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17 /オーギュスト
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王都を離れ、周辺の土地を邪気祓い、浄化しながら進む。
陽が暮れる前には一行は足を止め、適当な場所で野営の準備を始める。
騎士団は野営に慣れていて、作業も素早かった。
「聖女様、食事は騎士団長様となさいますか?」
ナタリーに聞かれ、わたしはそうしたい気持ちはあったが、
「いいえ、お忙しいでしょうから」と頭を振った。
馬車まで食事を運んで貰い、メラニーとナタリーと一緒にそれを食べた。
だが、寝支度を済ませた頃、
「聖女様、騎士団長様のテントにご案内致します」とナタリーに言われ、わたしは焦った。
メラニーとナタリーは当然、わたしたちが一緒に寝ると思っている様だ。
でも、断るのも変だし…
こうなってしまえば、オーギュストに上手く言って貰うしかない。
わたしは「お願いします」と案内して貰った。
「騎士団長様、聖女様をお連れ致しました」
「入れ」
テントの中から声があり、ナタリーとメラニーがわたしに微笑み、去って行った。
わたしは嘆息し、テントの入り口を捲った。
中は意外にも広く、ベッドが一つ置かれていた。
小さな椅子に座ったオーギュストが、書類を手に振り返った。
「どうした、何かあったか?」
「いえ、それが…夫婦なので、一緒にと…ナタリーとメラニーが気を利かせて下さって…
断るのも変だと思ったので、参った次第です」
オーギュストは、「ああ」という顔をした。
「それもそうだな、だが、二人で過ごす事は予定していなかった」
オーギュストが眉を寄せた。
やっぱり…
予想はしていたが、やはりガッカリした。
でも、当然だわ…と思い直す。
オーギュストにとって、この旅は《任務》であり、《遊び》ではない。
つまらない事を言ってしまったわ…
浅はかな娘だと思われただろうか?
わたしは不安になり、慌てて頭を下げた。
「すみません、上手く断れずに…」
「二人で使うには、このベッドは狭いだろう…」
オーギュストが零し、わたしは彼が困っていた原因を知った。
わたしは内心で安堵の息を吐いた。
良かった、怒らせたのではなかったのね…
「大丈夫です!わたし、うんと端に寄って寝ますので!」
「君が良いなら、私は構わない」
「はい、それでは、先に休ませて頂きます」
わたしはベッドの脇に行き、ガウンを脱いだ。
そして、ベッドに入ると、ギリギリまで端に寄り、彼の方に背を向けた。
小宮殿のベッドとは違い、固く、布団も薄い。
だが、神殿のベッドもあまり良い物では無かったので、慣れている。
わたしはいつの間にか、眠りに落ちていた。
ベッドが揺れて、意識が浮上した。
「ん…?」
寸前まで深く眠っていたので、寝ぼけていた。
寝返りを打ち、暖かい物を求めて、それに縋った。
それはビクリと動いたが、わたしは気にならなかった。
暖かくて、気持ちが良い…
そして、また深く眠った。
◇◇
あれからわたしは、就寝時はオーギュストのテントを一緒に使っていた。
オーギュストはベッドを二つ用意してくれたが、やはり、狭いテントに二人で寝るのには、
抵抗があった。
小宮殿の寝室のベッドは大きく、部屋も広かったので気にならなかったが、
狭い場所では、妙に彼の存在を強く感じるのだ。
気配を強く感じるし、寝息も大きく聞こえる…
妙に意識してしまい、深く眠る事が難しく、移動中に寝てしまう事が増えた。
だが、メラニーとナタリーは、「仲がよろしいですね」とニヤニヤするばかり…
わたしは何とも答え様が無く、微妙な笑みを張り付かせるのだった。
町に着き、領主館に招かれた時には、内心、小躍りしていた。
「まぁ!大きなベッド!」
今夜は良く眠れそうだ!
「こういう機会はあまり無い、しっかり休め」
当然だが、部屋にはオーギュストが居た。
彼は机に向かい、何やら書き物をしていた。
わたしははしゃいでしまった自分が恥ずかしくなった。
「すみません、大きな声を出してしまって…
オーギュスト様は、まだお仕事中なのですね?」
「ああ、片付くまでまだ掛かる、先に休んでくれ」
「ありがとうございます…お休みなさい、オーギュスト様」
わたしが挨拶をすると、彼は手を止めて、顔だけで振り返った。
「ああ、お休み、セリーヌ」
わたしは微笑み返し、ベッドに入った。
◇◇ オーギュスト ◇◇
「お休みなさい、オーギュスト様」
「ああ、お休み、セリーヌ」
返す言葉が遅れたのは、オーギュストにとって、それが、あまりにも非日常だったからだ。
側室の子であるオーギュストは、家族を知らない。
母親はオーギュストを産んだ後、世話は乳母に任せきりだった。
母にとって子は、王の愛情を引き止める手段でしかなかったのだ。
優しい言葉一つ掛けず、顔を見せる事も無く、オーギュストが七歳の時に母は病で亡くなった。
王はオーギュストを王子と認め、十分な教育と不自由無い生活を与えてくれたが、
父親の顔を見せた事は無かった。
王妃、その息子たちも、オーギュストを良く思わず、兄弟とは認められなかった。
それに習い、オーギュストの世話をする使用人たちも冷たいものだった。
『お休みなさい』など、声を掛けられた事はない…
返事をしたものの、奇妙な感覚が纏わり付き、落ち着かない。
「きっと、彼女は幸せに育ったのだろう…」
セリーヌは素直で裏表もない。
人から騙される事はあっても、騙す事は無い。
恨みや妬みといった感情とは程遠い所にいる。
彼女が優しく善良な人間だという事は、短い付き合いであっても分かった。
自分とは違う___
◇◇
聖女を連れた旅は、順調に進んでいると言って良い。
各地を巡りながら、聖女が土地や水源等の邪気を祓い、浄化し、獣避けの結界を張る。
荒れ地には草が生え、牧草地も活き活きとした濃い緑色に変わった。
牛や羊たちは元気を取り戻した。
植物が実を付けるのはまだまだ先だが、効果は十分に期待出来た。
民たちも、土地の変わり様に驚き、頻りに聖女を称え、崇めていた。
皆、十分な食料が無く、痩せ、顔色も悪かったが、その目は期待に輝いていた。
聖女は十分、いや、十二分の働きをしている。
彼女は文句一つ言わずに、惜しげもなく力を使う。
オーギュストは疑問に思い、聞いてみた事があった。
「これ程の力を使って、君は疲労しないのか?」
「この程度でしたら、問題はありません。
移動中には休めますし、回復出来ますので」
セリーヌは事も無げに言い、微笑む。
本人がそう言っているのだし、疑う理由はなかったが、それでも何か引っ掛かる。
これまでの付き合いで、セリーヌが素直に「疲れた」と言うとは思えなかったからだ。
彼女は何処か、「聖女だから、当然」と思っている節がある。
そう言われて来たのかもしれないが、自分に厳しいのだ。
だから、周囲が気を遣い、適度に休ませてやらなければいけない…そんな気になるのだ。
そうだというのに、野営での就寝は、狭いテントを男と二人で使う様、強いられている。
尤も、本人はそれ程気にしていないかもしれない。
最初の時など、セリーヌはオーギュストに縋り付き寝ていた。
オーギュストの方が眠れず、以降、ベッドを二つにしている。
オーギュストは普段、何処ででも眠れるのだが、
意識が無い間に何か粗相があってはいけないと気が張る為か、
質の良い睡眠が得られなかった。
そもそも、その原因を作ったのが、自分の直属の部下、
聖女の護衛を兼ねた密偵、メラニーとナタリーというのだから、頭が痛い。
その上、二人は何を思ったのか、過去の事で文句を言ってきた。
「騎士団長様、聖女様からの贈り物を、断ったそうではありませんか!」
贈り物?
オーギュストは頭を巡らせ、漸くそれを思い出した。
それは旅に出る前で、随分前の話になる。
「あれは贈り物などではない、謝礼だ。
夫婦間で謝礼など必要あるまい、だから不要と言ったまでだ」
オーギュストは呆れつつ答えた。
だが、目の前の二人は、更に目を吊り上げて責めて来た。
「全く!騎士団長様は!女性の気持ちが分からないんだから!」
「女性の『謝礼』なんて、口実に決まっているじゃありませんか!」
「聖女様は奥ゆかしい方なんですから!」
オーギュストは正直、ウンザリしていたが、
早く話を終わらせたかったので、「それでは、何だと言うのだ?」と促した。
「聖女様は騎士団長様と、仲良くしたいんですよ!」
「夫婦といっても、騎士団長様の事だから、それらしい事は夜の営みだけでしょう?」
「体だけの関係なんて、あんまりです!」
《普通の夫婦》と思っている二人にとっては、当然かもしれないが、
オーギュストにとっては、的外れな責め句でしかなかった。
そもそも、この結婚が《時間稼ぎ》である事は、セリーヌにも話してある。
オーギュストは『責められる云われは無い』と、内心で袖にしていた。
尤も、それで終わる話では無かった様だ___
「刺繍も編み物も、全て、騎士団長様を想ってお作りになられたのに…」
「はぁ?」
思わぬ事を耳にし、オーギュストは間抜けな声を漏らしていた。
途端、二人に睨まれた。
「騎士団長様、何ですか!その、『はぁ?』って!」
「いや、初耳だ、あれを彼女が作ったというのか?」
刺繍やら、マフラーやら、かなりの量だったが…
てっきり、取り寄せさせたのだとばかり思っていた。
「そうですよ!あたしたち、傍で見ていたんですから、間違いありません」
「聖女様は手際も良いですし、長くやられていると思いますよ」
「それに、気付きませんでしたか?」
「全て、騎士団長様の髪色と瞳の色に合わせた配色です!」
「それを、要らないなんて!」
「騎士団長様は氷壁を通り越して、氷そのものですよ!」
オーギュストは頭を振った。
色の事等、全く、気付かなかった。そもそも碌に見てもいなかった。
だが、どうして自分にそこまでするのか?
一年後に離縁すると分かっていて、何故、仲良くなる必要がある?
『後悔しない様、その日まで、愛情を注ぎますわ』
ふと、セリーヌの言葉を思い出した。
『ええ、きっと、泣きます』
『でも、それは、愛があるからです、愛は悪いものではないわ…』
きっと、彼女は情が深いのだろう。
自分とは全く違う…
それは、羨ましくも有り、憎らしくもある___
オーギュストは言葉を捻り出した。
「善処する」
そんな気は無く、口先だけだ。
尤も、二人には見抜かれていて、冷やかな目を向けられた。
「騎士団長様がお気付きになっておられない様なので、お教え致しますが、
団員たちの間で、騎士団長様と聖女様は《仮面夫婦》ではないかと、
噂されています。騎士団長様があまりに素気無くされているからです!
早急に、対処された方がよろしいと思いますよ!」
これには、流石のオーギュストも返す言葉が無かった。
表向きだけの夫婦と知れたら、厄介だ。
子作りをしていないと王が知れば、何を言われるか…
いや、離縁させられるかもしれない…
そうなれば、何の為に自分がセリーヌと結婚したか分からない。
セリーヌは身を粉にし、我が国の為に働いているというのに…
彼女を辛い目には遭わせたくない…
「どうしたものか…」
◇◇◇
陽が暮れる前には一行は足を止め、適当な場所で野営の準備を始める。
騎士団は野営に慣れていて、作業も素早かった。
「聖女様、食事は騎士団長様となさいますか?」
ナタリーに聞かれ、わたしはそうしたい気持ちはあったが、
「いいえ、お忙しいでしょうから」と頭を振った。
馬車まで食事を運んで貰い、メラニーとナタリーと一緒にそれを食べた。
だが、寝支度を済ませた頃、
「聖女様、騎士団長様のテントにご案内致します」とナタリーに言われ、わたしは焦った。
メラニーとナタリーは当然、わたしたちが一緒に寝ると思っている様だ。
でも、断るのも変だし…
こうなってしまえば、オーギュストに上手く言って貰うしかない。
わたしは「お願いします」と案内して貰った。
「騎士団長様、聖女様をお連れ致しました」
「入れ」
テントの中から声があり、ナタリーとメラニーがわたしに微笑み、去って行った。
わたしは嘆息し、テントの入り口を捲った。
中は意外にも広く、ベッドが一つ置かれていた。
小さな椅子に座ったオーギュストが、書類を手に振り返った。
「どうした、何かあったか?」
「いえ、それが…夫婦なので、一緒にと…ナタリーとメラニーが気を利かせて下さって…
断るのも変だと思ったので、参った次第です」
オーギュストは、「ああ」という顔をした。
「それもそうだな、だが、二人で過ごす事は予定していなかった」
オーギュストが眉を寄せた。
やっぱり…
予想はしていたが、やはりガッカリした。
でも、当然だわ…と思い直す。
オーギュストにとって、この旅は《任務》であり、《遊び》ではない。
つまらない事を言ってしまったわ…
浅はかな娘だと思われただろうか?
わたしは不安になり、慌てて頭を下げた。
「すみません、上手く断れずに…」
「二人で使うには、このベッドは狭いだろう…」
オーギュストが零し、わたしは彼が困っていた原因を知った。
わたしは内心で安堵の息を吐いた。
良かった、怒らせたのではなかったのね…
「大丈夫です!わたし、うんと端に寄って寝ますので!」
「君が良いなら、私は構わない」
「はい、それでは、先に休ませて頂きます」
わたしはベッドの脇に行き、ガウンを脱いだ。
そして、ベッドに入ると、ギリギリまで端に寄り、彼の方に背を向けた。
小宮殿のベッドとは違い、固く、布団も薄い。
だが、神殿のベッドもあまり良い物では無かったので、慣れている。
わたしはいつの間にか、眠りに落ちていた。
ベッドが揺れて、意識が浮上した。
「ん…?」
寸前まで深く眠っていたので、寝ぼけていた。
寝返りを打ち、暖かい物を求めて、それに縋った。
それはビクリと動いたが、わたしは気にならなかった。
暖かくて、気持ちが良い…
そして、また深く眠った。
◇◇
あれからわたしは、就寝時はオーギュストのテントを一緒に使っていた。
オーギュストはベッドを二つ用意してくれたが、やはり、狭いテントに二人で寝るのには、
抵抗があった。
小宮殿の寝室のベッドは大きく、部屋も広かったので気にならなかったが、
狭い場所では、妙に彼の存在を強く感じるのだ。
気配を強く感じるし、寝息も大きく聞こえる…
妙に意識してしまい、深く眠る事が難しく、移動中に寝てしまう事が増えた。
だが、メラニーとナタリーは、「仲がよろしいですね」とニヤニヤするばかり…
わたしは何とも答え様が無く、微妙な笑みを張り付かせるのだった。
町に着き、領主館に招かれた時には、内心、小躍りしていた。
「まぁ!大きなベッド!」
今夜は良く眠れそうだ!
「こういう機会はあまり無い、しっかり休め」
当然だが、部屋にはオーギュストが居た。
彼は机に向かい、何やら書き物をしていた。
わたしははしゃいでしまった自分が恥ずかしくなった。
「すみません、大きな声を出してしまって…
オーギュスト様は、まだお仕事中なのですね?」
「ああ、片付くまでまだ掛かる、先に休んでくれ」
「ありがとうございます…お休みなさい、オーギュスト様」
わたしが挨拶をすると、彼は手を止めて、顔だけで振り返った。
「ああ、お休み、セリーヌ」
わたしは微笑み返し、ベッドに入った。
◇◇ オーギュスト ◇◇
「お休みなさい、オーギュスト様」
「ああ、お休み、セリーヌ」
返す言葉が遅れたのは、オーギュストにとって、それが、あまりにも非日常だったからだ。
側室の子であるオーギュストは、家族を知らない。
母親はオーギュストを産んだ後、世話は乳母に任せきりだった。
母にとって子は、王の愛情を引き止める手段でしかなかったのだ。
優しい言葉一つ掛けず、顔を見せる事も無く、オーギュストが七歳の時に母は病で亡くなった。
王はオーギュストを王子と認め、十分な教育と不自由無い生活を与えてくれたが、
父親の顔を見せた事は無かった。
王妃、その息子たちも、オーギュストを良く思わず、兄弟とは認められなかった。
それに習い、オーギュストの世話をする使用人たちも冷たいものだった。
『お休みなさい』など、声を掛けられた事はない…
返事をしたものの、奇妙な感覚が纏わり付き、落ち着かない。
「きっと、彼女は幸せに育ったのだろう…」
セリーヌは素直で裏表もない。
人から騙される事はあっても、騙す事は無い。
恨みや妬みといった感情とは程遠い所にいる。
彼女が優しく善良な人間だという事は、短い付き合いであっても分かった。
自分とは違う___
◇◇
聖女を連れた旅は、順調に進んでいると言って良い。
各地を巡りながら、聖女が土地や水源等の邪気を祓い、浄化し、獣避けの結界を張る。
荒れ地には草が生え、牧草地も活き活きとした濃い緑色に変わった。
牛や羊たちは元気を取り戻した。
植物が実を付けるのはまだまだ先だが、効果は十分に期待出来た。
民たちも、土地の変わり様に驚き、頻りに聖女を称え、崇めていた。
皆、十分な食料が無く、痩せ、顔色も悪かったが、その目は期待に輝いていた。
聖女は十分、いや、十二分の働きをしている。
彼女は文句一つ言わずに、惜しげもなく力を使う。
オーギュストは疑問に思い、聞いてみた事があった。
「これ程の力を使って、君は疲労しないのか?」
「この程度でしたら、問題はありません。
移動中には休めますし、回復出来ますので」
セリーヌは事も無げに言い、微笑む。
本人がそう言っているのだし、疑う理由はなかったが、それでも何か引っ掛かる。
これまでの付き合いで、セリーヌが素直に「疲れた」と言うとは思えなかったからだ。
彼女は何処か、「聖女だから、当然」と思っている節がある。
そう言われて来たのかもしれないが、自分に厳しいのだ。
だから、周囲が気を遣い、適度に休ませてやらなければいけない…そんな気になるのだ。
そうだというのに、野営での就寝は、狭いテントを男と二人で使う様、強いられている。
尤も、本人はそれ程気にしていないかもしれない。
最初の時など、セリーヌはオーギュストに縋り付き寝ていた。
オーギュストの方が眠れず、以降、ベッドを二つにしている。
オーギュストは普段、何処ででも眠れるのだが、
意識が無い間に何か粗相があってはいけないと気が張る為か、
質の良い睡眠が得られなかった。
そもそも、その原因を作ったのが、自分の直属の部下、
聖女の護衛を兼ねた密偵、メラニーとナタリーというのだから、頭が痛い。
その上、二人は何を思ったのか、過去の事で文句を言ってきた。
「騎士団長様、聖女様からの贈り物を、断ったそうではありませんか!」
贈り物?
