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魔法学園二年生
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しおりを挟む模擬実習の当日、早朝より、学園の前庭に集合し、
生徒40人と教師三名で、大規模な転移魔法を使い、目的地の洞窟の入り口へ移動した。
洞窟の地図と魔笛が全員に配られ、
教師から改めて、実習の目的や説明、ルールが話された。
特に、人に向けて攻撃魔法を使わない様、生徒間で争う事の無い様に
という事は、厳しく言われた。
魔法を使うのは自由で、装備や持ち込む物も個々に任されているが、
事前に登録をし、当日変更があれば減点対象だ。
わたしはサマンサから贈られた、フード付きマント、短剣、ブーツ、
それといつも常備として持っている薬剤、魔法薬、そして怪我に対処
出来る薬を選んだ。後は処置に使う綺麗な布や包帯。飲料水は多めに。
サマンサから貰ったキャンディーは非常用の食糧として、
そして、銀貨はお守り…これらを登録してある。
持ち物はなるべく纏め、小さめの鞄に詰め、動き易い様に斜め掛けした。
洞窟の入り口は思っていた以上に大きかった。
中に入って直ぐ、広い場所があり、全グループ、8組が揃うのを待つ。
その先は、道が八つに別れていて、くじ引きにより、道が決められた。
教師の合図で、グループは一斉に動き出した。
洞窟内は暗いので、グループの一人が魔法で灯りを点ける。
魔力を使うものなので、時間制にし、交代で受け持つ様に決めるのが
普通だが、わたしたちのグループは、オーロラとわたし以外は男子生徒で、
しかも彼らは『オーロラ崇拝者』ともいえる者たちだった。
その事もあり、オーロラとわたしの分まで、灯りを点ける役を進んで
請け負っていた。わたしまでが恩恵を受ける理由は、彼らがわたしを
オーロラの友達だと思っているからだ。
この調子で、オーロラは全て彼らにやらせるつもりかと思ってたが、
以外にも、魔獣と遭遇した際には、先頭に立ち、殺傷能力の高い
攻撃魔法を連発し、魔獣を一人で倒していた。
その迫力と魔力に、わたしは驚き、そして圧倒された___
オーロラが軽々と魔獣を倒し、男子生徒たちが魔石を拾う。
そして、男子生徒たちはオーロラを褒め称えた。
わたしもそれに合わせ、「流石、オーロラ様ですわ」と言ったのだった。
オーロラは魔獣を倒す事を楽しんでいるし、男子生徒たちは、
彼女の為の雑用をする事に喜びを感じている…
この分では、わたしの出番は無いかもしれない…
「ほっ」としてはいけないが、実の処、
サマンサに『短剣で怪我をしないように、しっかり習っておくのよ』と注意
されていたが、それを習う機会は訪れ無かった。その事で少し不安もあり、
わたしはこの状況に甘んじてしまっていた。
サマンサが贈ってくれた、マント、短剣、ブーツは見た目には分からないが、
良い物で、マントは汚れを寄せ付けず、防御力も高く、槍やナイフの様な
物では貫けない程だ。短剣は、軽く切れ味が良いので、体力を消耗しない。
その上、剣先は頑丈らしい。ブーツは軽く、外部からの衝撃を受けず、
一日や二日歩いても足にダメージが無い。
登録時に、鑑定する教師にそれを聞き、わたしは驚いた。
その時は、この装備に見合う働きをしよう!と意気込んでいたのだったが…
自分の不甲斐無さに落ち込んでしまいそうだ。
「疲れた方は言って下さい、回復魔法を掛けますので!」
わたしは言ってみたが、魔力を使っているのはオーロラ位で、
そのオーロラはというと、馬鹿にした様にわたしを見たが、男子生徒たちの
手前、薄く口元だけで微笑んだ。
「ありがとう、エバ、その時はお願いするわね」
その紫の目に、冷え冷えとするものを感じ、わたしは大人しく引き下がった。
暫く歩き、グループは仕掛け部屋に辿り着いた。仕掛け部屋にある宝を
持ち帰るのも訓練の内だ。仕掛け部屋は人工的に整備された場所で、
石の床は綺麗に磨かれ、中央に台座があり、その上に小さな金の聖杯が
置かれていた。
「あれだ!」と、男子生徒が走って行き、それを手に取る。
すると、急に部屋全体に縦揺れが起こった。
ガガガ…ゴゴゴ…ガガ…
ドドド…
「うわ!なんだ、急に!?」
「お、おい!部屋の入り口が閉じ始めているぞ!」
男子生徒の一人が叫び、わたしたちは出口に向かって走る。
もう直ぐ出口だという処で、わたしは何かに足を取られ、転倒してしまった。
「きゃっ!!」
慌てて立ち上がろうと顔を上げた時、出口に立つオーロラが目に映った。
助けて___!!という言葉は、わたしの口の中で消えた。
何故なら、彼女は笑っていたからだ。
わたしを見て、口の端を上げ…
床にうつ伏せになったまま、愕然としている内、出口は完全に閉じられ、
部屋は真っ暗になった。
だが、あれ程揺れていた揺れは、嘘の様に消えていた。
わたしは体を起こすと、魔法で灯りを点けた。
皮肉にも、これが今日初めての魔法だった。
わたしは派手に転倒したのだが、マントがわたしを包んでくれ、
膝も額も無事だった。誇りも付いていない。
「流石、サマンサ小母様のマントだわ…!」
帰ったらお礼の手紙を書かなくては!
