【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音

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14 リーアム

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◇◇ リーアム ◇◇

ロザリーン・コットンを雇ってから、リーアムの心配事が一つ減った。
愛息のミゲルは見違える程元気になったし、笑顔が増えた。
リーアムが幸せになるには、それで十分だった。
リーアムは安心して仕事に集中出来、日々の生活にも余裕が持てた。

だが、一月近くが過ぎた頃、問題が起こった。

その日、晩餐に現れたミゲルは暗く、拗ねた様に唇を尖らせ、食事もあまり進んでいなかった。
一緒に席に着いていたリーアムの母、ミーガンも気付いた様で、目配せをしてきた。
そんな事をされなくても、大事な愛息を放置する気は無かった。

「ミゲル、元気が無いな、何かあったのかい?」

ミゲルは顔を上げ、淀みの無い瞳で、真直ぐにリーアムを見た。

「ティファニーがきたの!」

「ああ、昼間来ていたな…」

リーアムはそれを思い出した。

ティファニー・べインズ男爵令嬢。
彼女はリーアムの父方の親戚に当たる。
彼女の家とは特に親しくしていた訳では無いが、妻が亡くなって以降、彼女は何かと館にやって来る様になった。
どうやら、後妻の座を狙っているらしい。

リーアムは、妻の事で女性不審に陥っていたので、後妻を迎える気などサラサラ無く、
寄って来る女性たちにも気を持たせる事はしなかった。
ティファニーにもはっきりと伝えているが、彼女は諦めが悪かった。
それでも、一応親戚なので、用事があると言われれば、「来るな」とも言えない。
彼女の事は、リーアムの悩みの種だったが、これまでは小さな棘に過ぎなかった。
適当に相手をし、何かと理由を付けて席を立つのが常だった。

「ぼくのへやにきたんだよ!」

ミゲルが『わかってよ!』とばかりに声を上げる。
リーアムも怪訝な顔になった。

「ティファニーが、おまえの部屋に?」

ティファニーはリーアム以外興味がなく、館に来ても、ミーガンやミゲルを気に掛ける事は無かった。
傍にいても、型通りの挨拶をするだけだ。
それが、部屋を訪ねたというのだから、流石に不審に思った。
しかも、ミゲルはそれが気に入らない様だ。

「ティファニーはおまえに用事があったのか?」

好意的な訪問ならば、ティファニーの弁護をしようと思ったが、期待はあっさりと裏切られた。

「ロザリーンをわるくいったの!」

ミゲルは今や顔を真っ赤にしていた。

ロザリーンは使用人だが、ミゲルには《友》以上の存在だった。
ロザリーンは年若く、優しく、穏やかな娘で、恐らくだが、ミゲルは彼女に理想の《母親像》を見ている。

実の母親がロザリーンとは真逆の、碌でも無い女性だったと知れば、
ミゲルがどれ程ショックを受けるか知れない…

リーアムはその事をひた隠しにして来た。
子を愛せない母の存在など、ミゲルにとって毒でしかないからだ。
ジョセリンの肖像画を飾り、「素晴らしい母親」と褒め称え、「おまえを愛していた」と言ってきた。
ミゲルの為と思えば、彼女に対する怒りや嫌悪感など、小さなものだった。

