上 下
9 / 28

しおりを挟む

食欲が戻ると、サンドイッチ、具の少ないスープ、水、紅茶が出される様になった。
サンドイッチの具は、何やら分からないペーストだったり、干し肉だったりする。
初めて目にする物で、食べてみると不思議な味がした。

それから、小ぶりの林檎が一緒に付いて来る。
わたしが「アップルパイが好き」と言ったからだろう。

「あたしは反対したんですけど、騎士団長様は『栄養がある』と言って聞かないんです!
騎士団長様は少し、普通の方と感覚が違うというか…
冷めているというか、合理的というか、気が回らないというか、無神経というか…」

責任者で、隊を束ねる騎士団長だというのに、酷い言われ様だ。
メラニーもそれに気付いたのか、文句を飲み込み、
「思い出してお辛いなら、お下げします」と言った。
わたしは思わず小さく吹いてしまった。

「いえ、構いません、とても美味しいです」

ファストーヴィ王国でも林檎は食べられるが、その多くは他国から運ばれてくる。
王城での行事の際や、晩餐会等に出される事もあったが、それらには高級品が用いられた。
それと比べ、随分小ぶりだが、色鮮やかで、味が濃く、
こちらの方がずっと美味しいと感じられた。





森の入り口に差し掛かり、馬車が停まった。
休憩を取るのだろう、わたしは馬車から降りてみる事にした。

「少し、外に出てみてもよろしいですか?散歩をしたいのですが…」

「はい、お供致します!」

ずっと、馬車の中では流石に体が固くなる。
だが、外へ出てみて驚いた。
目の前の森は黒い木々に覆われ、後ろを振り返ると、草も生えていない荒野だった。
空気が重く、酷い邪気が漂っていて、息をするのも苦しくなる。

「こんな所は、初めて…」

邪気を祓うのに遠い土地へ行く事はあるが、こんな惨状を目にするのは初めてだった。
土地は枯れ、邪気が蔓延っている…
暗く、苦しく、藻掻いている、そして、怒り…

わたしは指を組み合わせ、力を集中させた。

「聖女様?」という、メラニーとナタリーの問い掛けは耳に届いていなかった。
力は光となり、周囲を包み込んだ。

邪気は晴れ、黒い木々は色を取り戻し、荒野には草が芽吹く…

「ふぅ…」と息を吐いた時だ、ガシリと肩を掴まれた。

「何をした!」

騎士団長に鋭い目で睨まれ、わたしは呆気に取られた。

「あの…邪気を祓い、浄化を致しました」

「勝手な事をするな!」

勝手な事?

「ですが、この地は危険です!ここまで無事に来れた事は、運が良かっただけです。
あれ程の邪気ですから、ここで命を落とした者も多いのではありませんか?」

「だとしても、王の許可なく、聖女の力を使う事は許されない。
分かったら、馬車へ戻れ!暫く外に出る事を禁ずる!」

厳しく言われ、わたしは茫然となっていた。

「メラニー!ナタリー!こいつを馬車へ連れて行け!」

「聖女様!参りましょう…」

メラニーとナタリーが、わたしを支える様にして連れて行く。
わたしは酷くショックを受けていた。

あんなに怒るなんて思わなかった…
わたしはただ、聖女としての役目を果たしたかっただけ…
少しでも役に立ちたかっただけ…

「わたし、悪い事をしたのでしょうか?」

「いいえ!まさか!でも、この国では許可がいるんです…」

「聖女の力を誰かが独占したり、利用したりさせない為に…」

「騎士団長様に、ご迷惑が掛かるでしょうか…」

自分が罰せられるだけなら良いが、
お世話になっている騎士団長に飛び火しては申し訳が立たない。

「分かりませんが、きっと、大丈夫ですよ!」

メラニーとナタリーは言ってくれたが、わたしは酷く気落ちした。


◇◇


わたしは馬車から降りる事を許されず、悶々として過ごしていた。
騎士団長に責任が掛かると思うと、胸が痛む。
だが、力を使った事自体は、《悪い事》とは思えない。
放置していれば、事故が起こるだろう、命を落とす事もある。
手を打てるなら打った方が良いに決まっている。それなのに…

「この国の王はどうかしているわ」

つい、零してしまった。

「我が国の者たちは、聖女がどういうものか知らないんですよ。
まずは理解しないと…ファストーヴィ王国では、どういった事をされていたんですか?」

「ファストーヴィ王国には、聖女が四人いたので、
わたしは神殿で結界の強化、王都内の邪気祓い、浄化を任されていました。
他の聖女は、その土地へ行き、邪気祓い、浄化をしていました」

