【完結】愛は封印?厄介払いの聖女は異国に輿入れさせられる

白雨 音

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長い旅を終え、王城に着いた。
騎士団の一行と別れ、わたしたちの乗る馬車は小宮殿へ向かった。
メラニーとナタリーの話では、オーギュストは何かと事後処理があり、
小宮殿へ帰って来るのは、晩餐の時になるだろうという事だった。

わたしたちが馬車を降り、小宮殿の玄関に向かっていた所、
何処からともなく、真っ白い大きな犬が、立派な尻尾を振りながら駆けて来た。

「フロコン!出迎えに来てくれたのね!ありがとう、元気にしていた?」

わたしはフロコンを抱きしめ、そのふわふわとした毛を撫でてやる。
フロコンは尻尾を激しく振り、「オン!オン!」と吠えた。

「お帰りなさいませ、聖女様」

使用人たちも整列し、迎えてくれた。
その中に、見掛けないメイドがいた。

「先月、リンジーが結婚して辞めたので、代わりに雇ったメイドのヘレナです」

執事が紹介してくれ、ヘレナは「宜しくお願い致します」と頭を下げた。
年の頃は三十近い、大人しい人の様で声も落ち着いていた。

「よろしくお願いします、ヘレナ」

「聖女様、お疲れでしょう、部屋でお休みになられて下さい」

執事に促され、わたしは部屋へ向かった。
わたしはふと、それを思い出し、メラニーとナタリーを振り返った。

「メラニーとナタリーも疲れているでしょう?お休みは貰えるのですか?」

二人はずっと、旅に同行していたのだ。
旅では自由も無く、不便な思いをしただろう。

「心配して下さり、ありがとうございます。
聖女様も暫くは館で休養になりますし、
あたしたちも交代で休みを取らせて頂く事になります」

「そうでしたか、ゆっくり休んで下さい。
旅の間は大変にお世話になりました、二人がいてくれて、助かりました」

二人は気軽に話せる相手でもあり、心が救われた。

「そんな、当然の事ですから!」
「聖女様のお役に立ててうれしいです!」

二人は照れた様に笑った。





わたしはオーギュストが戻って来るのを、今か今かと待っていた。
だが、結局、オーギュストが小宮殿に戻ったのは、
メラニーとナタリーが言っていた通り、晩餐の時間だった。
戻って早々、休む間も無く仕事をしている彼を、わたしは心配になった。

「わたしは暫くの間、休養になると聞きましたが…」

「ああ、呼ばれる事はあるだろうが、次に旅に出るのは、三月は先だろう」

「オーギュスト様は、休養は取られないのですか?」

「ああ、仕事が一段落するまでは…適当に休んでいるから、私の事は心配するな」

傍に居なければ、心配するに決まっている。
オーギュストは普段から働き過ぎで、休みたがらない性格だ。
せめて、疲労を取って欲しいのに…

「君も、当分は力を使わない事だ、いいな?」

オーギュストの目が鋭い光を見せる。
わたしへの牽制だろう。
わたしは肩を竦めた。

「わたしは、祖国では毎日、長時間聖業を行っていました。
力を使わない方が、調子が狂います」

「聖女の力は衰えるのだったな?
力を使い続けるのと、休むのとでは、どちらが長く力を保てるのだ?」

「聖女の力は、身体の衰えと共に消えるものなので、
使っても使わなくても、関係は無いと言われています」

「そうか…だが、そうなれば、君の身が持つまい」

「無理に強大な力を使えば、回復するまで、半年か一年近くは力が使えません。
無理をしない程度の力であれば、毎日でも使えます。
わたしは二十歳ですので、恐らくは、後十年程度かと…」

オーギュストの表情が険しくなったのに気付き、わたしは言葉を飲み込んだ。

「どうか、なさったのですか?」

「いや…君の力が消えた時、この国はどうなるのか…
君のお陰で、漸く活路を見出したというのに、元に戻るのだろうか?」

オーギュストは第三王子で、騎士団長だ、
広い視野で見ている彼に、わたしは感心したのだった。

「一度浄化した土地は、何も無ければ長く保たれます。
邪気祓いの効果は短く、結界も徐々に消えますが、強い結界を張っていれば、
十年、二十年は保つ事が出来ます。
その為には、国境付近に塔を建て、各所に水晶球を置き、
それを通して国全体に結界を張り、毎日力を注ぎます___」

「国境付近に塔を建てるのだな、分かった、直ぐにでも王に許可を取る___」

オーギュストが席を立ち、わたしは驚いた。

「お待ち下さい!何も、今直ぐでなくても…」

晩餐の途中で、まだ、料理は残っている。

「いや、力が限られているのであれば、急ぎたい。
それとも、他に何か力を延ばす方法はあるか?」

オーギュストに聞かれ、わたしは一つ浮かんだが、それを言う事は出来なかった。

「いえ…」

「悪いが、先に寝ていてくれ___」

オーギュストは食堂を出て行った。
わたしは途端に食欲が無くなり、フォークとナイフを置いた。


力を延ばす方法は一つ。

子を作る事だ。

聖女の血を引く子は、女子であれば、聖女の力に目覚める可能性がある。
男子であれば聖女にはなれないが、子を作り、血を継ぐ事は出来る。

だけど、オーギュストは子が嫌いだ。

子作りの話など持ち出したら…
オーギュストはわたしと離縁しようとするのではないか?
国の為に他の者と子を作ってくれと頼まれたら…
わたしは《あの事》を話さなくてはいけない。

クレマンへの愛を神に誓った事を___

子が作れないと知れば、わたしはどうなるだろう?
それに、追放者と知られたら?