「ティファニーがロザリーンを?一体、何があったんだ?二人は知り合いなのか?」

ティファニーは基本、使用人に興味は無く、素っ気なく用事を言い付ける位だ。

ティファニーにロザリーンを責める理由があるだろうか?
そもそも、顔を合わせた事も無い筈だ___

「ううん、しらない、ハンナとまちがえてたもん」

「ティファニーはロザリーンに何と言ったんだ?」

「パパにちかづく、キツネだって…
ロザリーンはキツネになんか、にてないのに!」

リーアムはミゲルの勘違に気付いたが、本当の事を言う訳にもいかず、流した。

「ああ、そうだな…」

「それからね、ロザリーンはかがみをもってないって…」

「鏡?」

何の事だ?とリーアムは内心で頭を傾げた。

「かがみをもっていないのは、いけないことなの?
パパ、ぼくのかがみをロザリーンにあげてもいい?ロザリーンがかわいそうだよ…」

純真な子供の優しさに、リーアムの胸は温かくなった。

「ロザリーンは鏡を持っているよ、部屋にある筈だ。
もし無ければ、用意しよう、おまえは心配しなくていいよ」

デレデレとするリーアムに、ミーガンは呆れていたが、特に指摘はしなかった。
ミゲルは「うん!」と明るく返事をしたが、再び顔を曇らせた。

「あのね、ティファニーは、ロザリーンをくびにするって言ったんだ!
パパにいうっていったんだよ!パパ、ロザリーンをくびにしないよね?」

次から次に、驚く事を言う。
ティファニーに使用人を辞めさせる権限など無いし、リーアム自身、考えもしない事だった。

「ああ、勿論だよ、ロザリーンにはいて貰わなければいけない。
ロザリーンはおまえの世話が上手だからね」

「うん!パパ、ぜったいだよ!やくそく!」

ミゲルは漸く安心した様で、晩餐の肉を頬張った。


「リーアム、少しいいかしら?」

晩餐が済み、ミゲルを部屋まで送ろうとしたが、ミーガンに呼び止められた。
ロザリーンに事の真相を尋ねたかったが、母の用事では仕方が無い。
リーアムはミゲルをロザリーンに任せ、ミーガンと共にパーラーへ向かった。

コーヒーが運ばれ、メイドたちが部屋を出てから、ミーガンは口を開いた。

「リーアム、あなた、ティファニーをどう思っているの?」

予想もしていなかった質問に、リーアムは一瞬ポカンとした。

「ティファニー?別に何とも思っていませんよ」

迷惑には感じていたが、相手は親戚なので黙っている事にした。
親戚と言っても、気を遣わなければいけない相手でもないが…
ティファニーの家、べインズ男爵家は格下だし、祖父の時代は世話になった様だが、近年の付き合いは全く無かった。

「それでは、ロザリーンの事は?」

「ロザリーン?」

これまた、予想もしない事で、リーアムは怪訝に眉を寄せた。

「別に、他の使用人と一緒ですよ。
母さん、先から一体、何だと言うんです?」

「ミゲルの話を聞いていたなら、おまえにも分かったでしょう?
ティファニーはロザリーンに嫉妬している、原因はあなたよ、リーアム」

はっきりと言われ、リーアムは口をポカンと開けた。

「どういう事ですか?私はロザリーンとは何もありませんよ?」

「ええ、だけど、ティファニーにはそう見えるのよ。
おまえの愛息を任せられている若い娘、というだけでね」

「馬鹿馬鹿しい!今までだって乳母を付けていたじゃありませんか」

「乳母はおまえより年上よ。
ロザリーンは若いし、綺麗だもの、それに、彼女は貴族の娘でしょう?」

「貴族の娘ではありませんよ」

「いいえ、母親か父親、どちらかは貴族の筈よ、見れば分かります」

リーアムも最初はロザリーンを貴族の娘だと思っていたので、強くは否定出来なかった。
だが、出生を隠す必要があるだろうか?
それに、少なくとも、親戚筋のスコット男爵は知っている筈だ___
考えが頭を巡ったが、リーアムは『自分には関係のない事だ』と頭を振った。

「つまり、ティファニーは要らぬ心配をし、ロザリーンに酷く当たっているという訳ですね?」

ミーガンから、『漸く分かったの』という調子で見られ、リーアムは口を曲げた。

「リーアム、それもこれも、あなたに良い人がいない所為ですよ」

「私は再婚する気などありません」

いよいよ、うんざりとし、リーアムはキッパリと言ったが、
残念ながら、これで引き下がる様な相手ではなかった。

「あなたが女性を拒むのは、ジョセリンの事があったからでしょう?
でもね、ジョセリンの様な女性ばかりではないのよ、私をご覧なさい。
あなたを身籠った時から、変わらず…いいえ、生まれてからは一層愛が深くなった。
そして、こんなに大きくなっても、愛しているわ、リーアム」

母が自分を愛してくれている事は、リーアムも良く知っていた為、
反論出来ず、黙り込むしか無かった。

「ミゲルの為にも、あなた自身の為にも、早い内に再婚なさい、リーアム。
あなたたちには、愛してくれる人が必要よ___」

ミゲルが《母》を求めている事は知っている。
肖像画だけでは、その胸の隙間を埋める事は出来なかった。
自分には《妻》は必要無いが、ミゲルに《母》は必要かもしれない…

「…考えてみます」

変な話になってしまった…
リーアムは内心で嘆息した。


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