部屋は完全に密室になっていた。こうなっても、わたしが焦らずに済むのは、
『魔笛を使って教師を呼べば助かる』と分かっているからだ。
だが、今の時点で魔笛を使えば、きっと、脱落最短記録を出してしまう
だろう。そんな事になれば、サマンサに申し訳が立たない___
とはいえ、不安もあり、わたしは首に掛けていた魔笛を触った。
いや、触ろうとした。
「…無いわ…」
首に掛けていた筈の、魔笛が無くなっている。走った時に落としてしまった
のかと、一帯を見てみたが見つからない。
一体何処で落としてしまったのだろう?
わたしは焦り、思い出そうとしたが、心当たりが何も浮かんでこない。
「それより、ここから出なければ…」
魔笛が無いのであれば、どうにか脱出するしかない。
もし、出られなかったら…それを考えると恐ろしくなる。
わたしは鞄を漁り、小さな袋を取り出した。
中身を覗き、わたしは「ほっ」とした。
サマンサから貰った、銀貨とキャンディー。
「ああ、良かった…!」
わたしは銀貨を両手で握り締めた。
「サマンサ小母様、ノアシエル様、水の騎士様…そして、ウィリアム様…
どうか、わたしに力を与えて下さい___」
《勇気と知恵と力を》
「そうよ…ここは『仕掛け部屋』なのだから…
きっと何か、仕掛けがある筈だわ!」
ただ宝を持って逃げるなら、訓練にはならない。
きっと何か、知識や知恵を使う様に作られている筈___
わたしは壁を手で触りながら、何か仕掛けは無いかと探した。
壁を一周してみたが、繋ぎ目一つ見付けられなかった。
それならば…と、わたしは台座を探った。
聖杯が置かれていた場所に、古代文字が書かれている。
わたしは古代文字の授業を取っていたので、簡単な物なら読めた。
だが、それは意味不明な言葉だった。
「呪文みたいだわ…」
そういえば…と、わたしは歴史の授業を思い出した。
古代では、魔法の補助として呪文を唱えていたと習った。
場合に寄っては、魔法陣を使って…
わたしは床を見た。
そこには、部屋に入った時には無かった、模様がはっきりと顕れていた。
円や線が重なった様なそれは、魔法陣に見えなくもない…
わたしはそれを試す事にし、台座に向かい、古代の杖は無いので、
短剣を抜き、高く掲げ、その呪文を唱えた。
《_________》
呪文を唱え終わると同時に、台座が沈み始めた。
そして、完全に床に吸い込まれると、今度は白い台座が出て来た。
台座の上には、古代文字が書かれていた。
今度はちゃんと言葉になっていた。
《月を西に》
わたしは台座を見回し、《月》を探した。
台座の側面に、三日月が彫られていた。
わたしは方位魔法で方角を確認し、台座の側面を両手で持ち、回した。
重い物かと思ったが、それは簡単に動いた。
台座の上に小さな宝箱が現れ、それを開けると中には、美しい深紅の魔石が
入っていた。魔獣を倒した時に現れるのは黒い魔石だ。
色で区別されているのだろう。わたしはそれを布袋に入れ、鞄に仕舞った。
ガガガ…音がし、壁の一部が開かれ、出口が現れた。
それは、オーロラたちが行った方向とは違ったが、そこ以外に出口は無く、
わたしはそこから部屋を出た。わたしが出ると、その出口はまた岩で塞がった。
兎に角、部屋から出られた事に安堵し、わたしは先へ進む事にした。
最後に見たオーロラの表情が忘れられず、グループと合流しなければ…と
思いつつも、気は進まなかった。
