3 / 28
3
しおりを挟む二月が経ち、この日は王城でパーティが開かれ、来賓も多く呼ばれた。
この席上、王から「婚約の意」を聞かれる事になっていた。
勿論、わたしの返事は既に決まっていた。
今夜、クレマン様と婚約するのね___
わたしは逸る気持ちを抑えつつ、パーティ会場に入った。
こんな日ではあるが、わたしたちに用意されたのは、白い聖女の装いだ。
いつもよりも豪華ではあるが、代わり映えはしないだろう。
来賓たちの豪華で華やかなドレスの中では、異質に映る。
一度位、ドレスを着てみたい…
常々、そんな事を思っていたが、今日は気にならなかった。
ドレスを着るという願いよりも、クレマンと結婚する方が、わたしには魅力的だったからだ。
わたしとアンジェリーヌが王の元に向かうと、クレマンとマリユスが控えていた。
わたしはクレマンに微笑んだ。
クレマンも微笑み返してくれ、わたしは勇気付けられた。
「それでは、聖女よ、聞かせて貰おう。
聖女セリーヌよ、クレマンと婚約の意はあるか?」
わたしは小さく息を吸い、それを答えた。
「はい、わたしの愛を、クレマン様に捧げると神に誓います___」
これは、婚約の意がある場合に答える、決められた言葉だったが、
わたしの心からの言葉でもある。
「これにより、聖女セリーヌと第三王子クレマンの婚約___」
「お待ち下さい、王様!」
婚約と成す___
その言葉を遮ったのは、他でもない、クレマンだった。
一体、クレマンはどうしたのだと言うのか?
わたしは呆気に取られ、彼を見ていた。
「私は聖女セリーヌとは、結婚出来ません!」
クレマンの声が高らかに響き、わたしは茫然となった。
「どういう事だ、クレマン!」
王の厳しい声が飛ぶ。
クレマンがわたしの前を素通りし、アンジェリーヌの隣に立ったのを見て、
わたしはそれに気付いた。
アンジェリーヌ!?
わたしが見ると、アンジェリーヌはニヤリとわたしに笑って見せた。
まさか、アンジェリーヌが、クレマンを誘惑して…?
嫌な考えに襲われる。
だが、クレマンはその考えを肯定する様に、王に言った。
「私は聖女アンジェリーヌを愛しています!
聖女アンジェリーヌも、私を愛してくれています!
どうか、私と聖女アンジェリーヌの結婚をお許し下さい!」
「なんだと!?」
王が声を荒げ、側近たちが慌てて取りなしに掛かった。
「王様、聖女アンジェリーヌと愛し合っているのならば、それでよろしいかと…」
「無事に結ばれたのですから…」
「相手が聖女ならば、どちらでも良いでしょう…」
「しかし、聖女セリーヌはどうするのだ!」
「聖女セリーヌの方は、他の者を…」
その相談は、わたしたちの所まで届いていた。
アンジェリーヌはニヤニヤと笑い、周囲の来賓たちも噂を始めた。
その上、結論を待たずに、クレマンが声を上げた。
「この場を持ち、聖女セリーヌの悪行を告発させて頂きます!」
わたしは頭が真っ白で、何も考えられなかった。
突然の断罪に、ただただ、茫然とするばかりだ。
「聖女セリーヌは普段より聖業を怠り、その全てを聖女アンジェリーヌに押し付けてきました。
その為、聖女アンジェリーヌは倒れ、先日まで病に臥せっていました。
その間も聖女セリーヌは神殿を抜け出し、遊戯に興じていたのです!
私は彼女の口から、どれだけ楽しく過ごしていたか聞かされていたので、確かです!」
周囲で、「まぁ!」と批難の声が上がった。
わたしは確かに、クレマンに旅での発見を話した。
それは、クレマンに面白いと思って貰いたかったからだ。
クレマンもわたしの話を笑顔で聞いてくれていたのに…
わたしは自分が何を責められているのかも分からなかった。
「私は、この国の王子として、彼女の様な者を《聖女》とは認められません!
