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しおりを挟む食欲が戻ると、サンドイッチ、具の少ないスープ、水、紅茶が出される様になった。
サンドイッチの具は、何やら分からないペーストだったり、干し肉だったりする。
初めて目にする物で、食べてみると不思議な味がした。
それから、小ぶりの林檎が一緒に付いて来る。
わたしが「アップルパイが好き」と言ったからだろう。
「あたしは反対したんですけど、騎士団長様は『栄養がある』と言って聞かないんです!
騎士団長様は少し、普通の方と感覚が違うというか…
冷めているというか、合理的というか、気が回らないというか、無神経というか…」
責任者で、隊を束ねる騎士団長だというのに、酷い言われ様だ。
メラニーもそれに気付いたのか、文句を飲み込み、
「思い出してお辛いなら、お下げします」と言った。
わたしは思わず小さく吹いてしまった。
「いえ、構いません、とても美味しいです」
ファストーヴィ王国でも林檎は食べられるが、その多くは他国から運ばれてくる。
王城での行事の際や、晩餐会等に出される事もあったが、それらには高級品が用いられた。
それと比べ、随分小ぶりだが、色鮮やかで、味が濃く、
こちらの方がずっと美味しいと感じられた。
◇
森の入り口に差し掛かり、馬車が停まった。
休憩を取るのだろう、わたしは馬車から降りてみる事にした。
「少し、外に出てみてもよろしいですか?散歩をしたいのですが…」
「はい、お供致します!」
ずっと、馬車の中では流石に体が固くなる。
だが、外へ出てみて驚いた。
目の前の森は黒い木々に覆われ、後ろを振り返ると、草も生えていない荒野だった。
空気が重く、酷い邪気が漂っていて、息をするのも苦しくなる。
「こんな所は、初めて…」
邪気を祓うのに遠い土地へ行く事はあるが、こんな惨状を目にするのは初めてだった。
土地は枯れ、邪気が蔓延っている…
暗く、苦しく、藻掻いている、そして、怒り…
わたしは指を組み合わせ、力を集中させた。
「聖女様?」という、メラニーとナタリーの問い掛けは耳に届いていなかった。
力は光となり、周囲を包み込んだ。
邪気は晴れ、黒い木々は色を取り戻し、荒野には草が芽吹く…
「ふぅ…」と息を吐いた時だ、ガシリと肩を掴まれた。
「何をした!」
騎士団長に鋭い目で睨まれ、わたしは呆気に取られた。
「あの…邪気を祓い、浄化を致しました」
「勝手な事をするな!」
勝手な事?
「ですが、この地は危険です!ここまで無事に来れた事は、運が良かっただけです。
あれ程の邪気ですから、ここで命を落とした者も多いのではありませんか?」
「だとしても、王の許可なく、聖女の力を使う事は許されない。
分かったら、馬車へ戻れ!暫く外に出る事を禁ずる!」
厳しく言われ、わたしは茫然となっていた。
「メラニー!ナタリー!こいつを馬車へ連れて行け!」
「聖女様!参りましょう…」
メラニーとナタリーが、わたしを支える様にして連れて行く。
わたしは酷くショックを受けていた。
あんなに怒るなんて思わなかった…
わたしはただ、聖女としての役目を果たしたかっただけ…
少しでも役に立ちたかっただけ…
「わたし、悪い事をしたのでしょうか?」
「いいえ!まさか!でも、この国では許可がいるんです…」
「聖女の力を誰かが独占したり、利用したりさせない為に…」
「騎士団長様に、ご迷惑が掛かるでしょうか…」
自分が罰せられるだけなら良いが、
お世話になっている騎士団長に飛び火しては申し訳が立たない。
「分かりませんが、きっと、大丈夫ですよ!」
メラニーとナタリーは言ってくれたが、わたしは酷く気落ちした。
◇◇
わたしは馬車から降りる事を許されず、悶々として過ごしていた。
騎士団長に責任が掛かると思うと、胸が痛む。
だが、力を使った事自体は、《悪い事》とは思えない。
放置していれば、事故が起こるだろう、命を落とす事もある。
手を打てるなら打った方が良いに決まっている。それなのに…
「この国の王はどうかしているわ」
つい、零してしまった。
「我が国の者たちは、聖女がどういうものか知らないんですよ。
まずは理解しないと…ファストーヴィ王国では、どういった事をされていたんですか?」
「ファストーヴィ王国には、聖女が四人いたので、
わたしは神殿で結界の強化、王都内の邪気祓い、浄化を任されていました。
他の聖女は、その土地へ行き、邪気祓い、浄化をしていました」
「四人、全員、力は同じなのですか?」
「力の強さは、年齢によっても違いますし、個人差もあります。
聖女バルバラは三十歳近いので、力も落ちてきていました」
「それでは、一番力があるのは?」
メラニーの瞳は好奇心からか輝いていたが、わたしは逆に光を失くした。
「聖女アンジェリーヌ…でしょう」
少なくとも、ファストーヴィ王国の者はそう思っている。
「聖女セリーヌ様は二番手ですか?」
悪気は無いのだろう。
だが、その無邪気さに傷付けられる。
わたしが二番手なら、国はわたしを手放さなかったのではないか?
