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わたしは、恐らく、愛情に飢えているのだ。

「ミゲルは母親に愛されず、君は父親か…
誰もが恵まれている訳ではないな、私で良ければ、君の父になろう。
君の良き夫であり、父であり、友人に___」

優しい人…

わたしは彼が好きだ。

出会った時から、優しくて、親切で、わたしをすんなりと受け入れてくれた。
信頼出来、わたしに初めて安心感をくれた人。
彼を慕わないのは無理だった。

彼と家族になれるなら、愛情なんて必要無いと思った。
情熱は長くは続かないものだと、家族の情こそ大事で、
それがあれば、幸せな家庭が築けると思っていた。

だけど、胸の疼きや、涙が教えてくれた。

わたしは、彼を愛している。
そして、彼に愛されたいのだと___


そっと、抱きしめられ、その胸の温かさを知る。

もっと、強く…

もう一人の自分が切望する。

また、涙が零れた。


◇◇


その日、ティファニーが館を訪ねて来た。

「ロザリーン様、ティファニー様がお会いしたいとの事です…」

その名を聞き、胸の中に錘が落ちたが、表面上は隠し、「直ぐに参ります」と返事をした。
わたしは不満気なミゲルに断りを入れ、ティファニーの待つパーラーに急いだ。

スティーブンが一緒でなければ良いけど…

この願いは聞き届けられ、パーラーにはティファニーの姿しか無かった。
わたしは安堵し、ティファニーに挨拶をした。

「ティファニー様、お呼びでしょうか」

ティファニーは金色の波打った豊かな髪を、大きく振ると、ツンと顎を上げた。

「あら、今日はメイドの格好ではないのね?
リーアムの婚約者様って訳?良いご身分だこと!」

わたしは視線を下げ、彼女が用件に入るのを待った。
だが、これこそ、彼女の用件だったらしい…

「ここを辞めたメイドたち、今はスティーブンの館にいるんだけど、
彼女たちが、面白い事を話してくれたわ」

面白い話?
心当たりは無かったが、彼女の口振りから、良い事だとは思えなかった。

「リーアムの前妻、ジョセリンの事よ。
あの方、表向きは事故死になっているけど、愛人と旅行中だったそうね!
リーアムは美しくて奔放な妻が、心配の種だったとか…」

ティファニーはニヤニヤと笑っていた。

「だからリーアムは、あなたみたいな地味な娘を選んだって訳ね!
私を振るなんて、変だと思っていたのよ!
だけど、仕方ないわよね、前妻があれじゃ!あー、漸く納得がいったわ!」

ティファニーは高らかに笑った後、表情を一変させ、わたしを睨み付けた。

「私に勝ったなんて思わないで頂戴!リーアムは、あなたなんか、本気にしない!
リーアムは、不貞の心配がない地味な女で、ミゲルの母親になってくれるなら、誰でも良いのよ!
ああ、こんな不幸な事ってないわ!不器量に生まれなかった自分を恨むわ___」

ティファニーが冷たく言い放った時、「バン!」と扉が開き、ミゲルが駆け込んで来た。
わたしはギクリとした。
ティファニーはミゲルの母であるジョセリンを、散々悪く言ったのだ。
もし、ミゲルが話を聞いていたら…!

「ロザリーンをいじめるな!」

ミゲルの言葉に安堵した。
だが、ティファニーは非情だった。

「虐めてなんていないわよ、本当の事を教えてあげただけ。
あなたも可哀想な子よね、ミゲル。
実の母親は美人だけど、男好きの遊び人で、子供に見向きもしなかったなんて…」

「止めて下さい!」

わたしは思わず声を上げ、彼女の言葉を遮った。
ギロリと睨まれたが、わたしは無視し、ミゲルを抱き締めた。

「あら、母親が男好きだって、知らなかったの?ごめんなさいね、ミゲル」

「ママのわるくちいうな!」

「悪口じゃないわよ、本当の事だもの」

「うそだよ!ママはパパとぼくをあいしてたもん!ティファニーのうそつき!」

「私は嘘なんか吐いてないわ、私以外の人が嘘を吐いているのよ。
あなたが愛されていたなんて、誰が言ったの?
どうせ、リーアムでしょう?
あの人が真実を話す訳ないじゃない、息子が惨めになるだけ___」

それが分かっていて、ティファニーはミゲルに告げたのか!
わたしは怒りのまま、言い返していた。

「嘘です!ミゲルは母親から愛されていました!」

ティファニーは目を剥いたが、わたしは必死で頭を巡らせ、反論した。

「館を辞めた使用人が、真実をお話になる訳ありません!
何かしら不満を持って辞めたのですから、悪く言っても不思議ではありません!
そんなものを鵜呑みになさらないで下さい!
真実は、この館の者たちが知っています!」

