【完結】すり替わられた小間使い令嬢は、元婚約者に恋をする

白雨 音

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魔法学園二年生

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王家の所持する有名な湖に虹が掛かり、白い竜が飛んだ___

その日、聖女の出現、目覚めの兆しが出た。
その事は直ぐに王都中に知れ渡り、
行く先々、聖女の話題で持ち切りだった。

そして、魔法学園にも、その噂は聞こえてきた。

「聖女の兆しが出たってさ!」
「国の守護竜が現れたらしい」
「聖女かー、見たいよなー、美人かな?」
「オーロラ様じゃないか?」
「オーロラ様だといいよなー」
「きっと、オーロラ様だよ!美人で、才女で、お優しい!」

教室の男子生徒たちは、オーロラが聖女なのではないかと盛り上がっていた。
オーロラ本人は「わたくしなど、おこがましいですわ」と退けていたが、
それでも尚、男子生徒はオーロラに群がり、「聖女様」「聖女様」と持て囃していた。

わたしはそれをぼんやりと眺めながら、サマンサの言葉を思い出していた。

『ノアシエルは、聖女の事も言ったのね…』
『近い内に、聖女が目覚めるのでしょう…』

サマンサの言う通りになった。

その聖女とウィリアムを護る事が、わたしの役目…

「そんなの、とても想像付かないわ…!」

自分なんかに、その様な事が出来るとは、とても思えなかった。
だが、わたしは、敬愛するノアシエルから信頼を得たのだ。
わたしは、それに応えたい___!


◇◇


翌週になり、学園に司教が訪れ、『聖女の鑑定』が行われる事になった。
学園の女子生徒全員が講堂に集められ、順々に鑑定を受ける。
講堂に入ると、前方に演台が置かれ、水晶球を前に、司教が立っていた。
そして、少し離れて学園長、教師、ウィリアムの姿があった。

「!?」

久しぶりに見るウィリアムの姿に、わたしは目が離せなかった。
ウィリアムは王族の代表として出席しているのだろう、
白地に金の刺繍が入った王子服を纏っていた。
白金色の髪、そして、アクアマリンの瞳…人形の様に無表情ではあるが、
堪らなく愛おしく見えた___

「この学園に聖女はいるかしらね?」
「いるとしたら、オーロラ様かしら?」
「エバはどう思う?」

シャーロットに声を掛けられ、わたしは我に返った。

「ええ、そうね…」

上の空で答えるわたしに、シャーロットとマデリーンが目を眇める。

「エバは、王子様しか目に入らないのよ!」
「仕方ないわよ、愛しい人を前にしたら、聖女様なんて消し飛ぶわ!」
「ち、違います!その様な事では…もう、からかわないで下さい!」

シャーロットとマデリーンが腕を組み、ニヤニヤしている。
わたしは慌てて否定したが、あまり効果は無かった。

二年生の番になり、オーロラが前に進み出た。
豊かな金髪を綺麗に巻き、人形の様に美しい顔、白い肌、
ツンと顎を上げ、姿勢を正したその姿は神々しくも見え、周囲から溜息が洩れた。

だが、司教が頭を振ると、それは落胆の声に変った。
オーロラは司教を見つめ、茫然としていたが、教師に促され、踵を返した。


「シャーロット・ハート」

シャーロットが呼ばれた。
シャーロットは前に進み出る。
水晶を覗いた司教は、初めて目を留めた。

水晶から、白い光が溢出て、八方に飛び散った。

「聖女様…この方こそ、聖女様であられます!!」

司教の声が轟き、講堂は驚きと歓声に包まれたのだった___

「シャーロットが、聖女様…」

思ってもみなかった。
だが、彼女は桁違いの魔力を持っているし、その人柄も明るく、善良だ。
聖女に相応しい、その事に勿論、異論は無かったが…

ウィリアムが立ち上がり、シャーロットに声を掛けているのを見て…
わたしの胸がズキリと痛んだ。
不安に泣き出しそうになる___

駄目よ!しっかりしなくては!

