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魔法学園一年生

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モラレス家を出て、魔法学園の寮に入る日がやって来た。

その朝、わたしは使用人たちに今までの礼を言い、両親にも礼を言った。
前日までは、この屋敷…エバとしての暮らしから解放される喜びでいっぱい
だったが、面と向かうと、急に寂しくなり、悲しみが込み上げてきた。

これから先は、元の姿に戻るまで、両親とは会えない___!

今もわたしの事を蔑むような目で見ているけど、それでも、やはり、
わたしにとっては愛すべき両親なのだ。
使用人に酷い仕打ちを平気でする様な人たちだが、
オーロラを可愛がってくれたのも事実だ。その思い出は消せない。

「今まで半人前のおまえを雇ってやったんだ、
これからは魔法学園でオーロラに尽くす事で、その恩を返すのだぞ!」

父が高圧的な態度で言うのを、母は隣で『当然だ』という様に頷いている。
そして、後では意地悪く笑みを浮かべるオーロラ…

自分が酷い事をしていると、気付かないのね…
これからも、きっと…

「はい、このご恩は決して忘れません…」

わたしは頭を下げ、パンパンに荷物を詰め込んだ、くたびれた鞄を手に、
屋敷を出た。

悲しくて泣いてしまった。
大好きだった両親は、もういない。
そんなものは、わたしの都合の良い幻だったのだ。
だけど、わたしはまだ、それを欲して泣いてしまう…

「寂しい…」

わたしは魔法学園の寮まで、泣きながら歩いた。
どうせ、誰も気になどしない___
わたしは孤独で、惨めだった。


だが、魔法学園の寮に着き、受付に顔を出すと…

「あなた!どうされましたの!?」
「まぁ!お可哀想に、新入生でしょう?」
「お金を落としたの?それとも迷子に?」

上級生の女子生徒たちがこぞって心配し、優しく声を掛けてくれ…
わたしは堰が切れ、号泣してしまった。

「まぁ、泣いていては分かりませんわよ?どうされましたの?」
「家を出て、寂しくて、悲しくて…なのに、皆さんが優しくて…!」
「あら、ホームシックね、皆、最初はそうなのよ、両親が恋しいわよね」

上級生が優しく頭を撫でてくれ、わたしはまた泣いてしまった。

「あなた、お名前は?」
「エバ…エヴァンジェリン・マシューズです…」
「301号室ね、同室はマデリーン・ヒックスよ、誰か彼女を呼んで差し上げて」

少しして、同室だというマデリーンという少女が現れた。
焦げ茶色の髪を二本のおさげにし、眼鏡を掛けていて、
茶色のツリ目とキュっと結んだ口元が、キツそうな印象を与える。

「エバね、こっちよ、付いて来て」

感情の無い声でサラリと言われる。
まるで、わたしに命令をしていた、屋敷の使用人たちの様で身が竦んだが、
上級生たちにお礼を言い、慌てて彼女の後を追った。


「ここよ、二人部屋だから、私はこっちを使わせて貰ってる、いい?」
「はい!」

共同部屋で、真ん中から、左右鏡の様に、机とベッドが配置されている。
先に入寮したマデリーンが左を使っていて、右側にはわたしの荷物が
山になって置かれていた。
下級貴族、平民用の寮だというので、どんな暗く狭い部屋なのかと
心配していたが、ここはエバの部屋よりも広く、そして、綺麗だった。
嫌な臭いもしない、黴臭くもない、目立った染みも無い…それに、

「明るいわ…!」

三階で、窓の外は悠々とした景色が広がっている、学園の建物も見えた。

「うわぁ…!なんて素敵なの!こんなに素敵なお部屋だなんて、夢見たい!
ああ、神様感謝致します!」

感激のあまり、思わず神様に感謝を捧げたわたしに、マデリーンの鋭い声が飛んだ。

「ちょっと、あなた!寮なんだから、そんなに大声出さないで!」

わたしは慌てて口を手で覆い、声のトーンを落とした。

「すみません、感動してしまって、つい…」
「何処のご令嬢か知らないけど、人の迷惑を考えて!ああ、嫌だ!」

自分勝手だとか、我儘だとか、世界の中心だと思っているとか…
彼女からも言われたが、初対面のマデリーンからも注意されるとは、
やはり自分はそういう人間なのだと気落ちした。

「すみませんでした、これからは気を付けます。
わたし、エヴァンジェリン・マシューズといいます、エバと呼んで下さい」

「私はマデリーン・ヒックス、マデリーンでいいわ。
私、煩いのは苦手なの、あまり音を立てないで頂戴」

「はい、気を付けます…」

マデリーンは言うだけ言うと、机に向かい、本を読み始めた。
読書好きなのか、勉強家なのだろう。
ウィリアムも読書家だけど、やはり煩いのは苦手だろうか?
わたしはなるべく足音を立てず、荷物の片づけを始めた。