地図を見て進む、魔笛が無いので、仕掛け部屋は避ける事にした。
仕掛けを解ければ良いが、解けなければ最悪の処、遭難だ。
閉じ込められる恐怖はもう味わいたく無かった。
「仕掛け部屋は8つ…絶対に近付かない様にするわ!」
進んでいると、急に上から、大量に何かがバサバサと落ちて来て、
わたしは思わず「きゃー!」と声を上げ、後に飛び、避けた。
それはわたしの前方で、固まり、うねうねと動いている。
「き、気持ち悪いです…」
恐る恐る、細目で見てみると、それは蛇の一種の様だった。
「魔獣…ですよね?魔獣でなかったら、すみません!!」
魔獣でなく、洞窟に住む生物であれば、申し訳無い。
わたしは謝罪し、それを炎の魔法で燃やした。
それは赤い炎を出して燃えると、跡形も無く消え、
その場に小さな黒い魔石が残った。蛇の数程あるのか、小さいが大量だ。
「ああ、良かったです!」
少しでも魔石が貰えたのも良かった。
出会うのであれば、今の様に、レベルの低い魔獣が良いです…
そんな事を思いながら歩いていると、人の声が聞こえて来た。
「おー!これで、何体目だ?」
「軽い軽い!幾らでも倒せるぜ!」
会話の内容で、魔法学園の生徒たちだと分かる。
わたしは隅に隠れ、やり過ごす事にした。合流して、オーロラたちの場所を
聞くべきかもしれないが、やはり気が進まなかったのだ。
「俺らが一番じゃね?」
「当然だろ!俺の腕がありゃー、独りでも一番になれるんだからな!」
良く知る声に、わたしは岩に張り付き、身を竦めた。
一番会いたく無い、ダニエルたちのグループだ!
「腕が立つのは分かるけどよー、そりゃないだろ」
「そうだよ、俺たちだって居るんだからな!」
「おまえ、剣の腕はいいけど、魔法じゃ、俺らのが上なんだからな!」
「んだよ、やる気か?」
「おい!獲物が来たぜ!!」
仲間割れが始まりそうだった所、魔獣が現れた。
それは大きな動物で俊敏そうだった。壁を蹴り、襲って来るのを、
彼らは魔法で攻撃する。それは壁に当たり、壁を壊す。
「ほらな!魔法より、剣だぜ!」
ダニエルは地を蹴り、魔獣に向かって剣を振った。
確かに、ダニエルの腕は相当だろう、魔獣は額を割られていた。
だが、致命的とはならず、魔獣はダニエルに襲いかかった。
仲間が魔法を使い、魔獣を倒し、ダニエルは無事だったが、
本人は不本意なのか、仲間に牙を剥いた。
「余計な事すんじゃねー!俺が倒してたんだ!後一太刀でな!」
「残念だったな、ダニエル!この魔石は俺んだぜ!」
「俺のだ!俺が倒してたんだ!」
「そうしようって皆で決めただろ、最後の一撃を加えたヤツのもんだって」
「うるせーーー!!」
ダニエルは仲間を殴り、魔石を奪った。
わたしは手で口を塞ぎ、息を飲んだ。
その後、彼らは殴り合いの喧嘩を始め、結局、ダニエルが皆を倒してしまい、
主導権を握ったのだった。
「おい!早くしろ!行くぞ!!」
肩を怒らせ歩いて行くダニエルに、皆は渋々従っていた。
ダニエルは、想像以上に怖い人だ___
それに気付き、わたしの体に震えが走った。
だが、一度、ウィリアムがダニエルを止めた事があった。
ダニエルはウィリアムに腕を掴まれ、それを振り解けなかったのだ。
ウィリアムはあの時、魔法を使っていたのだろうか?
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