5 / 28
5
しおりを挟むクレマン様を奪ったアンジェリーヌが憎い!
こんなの、もう、耐えられないわ!
「死んでしまいたい…」
そう思いながらも、死ぬことは出来なかった。
いつも寸前で思い止まる。
自害は神が禁じていると、教えられてきたからだ。
わたしは暫く部屋に閉じ込められていたが、ある時、それは解かれた。
だが、王の許しではなく、アンジェリーヌの意向で___
「あんた、いつまでサボってる気よ!
あんたはこの先、結婚出来ないんだから、ここに置いて欲しいなら、その分働きなさいよね!
はぁ?何処行く気よ、神殿の仕事に決まってるでしょう!
皆は、あたしを祝福したいんだから!王子と婚約したあたしをね!」
アンジェリーヌは言いたいだけ言うと、高笑いをして部屋から出て行った。
わたしは痛む胸を押さえ、のろのろと着替えをした。
言われたまま《聖域》に向かうも、気が乗らず、体が重く、足取も重い。
「セリーヌ、大事な役目よ…」
自分で自分を追い立てなければいけなかった。
だが、水晶球に向かうと、アンジェリーヌの事も、クレマンの事も忘れられる事に気付いた。
わたしは《聖域》に長く籠る様になった。
◇◇
わたしは何も考えない様にし、三月を過ごした。
そんなある日、急に王城へ呼ばれたかと思うと、件での処分を告げられた。
「聖女セリーヌ、聖女でありながら聖業を蔑ろにし、遊戯に耽り、堕落した罪は重い。
本来であれば、聖女の身分を剥奪し国外追放としたい所だが、
聖女アンジェリーヌと第三王子クレマンの結婚に合わせ、恩赦を与える事とした。
この後は、ブラーヴベール王国の聖女とし、生涯仕える様申し渡す!」
思っていた以上に重い処分が下され、わたしの頭は真っ白になった。
「分かっておろうが、この地を踏む事は二度と許さん!」
これでは、事実上の国外追放だ。
免れたのは、聖女の身分を剥奪される事だけ。
知らない国へ行き、一生、戻って来られないなんて…
わたしは恐ろしく、全身から血が引き、震えていた。
「後は任せたぞ、大司教___」
王が謁見の間を去り、大司教がわたしの前に立った。
わたしは茫然としていたが、我に返り懇願した。
「大司教様!わたしは何も悪い事はしておりません!大司教様もご存じの筈です!
どうか、王にお許し下さる様、お願いして下さい!」
大司教の皺だらけの顔は不快に歪み、冷たい声を発した。
「残念だが、もう決まった事なのだ、諦めなさい」
「そんなっ!」
諦められる筈がない!
わたしは何も悪い事はしていない!
こんな処分を受ける事自体、間違っているのだ!
どうして、大司教様はわたしを擁護してくれなかったのだろう?
三月、何も処分を言われなかったので、取りなしてくれているものと思っていた。
甘かった!
このままでは、わたしはもう二度と、生まれ育ったこの国に戻る事は出来ない。
両親にも会えなくなってしまう___!
とめどなく涙が溢れた。
わたしは泣きながら訴えていた。
「ああ、大司教様!どうか、どうか両親をお呼び下さい!」
「聖女セリーヌ、おまえの両親はそなたに会いたくないと言っておる、一族の恥だとな…」
「!!」
わたしはショックと絶望で、涙も止まっていた。
大司教は細い目を糸の様にし、声を顰めた。
「良く聞きなさい、聖女セリーヌ。
おまえは罪人として異国へ行くのではない。
表向きは異国の高貴なお方に嫁ぐ事になっておる。
当然、異国にはおまえの罪を知る者は誰もおらん。
おまえもそのつもりで、絶対に口外せぬようにな、これはおまえの為なのだ。
王からのご慈悲である、感謝するのだぞ、聖女セリーヌ」
異国の高貴なお方に嫁ぐ?
異国の聖女になるだけではないのか?
全く話に付いていけない…
混乱するわたしに、大司教は重ねて言った。
「良いか、聖女セリーヌ、おまえはクレマン殿下への愛を神に誓ったであろう?
神への誓約は絶対である事はおまえも知っておろう。
神に違背した聖女は力を失う。
この先、おまえが力を失えばどうなるか、想像がつくであろう?」
聖女として異国へ行き、力が消えたとなれば、わたしはただの役立たず、厄介者だ。
追い出されるだけでは済まないかもしれない…
「おまえは名を貶めるであろう、おまえの両親もさぞ肩身の狭い思いをする事になる。
それが嫌ならば、誰も愛さない事だ。力を失うより先に、死を選ぶのだ、聖女セリーヌ。
万が一にも、子が出来たなら、分かっておるな?
その子は《悪魔の子》として、気付かれぬ様、処分するのだぞ___」
あまりの事に、目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちていた。
ああ、どうか、夢であって…
◇
間違いであって欲しい。
夢であって欲しいと願ったが、それが聞き届けられる事は無かった。
異国へ嫁ぐ準備は既に整っており、わたしは目覚めるや否や、
「馬車が待っていますよ、急いで下さい!」と、修道女に急き立てられた。
部屋の物は何一つ持ち出す事は許されず、ただ、身の回りの世話役として、
五人の修道女が付けられた。
大神殿の前には、馬車の行列があった。
アンジェリーヌがわたしの後ろからやって来て、文句を言い出した。
「表向きは異国の者に嫁ぐって事だけど、それにしても、豪華過ぎじゃない?