わたしは自分を叱った。
ノアシエルの加護は、ウィリアムと聖女を護る者に与えられるものだ。
しっかりしなくては、こんな事では、ノアシエル様の信頼には応えられないわ!
わたしは唇を噛み、胸の痛みと涙を奥へと追い遣った。


シャーロットは、司教と学園長、ウィリアムと共に、講堂を出て行った。
残った生徒たちはその場で解散となり、教室に戻った。

「まさか、この学園の生徒が、聖女様なんて!」
「聖女様、二年生の子でしょう?」
「シャーロット・ハート、二年の首席よ!」
「やっぱり違うわねー」
「彼女、以前、ウィリアム様と噂になってたわよね?」
「公爵令嬢との婚約を破棄なさるのでは?」
「聖女様の方が、ウィリアム様には相応しいお相手ですものね!」

女子生徒たちの噂が、わたしの胸に突き刺さる。
以前、シャーロットにウィリアムを盗られると忠告された時は、あまり気にはならなかった。
何故なら、婚約破棄はされないと思っていたからだ。

オーロラは仮にも公爵令嬢で、シャーロットは平民だった。
例え王子が選んだとしても、平民が王子と結婚するなど、無理な話だった。
だが、『聖女』ならば別だ。
『聖女』ならば、王子と…ウィリアムと結婚する事も可能だ___

不安と焦りに襲われる。

オーロラを捨てないで!!
シャーロットを愛さないで___!!

そんな風に叫び出しそうな自分に気付き、わたしは愕然とした。
ああ、わたしは何て、嫌な女なのだろう…!
わたしは自分で自分に失望したが、それでも胸の奥は、暗いものが渦巻いていた。


その日、シャーロットは王宮に呼ばれ、
教室にも、寮にも帰っては来なかった。

わたしは、シャーロットが聖女に認定された事を手紙に書き、
サマンサに送った。
他に書く事が思い付かず、これ程短い文の手紙は、初めてだった。


◇◇


三日が経ち、シャーロットが学園に戻って来た。
だが、警備の問題もあり、シャーロットは上流階級の特別寮へ引っ越した。

「ああ、エバ、マデリーン!会いたかったわ!」

教室に現れたシャーロットの笑顔を見て、
今までわたしの胸にあった不安や焦りは、スッと消えていた。
自分が何故、あれ程に不安だったのかも思い出せ無い程に。
シャーロットを好きだと思えた___

「シャーロット!わたしも会いたかったです!」

わたしは心の底からそう言い、抱擁を交わした。

「学園には通われるんですか?」
「聖女の勉強をして欲しいって言われたけど、学園も出ておきたいし、
頼み込んだら、あっちを週末だけにして貰えたわ!」
「良かった!シャーロットがいなきゃ、つまらないわ!」

マデリーンは歓迎していたが、わたしには少し不安があった。
前に、サマンサが、『平和な時程、聖女は誕生しない』と言っていた。
聖女の勉強を勧めてくるなら、もしかしたら、何かあるのではないか…
考え過ぎなら良いが…わたしはサマンサに聞いてみようと、心に留めた。

「けど、その分、護衛も付けられちゃって、窮屈だったらごめんなさいね」

シャーロットのいう護衛は、警備員の格好で、怖い顔をし、
教室の後ろを陣取っていた。

「随分、怖そうな警備員ですね…」
「でしょー!?あんなおっさ…小父様、この学園には似合わないわよね!」
「いいじゃない!私は好みよ!ああ、格好イイ!!」

マデリーンがうっとりとしている。
勉強一筋とばかり思っていましたが、マデリーンも女子だったのですね…
わたしとシャーロットは顔を見合わせ、笑い合った。


「聖女様」は人気で、教室では男子生徒たちがチラチラとシャーロットを見て、
何か囁き合っているし、休み時間になる度に、他のクラスの生徒たちが
シャーロットを覗きに来たり、廊下を歩いていても、シャーロットは注目の的で、
わざわざ振り返り、見て行く生徒も多い。

