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5 リーアム

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◇◇ リーアム ◇◇

馬車旅の間、ミゲルはずっと窓の外を眺めていた。

「ミゲル、何か面白いものを見つけたら、パパにも教えてくれよ」

声を掛けると、小さな頭がコクリと頷いた。
景色に興味を持ってくれた様で、リーアムは安堵した。


予定通りにデービス男爵家に着いた。
デービス男爵から、館の部屋に泊まる様言われていた為、直ぐに部屋に案内された。
男二人の旅なので、荷物も少なく、使用人も労せず運んで来た。

お茶が運ばれ、少し休んでから、リーアムは着替えを始めた。
三時間もすれば、婚約式が始まるだろう。
リーアムはテキパキと自分の着替えを済ませ、続いて、
この日の為に仕立てた、子供用の礼服を取り出した。

「ミゲル、おまえも着替えるんだよ」

礼服を見たミゲルの瞳は輝いた。

「ぼくの!?」

声に喜びが溢れている。
こんな声を聞くのは久しいが、リーアムは素直に喜べなかった。
自分を如何に美しく見せるかに心血を注ぎ、装いにも煩かった、亡き妻を彷彿とさせるからだ。

ジョセリンに似ては困る…

不安に思いながらも、何も言えず、着替えを手伝った。

「ぼく、かっこいい?おとな?」

無邪気にくるくると回るミゲルに、
窘めるべきか、自由にさせるべきか、リーアムは悩んだが、結局、その可愛さに負けた。

「ああ、ミゲル、カッコイイぞ!」





婚約式、披露パーティには、リーアムが期待した通り、ミゲルと同じ年頃の子供が数人来ていた。
子供たちは、婚約式の時には、何とか椅子に着いていたものの、終始落ち着きが無く、ソワソワとしていた。
そして、婚約式が終わると、我先にと椅子から降り、何処かへ走って行った。

元気過ぎる…
自分が幼い頃でも、こうでは無かった気がするが…
これが、今時の普通の令息の姿か?

対して、愛息は…

ミゲルは式の間中、リーアムと同じ様に椅子に座り、大人しくしていた。
そして、式が終わっても、動かない。

「ミゲル、婚約式はどうだった?」

ミゲルは視線を下げただけだった。

「子供に楽しいものでは無かったな、
だが、おまえもいつか、誰かと式を挙げるだろうから、見ておいて損は無い」

7歳の子に掛ける言葉では無かった…
言ってから、『つまらない事を言った』と、リーアムは自分に呆れた。
ミゲルは小さな唇を尖らせた。

「パパも、ママとしたの?」

「ああ、ずっと昔にね…」

ジョセリンは若く美しく、誰よりも輝いて見えた。
思い返してみても、彼女が自信に溢れていた事が分かる。
その自信が、まさか、自分の美貌に対してだとは思わなかったが…

「もう、しないの?」

「ああ…」

また、その話か…
目に入れても痛くない愛息ではあるが、再婚を匂わせて来るのには辟易していた。

「パパはまだわかいから、もう一回、けっこんできるっていってたよ?」

リーアムは反射的に顔を顰めた。

「そんな事、誰が言ったんだい?お祖母ちゃんかな?」

「おばあちゃんもだし、みんないってるよ?」

全く、余計な事を!
リーアムは内心で吐き捨て、笑みを作り、ミゲルに向かった。

「その内考えてみよう」

「ほんとう!?やくそくだよ!」

久しぶりに見る歓び溢れる笑顔に、リーアムは苦笑した。
ミゲルを喜ばせるには、結婚するのが一番なのか?
だが、一度目の失敗を思えば、やはり、気は進まなかった。

「ああ…だけど、相手を見つけるのは難しい事なんだよ。
運命の人とでなければ、結婚しても不幸になる…」

《運命の人》は子供騙しだが、
『相手を間違えれば不幸になる』というのは、教訓だ。

「御伽噺にも、意地悪な継母が良く出て来るじゃないか、
おまえだって、そんなママは嫌だろう?」

「うん…」

「時間が欲しい、いいね?」

ミゲルを不幸にさせない為にも___

「パパ、うんめいの人は、どこにいるの?」

「どこかな?分からないから、探すんだろうな…」

「にばんめのママも、パパをさがしてるの?」

「きっと、そうだよ。
ミゲル、デービス男爵に挨拶をして来よう___」

リーアムは小さな手を握り、デービス男爵の元に向かった。





デービス男爵に挨拶に行くと、本日の主役である子息のエリオット、お相手のイザベルを紹介された。
エリオットは赤毛でスラリとしているが、背は低い。
ヒールを履いたイザベルと、あまり変わらなかった。
イザベルは、残念な事に化粧が濃く、ブルネットの髪をしている事、茶色の瞳である事位しか分からなかった。
それに、やたら豪華に着飾っている。

エリオットも男爵も、随分派手な娘を選んだものだ…

ジョセリンと似たものを感じ、リーアムは老婆心から心配になった。

「息子のエリオットです、覚えておられるでしょうか?」

赤毛のエリオットは十二歳下で、最後に会ったのは、父ケイレブの葬儀だろう。
エリオットは十八歳だった。

「ええ、勿論ですよ、五年ぶりかな、立派になったね、エリオット」

「ありがとうございます、アーヴィング伯爵、覚えていて下さって、光栄です」

「はは、そう畏まる事は無いよ、私にとって君は、弟の様なものだからね」

リーアムが言うと、エリオットは安堵した様に笑みを見せた。
エリオットは人が良く、純粋だ。
だからこそ、騙され易いとも言える…

エリオットの隣ではイザベルが、声を掛けられるのを期待し、リーアムを見ている。
生理的に受け付けないものの、無作法は出来ない為、
リーアムは儀礼的に一言二言、祝いの言葉を述べ、話を変えた。

「今日は息子共に招待して下さって、ありがとうございます」

リーアムは自分の足にしがみ付き、恐々と様子を伺っていたミゲルの頭を撫でた。
皆の目がミゲルに向かうと、ミゲルは後ろに隠れた。

「見ない内に大きくなりましたな、伯爵の小さい頃を思い出すよ」
「良く来てくれたね、ミゲル、会えてうれしいよ」

デービス男爵とエリオットは、ミゲルに優しく声を掛けてくれ、ミゲルも安堵したのか、顔を見せてくれた。
だが、エリオットの隣のイザベルは、つまらなそうな顔をしていた。
ミゲルに声を掛ける素振りも無く、リーアムに向けて、「とても賢そうですわ」と笑みを見せた。

先が思いやられるな…

リーアムは内心で嘆息しつつ、ミゲルを連れ、その場を後にした。
ふと、遠くに子供たちの姿が見えた。
子供らしく声を上げて走り回っている___

リーアムはミゲルを嗾けた。

「ミゲル、私は少し話があるから、おまえはあの子たちと遊んで来るといい」

ミゲルは見る見る元気を失くし、俯いたが、小さく頷くと、トボトボと子供たちの方に歩いて行った。
こうあっさり行くとは考えていなかったリーアムは驚いたが、「流石、私の子だ」と満足し、知り合いの元に向かった。

談笑をしている間も、リーアムはミゲルが上手くやっていると思い、疑っていなかった。
だが、話が途切れた際、子供たちに目をやるも、そこに愛息の姿は見つけられなかった。

「一体、何処に!?」

リーアムはこの時になり、焦った。
周囲を見回し、そして、ビュッフェテーブルの端に座っているミゲルに気付いた。

「あんな所で、何をしているんだ?」

まさか、虐められたのだろうか?
嫌な考えが浮かび、リーアムの顔から血の気が引いた。
急いで迎えに行こうとしたが、メイドがミゲルに声を掛けるのを見て、歩みを止めた。

ミゲルは館から出る事はあまりなく、リーアムの母、乳母、使用人たちしか知らない。
他者と話す事は、ミゲルにとって良い事だろう。
リーアムは気付かぬ振りをし、暫く見守る事にした。

ややあって、ミゲルはメイドに手を引かれ、子供たちの方へ行った。
それから、ミゲルは子供たちの中に入って行った。

「ミゲルが…」

子供たちと一緒に走る愛息の姿に、リーアムの胸は熱くなった。

ミゲルを導いてくれたメイドに感謝の念が沸き、一言礼を言いたかったが、
それに気付いた時には、既に彼女の姿は無かった。

仕事中であれば、当然だ。
だが、仕事中にも関わらず、息子を気遣ってくれた。
それは、早々出来る事では無いだろう___

リーアムは周囲を見回したが、使用人は多く、メイドは皆同じ服を着ており、
遠目に見ただけなので、判別は出来なかった。
そうこうしている内に、他の招待客たちから「アーヴィング伯爵!」と声を掛けられ、談笑の中に入っていた。

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