【完結】すり替わられた小間使い令嬢は、元婚約者に恋をする

白雨 音

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魔法学園一年生

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わたしは彼女からドンと背中を押され、曲がり角から出された。

「!!」

決心したものの、やはり気は進まず、二人の方へ足を進めるも、
その歩みは極めて遅いものとなった。
どうやって二人を引き離せば良いのか…何も思い付かないまま、
無情にも距離は近付き、とうとう二人の会話が届く処まで来ていた。

「助けて頂いてありがとうごいざます、ウィリアム様」
「君も大変だね」
「そうなんです!全く、毎度毎度…しつこいし、馬鹿だし!」
「おい、口を慎め」

厳しい口調で咎めたのは、黒髪の男子生徒…
あの、いつもわたしを睨んで来る、ウィリアムの護衛、オリバー・スミスだ!

ああ!困ったわ!あの方までいらっしゃるなんて!
きっと、また睨まれてしまうわ…

責めるように睨まれると、いたたまれなくなる。
それでなくとも、気まずい場だというのに…
これは、絶対に声など掛けられない___
早々に心は挫けてしまった。
このまま顔を隠し、気付かれぬ様に通り過ぎようとした時だ、

「令嬢って人たちは、あたしたちを人間だと思って無いんだわ!」

耳に飛び込んで来た、シャーロットの言葉に、
わたしはギクリとし、その所為で床に足を取られてしまった。

「きゃ!!」

倒れていく体は自分では制御出来ず、床に額をぶつける覚悟をし、
目を閉じたが…わたしの体は途中で何かに支えられた。
「ほっ」と息を吐き、見ると、ウィリアムの腕の中で…
わたしは一気に血が上った。

「ああああ!す、すみません!!」

ウィリアムは軽々と、わたしを立たせると、耳元で囁いた。

「オーロラに言われて来たの?」

ギクリとし、わたしはパッと体を離した。
ウィリアムは無表情にわたしを見ていたが、スッと顔を背けた。

「迷惑を掛けてしまったね、オリバー、行こう」

ウィリアムはオリバーを連れ、行ってしまった。

どういう事だろう?ウィリアムは、オーロラがシャロットに嫉妬し、
わたしに邪魔する様、命令したと思ったのだろうか?
婚約者の間の事に、わたしは巻き込まれたのだと?
それは、似ているが、違う___!
わたしは、自分の為に動いたのだから___
言えないもどかしさに、わたしは唇を噛んだ。

「ねぇ、あなた、エバでしょう?同じ寮の三つ隣の___」

シャーロットから声を掛けられ、わたしはビクリとし、顔を上げた。

「は、はい、シャーロット様…」
「嫌だ!あたしは平民よ!
それに同級生なんだし、シャーロットって呼んで!」

シャーロットの気さくさに、わたしは目を丸くした。
先程、令嬢を責めていた彼女とはまるで違う。

「あなた、寮の一年生で一番人気だもの!話してみたかったの!」
「人気?そんな事ありません!人違いですわ!」

わたしは焦ったが、シャーロットは笑いながら教えてくれた。

「人違いなんかじゃないわよ!
入寮の日に号泣して入って来た子はあなただけだし!」

ああ!それは確かにわたしです!
ただ、面と向かって言われると恥ずかしいのですが…
わたしが赤くなりあわあわとする中、彼女は平然と続けた。

「それで上級生たちの心をすっかり掴んじゃって!部屋の仕切りを作るのも、
上級生に手伝って貰ったでしょう?それで新入生たち妬いちゃって、
上級生たちは、新入生全員の部屋の仕切りを手伝う事になって、
大変だったんだから!」

「ええ!?そうだったのですか!?」

自分たちの部屋の仕切りに満足し、外でそんな事になっていたなんて…
全く気付かなかった。きっと、こういう所が、自己中心なのだろう。

「最初の夜、寮の食事を泣きながら食べていたのも、あなただけだし!」

は…はい。
まともな料理を口にしたのは久しぶりで、そのあまりの豪華さに、
目にした瞬間涙してしまい、その美味しさとお腹を満たすのに十分な量に、
思わず神に感謝を捧げておりました。

「あの厳つい料理長の心まで鷲掴んじゃって!」

料理長はわたしを見て、あまりの不健康さに愕然とし、なんとか健康にして
やらねば!と使命感を抱いたのか、以来、声を掛けてくれ、
わたしは毎食後、料理長にお礼を言う関係になった。
休日には、皿洗いやテーブルを拭く手伝いもしている。
わたしは使用人をしていた時に、毎日の様にしていたので手慣れていて、
料理長には驚かれ、感心された。

「あなたって、ちょっと変ってるから、目を惹くのよね…上級生たちなんて、
あなたが何をやっても、可愛い可愛いって、言ってるんだから!
新入生皆、あなたを羨んでるのよ!」

皆が羨むなんて…やっぱり、他の人の事にしか思え無かった。
でも、確かに、上級生の方々から声を掛けられたり、
褒められたりする事は多い気がする。

「きっと、子供っぽくて、世間知らずで、馬鹿だからですわ…」

わたしは肩を竦めたが、シャーロットは笑った。

「無邪気で可愛いって事じゃない!
あなたって、いつも一生懸命だから、手を貸したくなっちゃうのよねー。
ねぇ、あたしたち、回復魔法の授業で一緒なのよ!知ってた?」

シャーロットの青色の目がキラリと光る。
だが、残念ながら、わたしは自分の事で精一杯で、教室に誰がいるのか、
まるで知らなかった。そんな自分を恥ずかしく思いつつ、わたしは謝った。

「あ、いえ、すみません、授業に付いていくのに必死で…」
「確かにそうね、あたしったら、はしゃいじゃって!ごめんなさいね」

はしゃぐ…
わたしにはとても考えられない事だ。
彼女にとっては、きっと余裕なのだろう、流石学年首席だわ。

「今から図書室?」
「はい、勉強をしようと…」
「邪魔してごめんなさい、今度、部屋に遊びに行ってもいい?」
「マデリーンに聞いてみます、彼女、騒がしいのが苦手なので…」
「分かったわ!あたしの部屋でもいいわよ、余り者で独りなの、
いつでも来てね!」

わたしたちは別れ、わたしは図書室へ向かった。

わたしは終始シャーロットに圧倒されていた。
彼女の明るさや、さっぱりとした態度は、驚きはしたが、好印象だった。
ウィリアムが惹かれるのも分かる気がした。
オーロラが言う様に、本当に、彼女にウィリアムを盗られるかもしれない。
だけど、わたしには、どうしようもない…
邪魔をしても、心は虚しくなるだけだ…


だが、わたしが嫌だと思っても、オーロラは許してくれなかった。
彼女はわたしに、ウィリアムとシャーロットが一緒に居たら、引き離す様に、
念を押して言ってきた。





マデリーンにシャーロットとの事を話し、部屋に招待して良いかを聞くと、
意外な事に、マデリーンは乗り気だった。

「首席がどんな人か、私も興味あったの!話したいわ、是非呼んで!」

わたしがシャーロットにその事を話すと、
シャーロットはその足で、わたしたちの部屋にやって来た。

「いい部屋ね!そして、これが噂の、新入生最初の仕切りね!」

シャーロット布を見て茶化した。
わたしは紅茶を淹れ、誰か訪ねて来た時の為に置いておいた、
サマンサからのショコラを出した。
マデリーンも秘蔵のビスケットを出し、シャーロットを歓迎した。

マデリーンは直ぐにシャーロットと打ち解けた。
才女同士だし、お互いあっさりとした性格で、そこも合うらしい。
それに、マデリーンはAクラスの授業に興味があり、身を乗り出して聞いていた。

「Aクラスってどんな感じなの?皆、やっぱり賢いの?」
「そうねー、勉強熱心ではあるけど、皆、他を蹴落とそうと狙ってるわ!」
「ま、まぁ、そうなっちゃうわよね…」
「自己中が多いから、グループ授業は最悪よ!足の引っ張り合い!」
「ああ!でも、やっぱり、私はAクラスに行くわ!!そこで絶対に、生き残ってみせるわ!!」

マデリーンは奮起し、腕を振り回しながら、自分の処に戻って行った。
「マデリーンって、面白いわね」とシャーロットが言い、わたしは同意した。

「ねぇ、エバは、ウィリアム様を知ってるの?」

急に言われ、わたしは紅茶を吹きそうになった。

「ど、どうしてですか!?」
「今日、そんな風に見えたから、やっぱり、知り合いだったの?」
「そ、そんな風に見えましたか?」

今日のウィリアムは何処か距離を置いていたし、ほとんど目も合わせず、
冷たかった。あんなに冷たいウィリアムは初めてだった。
きっと、煩わせてしまった所為ね…
それとも、シャーロットとの仲を邪魔したからだろうか…
思い出すと胸が切なく、ツキリと痛んだ。
だが、シャーロットは身を乗り出し、その青色の目をキラキラとさせて言った。

「だって!ウィリアム様が女子生徒を自分から助けるなんて!
普段なら絶対しないわ!」

わたしは頭を傾げた。
わたしはいつも助けて貰っているし…気の所為ではないだろうか?

「でも、シャーロットも、お礼を言っておられましたよね?」

『助けて頂いてありがとうごいざます、ウィリアム様』
そう言っていたのを思い出す。

「そういうんじゃないのよ!ん~、説明が難しいんだけど、
いつもはね、そこはオリバーの役目なのよ、
ウィリアム様が特定の女子に触れたりすると、大問題でしょう?」

「そうなのですか?」

「当たり前よ!嫉妬の嵐で、その子は引き裂かれちゃうわよ!」

ええ!?
わたしは身を竦めた。

「でも、婚約者がいらっしゃるのに?」

「ああ、婚約者は別ね、皆も受け入れるしかないわ。
だけど、その他大勢は、皆一律!ウィリアム様は皆の王子様よ!」

わたしは顔から血の気が引いた。
ええ…わたし、引き裂かれてしまうのでしょうか!?

「ああ…!だから、わたし、オリバー様に睨まれているのでしょうか?」

それを思い出し、つい言ってしまった。
シャーロットはその綺麗な青い目を光らせた。

「オリバーに睨まれてる、ですって!?」

「わたしがそう感じるだけかもしれませんが…
邪魔に思われている気がします」

「へー、面白いわね!」

全然面白くはありません!

「あなたが転んだ時、ウィリアム様が助けたでしょう?
あたし驚いたの、だって、オリバーがピクリとも反応しなかったんだから!
それって、オリバーは、ウィリアム様があなたを助けると思っていたって事よ!」

それは…ウィリアム様が助けてくれなかった場合は…
あの場で完全に転んで額を打ち、みっともない姿をお三方に晒していた…
という事ですよね??オリバー様は余程わたしを嫌いなのでは…
わたしは震えた。

「きっと、オリバー様が、わたしを助けたく無かっただけですわ」

わたしは唇を尖らせたが、シャーロットは相手にしなかった。

「それは無いわよ!側で生徒が転びそうなら、絶対に助けるわ、
王子や護衛のオリバー様がいて見捨てたとなると、醜聞になりかねないもの。
それに、お堅いオリバーよ?仕事に私情を挟んだりしないわ!」

睨むのは許容範囲なのでしょうか??

「わたし、以前にオーロラ様の家で奉公をしていたので、
その時に少しだけ、顔を知っている程度です…」

会っていたのは、きっと、誰にも秘密だ。
ウィリアムはそう願うだろうと思った。

「ああ、それでなのねー、婚約者の家の使用人は、やっぱり特別よねー」

シャーロットに悪気は無かった。
だが、わたしの胸は酷く痛み、息が詰まった。

ウィリアムがわたしを気に掛けてくれていたのは、
わたしが婚約者の家の使用人、小間使いだったから?
それだけだった…?
愕然とし、そして一瞬後に冷静になった。
そんなの、当たり前だわ…そうじゃなきゃ、誰が気にするというの?
今日だって、彼は直ぐに気付いた…

『オーロラに言われて来たの?』
『迷惑掛けてしまったね』

あれは、使用人に向けた言葉だ…

ウィリアム様にとって、わたしはただの、婚約者の家の小間使い…

当然の事だと思いながらも、気持ちは沈んでいく。
ウィリアムとの、あの優しくキラキラとした思い出の全てが、
『偽り』に思え、崩れていきそうだった___


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