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しおりを挟む大神殿の最奥に建つ、古い石造りのロタンダは、最も清浄な場所、《聖域》と呼ばれている。
故に、限られた者にしか立ち入る事は許されておらず、
そこで何が行われているか、神殿に仕える者たちであっても、目にした者は少ない。
然程広くは無い筈だが、ドーム型の屋根まで吹き抜けで、実際よりも広く感じる。
余計な物は何一つ無く、ただ、石造りの祭壇だけがそこに在る。
音が無く、空虚だからか、それともこの独特の空気の所為か、
初めて中に入った者は、物恐ろしいものを感じるという。
尤も、わたしにとっては、慣れ親しんだ場所だ。
わたしは足元まである白色の外套で、石の床を撫でながら進むと、聖壇の前に立った。
聖壇には、綺麗に磨かれた水晶球が置かれている。
美しく、透き通る…
わたしには、いつも誰かを待ち望んでいる様に見えた。
それで、禁じられてはいるが、つい、話し掛けてしまうのだ。
「おはよう、寂しかった?わたしもよ、それでは、始めましょうか___」
わたしは水晶球に微笑み、指を組み合わせ、目を閉じた。
意識深く集中し、力を誘導する。
水晶球は白い輝きを見せた___
古来より、ファストーヴィ王国には、聖女の血を引く一族が棲み、
その力により、土地は肥え、実りも多く、災いも少なかった。
故に、自国の民だけでなく、周辺の国々からも、《世界の聖域》と呼ばれている。
現在、ファストーヴィ王国には、聖女が四人存在する。
一人はバルバラ、彼女は二十八歳で、力は衰えてきている。
一人はジャネット、彼女は十六歳、力に目覚めたばかりで、まだ力も弱い。
要となり支えているのが、わたしセリーヌと、わたしの双子の妹アンジェリーヌと言える。
少なくとも、わたしはそう思っていた___
わたしがいつも通りに聖業を終え、部屋へ戻っていると、
アンジェリーヌが修道女たちを引き連れ、歩いて来るのが見えた。
わたしは一瞬、隠れる場所を探したが、回廊は石積みの壁が続くだけだ。
わたしは渋々声を掛けた。
「お帰りなさい、アンジェリーヌ」
アンジェリーヌは見向きをせずに行こうとしたが、
思い直したのか、その足を止め、振り返った。
「まぁ、気付かなかった!でも、そんな地味な恰好してるんだもん、仕方ないわよね!
それって、夜着?あんた、まさか、こんな時間まで寝てたの?」
アンジェリーヌが意地悪く言うのを、お付きの修道女たちも顔を見合わせて笑う。
わたしは内心辟易しつつも、「いいえ、役目を果たしてきた所よ」と返した。
尤も、アンジェリーヌは、「役目?」と鼻で笑った。
「あんたって、大した仕事もしてないのに、いつも偉そうね!
どうせ、聖業とか言って、寝てたんでしょう!口元に涎が付いてるもの!」
そんな筈は無いのだが、わたしは反射的に手で口元を覆ってしまった。
案の定、アンジェリーヌは鬼の首を取ったかの様に、高笑いをした。
「やだー!やっぱ、寝てたんじゃない!最低ーーね!
あーあ、こっちは真面目に働いてるってのに、馬鹿みたい!」
「違うわ!」
わたしは反論したかったが、上手く言葉が出て来ない。
アンジェリーヌは口から先に生まれたのか、口が上手く、その舌は良く回る。
一方、わたしはいつも言いたい事が言葉になってくれず、沈黙するだけだ。
「本当に、寝ていないから…」
「フン!もう、遅いわよ、取り繕ってる様にしか聞こえなーーい!」
何とか誤解を解こうと言った言葉も、あっさりと跳ね付けられた。
アンジェリーヌは修道院たちと笑いながら去って行ったが、
わたしの胸の中のモヤモヤは晴れる事は無かった。
アンジェリーヌに酷い事を言われるのは慣れている。
わたしたちは双子で、生まれた時から一緒なのだから。
アンジェリーヌは物心が付いた頃から、わたしを敵視し、邪魔者扱いしてきた。
それなのに、わたしには一向に耐性が出来ず、毎回モヤモヤしたり、落ち込んでしまう。
そんな自分に嘆息し、わたしは部屋に戻った。
◇
わたしとアンジェリーヌは双子で、聖女の血を引く一族の直系だ。
一族の子育ては独特で、女子であれば、幼い頃より父親以外の男性と
接する事は禁じられ、母親と共に王都大神殿の居住区で過ごす。
父親は面会のみ許されている。
十五歳になると、母親は神殿を出て、年に数回、父同様、面会のみとなる。
聖女の力が開花するのは、十五歳から二十歳と言われ、
開花しなかった者は神殿を出されるか、修道女となり神殿に残る。
開花した者は、聖女として扱われ、聖業に勤める事になる。
わたしとアンジェリーヌが力に目覚めたのは、ほぼ同時で、十五歳の時だった。
二人共に力は強く、両親や周囲の者たちは喜んだ。
直系の娘という事で、期待が大きかった分、わたしは力を持てた事に安堵した。
それに、これからも妹のアンジェリーヌが一緒だと思うと、心強かった。
だが、アンジェリーヌの考えは違っていた。
「力が出たのは、あたしの方が先よ!
あんたって、いつもあたしの真似ばかりするんだから!嫌になっちゃう!
聖女はあたし一人で十分なのに!」
そんな事を言い、一月は不貞腐れていた。
これまでも、アンジェリーヌには邪険にされてきたが、
それは『母親の愛を独り占めしたい』からだと、わたしは自分で自分に納得させていた。
母親が神殿を出て、ここに家族はお互いしか居ない。
関係も変わると思ったが、その考えは甘かった様だ。
こんな時になっても、自分はアンジェリーヌから必要とされず、ただただ、ガッカリした。
わたしの周囲には、いつも修道女たちが着いていて、世話をしてくれるが、
彼女たちはお喋りを禁じられてはいるので、余計な事は一切喋らなかった。
寂しく、孤独を感じたが、《聖女》となった今、慣れるしかなかった。
だが、アンジェリーヌはわたしとは違い、悠々自適に過ごしていた。
まずは、大司教、修道女長に取り入り、可愛がられる様になると、
気に入った修道女の一人を可愛がり、他の者たちには傲慢に振る舞った。
アンジェリーヌがどれだけ自分勝手に振る舞い、暴言を吐こうと、
大司教、修道女長に気に入られているので、彼女が叱られる事は無かった。
アンジェリーヌは幼い頃から要領が良いのだ。
両親でさえ、裏の顔を知らず、「聖女の中の聖女」「可愛い天使」と溺愛している。
それに、アンジェリーヌは容姿にも恵まれていた。
わたしたちは双子だが、背格好は似ていても、顔はあまり似ていない。
わたしは赤味掛かった金色の髪に、薄い緑色の目で、顔立ちも地味だ。
一方、アンジェリーヌは黄金と見紛う金髪に濃い青色の目で、目鼻立ちがくっきりとし、人目を惹いた。
アンジェリーヌは幼い頃から、「美人になる」と言われていて、実際、その通りに育った。
わたしたちを知らない者であれば、双子だとは思わないだろう。
「あんたって、地味な女ね!」
「双子なのに、どうしてこうも違うのかしらって、お母様もぼやいてたわよ」
「醜女なんだから、化粧したって無駄!余計、酷くなってるって分からないの?」
アンジェリーヌから散々言われ続けてきた事で、わたしは自分に自信を持てなくなっていた。
その為、アンジェリーヌが「地味なんだから、それがお似合いよ!」と、
修道女と見紛う恰好を強要しても、大人しく受け入れたのだった。
その後、「夜着」と馬鹿にされるとは思いもせずに…
聖業に関しても、分業にするよう主張したのは、アンジェリーヌだ。
アンジェリーヌは元より、神殿に居る事を嫌っていた為、
外に出て、土地の浄化や瘴気祓いをする事を選んだ。
聖女の乗った馬車は目立つので、外に出れば、皆が注目し、褒め称える。
アンジェリーヌにはそれが快感だった様だ。
「皆が見たいのは、美しい聖女よ!つまりは、あたしね!
あたしが神殿に籠ってたら、皆が悲しむでしょう、そういうのは、あんたの役目!」
わたしは誰の目にも触れる事なく、神殿での聖業に励んだ。
それが嫌という訳ではない、結界を強固にするのも大事な仕事だ。
それに、独りになると落ち着くし、アンジェリーヌと会わずに済むのも喜びだった。
代わり映えはしないが、平穏な日々…
わたしはこの生活に満足していたが、それでも、二十歳を迎える事は楽しみだった。
国の決まりで、聖女は二十歳になると、王が決めた者と見合いをする事になっている。
誰かと愛し合い、結婚する…
両親はそれなりにわたしを愛してくれていたが、アンジェリーヌへ向けるものとは違っていた。
わたしにはいつも、寂しさがあった。
誰でもいい、思い切り、抱きしめられたい…
アンジェリーヌの様に愛されたいと切望した。
結婚は、わたしにとって、幼い頃からの夢___
「どんな方かしら…」
きっと、わたしは一目で、その人を愛するだろう___
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