オーギュストは頭を巡らせ、漸くそれを思い出した。
それは旅に出る前で、随分前の話になる。
「あれは贈り物などではない、謝礼だ。
夫婦間で謝礼など必要あるまい、だから不要と言ったまでだ」
オーギュストは呆れつつ答えた。
だが、目の前の二人は、更に目を吊り上げて責めて来た。
「全く!騎士団長様は!女性の気持ちが分からないんだから!」
「女性の『謝礼』なんて、口実に決まっているじゃありませんか!」
「聖女様は奥ゆかしい方なんですから!」
オーギュストは正直、ウンザリしていたが、
早く話を終わらせたかったので、「それでは、何だと言うのだ?」と促した。
「聖女様は騎士団長様と、仲良くしたいんですよ!」
「夫婦といっても、騎士団長様の事だから、それらしい事は夜の営みだけでしょう?」
「体だけの関係なんて、あんまりです!」
《普通の夫婦》と思っている二人にとっては、当然かもしれないが、
オーギュストにとっては、的外れな責め句でしかなかった。
そもそも、この結婚が《時間稼ぎ》である事は、セリーヌにも話してある。
オーギュストは『責められる云われは無い』と、内心で袖にしていた。
尤も、それで終わる話では無かった様だ___
「刺繍も編み物も、全て、騎士団長様を想ってお作りになられたのに…」
「はぁ?」
思わぬ事を耳にし、オーギュストは間抜けな声を漏らしていた。
途端、二人に睨まれた。
「騎士団長様、何ですか!その、『はぁ?』って!」
「いや、初耳だ、あれを彼女が作ったというのか?」
刺繍やら、マフラーやら、かなりの量だったが…
てっきり、取り寄せさせたのだとばかり思っていた。
「そうですよ!あたしたち、傍で見ていたんですから、間違いありません」
「聖女様は手際も良いですし、長くやられていると思いますよ」
「それに、気付きませんでしたか?」
「全て、騎士団長様の髪色と瞳の色に合わせた配色です!」
「それを、要らないなんて!」
「騎士団長様は氷壁を通り越して、氷そのものですよ!」
オーギュストは頭を振った。
色の事等、全く、気付かなかった。そもそも碌に見てもいなかった。
だが、どうして自分にそこまでするのか?
一年後に離縁すると分かっていて、何故、仲良くなる必要がある?
『後悔しない様、その日まで、愛情を注ぎますわ』
ふと、セリーヌの言葉を思い出した。
『ええ、きっと、泣きます』
『でも、それは、愛があるからです、愛は悪いものではないわ…』
きっと、彼女は情が深いのだろう。
自分とは全く違う…
それは、羨ましくも有り、憎らしくもある___
オーギュストは言葉を捻り出した。
「善処する」
そんな気は無く、口先だけだ。
尤も、二人には見抜かれていて、冷やかな目を向けられた。
「騎士団長様がお気付きになっておられない様なので、お教え致しますが、
団員たちの間で、騎士団長様と聖女様は《仮面夫婦》ではないかと、
噂されています。騎士団長様があまりに素気無くされているからです!
早急に、対処された方がよろしいと思いますよ!」
これには、流石のオーギュストも返す言葉が無かった。
表向きだけの夫婦と知れたら、厄介だ。
子作りをしていないと王が知れば、何を言われるか…
いや、離縁させられるかもしれない…
そうなれば、何の為に自分がセリーヌと結婚したか分からない。
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