【完結】恋を忘れた伯爵は、恋を知らない灰かぶり令嬢を拾う

白雨 音

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その後、イザベルの縁談は順調に進んだ様で、一月後には、婚約式を挙げる運びとなった。
婚約式やパーティは、お相手のエリオット・デービス男爵家の庭で行う様だ。
イザベルは勿論、父、ドロレス、マチルダは連日浮かれていた。

「デービス男爵は広い土地を持っているからな、ガーデンパーティにはもってこいだ」
「デービス男爵は裕福なのね!」
「あら、お父様だって、裕福でしょう?」
「そうね、つい…ごめんなさい、お父様」
「ははは、良い良い、結婚すれば、ゆくゆくはイザベルの子のものになるんだからな」
「そうね、お相手は裕福な程良いわ」
「くれぐれも、失礼の無い様にしなくてはな、マチルダ、気に入られれば、おまえにも良い縁談が来るぞ!」
「あたし、うんと愛想良くするわ!」

耳を塞ぎたくても、会話は耳に入ってしまう。

わたしには関係の無い事…

彼等と自分を切り離し、わたしは無心に召使の仕事をした。
屈辱を感じない訳ではない、だけど、生きる為には仕方が無かった。
母が亡くなり、親戚たちと疎遠になって久しく、頼る者は思い浮かばない。
もし、浮かんだとしても、頼れば厄介者扱いされるに決まっている。

母が生きていた時には、家庭教師に習っていたが、ドロレスたちが館に来てからは、それも途絶えた。
無教養、何の取り得もない男爵令嬢が、独りで生きて行く事など出来ない…
父、ドロレス、イザベル、マチルダの事を頭から追い出し、只管に階段の手摺を磨いた。


◇◇


わたしはイザベルの婚約式など、「自分には関係無い」と思っていたが、そうもいかなくなった。

「ねぇ、お父様、ローザを侍女として連れて行ってもいいでしょう?
侍女の一人もいないんじゃ、恰好付かないもの!」

「確かにそうだな、おまえは賢い娘だな、イザベル」

イザベルが強請ると、父はあっさりと承諾した。
イザベルはわたしに向かい、意地の悪い笑みを浮かべ、尊大に言った。

「ローザ、侍女としてなら、あなたも連れて行ってあげるわよ!」

こんな事を喜ぶ者がいるだろうか?
彼等が館を空ける日を、指折り数えていたというのに…

行きたくなんて無い…

だが、わたしに拒否権は無かった。

翌週、わたしは彼等と共に馬車に乗り、館を出たのだった。
デービス男爵の館があるアップルトンまでは、馬車で一日近く掛かる。
馬車の中では、小鳥の囀りの様なイザベルとマチルダのお喋りが続く。
窓には陽避けのカーテンが掛けられている為、景色を楽しむ事も出来ず、わたしは目を閉じ、眠ろうと努めた。


翌日の昼前、デービス男爵家に着いた。
馬車から降りてみると、そこは別世界だった。
綺麗に手入れのされた前庭が広がり、目の前にはスコット男爵家よりも少し大きいだろう、石造りの館が建っている。
古いが格式があり、堂々としている。

「スコット男爵、男爵夫人、イザベル様、マチルダ様、どうぞ、こちらに…」

玄関扉から出て来た執事の口から、わたしの名は告げられなかった。
四人はお茶に呼ばれ、わたしは館の使用人と同様に、荷物運びをしたのだった。
幸い、使用人たちは、わたしを不審がる事は無かった。

一時間が経った頃だろうか、イザベルとマチルダが部屋に入って来た。

「婚約式まで三時間しかないわ!ちゃんと間に合わせるのよ!でも、手は抜かないで!」

イザベルとマチルダに声高く急き立てられ、館のメイドとわたしは準備に取り掛かった。
館の使用人たちと一緒に、二人をドレスに着替えさせ、髪をセットし、着飾る…
忙しくなり、良かった事は、余計な事を考える間が無くなった事だ。

イザベルとマチルダを着飾り、送り出せば、わたしの役目は終わる筈だったのだが、二人はそれを許さなかった。
「ウチの侍女のローザです、人手が足りないでしょう?好きに使って下さい」と、館のメイドに預けられたのだった。

「それじゃ、ガーデンパーティの給仕を手伝って頂戴、ローザ」
「はい…」
「その恰好では困るわね、誰か、メイド服を貸してあげて!」

わたしは館のメイド服を借り、エプロンを着け、給仕をする事になった。
普段でも、給仕をする事は多いし、周囲の使用人たちも親切なので、困る事は無かった。
出来上がって来る料理を、次々とガーデンパーティのビュッフェテーブルに運んで行く。

庭は広く、手入れも行き届いており、整然としていた。
白い布を掛けられた丸テーブルが、幾つも置かれている。
庭を眺めながら食事を楽しむのだろう。

中央の開けた場所には、沢山の椅子が並べられ、その正面には小さな祭壇が置かれている。
脇では楽団の者たちが楽器の調律をしている。
神父服に白いガウンを羽織った神父が、厳かに歩いて来た。

わたしには関係無い事よ…

そう思ってみても、目にしてしまうと、心が浮き立った。

こんな所で婚約式を挙げられるなんて…
素敵だわ…

イザベルが羨ましいのではない。
これは、ただ、結婚への憧れ___

招待客たちがチラホラと見え始め、わたしは頭を振り、現実に戻った。


招待客たちが席を埋め、程なくして、婚約式が始まった。
婚約式が始まると、使用人たちは姿を見せない様、館に引き返した為、わたしも見ていない。

婚約式が終わると、再び仕事に戻る。
銀の丸トレイに飲み物を乗せ、招待客の間を歩き、時折勧める。
わたしはこうした事は初めてで、戸惑ったが、周囲のメイドたちを手本にする事で、何とか切り抜けた。

「ワインです」
「ああ、貰おう」

誰もメイドを注目したりもしないので、気持ちも楽だった。
家族としてこの場にいたら、きっと地獄だっただろう…

イザベルは大勢の招待客に囲まれ、弾けんばかりの笑顔でいる。
イザベルの隣に立つ、赤毛の男性がエリオットなのだろう。

父はドロレスとマチルダと一緒で、数名の招待客たちと談笑している。

楽団の奏でる綺麗な曲に、賑やかな笑い声が重なる。
皆、楽しそうで、幸せそうだ。

それなのに、胸が締め付けられる。
泣きたくなるのは、わたしが嫌な娘だからだろうか?


トレイから飲み物が無くなり、代わりに空のグラスを乗せて戻っていた所、
ビュッフェテーブルの隅にしゃがんでいる男の子に気付いた。

具合でも悪いのだろうか?

不審に思ったが、男の子の視線の先には、同じ年頃の子供たちの姿があった。
楽しそうに駆け回っている子たちを、羨ましいのか、じっと眺めている。
それが、自分と重なって見えた。

「こんにちは」

わたしは腰を屈め、声を掛けてみた。
大人に話し掛けるのは苦手だが、相手が小さな子供だと自然と声を掛ける事が出来た。
男の子は、パッと振り返った。

鮮やかな金色の髪に、深く綺麗な碧色目をしている。
少しだけ警戒しているが、整った綺麗な顔の、可愛らしい子だった。

「わたしはロザリーン、あなたのお名前は?」

「ミゲル…」

小さい声だが、返事が返って来た事に安堵した。

「ミゲル、何処か、具合が悪いの?」

ミゲルは小さな唇を尖らせ、頭を振った。

「皆と一緒に遊ばないの?」

ミゲルは頭を縦に振った。
本当に遊びたくないのか、本当は遊びたいのかは、判断が付かない。

「入れて貰える様に、言ってあげましょうか?」

わたしが重ねて聞くと、ミゲルは少し迷っている様子だったが、小さく頷いた。

「それじゃ、行きましょう!」

わたしは手を差し出した。
こんな事を自然にしている自分が不思議だった。
この数年、他人とまともに会話もしていないのに…
ただ、『この子を怖がらせたくない』という気持ちが、わたしにそうさせるのだ。

ミゲルは小さな手を、おずおずと出し、わたしの手を握った。
わたしはしっかりと握り返し、子供たちの方へ向かった。

「こんにちは!何をして遊んでいるの?」

わたしが声を掛けると、ほとんどの子は気にも留めず遊びを続けたが、
一人の子が足を止めた。

「ボール遊びだよ!入りたい?」

わたしがミゲルに「どうする?」と聞くと、頷いたので、「楽しんで」と小さな背中を押してあげた。
ミゲルは走って行き、誘ってくれた子は快く仲間に入れてくれた。

「おまえはおれたちのチームだ!」
「うん!」

わたしは楽しそうな姿を確認し、ビュッフェテーブルに戻った。


パーティも終盤になると、食事をする者もいなくなり、給仕よりも片付けが多くなった。
空のグラスや皿は、調理場に運び、洗う。

「お腹が空いたでしょう、摘まんでもいいわよ」

メイドたちが残った料理を勧めてくれ、わたしはそれを摘まんだ。
肉の入ったパイ。
普段は質素なパンにスープだけなので、あまりの美味しさにうっとりとなった。

「美味しい!」
「ふふ、そうでしょう!ウチの料理長の腕は確かよ!こっちも食べる?」

気を良くしたのか、更に料理を勧められた。
わたしは次にいつ食事が出来るのか分からないので、有難く頬張った。
そうして食べていた所、突然、がしっ!と何かが足を締め付けて来た。

「!??」

わたしは驚きのあまり、頬張っていたケーキを喉に詰まらせそうになった。
目を丸くして下を見ると、大きな碧色目が、わたしを見上げていた。
瞳はキラキラとし、頬は薔薇色で、口元には笑みがあった。

「ミゲル!」

その名を思い出し、口にすると、男の子は可愛らしい笑顔になった。

「あのね、ぼく、すっごく、たのしかったの!」

はしゃいだ声に、わたしまでうれしくなった。

「そう、良かったわね!」

「それでね、あのね、ロザリーンに、ありがとうって言いたくて…」

「それで来てくれたの?うれしいわ!」

わたしは腰を落とし、その小さな金色の頭を撫でた。
子供らしい、柔らかい髪だ。
ミゲルはくすぐったそうに、小さな肩を竦めて笑った。

「パパもお礼がいいたいって、こっちだよ!」

ミゲルはわたしの返事も聞かずに、わたしの手を掴み、走り出す。
「ま、待って!」わたしは慌てて後を追った。

お礼なんて必要無いのに…

わたしは、ただ、橋渡しをしただけだ。
だが、無碍に断れば、この小さな男の子が傷付いてしまいそうで、出来なかった。

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