「やっぱ、違うな、聖女様は!」
「神々しいよな!」
「結構美人だよな」
「可愛い!」
「素敵な髪色ですわよね」
「聖女様を真似しようかしら…」
「ああ、お近付きになりたいですわ…」

シャーロットに聞かせる様に囁かれる噂に、当の本人はというと…

「皆、都合良過ぎるわよ!今まで散々、平民だの生意気女だの、
悪口言っておいて!それに、『結構美人』って何様!?
そこは『美人』でいいじゃないのよ!」

煽てに乗る事無く、息巻いていた。

「あたしが信用出来るのは、エバとマデリーン位よ!
二人みたいな親友がいてくれて、本当に良かったわ!」

「大袈裟よ、シャーロット、
それより、昼食はカフェに行く!なんて言わないでよ?」

マデリーンが睨む。
シャーロットはニヤリと笑った。

「わたしは生まれも育ちも庶民派よ?例え虫を投げられても、
この学園の食堂を裏切ったりはしないわ!」

「それでこそ、親友!」

わたしたちは笑い合い、肩を組んで食堂に向かったのだった。


◇◇


ウィリアムがオーロラとの婚約を破棄し、
聖女シャーロットと結婚し、王座につくのでは?

そんな事が、学園で多く噂される様になり、
わたしやシャーロットの耳にも入って来る様になった。

わたしの胸中は穏やかでは無かったが、わたしから見ても、シャーロットは
素敵な女性であり、ウィリアムが好きになったとしても、仕方ないと思えた。
勿論、婚約破棄されたら、きっと、凄く辛いだろうが…
オーロラはウィリアムに愛されていないのだから仕方が無い…
必死で自分に言い聞かせた。

わたしがウィリアムの傍にいられる方法は、王宮の官僚になる事位しか、
残されていない。だが、それは、結婚したウィリアムとシャーロットを
見続けるという事だ___自分に耐えられるだろうか?
わたしには分からなかった。

どうしようもなく鬱々としてしまい、シャーロットにも気付かれてしまった。

「エバ、あんな噂本気にしないでよ!
あたしはウィリアム様と結婚なんかしないわ!」

「シャーロット、わたしに気を遣う必要は無いわ。
あなたが誰を好きで…誰と結婚するかは、自由だわ…
わたしは、少しだけ、あなたが羨ましいだけ…」

聖女であれば、平民でもウィリアムと結婚出来る。
聖女であれば、『オーロラ』でも『エバ』でも、ウィリアムと結婚出来る…
そんなの、ウィリアムは喜ばないだろうし、わたしも嫌だが…
それでも、その権利を持つ、シャーロットを羨ましく思ってしまうのだ。

「もう!!違うんだってばーーー!!
あたしが好きなのはウィリアム様じゃないの!!」

シャーロットが叫び、わたしは目を丸くした。
シャーロットは真っ赤な顔をしている。

「あたしが結婚したいのは、別の人よ…」
「好きな方がいらしたのですか!?」
「そりゃ、あたしだって、年頃の娘だもの!」
「それでしたら、『聖女』の特権で、婚約を迫ってしまいましょう!」

令嬢育ちのわたしは真面目に言ったが、シャーロットは顔を顰めた。

「そんなの嫌よ!無理矢理結婚を迫るなんて…愛がなきゃ!
でも、あたしが告白したら、彼は断れないって事よね…
そんなの、好きになってくれたかどうかも分からないじゃないの!
聖女なんてつまらないわ」

シャーロットは唇を尖らせ俯いた。

「その、シャーロットの想い人という方は…?」

シャーロットは、わたしの耳元に唇を寄せ、その名を告げた。

「オリバー・スミス」

わたしはあの、黒髪の精悍な男性を思い浮かべる。
仕事熱心で、お堅い…

「それは、また…分かり難い方ですね…」

「そぉでしょおおおお!!!」

わたしは初めて、シャーロットに同情したのだった。


シャーロットに好きな人がいると知り、わたしは一気に気が抜けた。
それで、すっかり安心してしまったのだ…

このまま、この日々が続くのだと


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