【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音

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「だめーーー!!」

ミゲルが叫びながら、わたしの足に抱き着いて来た。
スティーブンは一瞬、嫌な顔をしたが、直ぐに取り繕い、笑みを見せた。
尤も、笑みとは逆に、言葉は冷たいものだった。

「勝手に入って来ちゃ駄目じゃないか、
彼女と大切な話があるから、さー、出て行ってくれ」

だが、ミゲルはしっかりとわたしにしがみ付いている。

「ロザリーンはいかないよ!
ロザリーンは、パパとけっこんするんだもん!」

え?

わたしは固まったし、スティーブンも同じだった。
我に返ったのは、スティーブンの方が早かった。

「ははは、結婚だって?そんな話、初耳だ!
どーせ、彼女を取られたくなくて、嘘を吐いているんだろう?
いいか、子供だからって、許される嘘と許されない嘘があるんだぞ!」

わたしはスティーブンの言い方にぞっとし、庇う様にミゲルを抱き締めた。

「ミゲルを怖がらせないで下さい!悪気は無かったんです!
ただ…わたしが困っていたから、助けようとしてくれたのよね?」

ミゲルは顔を上げた。
その碧色の瞳は涙に潤んでいて、胸が詰まった。

「ああ、そう、それじゃ、君がデートをしてくれるなら、許してあげるよ」

「だめ!!ロザリーン、おねがい…」

ミゲルに縋る様に見られ、わたしの心は決まったが、
問題は、どう話せばスティーブンを怒らせずに済むか、だった。

「待ちなさい!」

思い掛けず、扉から堂々と入って来た人がいた。

伯爵___!?
その後ろには、険しい表情をしたティファニーもいる。

「話しは聞かせて貰ったよ。
ああ、別に盗み聞いていた訳じゃない、
扉が開いていたから、全部聞こえたんだ、悪く思わないでくれよ」

扉はミゲルが入って来た時から、開いたままになっていた様だ。
流石のスティーブンも、伯爵を前にしては大人しくなった。

「こちらこそ、ご子息に対し、失礼を…
結婚するなどと聞き、つい、感情的になってしまったんです、
子供というのは残酷なものですね、どうか、お許し下さい」

スティーブンは暗に、ミゲルが嘘を吐いた事を責めていた。
それは伯爵にも当然、分かっただろう…
だが、スティーブンは知らなかったのだ。
伯爵がどれ程、息子を溺愛しているかを…

「その事だが、ミゲルを責めないで欲しい。
実は、ミゲルにはそれとなく話していたんだ、
私が密かにロザリーンに結婚を申し込むつもりでいると…」

「!??」

わたしは勿論、ティファニー、スティーブンも、驚きに固まった。
喜びの声を上げたのはミゲルだけだ___

「何だよ、それ…」

スティーブンが不機嫌に零した。

「散々、初心な振りしやがって、やる事はやってた訳だ!
生娘じゃねーなら、おまえなんかに用はねーよ、あーあ、時間の無駄だった!
ティファニー、俺は降りるぜ!」

スティーブンは豹変し、怒りを露わに口早に捲し立てた。
わたしは何を言われているか良く分からなかったが、伯爵には分かった様だ。

「彼女の名誉の為に言っておくが、私は結婚もしていない相手に手は出さない。
ロザリーンは穢れの無い女性だよ」

何故だか顔が熱くなった。
スティーブンは苦々しい顔で頭を振り、「もーいいや、冷めた」と部屋を出て行った。
ティファニーはまだ残っていて、彼女は伯爵に詰め寄った。

「リーアム!彼女と結婚するなんて、嘘でしょう!?
だって、貴族でもない、美しくもない、ただ若いだけの娘よ?
彼女に何を言われたのよ!リーアム!目を覚まして!」

ティファニーの言葉はわたしの胸を抉った。
だけど、わたし自身、伯爵の発言は《その場凌ぎ》と分かっていたので、流す事が出来た。
出来る事なら、もう、何も言わずに、出て行って欲しい…
ティファニーも、伯爵も…

「ティファニー、落ち着きなさい、別に彼女には何も言われていないよ、
ただ、再婚するなら、彼女の様な人が良いと思っていたんだ」

これには少し、ドキリとしたが、次のティファニーの言葉で、その真意が分かった。

「ああ、そういう事!つまり、《ミゲルのママ》って事でしょう?
それなら、貴族である必要も、美しくある必要も無いものね!
確かに、私にその役は無理だわ、だけど、あなたはきっとその内、物足りなくなるわよ?
あなたを満足させられるのは、私みたいな女よ、そうではなくて?リーアム…」

ティファニーが艶のある声で囁き、その手を伯爵の体に這わせた。

「!!」

わたしは息を飲んだ。
止めて!と叫びそうになり、胸元を押さえた。

伯爵は少しの動揺も見せずに、その手を掴み、冷たく言った。

「ティファニー、余計なお世話だよ、この際だから言っておくが、
私は君に魅力を感じた事は一度もないよ、だが、仕方の無い事なんだ、
君の事は生まれた時から知っているからね…」

