【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音

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23 /リーアム

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カラーン…
カラーン…

祝福の鐘が鳴る。

わたしと伯爵の結婚式は、町の礼拝堂で執り行われた。
参席者は、ミゲル、伯爵夫人ミーガン、ミーガンの世話人、
そして、ミーガンの親友、レミントン伯爵夫人だった。
『伯爵の再婚だというのに、参列者が少な過ぎる』と批難されるかもしれない。
だけど、ここには、わたしたちを祝福する者しかいない___
それは、わたしを安心させてくれた。

わたしはミゲルの選んだ、純白のふわふわのドレスに身を包み、ゆっくりと白い絨毯の道を進んだ。
その先には、白いタキシード姿の伯爵が立っている。
彼が、わたしを待っていてくれている___!
わたしの胸は、気恥ずかしく、それでいて、喜びに満ちていた。

わたしを迎えた彼の碧色の瞳には、優しさが溢れていた。
その微笑みも温かく、わたしを受け入れてくれていた。

例え、愛情でなくても、構わない…

これまで、これ程にわたしを受け入れてくれた人は、母以外、いないもの…

家族でさえ、わたしには遠い存在だった。
わたしはいつも愛に飢えていたが、加えて、温かく幸せな家庭を求めていた。
母が生きていた頃の様な、家庭を…

彼とならば、築ける___!

不思議だが、そんな自信があった。

『病める時も、健やかなる時も…生涯愛し続ける事を誓いますか?』

『誓います』

彼の声に安堵する。
わたしも背を正し、はっきりと『誓います』と答えた。

伯爵、ミゲル、わたし、三人で選んだ金色の指輪を手に取る。
その、大きく、ゴツゴツとした手に、わたしは意識してしまい、終始、手が震えてしまった。
指輪を落とさずに、彼の指に嵌められた時には、大きく息を吐きたくなった。

「ふっ」と、彼が笑った気がし、わたしは指に嵌る金色の指輪から目を上げた。
優しい瞳に吸い込まれそうになる。
わたしが見つめていると、顔が近付いて来て…唇に触れた。

ミゲルがはしゃいだ声を上げるのと、パイプオルガンの音色が重なった。

「行こう___」

伯爵が腕を差し出し、わたしは自分の手を掛けた。

「ミゲルが喜んでいる」

彼が教えてくれ、わたしは反射的にミゲルの方を見た。
ミゲルが飛び上がって、拍手をしていて、わたしは笑顔で手を振った。
伯爵夫人と世話人も、笑顔で拍手を送ってくれている。

ああ…この方と結婚出来て、良かった…

伯爵は、本来であれば、わたしなんかには望めない相手だ。
わたしはこの奇跡に感謝した。

礼拝堂を出て、用意されていた白い馬車に乗るまで、
わたしは夢の中にいるみたいに、ふわふわとしていた。


昼間は夢心地だったが、夜を迎える頃には、違う緊張に包まれていた。
今日からは、わたしの部屋は伯爵の部屋の隣だ。
それに、寝室も一緒に使う事になる。
以前、伯爵は『普通の夫婦になるつもりだ』と話していたので、そういう事になるのだろう…

ミゲルを寝かしつけ、伯爵はわたしを部屋まで送ってくれた。
そして、別れ際に、そっと、わたしの頬に口付けた。

「待っているよ」と___

わたしは真っ赤になっていただろう。
碌に返事も出来ず、逃げる様に部屋に入っていた。

胸がドキドキとして止まらない…

わたしは緊張したまま、寝支度をした。
用意していた、レースの多い下着を着け、薄い夜着に着替える。
髪を念入りに梳かして…鏡の中を覗き込んだ。

とても美人とは言えず、自分の容姿に落胆する。

伯爵の前妻は、目の覚めるような美人だったのに…
自分は、地味で若さしか取り柄の無い、野暮ったい娘…

今になり、ティファニーの心無い言葉が蘇る。

「灯りを消せば、大丈夫よね?」

それで顔は誤魔化せるものの、体はどうだろう?
この館に来てから体重は増えていたが、未だ細く、膨らみも十分とはいえない。
重ねてガッカリし、嘆息した。

「ガッカリされるかしら…」

もし、抱いて貰えなかったら…
きっと、立ち直れないだろうし、この先、ずっと不幸だわ___
怖くなったが、寝室に行かなければ、それこそ、伯爵に嫌われてしまう。

「今更、どうしようも無いもの…」

覚悟を決め、わたしは恐る恐る、寝室の扉を開けた。
ベッド脇の机にランプが置かれ、明々とベッドを照らしている。
思っていたよりも明るく、つい、尻込みをした。
ベッドでは、伯爵が枕を背に座っていて、わたしに気付き、持っていた本を机に置いた。

