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魔法学園二年生

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調査官は審議の為、部屋を出て行き、わたしは独り待たされた。
わたしが聖女暗殺を企てた事が立証されれば、本格的な裁判となり、
罪を言い渡されるだろう。
だけど、今の感じでは、それは難しく思えた。

ああ、こんな事なら、彼女から話を聞き出しておけば良かった…
それに、ウィリアム様に、協力を頼めば良かった…


調査官と補佐官が部屋に戻って来た。
わたしは姿勢を正し、言葉を待った。

「審議の結果、あなたが聖女暗殺を企てた事は、立証出来ませんでした」

わたしは落胆し、肩を落とした。
ああ、わたしはどうしたらいいのか…彼女にどう償えば…!!
わたしは混乱し、言っていた。

「本当なんです!お願いします、どうか信じて、わたしをお裁き下さい!」

「落ち着きなさい、オーロラ・モラレス。
あなたには、暗示に掛けられた疑いがあります」

暗示?

「誰かが、あなたに暗示を掛け、聖女暗殺をさせようとしたと考えられます。
あなたは利用されていただけでしょう、真に捕まえなければならないのは、
あなたに暗示を掛けた人物です、その人物こそ、聖女を脅かす存在。
その人物に心当たりは?」

「いいえ…」

その様な方は、存在しないのでは…?
ぼんやりとしているわたしに、調査官は嘆息した。

「あなたは、何処かで接触している筈です。そして、その者はあなたの顔を
知っている。あなたはとても危険な立場に置かれています。
あなたには暗示が完全に解けるまで、若しくは、危険人物が捕まるまで
の間、信頼の置ける者に付いていて貰います___
あなたの拘留は不要です、どうぞ、あなたは自由ですよ、オーロラ・モラレス」

「わたしが、暗示に掛けられていると、何故お思いになられたのですか?」

「あなたは、聖女暗殺を企てたと言いながらも、その全貌を少しも知らない。
聖女暗殺未遂ですが、方法は、あなたが自分で手を下したのでは無く、
暗殺者を雇って行われたのです。
あなたは、暗殺者の存在も知らず、その顔も知らない___」

「それでは、あのメイドの方が!?」

わたしが恐怖に思わず声を上げると、調査官は小さく吹いた。

「いいえ、彼女は普通のメイドです、暗殺者は右端の男よ」

左様でしたか…
わたしは俯き、小さくなった。

「暗殺者の話では、あなたが直接彼に依頼をしたそうよ、
それも覚えていないのなら、かなり前から暗示に掛けられている様ね…
そして、暗殺が失敗した時には、あなたが罪を被る様、暗示を掛け
られた、これが、審議の結論です」

解き放ちとなり、部屋を出ると、
ウィリアムとシャーロット、オリバーの姿があった。
わたしは自分の姿を思い出し、戸惑ったが、シャーロットは構わずにわたしに抱き付いて来た。

「もー!心配したんだから!!」
「シャーロット様!?」
「シャーロット様なんて止めてよ!いつも通り、シャーロットでいいわ、
お帰りエバ、それとも、オーロラ?」

シャーロットが悪戯っぽい笑みを見せる。

「ウィリアム様から聞かれたのですか?」
「半分はね、でも、ちゃんと分かったわよ!
あなたたちが入れ換わったんだって!マデリーンだって気付いてたわよ!」
「本当ですか!?どうして分かったのですか?」
「あなたを知っていれば、直ぐに分かるわ!
あんなエバなら、あたしは友達になってないわよ!」

シャーロットも、マデリーンも気付いてくれた…
わたしはうれしかった。

「シャーロット、ありがとう!」

わたしはシャーロットを抱擁した。


調査官に、わたしが暗示に掛けられていると主張したのは、
ウィリアムとシャーロットだった。

わたしが彼女の罪を被って、償いをする気でいると知り、
彼女の罪を無かった事にしたのだ。

「いいのよ、暗殺は未遂だったんだし、それに、聖女を狙う者がいて、
調査が入っていると分かれば、他の者は手出ししようとはしないでしょう?
一石二鳥ね!」

「でも、それでは、彼女への償いが出来ません…」

「彼女の罪を被って、あなたが罰を受けたとして、それが償いになるの?
そんなの、彼女を付け上がらせるだけよ!」

「分かりません…」

ただ、償いをしたい、償わなければという思いだけが強くある。
それを取り上げられ、わたしは途方に暮れてしまった。

「オーロラ」

ウィリアムが不意にわたしの手を取り、手首に銀色のバングルを着けた。
小さなアクアマリンの宝石が埋め込まれている。

「これは…」

「サマンサ先生から預かっておいたよ、僕も…」

ウィリアムが袖を上げ、見せてくれる。
その手首に嵌る銀色のバングルは、デザインも揃いで、アクアマリンの宝石も同じだった。

「素敵…」

デザインもだが、ウィリアムと揃いという事、それに、この宝石で、
ノアシエルを近くに感じる___

「例え、彼女の許しが得られなくても、
これから、今のまま、やさしいオーロラで生きれば、きっと許される。
神様も、ノアシエルも、僕も、君を見ているよ___」

アクアマリンの瞳はやさしく、
いつもわたしを導いてくれる…

わたしは心がスッと軽くなり、「はい」と頷いた。





『あなたには暗示が完全に解けるまで、若しくは、危険人物が捕まるまで』
『信頼の置ける者に付いていて貰います』

調査官が言ったのは、ウィリアムとシャーロットの事で、
二人はわたしの身元引受人という事だった。
尤も、危険人物は存在しないので、表向きだけだ。

今回の事は、実刑で無い事もあり、内々に処理しており、
両親にも伝えられていなかった。
わたしと彼女の入れ換わりも、両親には言わないつもりだった。

わたしはシャーロットと一緒に、上流階級者用の寮へ帰る事になったが、
メイドは断った。手の回らない掃除や洗濯のみ、頼む事になる。

オーロラの部屋は、広く豪華だった。今までの生活とは違い過ぎて、
元々はこういう場所で暮らしていたとはいえ、落ち着かなかった。
エバとして過ごした寮が懐かしい…


◇◇


翌朝、わたしはシャーロットと一緒に寮を出て、学園に向かった。

「オーロラ、あなた色々と不味い事になってるけど、気にしちゃ駄目よ!
なるべくあたしが守ってあげるから!」

「不味い事って何ですか?」

わたしが聞くと、シャーロットは顔を顰めた。

「あなたがあたしを暗殺しようとした事と、モラレス家でエバが受けた
仕打ちが噂になってるの、噂の出所は、エバよ!」

彼女の復讐だろうか?
あまり驚きは無く、わたしは頷いた。

「そうですか…
ですが、本当の事ですから、シャーロットも気にしないで下さい」

「まぁ、モラレス家の事は仕方ないとして…
聖女暗殺未遂はあたしが否定してあげるから!あなたも暗示に
掛かっていたって線を通すのよ!そうじゃなきゃ、ウィリアム様の立場も
ついでにあたしの立場も悪くなるんだから!」

「は、はい!頑張ります!」

ウィリアムとシャーロットを巻き込んでしまってはいけない。
わたしは嘘を吐き通す覚悟を決めた。


「彼女よ!オーロラ・モラレスよ」
「やっと現れたわね!聖女殺し!」
「何て恐ろしい女なの!」
「大罪人が学園に良く来れたよな…」
「厚かましいぜ…」

学園生に出会う度に、遠目に注目され、囁かれる。居心地は悪かったが、
何を言われても、わたしは気落ちしたりはしなかった。
辛い目に遭った時程、『償い』だと思ってしまうのだ。
こういう自分を、ウィリアムもシャーロットも良くは思わないだろうから、
口には出さないが…
それに、シャーロットがこれみよがしに、わたしと腕を組み、仲良の良い姿を
見せつけている事も心強かった。当の本人だから、説得力があるのだ。

「何で、聖女殺しが、聖女様と一緒なんだ?」
「すげー仲良さそうなんだが…」
「なぁ、あの噂って本当なのか?」

噂を信じ、わたしを「聖女殺し」と呼ぶ者もいれば、噂を疑う者もいて、
その日は学園中が「本当」か「嘘」かで、盛り上がっていた。


教室に入ると、全員の目がわたしに集まったが、
シャーロットは、「あたしを見てるのよ!」と言い、笑った。

「行きましょう」と、シャーロットに促され、わたしは机に向かった。
エバの席では無く、オーロラの席だ。
エバの方が気になり、チラリと見ると、何故か彼女は男子生徒に
囲まれていた。エバは立ち上がり、わたしの席へ来た。
わたしは反射的にビクリとした。

「オーロラ様、お早うございます」
「お早うございます、エバ」
「オーロラ様!申し訳ありません!噂はわたしが流したのではありません!
ただ、あまりに辛くて…相談してしまったんです!
ああ、どうか、鞭打ちだけはお許し下さい!」

エバが大仰に言い、頭を下げる。
だが、わたしは『鞭打ち』という言葉に、頭は真っ白になっていた。

「おい!何とか言えよ!エバが謝ってるだろ!」
「鞭打ちとか、ヤべーよ!幾ら公爵家だからってさー」
「エバが可哀想だとは思わなかったのかよ!」

わたしは昔を思い出し、目を閉じ、耳を塞いだ。

「煩いわね!あんたたちに口出す権利なんか無いでしょ!」
「いや、同じクラスの生徒として、見過ごせない!」
「エバが可哀想じゃないか!」
「俺らが助けてやらないと、また鞭打ちされるんだぜ!」
「馬鹿じゃないの!エバはもうモラレス家に行く事なんか無いわよ!
雇われてたのは、学園に入る前の話しでしょ!今は縁も所縁も
無いわよ!あんたたちは、オーロラを苛めてるだけだわ!!」

シャーロットはわたしを庇うように抱くと、教室から連れ出してくれた。

「ごめんなさい、ありがとうございます、シャーロット…」
「いいのよ、辛い事思い出しちゃったんでしょう?」

シャーロットはわたしの背を擦ってくれる。
そして、神経が和らぐ回復魔法を掛けてくれた。

「ありがとうございます、落ち着きました」
「いいのよ、だけど、あそこまでしてくるとはね…なんて女なの!」

シャーロットは歯軋りしていた。
わたしも、彼女はもう、わたしには接触して来ないと思っていたので、今の事は驚いた。


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