「私はもう大人よ!」

「だとしても、私にとっては、君はただの、年の離れた親戚の娘だよ」

「!!そ、そんなの、一度寝てみれば変わるわよ!」

「悪いけど、その《一度》は、永久に来ないよ」

伯爵は辛辣だった。
もし、自分がこんな事を言われたら…
落ち込んで、泣き暮らし、きっと二度と彼の顔を見る事は出来ないだろう…

だが、ティファニーは違った。

「フン!男の言葉程、信用に値しないものは無いものよ!
それよりも、次期伯爵夫人の事を考えましょうよ、
ねぇ、リーアム、次期伯爵夫人に相応しいのは、彼女ではなく、私でしょう?
だって、こんなに美人だもの!それに、優秀な血を継ぐ貴族だわ!
もし、地味な平民の娘を伯爵夫人なんかにしたら、きっと、皆の笑い者になるわ!」

ティファニーは高らかに笑った。
わたしはギュっとスカートを握り締めた。
それに気付いてか、ミゲルがわたしの手に自分の手を重ねた。

「君の考え過ぎだよ、ティファニー。
だが、君が結婚に反対するというなら、もう、この館には来ないでくれ。
私は自分の伴侶を貶す様な者を、客として招くつもりはないからね。
セス!ティファニーが帰る、馬車を!」

伯爵はテキパキと指示をすると、何やら喚いているティファニーを部屋から追い出した。
それから、こちらを振り返り、「はー」と息を吐いた。

「見苦しい所を見せてしまって、すまなかったね」
「いえ…」
「少し話そう、ミゲルは部屋に戻っていなさい」

ミゲルは「ぼくもききたい!」と言って駄々を捏ねたが、伯爵は「後で教えるよ」と宥め、
使用人を呼ぶと、ミゲルを連れて行かせた。

伯爵はわたしをソファに座る様に促し、自分も向かいに座った。
お茶が運ばれて来て、メイドたちが出て行くのを確認してから、伯爵は口を開いた。

「突然の事に、さぞ驚いただろうね…」

「いえ、ミゲルを庇っての御言葉だと分かっていますので…」

「いや、それだけではないんだ、実の処、最近、母から煩く再婚を勧められていてね、
再婚するなら、君の様な人が良いと思ったのは、事実だよ」

ドキリとしたが、直ぐに、『ミゲルの母親としてね』と皮肉が浮かんだ。

「私は前妻の事で、女性を信頼出来なくなったが…君の事は信じられる気がする。
裏表なく、誰にでも優しく、仕事に対する姿勢も真摯で感心する。
だが、一番は、ミゲルに対する時の君だ___」

ミゲルの母は、実の子を愛せなかった。
その事で、伯爵がどれ程苦しんだか知れない…
ミゲルもだ、四歳で母を亡くし、思い出の一つも持っていない…
わたしは胸が痛んだ。

「君はきっと、良い母親になれるだろう…
だから、君にこんな事を申し込むのは、間違っているかもしれない…
君は私などではなく、もっと若く、生き生きとした男性と結婚すべきだ。
だが、もし、君が良いと言ってくれるなら、私と結婚し、私たちの家族になって欲しい」

伯爵が望むのは、《ミゲルの母》だ。
分かっていても、どうしようもなく、うれしさが込み上げる…

「直ぐに答えなくても良い、考えてみてくれ」

伯爵は話を切り上げ、紅茶を飲む。
わたしはじっと、彼を見つめ…

「お気持ちが真実なのでしたら…あなたと、結婚します」

「少し考えてからでも…」

わたしは頭を振った。

「わたしには、母を亡くしてから、家族と呼べるものがありませんでした。
結婚をして家庭を持つ事が夢でしたが、生きる事だけで精一杯で、すっかり諦めていました…」

求めるものを差し出されれば、手を伸ばさずにはいられない___

「ミゲルが好きです、それに、この館の皆さんも…」

勿論、伯爵も…

それは、恥ずかしくて言えなかったが、彼の方も気にしていない様だった。

「わたしなんかで良いのでしたら、お願いです、伯爵…
わたしと結婚して下さい」

「ああ、君に頼もう…」

温かみは感じない、仕事の話にさえ聞こえる返事だが、
これは、彼が誠実である表れ___

信じられる人だわ…

そういえば、彼も言っていた。
わたしを信じられると…

だけど、わたしは隠し事をしている___

罪悪感に胸がチクリと痛んだ。

結婚するのなら、話すべきだろう…

だけど…

それが、良い方に転ぶか、悪い方に転ぶか、わたしには想像が付かなかった。
もし、伯爵が結婚を止めると言ったら…
わたしは、この館にいる事も出来なくなってしまう。

ぞっとした。

もう少し、伯爵がわたしを必要とする様になったら…

でも、そんな日は、来る?

わたしに、そんな魅力がある?

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