まるで、国の財を奪う盗人じゃない!」
わたしは相手にせず、顔を伏せていた。
「それにしても、あんたが嫁ぐなんてね!考えもしなかったわ!
王は寛大ね、尤も、神はお許しにはならないでしょうけど!
だって、あなた、あたしのクレマン様に愛を誓ったでしょう?
ふふ、あの時のあなた、とっても間抜けだったわよ!」
謀ったのは、あなたでしょう!
二人が愛し合っているなら、いつでも王に進言出来たのだ。
それなのに、わたしが神にクレマンへの愛を誓うのを待ち、二人は事に及んだ___
悪意でしかない。
もしかすると、最初からそのつもりで、クレマンはわたしに優しくしてくれていたのだろうか?
わたしに愛を誓わせる為?
王の前での《神への誓い》は、真実確かな《誓約》とみなされる。
それを覆す事は神がお許しにならない。それ程に誓約は神聖なものなのだ。
そして、聖女にとっての《愛》は、重きもの…
わたしはこの先、誰も愛す事が出来ず、子も産めない…
わたしの唯一の夢を、アンジェリーヌとクレマンが奪ったのだ!!
アンジェリーヌはどうして、こんな酷い事が出来るの?
それ程に、わたしが憎いの?
わたしが一体、何をしたっていうの?
わたしの人生を滅茶苦茶にして、夢までも奪う、それ程の事をわたしがしたと言うの!?
「アンジェリーヌ、何故、こんな事をしたの?」
思いの丈を言ってやりたかったが、わたしが口に出来たのは、たった一言だった。
これに対し、アンジェリーヌの答えは、あっさりしていた。
「だって、あなたにクレマン様は勿体ないじゃない!」
「最初に言ってくれたら、それで済んだ事でしょう?」
「馬鹿言わないで!それじゃ、辱めを受けたあたしが許せないのよ!」
「辱め?」
わたしは何の事かと頭を傾げた。
だが、それはアンジェリーヌの怒りに油を注いだ様だ。
彼女は増々目を吊り上げ、顔を険しくした。
「あんな醜男をあたしの相手に選ぶなんて、辱め以外の何物でもないじゃないの!」
「でも、それなら、断れば良いだけでしょう?」
聖女が無理矢理結婚させられる事は無い。
アンジェリーヌは「フン!」と鼻を鳴らした。
「あたしが一番許せないのはね、あんたがあたしの代わりを申し出る事なく、
これ見よがしにクレマン様といちゃいちゃしてた事よ!」
あたしはその言い分に唖然としたが、アンジェリーヌの瞳は怒りに燃えていた。
彼女は本当にわたしが悪いと思っているらしい。
世間ではまかり通る筈はないが、アンジェリーヌの中ではそれこそが正論なのだ。
わたしはぞっとした。
「そうそう、言っておくけど、あたしはあんたの追放には反対したのよ?
そんな事になったら、あたしが働かなくちゃいけないじゃない?
退屈で面倒な仕事は、あんたの役目なのに!
だけど王は、聖女はあたしだけで十分だって言うの!まぁ、その通りなんだけどね!
あたしってば、王からも可愛がられてるのよ、
クレマン様との結婚式も、各国から要人を招いて、盛大にするって聞かないの!
全く、困ってしまうわよね~」
そんな話は聞きたくもなく、わたしは目を反らし、聞かない様にしていた。
これ以上、アンジェリーヌの得意気な顔も見たくない。
「それじゃ、さようなら、セリーヌ。
もう二度と会う事が無いと思うと、心底うれしいわ!」
その最後の言葉で、わたしの中に残っていた彼女に対する僅かな情も、断つ事が出来た。
わたしは彼女に一瞥もくれず、用意された白い豪華な馬車に乗り込んだ。
幸い、カーテンがあり、全てを遮断する事が出来た。
だが、諦めきれずに、カーテンの隙間から覗く…
両親の姿を探して…
だが、何処にも、両親の姿は見えない。
わたしの悪評を信じ、わたしを『恥』と思っているのだろう…
それでも、もう二度と会えないのだ!
最後に一目顔が見たいと思ってくれたら、来てくれた筈…
景色は無情にも流れていく。
遂には、人気もなくなった。
両親に見捨てられた気がし、わたしは涙を零した。
11
お気に入りに追加
242
あなたにおすすめの小説
逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!
九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。
しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。
アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。
これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。
ツイッターで先行して呟いています。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜
よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」
ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。
どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。
国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。
そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。
国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。
本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。
しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。
だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。
と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。
目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。
しかし、実はそもそもの取引が……。
幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。
今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。
しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。
一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……?
※政策などに関してはご都合主義な部分があります。
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
あなたには彼女がお似合いです
風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。
妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。
でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。
ずっとあなたが好きでした。
あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。
でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。
公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう?
あなたのために婚約を破棄します。
だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。
たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに――
※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる