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魔法学園一年生

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その後、わたしはウィリアムとシャーロットが二人で居るのを見ると、
気が進まないながらも、そちらに行く事にしていたが、
ウィリアムはわたしに気付くとスッと、その場を去る様になった。

目も合わせず、顔も見ずに…

酷く冷たく感じられ、わたしは胸が痛み、泣きたくなった。
わたしなんて、彼にしてみたら、婚約者の家の使用人でしかないのに…
それを思い知ったというのに、それでも、欲してしまう…
オーロラやシャーロットを羨ましく思ってしまう___

わたしは暫くぼんやりとウィリアムが行ってしまった方を見ていたが、
ふと、廊下の脇に立つシャーロットのスカートが汚れているのに気付いた。

「シャーロット!そのスカートは、どうしたのですか!?」
「もう!酷いでしょう!?歩いてやら、突然投げつけられたのよ!」
「ええ!?」
「あいつら、何処で手に入れたのかしら、腐ったトマトなんか!」
「ええ!?」

突然廊下で腐ったトマトを投げられた!?
そんな事があるだろうか?わたしにはとても理解出来なかった。

「あいつら…とは、どなたなのですか?
もしかして、シャーロットは…苛められているのですか?」

わたしが恐る恐る聞くと、シャーロットはキョトンとし、
それから気持ち良く笑った。

「やだ、もう!エバってば!あたしが意地悪されてるのなんか、
学園中の生徒が知ってると思ってたわ!もう、エバ、大好きよ!」

何故、そこで『大好き』になるのかは、全く分かりませんが…

「直ぐに汚れを落としましょう、今なら取れますから!」

わたしはシャーロットを連れ、庭の噴水へと向かった。
学園の庭を歩くのが好きなわたしは、
あちこちに小さな噴水が置かれているのを知っていた。


わたしは食堂へ行き、食器洗い用の薬を貰って来ると、
それをスカートの汚れに馴染ませ、噴水の水で洗い流した。

「はい、出来ましたわ、これで乾かせば元通りです!」

シャーロットはスカートを見て驚いていた。

「凄いわ!汚れもだけど、匂いも残って無いわ!エバありがとう!」
「良かったですわ」
「あなたって、時々驚く程物知りよね?それにとっても器用だし!」
「公爵家で奉公していた時に身に付きました」

最初の頃はよく料理を引っくり返していたし、皮剥きをした時に汁が
エプロンに飛び散って、汚す事が多く、それを自分で綺麗にしなくては
いけなかったのだ。当然だが、高価な洗濯用の薬は使わせて貰え無い。
試行錯誤していく中で、食器を洗う薬が良いと分かった。

「そうだったわね、流石公爵家ね、平民とは全然違うわ!
あたしなら丸ごと川で洗って終わりよ!」

シャーロットが大きな口を開けて笑う。
明るくて、わたしには眩しかった。
ウィリアム様は、こういう女性がお好きなのね…

「シャーロットは、どうして苛められているのですか?」

成績優秀で、明るくて、気持ちが良くて…非の打ち処が無いシャーロットが苛められる理由が分からず、わたしは不思議だった。

「平民の女子が学年首席なのが気に入らないんですって!馬鹿みたい!」

理由を聞いても、わたしには良く分からず、頭を傾げた。

「ええ、本当に、何がいけないのでしょうか?
シャーロットは賢く、素敵な女性で、同学年の女子の誇りですわ。
あぁ!もしかして、男子から言われるのですか!?
あの方々は、未だに男性優位でないといけませんのね…」

わたしが言うと、シャーロットは「ぷぷっ」と吹き出し、大声で笑った。

「エバって、本当に面白いわ!もう、どうでも良くなっちゃった!」
「どうでも良くはありません!この様な卑劣な真似は許せませんわ!」
「いいのよ、どうせ、こんな小さい事しか出来ない連中なんだから、大きな事をやる度胸は無いの、今の処は、ウィリアム様が蹴散らしてくれてるしね…」

シャーロットの青い瞳が、何処か遠くを見つめる。
シャーロットも、ウィリアムを好きなのだろうか?
わたしは不安になり、胸を掴んだ。

「そうだ!エバ、明日は休みよ!町へ出てみない?買い物したいの!」

シャーロットに誘われ、わたしは快諾した。



翌日、シャーロットとわたしは歩いて町に向かった。
シャーロットもだが、わたしも勉強が忙しく、中々買い物が出来ずにいたので、
この機会に買い揃えようと、メモを持って来ていた。

シャーロットは地方出身で、王都にはあまり来た事が無かった。
地方出身者、特に平民層には厳しい入学制限があり、難関だが、
学年首席のシャーロットであれば、難しくはなかっただろう。

王都に住みながらも、わたしは両親の行く所や、馴染みの店にしか
行った事が無く、それも馬車移動だったので、当然、方向感覚は無かった。
まともに歩いたのは入学の準備をした時位だし、あの時もかなり苦労した。

そんな訳で、シャーロットと二人、地図を見ながら、あれこれ言いながら、
通りまで出て、一帯を散策した。

シャーロットは、わたしがお金を折り、布で包んでいる事に気付くと、
頻りに感心していた。

「エバって用人深いのね!しっかりしてるわ!」
「一度、お金を盗られた事があり、仕舞い方を教えて貰ったのです…」
「お金を盗られたの!?やっぱり、王都は怖いわね!」
「はい、とても恐ろしかったですわ、取り返そうと思って追いかけたのですが、
話し掛けた老人には、何故か脅される事になって…
あの時は殺されるかと思いました…」

わたしがそれを話すと、シャーロットは青い目を丸くし、笑った。

「あなって!用人深いのか、大胆なのか分からないわ!
盗人を追いかけるなんて!あたしにも無理よ!!それに、脅されるなんて!
良く助かったわね!?下手したら異国に売られちゃってたわよ!」

売られる…そんな事、全く思い付きもしなかったわ!
だから、あの時、ウィリアムは怒っていたのだろうか?

『本当はもっと危なかったんだよ』

ああ、わたしはあの時、もっと感謝をしなくてはいけなかったのね…!!

「はい、幸い、助けて頂けたので…通り掛かりの、怪しいマントの男性に」

御忍びだったウィリアムに気を使い、正体を隠して言ったのだが、
シャーロットは何故かお腹を抱え、涙を流して笑っていた。


店に並ぶ流行りの服や帽子、靴には大いに興奮した。
それから、互いの買い物を手伝ったが、
彼女はわたしの髪留めを、時間を掛けて真剣に選んでくれた。
お腹が空くと、サンドイッチやスイーツを買って、外のベンチで食べた。

こんな風に、同世代の女子と過ごしたのは初めてだと気付いた。
わたしもシャーロットも興奮し、はしゃいで…最高に楽しい時間だった。

わたしは感動のまま、サマンサ宛ての手紙に書き綴ったのだった。

《いつか、サマンサ小母様ともお買い物に行きたいですわ!》
《その時は、わたしが小母様を案内致します!》
《王都の地図を暗記中の、あなたのエバより》

サマンサは公爵夫人だから、この様な買い物や食べ歩きはしないかもしれない…だけど、きっと楽しいだろう。
わたしはまだ見ぬ、小母と手を繋いで歩く姿を想像し、幸せに浸ったのだった。


◇◇


その日の放課後、勉強を終え、図書室から出たわたしは、
そこに佇むダニエルの姿をみつけ、ビクリとし固まった。

『二人だけで話そうぜ』

あれから、わたしはダニエルを避けていた。
彼の姿を見ると、進路を変えたり、引き返したり…
なるべくBクラスの前は通らない様にしていた。

わたしは勉強道具を胸に抱え、逃げ出す準備をしていた。

「ったく、相変わらず勉強ばっかしてやがるな、エバ!」

怒鳴る様に声を掛けられ、わたしは「失礼します!」と言い逃げ出した。
絡まれる前に寮へ辿り着かなければ…と、一心不乱に走ったが、
わたしは足が早い方でもなく、おまけに荷物も抱えていて、
簡単に追い付かれてしまった。

「おい!」と肩を掴んで引き止められ、
わたしは「キャー!!」と思わず声を上げた。

「なんだよ、人を化け物みたいに!話位いいだろ!」

話位というが、『エバ』ではない『わたし』にはボロが出てしまわないか恐怖だ、それに話位で済むとは限らない…
彼はわたしに意地悪をした事を忘れてしまったのだろうか?

しかし、確かに、酷い態度を見せてしまった。
冷静に思い返してみると、令嬢らしからぬ態度だった。
『化け物』扱いしたつもりは無かったが、失礼だったのは確かだ。

「に、逃げませんので、放して下さい!」

肩を掴まれているのを非難すると、
ダニエルは「なんだよ、お堅くなりやがって」と言いつつも、手を放してくれた。
わたしは安堵し、彼から少し距離を取った。

「お話とは何でしょうか?」
「その話し方止めろよ、エバらしくねーし、調子狂うだろ!」
「でも、これがわたしですから…」

『エバ』の話方など知らないし、出来る筈が無い。

「おまえさー、何で俺の事避けてんだよ、幼馴染みだろ!」

「幼馴染みとはいえ、大声を出されたり、怖い顔をされたり、
意地悪をされたり、触られたりするのは嫌ですわ…」

「やっぱ、おまえ変ったな、つまんねー女になりやがって!」

ダニエルが吐き捨て、睨む。
わたしは勉強道具を盾の様に抱え、身を竦める。

『エバ』は余程気が強い女性なのだろう、今のオーロラを見ても、それは分かった。わたしとは正反対だ。
ダニエルが気に入らないのも仕方は無い。
だが、彼女の方もダニエルに好意は持っていないので、嫌われても良いだろう。

「話が無いのでしたら、これで失礼致します」

わたしは頭を下げ、行こうとしたが、ダニエルが壁に足を突き、止めた。
こういう事をするから、怖いのです…!
わたしは泣きそうになりながらも、何とか堪えていた。

「勝手に帰るんじゃねー!
俺は昔から、エバと結婚するって決めてたんだよ!
おまえが公爵家でどんな教育受けたのか知らねーけど、一緒に過ごせばまた元のエバに戻るだろうから、構わねーさ」

「わ、わたしはあなたと結婚する気など、ありませんわ!」

わたしは驚きのあまり、はっきりと言っていた。
だが、あまりにはっきり言い過ぎた所為か、ダニエルは顔を赤くし、怒りを露わにした。

「おまえ!他に男が出来たんじゃねーだろうな!?
おまえは俺と結婚するんだよ!!そう決まってんだよ!!」

怒鳴られたが、これに屈してしまっては、言いなりになってしまう___
わたしは気力を総動員した。

「嫌ですわ!わたしは、あなたの様な方とは、結婚したくありません!!」

「こいつ!!」

掴み掛かって来るダニエルに恐怖を覚え、
わたしは咄嗟に持っていた勉強道具で、その手を払った___

「嫌――!!」

バサバサ!!ガチャン!!
勉強道具は派手に音を立てて散らばり、それにより、周囲の生徒たちが気付いてくれた。

「何あれ!?」
「嫌だ、痴話喧嘩?」
「みっともないわね…」

注目を浴び、ダニエルは分が悪いと思ったのか、舌打ちし、行ってしまった。
ダニエルが消え、わたしは足から力が抜け、その場に座り込んでいた。

嫌だ!怖い!それに、あんな人と結婚なんて!!
もし、『エバ』の父親が承諾してしまったら、どうしよう?
わたしの意思など無視され、無理矢理結婚させられるのでは___

わたしはあまりに自分が可哀想で、涙が零れてきた。
泣きながら勉強道具を掻き集め、
道の途中にダニエルが潜んでいて、飛び出して来るのでは…と、恐れながら寮まで帰った。


その日はショックが大き過ぎて気付かなかった。
それに気付いたのは、翌日、昼を回ってからだった。

「栞が無い…!」

本に挟んでいた筈の、サマンサから貰った、お気に入りの、
ノアシエルの栞が見つからないのだ。
わたしは更なるショックに打ちのめされ、涙を零した。


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