「!!」

ぞっとし、わたしは自分で自分を抱き締めた。

わたしは、このまま、ここに居たい!
オーギュスト様と一緒に居たい!
彼に嫌われたくない!

子を産めなくても、オーギュスト様の妻でいたい___!!

わたしは自分の強い感情に茫然とした。





その夜、オーギュストは戻って来なかった。

長旅で、久しぶりに帰って来たのだから、
仕事と言いながら、他の女性と会っているのかもしれない___

「!!」

強い嫉妬が沸き上がり、わたしを飲み込もうとする。

「駄目!!」

嫉妬に侵されてはいけない。
わたしは《聖女》なのだから___!

抗えども、消えてはくれず、
苦しく、身悶え、長い夜を過ごした。


◇◇


「ヘレナは、料理人のトーマスの恋人なんです。
働いていた店が潰れて…トーマスが雇って欲しいと頼み込んだそうです」

ナタリーが教えてくれた。
メラニーは先に休暇に入っていて、婚約者と過ごす為、小宮殿を出ていた。

「素敵ですね…」

「聖女様、どうかなさったのですか?元気がありませんし、ぼうっとして…
もしかして、何処か具合が悪いのではありませんか?」

ナタリーに心配され、わたしは咄嗟に笑顔を作った。

「いえ、何もありません、羨ましくて…」

「分かります、騎士団長様は戻って来たというのに、毎日お忙しいですからね」

ナタリーが顔を顰める。
わたしは苦笑した。

ナタリーの言う通りで、あの日からオーギュストはずっと忙しくしている。
それはまだ良いが、最近はずっと、帰って来ていない。
わたしは晩餐も一人で、寝室も一人で使っている。

考えたくはないが、避けられている気がする。
そうでなければ、どうしてオーギュストは帰って来ないのか?

ポロリ…

涙が零れ、わたしは慌てて手の甲で拭った。

「聖女様…」

「ごめんなさい、何でもないんです…」

「騎士団長様の事ですか?」

わたしは頭を振った。
避けられている気がする、オーギュストには他に好きな方がいるのかもしれない…
そんな事を、ナタリーに言う事は出来ない。

「本当に、何でもないんです、心配させてしまってすみません」

わたしが何とか誤魔化そうとしていた時だ、扉が叩かれた。

「聖女様、第二王子ガブリエル様がお見えです」

第二王子ガブリエルといえば、オーギュストの異母兄だ。
オーギュストと異母兄たちは仲が良く無いと聞いていたが…
何故、わたしを訪ねて来たのだろう?
疑問だったが、これでナタリーの追及を逃れる事が出来る___
わたしは「お通しして下さい」と返事をした。

扉が開かれ、ガブリエルが堂々とした井出達で入って来た。

ガブリエルはオーギュストの一歳年上で、結婚している。
見事な金髪に、濃い碧色の目、整った繊細な顔立ちをしている。
オーギュストは彫りが深く体格も良いが、ガブリエルは全体的に細い。
見た目にも、あまり似ている部分は無さそうだった。

わたしはソファから立ち、頭を下げて迎えた。

「聖女と大事な話がある、呼ぶまで誰も入るな!」

ガブリエルが厳しい声で命じる。
ナタリーは何か言いたそうだったが、「失礼致します」と頭を下げて出て行った。

大事な話とは何だろう?
オーギュストの事だろうか?
わたしは疑問に思いながら、ガブリエルに椅子を勧めた。

「ガブリエル様、どうぞお掛けになって下さい」

だが、ガブリエルは動かず、見下す様な目でわたしを見ている。
ここに来て、わたしは彼の纏う不穏な空気に気付いた。

何か、良く無い事を考えているか、良く無い事があったのか…
オーギュストに対する不満を言いに来たのかもしれない…

緊張し伺っていると、ガブリエルは一歩踏み出し、わたしの腕を掴んだ。

「!?」

強い力と痛みに息を飲む。
だが、ガブリエルは構わずに、わたしの腕を掴んだまま、大股で歩いて行く。
礼儀に反する所か、それは暴力に等しい行為だ。

「ガブリエル様!?お放し下さい!」

わたしは抵抗しようと試みたが、その力の前では成す術もなかった。

バン!

ガブリエルが勢い良く、寝室への扉を開いた。
他人の館だというのに、彼には少しの遠慮すら見えない。
カーテンが陽を遮る薄暗い中を、大股でズカズカと進み、乱暴にわたしを突き飛ばした。

「きゃ!?」

わたしは勢いのままに倒れ込んだが、柔らかいものが衝撃を緩和してくれた。
だが、ベッドの上では、助かったとはいえない。
わたしは慌てて起き上がろうとしたが、強い力で肩をぐいと掴まれ、再び沈められた。

「あぁっ!??」

恐る恐る目を上げると、ガブリエルが嘲る様にわたしを見下していた。
わたしは反射的にブルリと震えた。

どうして、こんな事態になっているのか…
ガブリエルは一体、どういうつもりなのか…
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