きっと、皆の評価では、わたしは四番手なんだわ…
「さぁ、どうでしょう…」
わたしは言葉を濁し、会話を切り上げた。
◇◇
「少し話せるか?」
外から声が掛かり、メラニーとナタリーが馬車から降りた。
代わりに入って来たのは、銀髪の騎士団長だった。
彼は背が高く、体格も良いので、広い馬車内が狭く感じられた。
彼は向かいに座ると、その青灰色の目で、わたしをじっと見た。
こんな風に見られると居心地が悪い…
それとなく、わたしの方でも彼を観察した。
こんなに間近で、じっくり顔を見るのは初めてだが、整った顔立ちで彫りも深く彫刻の様だ。
容姿に恵まれた方だわ…
尤も、冷やかで愛想が無いので、その魅力も半減している。
愛想が無いのは、彼がまだ怒っているからだろうか?
わたしは気まずく、彼の言葉を待った。
「先日は厳しく言い過ぎたな、前以って話しておかなかった私の落ち度だ。
君を責めてすまなかった」
「いえ…」と言うも、その通りだったので、言葉は続かなかった。
だが、謝ってくれた事はうれしかったので、自然と口元が緩んだ。
「ファストーヴィ王国からは、何も言われていないのか?」
これまで特に注意を受けた事はなく、わたしは「特には」と答えた。
だが、それでは不足だとその目が言っている様で、わたしは続けた。
「これからは、ブラーヴベール王国の聖女として、生涯仕える様にと言われました」
この地を踏む事は二度と許さん___と言われた事は、とても言えない。
『異国にはおまえの罪を知る者は誰もいない』
『おまえもそのつもりで、絶対に口外せぬように、これはおまえの為なのだ』
大司教もそう言っていたし、わたし自身、自分の身を落としたくはない。
アンジェリーヌの讒言などで___!
「何かありそうだが、その心構えには感謝する」
何かありそう?
騎士団長は鋭い人の様だ。
気を付けなくては…
「君の考えを聞かせて欲しい。
我が国は聖女の力で豊かになるか?君にその力はあるか?」
「わたしはこの国の事は何も知らないので、はっきりとは申せません。
ですが、少しでも良くなる様、わたしは努めるつもりです」
誰にも邪魔をされなければ___
「私は敵視されているらしいな」と、騎士団長が苦笑した。
「君が力を存分に発揮出来る様、私も協力しよう。
だが、王から許可が下りるまでは、駄目だ。
王に敵対すると見なされたら、君の立場が悪くなる、分かったら、大人しくしていろ。
聖女の力は使わないと約束出来るなら、馬車から降りる事を許可する」
騎士団長は断固とした口調で言い付けた。
何て、傲慢で偉そうな方!
聖女にこんな風に命令をするのは、王様位だ。
きっと、この国では聖女は騎士団長よりも格下なのだろう。
わたしは恭しく答えた。
「仰せの通りに致します、騎士団長様」
「よろしい、それから、聖女、よくやった」
ええ?
わたしは目を上げた。
騎士団長は未だ真顔だったので、空耳だったのかと疑ったが、彼は続けて言った。
「先の森は《死の森》と呼ばれ、迷い込んだ者は帰れないと言われている。
荒野では水もなく、旅人が行き倒れる事も珍しくない。
おまえのお陰で少しは良くなるだろう。
言っておくが、騎士団は装備をしてきているので、何も問題は無かった。
無事に王都に届けてやる」
褒められるとは思っていなかったので、驚いた。
それなら、どうして、あの場では怒ったのだろう?
「疑っているな?」
胡乱に見ていたのに気付かれてしまった。
青灰色の目が面白そうに光り、わたしは気まずく言った。
「だって、凄く、怒っていらしたでしょう?」
「怒ってはいない、厳しく言わなければ、私が君を利用したと思う者も出て来るだろう。
そうなれば、秩序が狂い、制御出来なくなる___」
何やら難しい事を言っている。
わたしは神殿で育ったので、世間の事は良く分からない。
だが、彼がそう言うのなら、そうなのだろうと思えた。
この機会に…と、わたしは気にしていた事を聞いてみた。
「あの…わたしのした事で、騎士団長様に、ご迷惑が掛かるのではありませんか?」
「部下がしでかした事の責任位は取れる。
だから、私が騎士団長なんだ___」
青灰色の目が鋭く光る。
彼は堂々とし、揺るがない、自信に満ちている。
流石、騎士団長だわ…
見惚れるわたしを残し、彼はさっさと馬車を降りて行った。
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