恐怖は幾分か解けた。

「セリーヌ…」

オーギュストがわたしを見た。
わたしはシーツを掴み、体を隠した。
酷く震え、涙が零れた。

「すまない、危険な目に遭わせてしまって…」

オーギュストがゆっくりと近付いて来て、わたしは身を縮めた。

「無事か?怪我はしていないか?」

オーギュストがベッドに腰かけ、わたしを覗く。
優しい声に、わたしの緊張は途切れ、感情が溢れ出た。
わたしは声を上げ、オーギュストに抱き着いていた。

「悪かった、怖い思いをさせて…」

オーギュストはわたしを優しく抱擁し、頭や背中を擦ってくれた。
わたしを落ち着かせようとしてくれていた。
だが、わたしはそれよりも、別のものを求めていた。

もっと、強く、熱く、彼を感じたい!
おぞましい感触、記憶の全てを、上塗りして!

彼の固い胸に頭を押し付け、逞しい体に手を回し、強く縋り付く。

「セリーヌ…」

戸惑う様な声に、わたしは顔を上げ、その形の良い唇を奪った___


わたしは勢いのまま、彼を求めた。
オーギュストはわたしを止めようとしていたが、わたしはそれを許さなかった。

彼の服を脱がし、キスをすると、オーギュストは体を震わせた。
そして、何かを吐き捨てると、わたしを押し倒し、唇を奪ったのだった___


何故、あんな事が出来たのか…
自分でも分からない。

だけど、わたしは満足だった。

オーギュストを一瞬でも、自分のものに出来たのだから…


尤も、オーギュストにとっては、全てが悪夢だっただろう。
彼は行為を終えると、「すまない」と謝罪の言葉を残し、寝室を出て行った。
わたしは目を閉じ、眠った振りをし、答えなかった。

オーギュストが後悔しているのを知っていたからだ。
知っているからこそ、彼と向き合う事が出来なかった。

自分が酷く傷つき、打ちのめされるのが分かっているから…

わたしは涙を零す。

それは、喜びの涙であり、そして、懺悔の涙だった。


◇◇


オーギュストは再び、小宮殿に帰って来なくなった。
あんな事をしてしまったのだから、彼がわたしを避けるのも無理はない。
悲しくない訳では無かったが、わたしは彼に対し、申し訳なさもあり、黙認した。

尤も、オーギュストはわたしを忘れた訳では無い。
小宮殿には、誰であれ、オーギュストの許可無く入る事は許されなくなった。
それに、ガブリエルに対しても手を打ってくれていた。

「ガブリエル様は辺境の地に行く事になりました。
騎士団長様が王様に抗議をされたんですよ、とってもお怒りでしたから。
でも、当然です、騎士団長様の妻に手を出そうとするなんて!」

ナタリーが得意気に教えてくれた。
あの日、ナタリーが危険を感じ、オーギュストに知らせに行ってくれたのだ。
そのお陰で、わたしは事なきを得た。
ナタリーには深く感謝している。

「それにしても、騎士団長様は一体何を考えているのか…」

ナタリーが不満を漏らす。
わたしは微笑み、落ち着いた口調で返した。

「お忙しいのでしょう、わたしは大丈夫です。
オーギュスト様は大事な仕事をなさっているのですから」

ナタリーが不思議そうな顔でわたしを見た。

「ナタリー?」

「いえ、聖女様、少し雰囲気が変わられたと思って…
余裕があると申しますか、大人になられた様な…」

わたしは「くすくす」と笑い、「気の所為ですわ」と誤魔化した。


だけど、本当は、ナタリーの言う通りで、わたしは大人になった。
いや、大人になろうとしている。

この子の為に…

わたしはそっと、下腹を撫でた。


下腹に異変を感じたのは、行為の翌日で、それは気の所為かと思う程、小さなものだった。
それから、数日の内には、はっきりとした存在感を放ち、わたしに教えてくれた。
子を授かったのだと___

わたしは泣いてしまう程に、喜んだ。
これは、わたしの望んでいた事でもあった。

だが、それと同時に、わたしは大きな不安を背負う事になった。

わたしは、聖女の力を失うかもしれない___

わたしは神にクレマンへの愛を誓った。
例えクレマンと結ばれなくても、他の者を愛する事は、神に違背する事になる。

わたしは、オーギュストを愛してしまっていた___!

わたしはこれまで、自分の気持ちを見ない様にしてきた。
愛してはいけないと言い聞かせてきた。
だけど、本当は、もう、ずっと前から、オーギュストを愛していたのだ___

それに気付かせてくれたのは、他でもない、この小さな命だった。

愛おしく、大きな幸せに包まれる。
だけど、わたしが聖女の力を失えば、この国はどうなるだろう…

きっと、オーギュストを失望させてしまう___

オーギュストは国の将来を案じ、寝る間も惜しんで働いているのだ。

それに、オーギュストは子が嫌いだと言っていた。
しかも、オーギュストはわたしを望んで抱いた訳ではない。
わたしが誘い、無理に抱いて貰ったのだ。

オーギュストには話せない…

聖女の子なので、堕胎しろとは言わないだろう。
でも、もし、要らないと言われたら…憎まれたら…
この子があまりにも可哀想だ。

この子は、わたしが護る___!

わたしは独り、心を決めたのだった。


子の事は、オーギュストにはギリギリまで秘密にしておくつもりだったので、
彼が小宮殿に帰って来ない事は、寧ろ都合が良かった。
だから「お忙しいのでしょう、わたしは大丈夫です」と平然と言えるのだ。

この子が、わたしを強くしてくれる。

この子がいれば、わたしは大丈夫…

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