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しおりを挟む礼拝堂を出ても、騎士団長は歩みを止めなかった。
「このまま、王に報告に行く」
いつも通り、キビキビと指示する。
「き、騎士団長様は、この事を知っていらしたのですか?」
知っていたなら、教えておいてくれたら良かったのに…
わたしがどれ程不安だったか…
彼に気付くまで、生きた心地がしなかった。
「打診はあったが、断るつもりでいた」
「どうして、受けられたのですか?」
わたしは少し期待していたのだと思う。
彼がわたしを気に入ってくれ、話を受けたのだと…
だが、彼は前を見たまま、淡々と言った。
「君があまりに子供だったからだ。
このまま結婚させては気の毒過ぎる、今の君では自暴自棄になる恐れもある。
私は君に暫く猶予を与えるべきだと考えた。
王の事だ、一年も子が出来なければ、離縁しろと言って来るだろう。
一年で心の準備をしろ、そして、気に入る相手をみつけろ、後は私が上手くやってやる」
わたしの事を考え、身を挺して助けてくれた。
その事に感謝すべきだと分かってはいても、気落ちするのは止められなかった。
分かっていたじゃない…
わたしなんて、好きになる人はいないもの…
「ああ、言っておくが、この事は他言無用だ」
「はい、承知致しました…騎士団長様、ご配慮下さり、ありがとうございます…」
騎士団長はわたしを見る事なく頷いた。
それから、ふと、足を止め、わたしに顔を向けた。
「騎士団長様は止めた方がいい、オーギュストと呼べ、セリーヌ」
その青灰色の目に見つめられ、不覚にも、わたしはドキリとしてしまった。
名を呼ばれただけなのに…
ああ、どうして、胸がドキドキするの?
向かったのは、謁見の間だった。
赤い絨毯の道が真直ぐに伸び、その先に、金の玉座があった。
座っているのは、金の王冠を乗せ、赤色と金色で織り成した
煌びやかな衣を纏った、老年で樽の様な体型の男…国王ヴィクトルだ。
「聖女セリーヌ、第三王子オーギュストとの結婚が成立し、何よりである。
これを以て、そなたは我がブラーヴベール王国の聖女となったのだ。
これよりは、我が国に仕えよ!我が国に忠誠を誓い、生涯、我が国の為に尽くすのだ!」
力は三十歳を過ぎれば消えるが、わたしは生涯、この国に縛られるという事だ。
覚悟していた事だ。
ただ、不安が拭えないだけ…
結婚した夫は、一年も経てば、わたしを放り出す気でいるのだから…
「お誓い致します、王様」
わたしは抑揚の無い声で返した。
「うむ、それでは、聖女よ、おまえは何が出来るのだ?
邪気を祓い、浄化はして見せたそうだな、それはどういうものか?」
「悪い気が溜まっていれば、事故が起きたり、命を落としたり、悪行に誘惑される事もあります。
獣たちが正気を失い、暴れる事もそうです。聖女の力でそれを祓う事が出来ます。
浄化は枯れた土地に命を吹き込み、蘇らせるものです。
他には、結界を張る事が出来ます。魔物や病の侵入を防ぎ、平穏を保ちます。
雨を降らせ、陽の恵みを受ける事も出来ます。
治癒により、傷を塞ぐ事、病の源を絶つ事が出来ます。
ですが、寿命を延ばす事は出来ません」
「それでは、この場で邪気を祓って見せよ!」
「邪気祓いはその土地に行かなければ出来ません。
王都だけでよろしければ、出来ますが…」
「それでは、ここに居て、王都中の邪気を祓えるというのか?」
「はい、ですが、祓っても、邪気は溜まるものです。
一緒に、結界を張ってもよろしいでしょうか?