「おいで、ロザリーン」

呼ばれると、わたしの頭にあった色々な事は何処かに消え、ふらふらと彼の元に向かっていた。

「心の準備が出来ていないなら、私は待つよ」

微笑みを浮かべている伯爵に、わたしは少しだけ迷った。

怖い___
彼を失望させてしまいそうで…

でも、わたしは、彼と触れ合いたい…

「わたし、初めてで…きっと、満足して頂けないと…
それに、貧相だし…お気に召して頂けないかと…」

「余計な事は考えなくていいよ、私に任せて、君は私を感じてくれたらいい…」

引き寄せられ、額にキスをされる。
そして、頬にも、唇にも…
優しく、熱い…

「ぅん…っ!」

彼の手が、わたしの体に沿うと、反射的にビクリとなった。

「す、すみません、旦那様!」

慌てて謝ると、彼が「ふっ」と笑った。
そして、優しく、わたしの顔を指先で辿る。
びくびくとしないのは無理だった。

「謝る事じゃない、感じて欲しくてしているんだからね」

「は、はい…」

「それより、今日からは《リーアム》と呼んで欲しいな、旦那様や伯爵では、あまりに素っ気ない。
ロザリーン、呼んでみて…」

彼の吐息が、唇に触れ、わたしは眩暈を覚えた。
彼の何もかもが、わたしを狂わせる…

「リーアム…」

「良く出来ました」

熱く口付けられ、わたしはその波に飲み込まれたのだった。



◇◇ リーアム ◇◇

「久しぶりに、良く眠ったな…」

目覚めたリーアムは、それが、隣にある温かいもののお陰だと気付いた。
髪をくしゃくしゃにし、あどけない顔で眠る娘…
リーアムの胸に愛おしさが込み上げ、堪らず、彼女の丸みのある白い頬に、唇を落としていた。

「ふっ」

自分でも笑ってしまう。
年若い、初心な女性に夢中になるとは…

初めてなのだから、辛かった筈だ。
もし、もう嫌だと言われたら…
それだけが心配だった。

リーアムは徐にベッドから抜け出すと、シャツとズボンを穿き、部屋を出た。
メイドを捕まえ、朝食を寝室の前まで運ばせた。
リーアムがワゴンを押して寝室に入ると、ロザリーンは起きていて、上掛けで体を隠し、こちらを凝視していた。

「おはよう、ロザリーン」

照れくさく、声を掛けると、ロザリーンは更に目を見開いた。
どことなく、怯えている様に見え、リーアムの浮かれた気持ちは霧散した。

「その、昨夜は無理をさせて、すまなかったね…
君は初めてだというのに、配慮が足りなかった、次からはもっと気を付けるよ…
その、君が嫌でなければ…」

思い付く限りの謝罪を口にしていると、ロザリーンは遂に泣き出していた。

「!?ロザリーン!本当に、すまなかった!泣かないでくれ…」

リーアムは駆け寄り、ロザリーンの肩を抱いた。
ロザリーンは指で涙を払いながら、小さく頭を振る。

「違います…違うんです…」

「違う?何が?」

「目を覚ました時、あなたがいなかったから…
嫌われたと、思って…」

「ああ!君の為に朝食を運んでいたんだ、不安にさせて悪かったね、
君を嫌いになったりしないよ、私の方こそ、嫌われたんじゃないかと、生きた心地がしなかったよ…」

リーアムがわざとらしく嘆息すると、漸くロザリーンは笑ってくれた。

「元気が出たなら良かった、一緒に朝食を食べよう」

リーアムもご機嫌で、朝食のトレイをロザリーンに渡した。
そして、自分の分は机に置き、一緒にベッドに入った。

「ベッドで朝食を食べるなんて、初めてです…」

「そう、だが、これからは、毎日だよ…」

リーアムは愛妻の赤い頬に口付けた。

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