自分でも驚く程、スラスラと言葉が出て来た。
怒りの所為か、それとも、連日、伯爵夫人から教育を受けているからか…
兎に角、今は助かった。
ティファニーにも思い当たる事があったのか、「ぐっ」と言葉を詰まらせている。
わたしはミゲルを護る様に支え、堂々と胸を張った。

「ジョセリン様はミゲルを心から愛しておられました!
ジョセリン様と旦那様も、愛し合っておられました!
だからこそ、今まで再婚なさらなかったのです!」

「で、でも、亡くなった時、他の男性と一緒だったのよ!」

「ティファニー様にも、異性のお友達は沢山いらっしゃる筈です。
変な勘ぐりをされて、迷惑を被った経験は多いのではありませんか?」

「くっ!!お黙りなさい!」

言い返せなくなったティファニーは、矛先をわたしに向けた。

「リーアムの婚約者になったからって、あなたが下賤の者だという事に代わりはないのよ!
格上の私にそんな口を聞いて、許されると思っているの!」

「ロザリーンはだんしゃくれいじょうだよ!ティファニーと同じじゃないか!」

わたしは慌ててミゲルを止めようとしたが、遅かった。
ティファニーが目を剥いてわたしを見ている。

「あなたが、男爵令嬢、ですって?
そんな嘘が通用すると思っているの?」

ティファニーは信じていない様だ。
それも仕方はない、わたしは使用人として雇われていたし、これまではメイドの格好をしていた。
とても男爵令嬢には見えなかっただろう。

「うそじゃないよ!ねぇ、ロザリーン!」

ミゲルに見つめられ、わたしは誤魔化す事は出来ず、頷いた。

「はい…」

「フン!何処の男爵の娘だというの?どうせ、嘘でしょうけど!
私に確かめられないと思っているなら、残念ね、直ぐに調べてあげる。
恥を掻きたくなかったら、今の内に嘘だと言った方がいいわよ?」

調べられると困る。
スコット男爵家に知られたら…
わたしが言葉に窮していると、伯爵が入って来た。

「ティファニー、度々来て、ロザリーンを煩わせるのは止めてくれ!」

伯爵は固い口調で注意したが、ティファニーは逆にニヤリと笑った。

「リーアム、今、面白い事を聞きましたの!
この方、男爵令嬢だったのですってね!一体、何処の男爵家のご令嬢なの?
私、一度もお会いした事がありませんけど!おほほほ!」

ティファニーは高らかに笑った。
それから、立ち上がると伯爵の傍に行き、彼の腕に手を添え、上目使いになった。
わたしの胸はざわざわとなった。

「彼女、あなたを落とす為に、身分を偽ったんじゃないかしら?
しっかりお調べになった方がよろしいわ、
一体、何を企んでいるのか、分かったものではありませんもの!」

わたしは息を飲んだが、伯爵の表情は冷やかで、その声も淡々としていた。

「ロザリーンの素性ははっきりしている、君が知らないだけだ」

「嘘よ!だったら、言ってみなさいよ!私が調べてやるから!」

「私は自分のものを、関係の無い者に土足で荒されたくないんでね、断るよ」

「関係無いだなんて!私は親族だし、リーアムの為…伯爵家の為を想って言っているのよ!」

「ああ、君は親族の一人に違いない、だが、伯爵家の事に口を出せる立場にはない、
君ももう大人だし、この際、はっきりと言っておこう。
ティファニー、身の程を弁えろ、今後、私が招待しない限り、この館に来る事を禁じる!
分かったら、帰りなさい___」

伯爵の言葉が合図だったのか、執事、メイド長が入って来て、
「どうして!?嫌よ!」と騒ぎ立てるティファニーを捕らえ、連れて行った。
静かになった部屋に、わたしはそっと、安堵の息を吐いた。

ミゲルは「パパー!」と伯爵に飛びついた。

「パパ、ありがとう!ティファニーをおいだしてくれて!」

「ああ、おまえやロザリーンを悪く言う者は、パパが許さないさ」

伯爵に深い意味は無かっただろう。
だけど、わたしの胸は喜びでいっぱいになった。

ふっと、伯爵がミゲルからわたしに視線を移し、わたしはドキリとした。
濃い碧色の瞳は、何でも見通しそうで…
わたしは居心地が悪くなり、浮かんだ言葉を口にした。

「旦那様、ありがとうございました…」

「いや、私の方も礼を言うよ、君がいてくれて良かった…」

その目には、優しさが溢れていた。
わたしは気恥ずかしくなり、微笑み返した。

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