結界があれば外からの邪気は防げますし…」
「良いから、やってみろ!」
わたしは指を組み、目を閉じた。
内にある力を集中させる…
それは、金色の光となり放たれたのだった___
「邪気を祓い、結界を張りました」
「良く分からぬな、だが、何処かすっきりとしておる…」
確かに、目に見えるものではない。
空気に淀みが消えても、それが分かる者は少数だろう。
「王様、治癒であれば、効果が目に見えるのではないでしょうか?」
側近が言い、「成程」と王が頷く。
「誰か、怪我をしておらんか?病の者は?」
怪我を負ったり、病に掛かっていれば、この場にはいないだろうと思ったが、
臣下の一人が進み出た。
「王様、私の古傷はいかがでしょうか!」
「よし、聖女よ、治して見せろ」
わたしは礼をし、臣下に向かった。
袖を捲ると、大きな切り傷の痕があった。
わたしは手を翳す。
光が腕を包み、それが消えると、痕も消えていた。
「王様!傷が消えております!跡形もなく!」
「ふむ、どうやら、本物の聖女の様だな…」
王が零し、疑われていた事に気付いた。
ショックはあったが、聖女の証明をしろというのも、難しい話だ。
信じて貰えたのだから、良しとすべきだろう。
「聖女よ、我が国は土地が痩せており、作物も育たん。
おまえの力で、ファストーヴィ王国の様に、この国に豊かな実りをもたらす事は出来るか?」
「この国の事をわたしは何も知りませんので、確かな事は言えませんが、
まずは、わたしに土地を浄化させて下さい。
土地が肥沃なものになれば、それだけでも実りは違います。
それから、結界を張り、獣の侵入を防ぐのです」
「だが、気候はどうする?おまえに変えられるのか?」
「寒さを祓う事は出来ません、ですが気候に合う植物は育つものです。
ファストーヴィ王国に無い物が、この国では出来るでしょう」
「ファストーヴィ王国に無い物か…ふむ、気に入ったぞ、聖女!
今後の事は追って知らせる、今日の所は、オーギュストと新居に行くが良い」
王は上機嫌で命じ、玉座を後にした。
◇
「君は凄いな、ただの小娘かと思えば、王に対し物怖じせず、堂々と意見する。
普通であれば、震えて声も出ない所だ。
君はまるで、王と同等に見えた…」
謁見の間を出て、オーギュストが独り言の様に零した。
王と同等?そんなに威張って見えただろうか?
わたしは恥ずかしくなり、弁解した。
「あれは、《聖女》の事だからです。
生まれてからずっと、神殿で育ちましたし、聖女教育も受けていますので…」
「良く学んだのだな」
オーギュストは感心しているが、わたしにとっては、義務であり、強制だった。
《聖女》に生まれたからには、他に選択肢は無い。
その事に不満があった訳ではないが、時々は外の世界に憧れたものだ…
オーギュストがわたしを連れて向かったのは、王城の裏手にある小さな宮殿だった。
乳白色の神殿風の美しい建物だ。
ここが、わたしたちの新居…!?
二階には、わたしとオーギュストの部屋がそれぞれあり、広く豪華だった。
わたしは石造りの殺風景な神殿の部屋に慣れていたので、その豪華さに目を見張った。
「壁紙が花模様だなんて夢みたい!こんなに可愛らしい部屋は初めて見たわ!
でも、どうして、こんなに広いのかしら?一体、何をするの?
家具も沢山!こんなに、何に使うのかしら?」
「好きに使えばいい、その内慣れるだろう。
隣が寝室、一階に浴場がある___」
オーギュストが説明してくれ、わたしは内扉を開けてみた。
そこには、大きなベッドが一つ置かれていた。
「まぁ!なんて大きなベッドなの!」
神殿のわたしの部屋のベッドは、然程大きくはないし、余計な飾りも無い。
一度でいいから、こんな大きなベッドに寝てみたかった。
「言っておくが、ベッドと浴場は私と共同だぞ」
「きょうどう!?」
わたしは真っ赤になり固まっていた。
それに気付いたのか、オーギュストは付け加えた。
「安心しろ、手は出さない、だが、子作りしている風は装っておけ」
装う?
どう装うのだろうか?
「私はこれから仕事に行く、晩餐には戻る。
おまえにはメラニーとナタリーを付ける、何かあれば遠慮なく申し付けろ。
後は好きに過ごせ。お互い、干渉はしない事にしよう」
言うだけ言うと、オーギュストは部屋を出て行った。
何と、素っ気ない夫だろうか!
「《夫》だなんて!」
自分で自分を笑ってしまう。
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