「四人、全員、力は同じなのですか?」

「力の強さは、年齢によっても違いますし、個人差もあります。
聖女バルバラは三十歳近いので、力も落ちてきていました」

「それでは、一番力があるのは?」

メラニーの瞳は好奇心からか輝いていたが、わたしは逆に光を失くした。

「聖女アンジェリーヌ…でしょう」

少なくとも、ファストーヴィ王国の者はそう思っている。

「聖女セリーヌ様は二番手ですか?」

悪気は無いのだろう。
だが、その無邪気さに傷付けられる。

わたしが二番手なら、国はわたしを手放さなかったのではないか?
きっと、皆の評価では、わたしは四番手なんだわ…

「さぁ、どうでしょう…」

わたしは言葉を濁し、会話を切り上げた。


◇◇


「少し話せるか?」

外から声が掛かり、メラニーとナタリーが馬車から降りた。
代わりに入って来たのは、銀髪の騎士団長だった。
彼は背が高く、体格も良いので、広い馬車内が狭く感じられた。
彼は向かいに座ると、その青灰色の目で、わたしをじっと見た。
こんな風に見られると居心地が悪い…
それとなく、わたしの方でも彼を観察した。
こんなに間近で、じっくり顔を見るのは初めてだが、整った顔立ちで彫りも深く彫刻の様だ。

容姿に恵まれた方だわ…

尤も、冷やかで愛想が無いので、その魅力も半減している。
愛想が無いのは、彼がまだ怒っているからだろうか?
わたしは気まずく、彼の言葉を待った。

「先日は厳しく言い過ぎたな、前以って話しておかなかった私の落ち度だ。
君を責めてすまなかった」

「いえ…」と言うも、その通りだったので、言葉は続かなかった。
だが、謝ってくれた事はうれしかったので、自然と口元が緩んだ。

「ファストーヴィ王国からは、何も言われていないのか?」

これまで特に注意を受けた事はなく、わたしは「特には」と答えた。
だが、それでは不足だとその目が言っている様で、わたしは続けた。

「これからは、ブラーヴベール王国の聖女として、生涯仕える様にと言われました」

この地を踏む事は二度と許さん___と言われた事は、とても言えない。
『異国にはおまえの罪を知る者は誰もいない』
『おまえもそのつもりで、絶対に口外せぬように、これはおまえの為なのだ』
大司教もそう言っていたし、わたし自身、自分の身を落としたくはない。
アンジェリーヌの讒言などで___!

「何かありそうだが、その心構えには感謝する」

何かありそう?
騎士団長は鋭い人の様だ。
気を付けなくては…

「君の考えを聞かせて欲しい。
我が国は聖女の力で豊かになるか?君にその力はあるか?」

「わたしはこの国の事は何も知らないので、はっきりとは申せません。
ですが、少しでも良くなる様、わたしは努めるつもりです」

誰にも邪魔をされなければ___

「私は敵視されているらしいな」と、騎士団長が苦笑した。

「君が力を存分に発揮出来る様、私も協力しよう。
だが、王から許可が下りるまでは、駄目だ。
王に敵対すると見なされたら、君の立場が悪くなる、分かったら、大人しくしていろ。
聖女の力は使わないと約束出来るなら、馬車から降りる事を許可する」

騎士団長は断固とした口調で言い付けた。
何て、傲慢で偉そうな方!
聖女にこんな風に命令をするのは、王様位だ。
きっと、この国では聖女は騎士団長よりも格下なのだろう。
わたしは恭しく答えた。

「仰せの通りに致します、騎士団長様」

「よろしい、それから、聖女、よくやった」

ええ?

わたしは目を上げた。
騎士団長は未だ真顔だったので、空耳だったのかと疑ったが、彼は続けて言った。

「先の森は《死の森》と呼ばれ、迷い込んだ者は帰れないと言われている。
荒野では水もなく、旅人が行き倒れる事も珍しくない。
おまえのお陰で少しは良くなるだろう。
言っておくが、騎士団は装備をしてきているので、何も問題は無かった。
無事に王都に届けてやる」

褒められるとは思っていなかったので、驚いた。
それなら、どうして、あの場では怒ったのだろう?

「疑っているな?」

胡乱に見ていたのに気付かれてしまった。
青灰色の目が面白そうに光り、わたしは気まずく言った。

「だって、凄く、怒っていらしたでしょう?」

「怒ってはいない、厳しく言わなければ、私が君を利用したと思う者も出て来るだろう。
そうなれば、秩序が狂い、制御出来なくなる___」

何やら難しい事を言っている。
わたしは神殿で育ったので、世間の事は良く分からない。
だが、彼がそう言うのなら、そうなのだろうと思えた。

この機会に…と、わたしは気にしていた事を聞いてみた。

「あの…わたしのした事で、騎士団長様に、ご迷惑が掛かるのではありませんか?」

「部下がしでかした事の責任位は取れる。
だから、私が騎士団長なんだ___」

青灰色の目が鋭く光る。
彼は堂々とし、揺るがない、自信に満ちている。
流石、騎士団長だわ…

見惚れるわたしを残し、彼はさっさと馬車を降りて行った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!

友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」 婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。 そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。 「君はバカか?」 あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。 ってちょっと待って。 いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!? ⭐︎⭐︎⭐︎ 「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」 貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。 あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。 「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」 「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」 と、声を張り上げたのです。 「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」 周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。 「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」 え? どういうこと? 二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。 彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。 とそんな濡れ衣を着せられたあたし。 漂う黒い陰湿な気配。 そんな黒いもやが見え。 ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。 「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」 あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。 背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。 ほんと、この先どうなっちゃうの?

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...