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15 オーギュスト/
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◇◇ オーギュスト ◇◇
「オーギュスト様、お願いがございます…」
晩餐で顔を合わせた時、セリーヌが顔を赤くし、もじもじとして聞いてきたので、
オーギュストはギクリとした。
子供だと思い安心していたが…夜の誘いだろうか?
何と言って断るか…それとも、誤魔化した方が良いのか?
下手な事を言えば泣くかもしれない…
オーギュストは頭を悩ましつつ、「何だ」と返した。
「実はその…メイドのマリーの家で、子犬が産まれたと聞きました」
「子犬?」
「はい、それで、マリーが申すには、子犬をわたしに譲っても良いと…」
「子犬を飼いたいというのか?」
胡乱に見ると、セリーヌは頬を赤く染め、「はい!」と笑みを見せた。
オーギュストは一瞬にして、気が抜けた。
犬を飼いたいなど…
やはり、こいつはまだまだ、子供だな___
安堵と呆れが入り混じる中、オーギュストはそれを思案した。
そして、頭を振った。
「いや、これから直ぐに国中を周る事になる、犬は連れて行けない。
置いて行くにも、一日二日の話ではない、犬にも良く無いだろう」
「はい…その通りでした…」
セリーヌは見る見る元気を失くし、肩を落とした。
「考えが及びませんでした、この様な事をご相談してしまい、申し訳ありません」
無理に笑みを作る、その悲し気な様子に、オーギュストの胸がチクリと痛んだ。
別に意地悪をした訳ではない、言った事は正論だ___
気にする事はないとしながらも、その口は勝手に動いていた。
「いや…だが、この館に犬を置く事には反対しない。
使用人たちの誰かが、責任を持ち飼うというなら、許可しよう」
「それでは、飼ってもよろしいのですか?」
緑色の目が大きくなり、輝いた。
綺麗だ…
一瞬、見惚れていたのに気付き、オーギュストは視線を反らした。
「言っておくが、主人はおまえではないぞ、それから子犬は駄目だ。
それで良いなら好きにしろ」
「ありがとうございます!ああ!わたし、動物を飼うのが夢だったんです!」
セリーヌは無邪気に手を叩いて喜んだ。
そんなにうれしいものか?
オーギュストはこれまで、動物を飼いたいなど思った事は無かった。
動物は馬で十分だ。
馬は賢く、役にも立つ。
猟犬でもない犬が、一体何の役に立つというのか…
「オーギュスト様、子犬は何故いけないのですか?」
「私は子が嫌いだ、動物であっても、人間であってもだ」
他にも答えようはあったが、オーギュストははっきりと示した。
セリーヌを牽制する為に…
そんな事は必要ないだろうが…
オーギュストは内心で自嘲した。
目の前のセリーヌはじっと、その緑色の目で自分を見つめている。
意図に気付いたか、それとも、批難しているのか?
オーギュストには測れなかったが、罪悪感で胸がチクリとした。
だが、セリーヌは大人しく、「分かりました」と頷いた。
オーギュストは内心で安堵の息を吐き、食事に戻った。
だが、何を食べてもまるで味がしない。
セリーヌを相手にしていると、どうも調子が狂う…
彼女が聖女だからか?
◇◇ セリーヌ ◇◇
わたしの事、好きになってくれたらいいな…
勿論、《愛》などではない。
ただ、少しでも好意を持って貰えたら、この生活を今以上に楽しめる筈だ。
そんな風に思いながらも、具体的にどうしたら良いのかは分からなかった。
わたしは両親からもあまり愛されてはいなかったし、
双子の妹のアンジェリーヌには、目に見える程に嫌われていた。
これまで親しい者、友もいなかったので、どうすれば気に入って貰えるのか、見当も付かない。
侍女のメラニーとナタリーは良くしてくれるが、それは、彼女たちが善良だからだ。
わたしでなくとも、誰にでも同じ態度を取るだろう。
それに、彼女たちはわたしたちの結婚を、《普通の結婚》と思っているので、疑いを持たれる事は言えない。
それで、少し遠回しに聞いてみた。
「メラニーとナタリーは、想う方はいらっしゃいますか?」
「あたしたち、婚約者がいます、結婚はまだ先でいいかなって思ってますけど!」
「お互い、同業の者なので、忙しいんです」
王城の使用人だろうか?