愛する事など、到底出来ません!」
クレマンの叫びに、共感する声があちこちから聞こえた。
「聖女セリーヌよ、クレマンが言った事は事実か?」
王の声に、わたしは「はっ」とした。
王を見ると、見た事も無い恐ろしい顔をしていて、わたしは震えた。
「わたしは…聖業を怠った事はございません。
神殿の外に出ていたのは、聖業の為です。
必要であれば、記録しておりますし、供の者たちもおりますので、詳しくお話致します。
アンジェリーヌが臥せっていた事は、存じませんでした…」
アンジェリーヌとクレマンが会っていた事も…
「知らないとは言わせないぞ!王様、二人は双子です!傍にいれば分かる筈です!
知っていて、聖女セリーヌは聖女アンジェリーヌを助けなかったのです!」
助け…治癒の事だろう。
勿論、知っていれば助けた筈だ。
だけど、わたしは知らなかったし、十中八九、アンジェリーヌのは仮病だ。
今見ても、肌は艶々とし、顔色だって悪くない。
その青色の目は、活き活きと輝いている。
だけど、わたしにアンジェリーヌの嘘を暴く事は難しい…
きっと、誰も信じてはくれないわ…
これまでも、両親はわたしよりもアンジェリーヌの言う事を信じたし、
大司教、修道女長もアンジェリーヌの味方だ。
その上、クレマンまでもが…
一体、わたしに何が言えるというのか!
わたしは唇を噛むしかなかった。
「聖女アンジェリーヌ、第三王子クレマンの婚約を認める!
尚、聖女セリーヌについては、後日、沙汰を下す!」
王が怒りを持った声で告げると、衛兵たちがわたしを捕らえに来た。
わたしは助けを求め、咄嗟にクレマンを見たが、クレマンはアンジェリーヌを抱き寄せていた。
衛兵たちに引き摺られて行く中、わたしが目にしたアンジェリーヌの顔は、殊更満足気だった。
衛兵たちはそのままわたしを大神殿まで連れて行き、「閉じ込めておけ!」と命じて去って行った。
どうしてこんな事になってしまったのだろう…
クレマン様と婚約するのは、わたしだった筈なのに…
どうして、アンジェリーヌが!!
その答えなら、考えるまでもなかったが、わたしは受け入れられなかった。
アンジェリーヌがわたしの目を盗み、密かにクレマンと会っていたなど…
クレマンがアンジェリーヌを選び、わたしを捨てたなど…
「止めて!!」
そんなの、信じられない!信じたくない!!
「クレマン様は、いつだって、わたしに優しかったわ…」
今日のクレマンは、わたしが知っているクレマンではなかった。
クレマンはいつも優しく、笑っていた。
あんな風に顔を顰める事も、声を荒げる事も、誰かを責めた事も、一度として無かった。
まるで別人だ、クレマンはあんな人ではない!
「クレマン様は、わたしを可愛いと言って下さったわ…」
いつだって、わたしを受け入れてくれた。
会えないのを残念がってくれ、身を案じてくれた…
「そうだわ!クレマン様からの手紙が___」
手紙を読めば、わたしたちが思い合っていた事が、誰の目にも分かるだろう。
わたしは一縷の望みに賭け、部屋へ入った。
だが、幾ら探しても、手紙は見つからなかった。
「どうして!?引き出しに入れていたのに…!」
クレマンからの手紙の代わりに出て来たのは、引き裂かれたマフラーだった。
一目で、わたしがクレマンに贈ったマフラーだと気付いた。
同様に贈った、手袋、刺繍のハンカチ等も、引き裂かれていた。
わたしはそれを手に、茫然となった。
クレマンが引き裂き、送り返してきたのだろうか?
喜んで受け取ってくれたのに…
本当は、気に入らなかったのだろうか?
「それなら、そう言って下されば良かったのに…」
音も無く涙が零れた。
◇◇
わたしは謹慎を言い渡された事で、部屋に鍵を掛けられ、隔離された。
修道女は食事を運んで来る位で、誰に会う事もない。
だが、今のわたしにはその方が良かった。
酷く気落ちし、何もやる気になれず、ただ、ベッドに横になっていた。
思い出せば、涙が零れてくる。
アンジェリーヌへの憎しみもあるが、クレマンを失った悲しみ、後悔が大きかった。
アンジェリーヌは最初からクレマンを狙っていたのだ!
アンジェリーヌはわたしを神殿から追い払い、まんまとクレマンを手に入れた。
もっと、気を付けるべきだった…
アンジェリーヌの事を良く知っていた筈なのに…
わたしはアンジェリーヌを疑いもしなかった。
「馬鹿だったわ…」
そして、クレマンの言葉を、全て信じてしまった。
「きっと、全部嘘だったんだわ…」
真実だったなら、これ程簡単に、アンジェリーヌに乗り換えたりはしないだろう。
わたしが可愛いなんて嘘よ!
だって、わたしは可愛くなんてない!
地味なわたしより、美人のアンジェリーヌの方が良かったんだわ!
「皆、そう!」
いつも、選ばれるのはアンジェリーヌ___
物心着いた時から、知っていたのに、都合良く忘れていたのだ。
いや、忘れたかった、信じたかったのだ。
クレマンこそ、わたしの運命の相手で、
クレマンだけは、アンジェリーヌよりも、わたしを選んでくれたのだと___
わたしは独り、声を上げて泣いた。
14
お気に入りに追加
243
あなたにおすすめの小説
【完結】無能な聖女はいらないと婚約破棄され、追放されたので自由に生きようと思います
黒幸
恋愛
辺境伯令嬢レイチェルは学園の卒業パーティーでイラリオ王子から、婚約破棄を告げられ、国外追放を言い渡されてしまう。
レイチェルは一言も言い返さないまま、パーティー会場から姿を消した。
邪魔者がいなくなったと我が世の春を謳歌するイラリオと新たな婚約者ヒメナ。
しかし、レイチェルが国からいなくなり、不可解な事態が起き始めるのだった。
章を分けるとかえって、ややこしいとの御指摘を受け、章分けを基に戻しました。
どうやら、作者がメダパニ状態だったようです。
表紙イラストはイラストAC様から、お借りしています。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます
天宮有
恋愛
聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。
それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。
公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。
島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。
その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。
私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完】貧乏令嬢ですが何故か公爵閣下に見初められました!
咲貴
恋愛
スカーレット・ジンデルは伯爵令嬢だが、伯爵令嬢とは名ばかりの貧乏令嬢。
他の令嬢達がお茶会や夜会に勤しんでいる中、スカーレットは領地で家庭菜園や針仕事などに精を出し、日々逞しく慎ましく暮らしている。
そんなある日、何故か公爵閣下から求婚されて――。
※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
仮面夫婦で結構です〜もう恋なんてしないと決めたのに〜
ララ
恋愛
身を焦がすほどの本気の恋。私はその相手を一生忘れることができない。
転生してまで忘れられないなんて‥‥。神様は意地悪ね。忘れたいわけではないのだけれど。彼のいない世界で1人生きていくのは辛い。
大切な人を失って数年後に自身も事故で死ぬと知らない場所で目を覚ます。
平民の母と父。穏やかな暮らし。それが変わったのは両親が亡くなってから。
平民だと思っていた父は実は子爵家の長男だった。放蕩息子と呼ばれ遊び歩いていたそうだ。
父の弟、現子爵家当主に引き取られ大切に育てられる。
そんなある日、公爵家からの婚約の申込みがあった。子爵家はこれを断ることはできない。
どうして私なのかしら?
それは会ってみると分かった。
『君を愛するつもりはない。』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
不定期更新です。一応完結までは考えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる