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魔法学園二年生
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しおりを挟む聖女暗殺に失敗した罪人である『わたし』は、軟禁状態の部屋で、
大人しく過ごしていた。
巻いていた髪のカールは取れた。
長く伸び、邪魔に感じたので、肩から少し下りた辺りで切って貰った。
化粧もせず、質素なワンピースを着て、こうした見た目こそ『罪人』だが、
想像とは違い、かなり優遇されている。それは自分でも分かった。
ベッドはふかふかで、風呂も用意して貰えた。
食事はパンとバター、ジャム、ハム、タマゴ、スープ、紅茶…
どれも美味しく、しかもかなり良い食材とあり、
毎食、これ程豪華で良いのだろうか?と、頭を傾げつつも、
いつ食べられ無くなるかもしれず、わたしはそれらをお腹に詰め込んだ。
する事も無く、わたしは置かれている本を読む事にした。
本を読んでいると、扉がノックされ、ウィリアムが入って来た。彼独りだ。
相手が女性とはいえ、犯罪者に会うというのに、護衛も付けずに…
咎める様に見ていると、彼は無表情で、
「少し、いいかな」と丸テーブルの椅子を引き、わたしを促した。
わたしが座ると、彼は向かいに座り、わたしをじっと見つめて来た。
そのアクアマリンの瞳で見られると、見透かされそうで落ち着かなくなる。
上手に嘘が吐けたらいいのに…
「君はオーロラじゃないね?」
不意に言われ、わたしは「はっ」とした。
だが、頭を振る。
「いいえ、わたしはオーロラです」
これなら、わたしは自信を持って答えられる。
だが、ウィリアムは、気付いたのだ…
『わたし』が、『今までのオーロラ』では無い事に…
その事がうれしかった。
14歳の時、彼女と入れ換わった時には、誰一人、それに気付かなかった。
それは、自分が自分でなくても、誰でも良いという証明だった。
だからこそ、誰かに…いや、ウィリアムに気付いて貰えて、うれしかった。
だが、それを認める訳にはいかない、
わたしは『彼女』の罪を被らなければ…
今度こそ、自由になる為に___
「わたしは、オーロラです!」
わたしは背を正し、強く言った。
するとウィリアムは、僅かに目を光らせ、立ち上がった。
そして、本棚から、その本を取り出し、テーブルの上に置く。
「君がオーロラだというなら、この本が分かる筈だ、
これと同じ物を、僕は君の誕生日に贈ったね?」
本の装丁は白竜…ノアシエル。
そして、タイトルにも覚えがあった。
それは以前、ウィリアムがエバに貸してくれた、小さな本と同じ…
一番真実に近い物を読んで欲しかったと、貸してくれたのだ。
わたしは頷いた。
「はい、ウィリアム様から14歳の誕生日に、贈って頂きました。
ノアシエル様と水の騎士様のお話だったかと…」
「エバ…」
ウィリアムが呟き、わたしは慌てて立ち上がった。
「わたしはエバではありません!オーロラです!」
「14歳の誕生日に贈ったというのは本当だが、
オーロラはこの本を読んではいない、
僕から貰った物だから勿体なくて開け無いと言ってね…」
「それは…その時はそう思ったのですが…後で、読む気になったのです…」
わたしは思い付いた言い訳を口にしていた。
ウィリアムはわたしの手を掴み、苦笑した。
「それにね、オーロラは白竜の名を知らない、興味も無い。
そして、我が国の守護竜ノアシエルを、『ノアシエル様』と呼ぶのは、
僕が知る限り、君だけだよ、エバ___」
ウィリアムがわたしを抱きしめる。
わたしは茫然としたが、一瞬後、我に返り、腕の中で抵抗した。
「違います!わたしは、オーロラです!エバではありません…!」
「誰でも構わない、君は、僕の愛する人だ___」
耳元で囁かれたその言葉に、わたしは抵抗するのを忘れてしまった。
わたしは彼の服を掴み、泣いていた。
いつかの様に、声を上げて___
◇
オーロラが罪から逃れる為に、エバと入れ換わったのでは無く、
実は、14歳の時に、エバに入れ換わられ、そして戻ったのだと告白した。
モラレス家が彼女に何をしてきたのかも…
ウィリアムは、周囲は兎も角、両親が入れ換わりに気付かなかった事に
驚いていた。
「彼女は毎日の様にわたしを目にする機会がありましたから、
演技出来たのだと…それに、その頃のわたしは、我儘で浮かれた、
馬鹿娘でしたから」
「君と初めてまともに顔を合わせたのは、婚約式の時だったね。
君はダンスが上手で、とても軽やかに踊っていた」
ウィリアムが二コリと笑い、わたしは気恥ずかしく肩を竦めた。
やはり、彼は覚えていてくれたのだ…
わたしも、ダンスが上手な方だと思いました…
「君は純粋だが、浅はかな娘で、だがそれは環境の所為だと思っていた。
そういう令嬢を僕は見慣れていたから、君もその内の一人…位にしか
思わなかった。正直、僕は相手は誰でも良かった。僕自身の事情で、
利用させて貰うのだから、最低限、婚約者としての役目は果たすつもりで
いたが…それだけだった」
ウィリアムの事情というのは、以前サマンサに聞いた、
周囲を刺激しない為だろう。
しかし、わたしもだ、完全に政略結婚で、
わたしも最初は彼にガッカリしたのだ。残念な婚約者だと…
「しかし、次に会った時、君にあった純粋さは消え、換わりに邪悪さを感じた。
本性なのか、変ってしまったのか、僕には分からなかったが…
厄介に思った事は確かだ」
彼女と入れ換わった後だ。
「そして、エバに出会った。君みたいな子は初めてだった。
僕は君の純真さや、その綺麗な心に、堪らなく惹かれた。
婚約者がいる身でこんな事はいけないと自分に言い聞かせたが…
全く効果は無かった。『友として』と、都合の良い言葉で自分を誤魔化し、
君から離れられなかった。
だが、会う程に、誤魔化せ無くなり…
あの日、君に拒絶された事で、離れる覚悟を決めたんだ___」
『あの日』とは、水の騎士の墓での事だと直ぐに分かった。
あの日から、ウィリアムに会えなくなった。
「拒絶などではありません!あれは、ただ…
あなたは、『友』だと、『忘れて欲しい』と言われましたし…
それに、彼女の体でしたから…
わたしは、わたしの体でなければ、どんな喜びも、辛いだけなのです…!
ですが、あの日からウィリアム様に会えなくなって…
自分のつまらない拘りを、どれだけ後悔したか…」
「つまらなくは無い、真実を知った今なら、よく分かるよ…」
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そっと、瞼を伏せると、やさしくキスをされた。
胸がドキドキとし、気恥ずかしく、それでいて幸せに包まれる…
赤くなった顔を両手で隠すと、
「困ったな…」
ウィリアムが囁き、わたしを抱きしめた。
「君を離せなくなる…」
甘く、幸せな言葉だったが、わたしは自分の立場を思い出し、
彼の胸を突いた。
「ウィリアム様!お話した通り、お分かりでしょう?
わたしは彼女の罪を、償わなければいけないのです…
いえ、彼女の罪を代わりに償う事で、彼女に償いをしたいのです!」
ウィリアムは頭を振った。
「未遂とはいえ、聖女暗殺を企てた罪は重い、この先の見せしめにも、
決して軽くは無いよ、修道院か、悪ければ幽閉だ」
わたしは震える手を押さえ、頷いた。
「覚悟は出来ています、誰も恨んだりはしません、大人しく従います」
ウィリアムは嘆息し、わたしを離した。
「君がそこまでいうなら、
正式な手続きを踏む事になるが、構わないだろうか?」
「構いません」
わたしは静かに頭を下げた。
◇◇
ウィリアムが言う、『正式な手続き』とは、わたしが考える様なものでは無かった。
それは、非常に巧みで、しかも執拗にわたしを追い詰めた。
「オーロラ・モラレス、あなたは聖女暗殺を企てたと主張していますが、
それを立証しなければなりません」
『聖女暗殺を企てました』と言うだけでは、犯罪行為が立証されないという。
わたしは法律には詳しく無かった。
「それでは、出来るだけ詳しく、あなたがした事を話して下さい」
調査官にそう言われても、わたしは何も知らない。
こんな事ならば、彼女から詳しく聞いておくのだった…
だが、暗殺未遂というのだから、
わたしがシャーロットを傷付けようとしたのは確かだ…
「放課後、図書室から出て来たシャーロットの後を付け…
独りになった処を、襲いました」
「どの様にして?」
彼女は魔法が得意だから、遠距離魔法だろうか…
「攻撃魔法です、離れた所から狙いました」
「攻撃魔法の種類は?それは当たりましたか?」
「種類は…衝動的だったので、覚えていません、攻撃は当たりませんでした」
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滞り無く質問してくるので、わたしは然程間違ってはいないだろうと思っていた。
「それでは、オーロラ・モラレス、こちらに…」
調査官に言われ、窓に近づくと、
その向こうには、数人の男女が並んで座っていた。
「この中で、あなたが知っている人を教えて下さい、
名前が分かれば、名前も一緒にどうぞ___」
わたしは目を凝らす。
だが、困った事に、誰一人として見覚えが無かった。
彼らは何者なのだろう?不思議に思いながらも、わたしは頭を振った。
「…知っている方は、おりません」
「一人もですか?」
「はい…」
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彼女の知り合いなのだろうか?
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おっしゃる通りです、寮のメイドですわ」
「それでは、名前は分かりますね?」
わたしは口を閉じ、俯いた。
調査官は嘆息し、「オーロラ・モラレス、戻って下さい」と促した。
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