「その方とは、どういった出会いで、どういう風に親しくなられたのですか?」
「一緒に仕事をした時に、お互い惹かれたんです。
それから、彼が凄くアピールしてくれて~直ぐに婚約しちゃいました!」
乗りの良い、メラニーらしい。
「私も、一緒に仕事をした時に知り合いました。彼に助けて貰ったんです。
それから、想う様になって…食事に誘ったりしている内に、自然と…」
ナタリーが頬を染める。
「素敵ですね…」
わたしもうっとりとした。
だが、オーギュストとは晩餐を一緒にしているし、特に参考に出来る事はなかった。
「自然と親しくなるものなんですね…」
だが、それはきっと、お互いに好感があり、惹かれていたからだろう。
わたしとオーギュストには、通じない。
「騎士団長様と上手くいっていないのですか?」
不意に訊かれ、わたしはビクリとしてしまった。
「いえ!上手くいっています、ですが、わたしとしては、もう少し仲良くなれたらと…」
「そうですね、体の関係だけというのも、体だけが目当てなのか!って、思っちゃいますもん」
メラニーがあっけらかんと言うので、わたしは真っ赤になった。
「そ、それはその…」
だが、ここで否定するのも、良く無いだろう。
子作りしている風は装う様に言われている。
わたしはなけなしの知識を念頭に置いて、慎重に言葉を選んだ。
「つまり…そういう事です」
「分かります!でも、相手は、あの氷壁の騎士団長様ですからねー」
「私は、聖女様は十分に仲良く出来ていると思います。
あの騎士団長様と普通に会話が出来ているんですから!」
一体、オーギュストは普段どういった態度でいるのだろうか?
わたしは一抹の不安を覚えた。
「定番ですが、贈り物をするのはいかがですか?」
「令嬢たちは意中の男性に、手紙や詩を送って、気持ちを伝えます」
贈り物…
クレマンへの贈り物が、切り刻まれて返された事を思い出し、胸が痛んだ。
もし、またそんな事になったら…
だが、上手い断りの文句は思いつかず、
『乗り気では無い』という空気を出すのが精一杯だった。
「わたしは手紙や詩は苦手で…」
「それでしたら、刺繍などいかがですか?」
刺繍や手芸は好きだ。
だが、それこそが鬼門とも言える。
全く気乗りはしなかったが、二人の期待した眼差しには抗えず、
わたしはぎこちない笑みを張り付かせ、「そうしてみます」と頷いたのだった。
◇◇
オーギュストに「子犬を飼いたい」と相談した事があった。
「メイドのマリーの家で子犬が産まれた」と、使用人たちの間で話題になっていて、
「子犬は欲しい者に譲っている」と聞き、わたしも欲しいと思ったのだ。
これまでは神殿で暮らしていたので、周囲に動物はいなかった。
動物を飼う事に憧れていたのだ。
ここは、神殿ではないし、メラニーとナタリーも、
「騎士団長様が許可したら、飼えますよ」と言っていた。
それで、早速相談したのだが…
「いや、これから直ぐに国中を周る事になる、犬は連れて行けない。
置いて行くにも、一日二日の話ではない、犬にも良く無いだろう」
一刀両断され、わたしは気落ちした。
だが、考えてみれば、彼の言う通りだった。
犬に馬車旅を強要する訳にはいかないし、長く館を空ければ寂しい思いをさせてしまうだろう。
その間は人に世話を頼む事にもなる___
深く考えもせず、「子犬が欲しい」という欲求に突き動かされていた自分が恥ずかしくなった。
これまで、自分が《聖女》であるという事を忘れた事など、一度も無かったのに…
神殿を出て、国を出て、修道女たちの監視も無くなり、
その解放感からか、気付かぬ内に堕落してしまっていたらしい。
その上、毎日多忙でいるオーギュストを、煩わせてしまった。
気を引き締めようと、わたしは丁寧に詫びた。
「考えが及びませんでした、この様な事をご相談してしまい、申し訳ありません」
わたしは納得し諦めたのだが、オーギュストは検討してくれたらしい。
「この館に犬を置く事には反対しない。
使用人たちの誰かが責任を持ち飼うというなら、許可しよう。
言っておくが、主人はおまえではないぞ、それから子犬は駄目だ。
それで良いなら好きにしろ」
これに、わたしは寸前の事も忘れ、飛び上がって喜んだ。
「ありがとうございます!ああ!わたし、動物を飼うのが夢だったんです!」
オーギュストは人間でも動物でも、《子》が苦手と言った。
見るからに苦手そうに見えたので、驚きは無かったが、
それでも少し残念に思えた。
彼に、心安らぐものはあるのだろうか?
オーギュストは何処か堅い殻を纏っている様に感じる。
それが少し心配になったのだが…
「あまり立ち入ってはいけないわよね?」
わたしの立場ではそれは許されないだろう。
わたしはオーギュストの意向に添う様、マリーの子犬は諦め、他で探す事にした。
メラニーとナタリー、使用人たちが協力してくれ、
迎えた犬は、足を悪くした痩せた野良犬だった。
随分と汚れ、毛並みも悪くみすぼらしい姿だったが、
洗ってやると眩しい程、真っ白になり、使用人たちは一様に驚いたのだった。
「これは驚いた!聖女様の犬にピッタリだ!」
「聖女様の犬じゃないよ、私たちが飼うんだ」
「オーギュスト様に聞かれたら、聖女様が叱られちまうだろう!」
そんなやり取りを前に、わたしは恥ずかしさに身を縮めた。
「聖女様、犬に名を付けてやって下さい、その方が犬も喜びますよ」
使用人に促され、わたしは犬の前に腰を落とした。
視線を合わせたかったが、犬は足を悪くした為か、それとも捨てられた所為か、
食事をしていない所為か…元気が無く、伏せたまま目を開けようとしない。
「可哀想…」
わたしは焼けた様な傷跡に手を翳した。
光りが包む…
それが消えると傷跡も消えていた。
犬がすくりと体を起こした。
わたしをじっと見つめるその目は、真っ黒であどけない。
「今日から、ここがあなたの家よ、よろしくね、《フロコン》」
わたしは浮かんだ名を口にしていた。
犬は答える様に、ふさふさとした尻尾を振り、「オン!」と鳴いた。
「オーギュスト様、お願いがございます…」
晩餐で顔を合わせた時、セリーヌが顔を赤くし、もじもじとして聞いてきたので、
オーギュストはギクリとした。
子供だと思い安心していたが…夜の誘いだろうか?
何と言って断るか…それとも、誤魔化した方が良いのか?
下手な事を言えば泣くかもしれない…
オーギュストは頭を悩ましつつ、「何だ」と返した。
「実はその…メイドのマリーの家で、子犬が産まれたと聞きました」
「子犬?」
「はい、それで、マリーが申すには、子犬をわたしに譲っても良いと…」
「子犬を飼いたいというのか?」
胡乱に見ると、セリーヌは頬を赤く染め、「はい!」と笑みを見せた。
オーギュストは一瞬にして、気が抜けた。
犬を飼いたいなど…
やはり、こいつはまだまだ、子供だな___
安堵と呆れが入り混じる中、オーギュストはそれを思案した。
そして、頭を振った。
「いや、これから直ぐに国中を周る事になる、犬は連れて行けない。
置いて行くにも、一日二日の話ではない、犬にも良く無いだろう」
「はい…その通りでした…」
セリーヌは見る見る元気を失くし、肩を落とした。
「考えが及びませんでした、この様な事をご相談してしまい、申し訳ありません」
無理に笑みを作る、その悲し気な様子に、オーギュストの胸がチクリと痛んだ。
別に意地悪をした訳ではない、言った事は正論だ___
気にする事はないとしながらも、その口は勝手に動いていた。
「いや…だが、この館に犬を置く事には反対しない。
使用人たちの誰かが、責任を持ち飼うというなら、許可しよう」
「それでは、飼ってもよろしいのですか?」
緑色の目が大きくなり、輝いた。
綺麗だ…
一瞬、見惚れていたのに気付き、オーギュストは視線を反らした。
「言っておくが、主人はおまえではないぞ、それから子犬は駄目だ。
それで良いなら好きにしろ」
「ありがとうございます!ああ!わたし、動物を飼うのが夢だったんです!」
セリーヌは無邪気に手を叩いて喜んだ。
そんなにうれしいものか?
オーギュストはこれまで、動物を飼いたいなど思った事は無かった。
動物は馬で十分だ。
馬は賢く、役にも立つ。
猟犬でもない犬が、一体何の役に立つというのか…
「オーギュスト様、子犬は何故いけないのですか?」
「私は子が嫌いだ、動物であっても、人間であってもだ」
他にも答えようはあったが、オーギュストははっきりと示した。
セリーヌを牽制する為に…
そんな事は必要ないだろうが…
オーギュストは内心で自嘲した。
目の前のセリーヌはじっと、その緑色の目で自分を見つめている。
意図に気付いたか、それとも、批難しているのか?
オーギュストには測れなかったが、罪悪感で胸がチクリとした。
だが、セリーヌは大人しく、「分かりました」と頷いた。
オーギュストは内心で安堵の息を吐き、食事に戻った。
だが、何を食べてもまるで味がしない。
セリーヌを相手にしていると、どうも調子が狂う…
彼女が聖女だからか?
◇◇ セリーヌ ◇◇
わたしの事、好きになってくれたらいいな…
勿論、《愛》などではない。
ただ、少しでも好意を持って貰えたら、この生活を今以上に楽しめる筈だ。
そんな風に思いながらも、具体的にどうしたら良いのかは分からなかった。
わたしは両親からもあまり愛されてはいなかったし、
双子の妹のアンジェリーヌには、目に見える程に嫌われていた。
これまで親しい者、友もいなかったので、どうすれば気に入って貰えるのか、見当も付かない。
侍女のメラニーとナタリーは良くしてくれるが、それは、彼女たちが善良だからだ。
わたしでなくとも、誰にでも同じ態度を取るだろう。
それに、彼女たちはわたしたちの結婚を、《普通の結婚》と思っているので、疑いを持たれる事は言えない。
それで、少し遠回しに聞いてみた。
「メラニーとナタリーは、想う方はいらっしゃいますか?」
「あたしたち、婚約者がいます、結婚はまだ先でいいかなって思ってますけど!」
「お互い、同業の者なので、忙しいんです」
王城の使用人だろうか?
「その方とは、どういった出会いで、どういう風に親しくなられたのですか?」
「一緒に仕事をした時に、お互い惹かれたんです。
それから、彼が凄くアピールしてくれて~直ぐに婚約しちゃいました!」
乗りの良い、メラニーらしい。
「私も、一緒に仕事をした時に知り合いました。彼に助けて貰ったんです。
それから、想う様になって…食事に誘ったりしている内に、自然と…」
ナタリーが頬を染める。
「素敵ですね…」
わたしもうっとりとした。
だが、オーギュストとは晩餐を一緒にしているし、特に参考に出来る事はなかった。
「自然と親しくなるものなんですね…」
だが、それはきっと、お互いに好感があり、惹かれていたからだろう。
わたしとオーギュストには、通じない。
「騎士団長様と上手くいっていないのですか?」
不意に訊かれ、わたしはビクリとしてしまった。
「いえ!上手くいっています、ですが、わたしとしては、もう少し仲良くなれたらと…」
「そうですね、体の関係だけというのも、体だけが目当てなのか!って、思っちゃいますもん」
メラニーがあっけらかんと言うので、わたしは真っ赤になった。
「そ、それはその…」
だが、ここで否定するのも、良く無いだろう。
子作りしている風は装う様に言われている。
わたしはなけなしの知識を念頭に置いて、慎重に言葉を選んだ。
「つまり…そういう事です」
「分かります!でも、相手は、あの氷壁の騎士団長様ですからねー」
「私は、聖女様は十分に仲良く出来ていると思います。
あの騎士団長様と普通に会話が出来ているんですから!」
一体、オーギュストは普段どういった態度でいるのだろうか?
わたしは一抹の不安を覚えた。
「定番ですが、贈り物をするのはいかがですか?」
「令嬢たちは意中の男性に、手紙や詩を送って、気持ちを伝えます」
贈り物…
クレマンへの贈り物が、切り刻まれて返された事を思い出し、胸が痛んだ。
もし、またそんな事になったら…
だが、上手い断りの文句は思いつかず、
『乗り気では無い』という空気を出すのが精一杯だった。
「わたしは手紙や詩は苦手で…」
「それでしたら、刺繍などいかがですか?」
刺繍や手芸は好きだ。
だが、それこそが鬼門とも言える。
全く気乗りはしなかったが、二人の期待した眼差しには抗えず、
わたしはぎこちない笑みを張り付かせ、「そうしてみます」と頷いたのだった。
◇◇
オーギュストに「子犬を飼いたい」と相談した事があった。
「メイドのマリーの家で子犬が産まれた」と、使用人たちの間で話題になっていて、
「子犬は欲しい者に譲っている」と聞き、わたしも欲しいと思ったのだ。
これまでは神殿で暮らしていたので、周囲に動物はいなかった。
動物を飼う事に憧れていたのだ。
ここは、神殿ではないし、メラニーとナタリーも、
「騎士団長様が許可したら、飼えますよ」と言っていた。
それで、早速相談したのだが…
「いや、これから直ぐに国中を周る事になる、犬は連れて行けない。
置いて行くにも、一日二日の話ではない、犬にも良く無いだろう」
一刀両断され、わたしは気落ちした。
だが、考えてみれば、彼の言う通りだった。
犬に馬車旅を強要する訳にはいかないし、長く館を空ければ寂しい思いをさせてしまうだろう。
その間は人に世話を頼む事にもなる___
深く考えもせず、「子犬が欲しい」という欲求に突き動かされていた自分が恥ずかしくなった。
これまで、自分が《聖女》であるという事を忘れた事など、一度も無かったのに…
神殿を出て、国を出て、修道女たちの監視も無くなり、
その解放感からか、気付かぬ内に堕落してしまっていたらしい。
その上、毎日多忙でいるオーギュストを、煩わせてしまった。
気を引き締めようと、わたしは丁寧に詫びた。
「考えが及びませんでした、この様な事をご相談してしまい、申し訳ありません」
わたしは納得し諦めたのだが、オーギュストは検討してくれたらしい。
「この館に犬を置く事には反対しない。
使用人たちの誰かが責任を持ち飼うというなら、許可しよう。
言っておくが、主人はおまえではないぞ、それから子犬は駄目だ。
それで良いなら好きにしろ」
これに、わたしは寸前の事も忘れ、飛び上がって喜んだ。
「ありがとうございます!ああ!わたし、動物を飼うのが夢だったんです!」
オーギュストは人間でも動物でも、《子》が苦手と言った。
見るからに苦手そうに見えたので、驚きは無かったが、
それでも少し残念に思えた。
彼に、心安らぐものはあるのだろうか?
オーギュストは何処か堅い殻を纏っている様に感じる。
それが少し心配になったのだが…
「あまり立ち入ってはいけないわよね?」
わたしの立場ではそれは許されないだろう。
わたしはオーギュストの意向に添う様、マリーの子犬は諦め、他で探す事にした。
メラニーとナタリー、使用人たちが協力してくれ、
迎えた犬は、足を悪くした痩せた野良犬だった。
随分と汚れ、毛並みも悪くみすぼらしい姿だったが、
洗ってやると眩しい程、真っ白になり、使用人たちは一様に驚いたのだった。
「これは驚いた!聖女様の犬にピッタリだ!」
「聖女様の犬じゃないよ、私たちが飼うんだ」
「オーギュスト様に聞かれたら、聖女様が叱られちまうだろう!」
そんなやり取りを前に、わたしは恥ずかしさに身を縮めた。
「聖女様、犬に名を付けてやって下さい、その方が犬も喜びますよ」
使用人に促され、わたしは犬の前に腰を落とした。
視線を合わせたかったが、犬は足を悪くした為か、それとも捨てられた所為か、
食事をしていない所為か…元気が無く、伏せたまま目を開けようとしない。
「可哀想…」
わたしは焼けた様な傷跡に手を翳した。
光りが包む…
それが消えると傷跡も消えていた。
犬がすくりと体を起こした。
わたしをじっと見つめるその目は、真っ黒であどけない。
「今日から、ここがあなたの家よ、よろしくね、《フロコン》」
わたしは浮かんだ名を口にしていた。
犬は答える様に、ふさふさとした尻尾を振り、「オン!」と鳴いた。
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