「エバ、真ん中を布で仕切ろうと思うんだけど、いい?
人と一緒だと落ち着かないの」

片付けを始めて、二時間ばかりが経った頃、マデリーンに言われた。

「はい、構いません」
「それじゃ、布とロープを買いに行ってくれる?」
「一緒に行かないんですか?」
「一緒に行くなんて無駄でしょ、そのかわり、私がお金を出すから」
「でも、好みの柄もあると思いますし…」
「無地にして、色は目がチカチカしない色ならいいわ、
細かい事は言わないから、あなたの好きにして」

わたしはマデリーンからお金を預かると、
前にウィリアムから教わった通りに、お金を小さく折り布で包んだ。
それをポシェットに入れ、「行って参ります」と部屋を出た。

寮を出る前に、上級生から声を掛けられた。

「あら!さっき泣いていた子じゃないの、もう大丈夫なの?」
「はい!皆様のお陰で、すっかり落ち着きました、ありがとうございます!」
「そう、良かったわ、何処に行くの?」
「はい、部屋の仕切り用に、布とロープを買いに」
「町まで少しあるわよ、ロープなら誰か持ってるし、布もあるんじゃないかしら」

上級生が声を掛けてくれ、ロープと大きな布を集めて来てくれた。

「古くなった物だから、好きな物を使って」
「良いのですか!?ああ!素敵です!ありがとうございます!」

わたしは幾つかある中から、マデリーンの要望を取り入れ…
模様の無い、水色の布と白色の布を選んだ。

「これにします!なんて綺麗な色なのかしら!」

まるで、ウィリアム様の瞳のよう…!
そう言い掛けて、わたしは息を飲んだ。
無意識にそれを選んでしまっていた自分に愕然とする。
だけど、それでも、やはり、他の布にしようとは思わなかった。
水色と白色、これは、ノアシエル様の色ですもの!と、自分で必要以上に言い分けをして。

「幾ら支払ったら良いでしょうか?」
「そうね、中古だから…」上級生は値段を提示したが、
恐らく安くしてくれたのだろう、預かった金で十分に買えた。

「エバ、ロープは自分たちで張れる?手伝いましょうか?」
「まあ!よろしいのですか!?わたし、こういった事は初めてなので、
とても助かります!是非、ご教示下さい!」
「ご教示ですって!楽しい子ね、さぁ、行きましょう!」

突然、部屋に上級生三人が入って来たので、マデリーンは驚いていたが、
顔を引き攣らせただけで、文句は言わなかった。

わたしは上級生から教えて貰いながら、椅子の上に立ち、
壁の端と端…身長よりも二十センチ程高い位置にフックを取り付け、
ロープを張った。上級生の一人がロープに強化魔法を掛けてくれ、
それはピンと張った。布を留め具を使って留める…
単なる仕切りの予定だったが、立派な仕切りカーテンに仕上がった。

「ああ!素敵です!なんて素晴らしいのかしら!これは仕切りを超えた…
カーテンですわ!この様な立派なカーテンを作って下さり、なんと感謝したら
よいのでしょう…ああ、上級生のお姉様方、ありがとうございました!」

感謝するわたしに、上級生たちは笑顔だった。

「いいのよ、下級生を手伝うのは上級生の役目ですもの」
「それに、私達に掛かれば、この様な事、簡単ですわ!」
「素敵な部屋になって良かったわね、エバ、マデリーン」

上級生たちが出て行こうとし、わたしは慌てて引き止めた。

「ああ!待って下さい!確かここに…」

わたしは急いで荷物を漁り、
以前サマンサから貰った、キャンディーの缶を見付け出した。

「お姉様方、是非、これを受け取って下さい!
とっても美味しいキャンディーです!」

上級生たちは喜んでキャンディーを持って行った。
それを見送り、踵を返した所で…

「あなたって、どうしてそう、騒がしいの!」

マデリーンが苛々と声を上げた。
部屋の仕切りを作るなんて初めてで、つい、はしゃいでしまっていた。
きっと、作業が終わるまで、文句をいうのも我慢していたのだろう。
マデリーンは厳しいが、礼儀正しく作法が身についているらしい。
家庭教師の先生を思い出すわ…

「マデリーン、煩くしてごめんなさい、静かにするわ、それと、これ…」

わたしはマデリーンから預かっていたお金の残りを返した。
マデリーンはまだ苛々していて、「私は新品が良かったのよ!」と怒鳴った。

「申し訳ありません、明日買いに行きますので…」
「そんな事したら、私が上級生に睨まれるじゃない!」
「大丈夫ですわ、この布はわたしが貰いますから!」
「こんなの、何にするのよ?」

「色々出来ますわ!刺繍をしてクッションカバーにしてもいいですし、
チェストに敷いてもいいですし、埃避けにも使えますし…」

「そんなのする位なら、私なら勉強するわ、あなた将来はメイドにでもなるつもり?」

マデリーンに言われ、わたしはそれに気付いた。
『エバ』は、将来何を目指すのだろう?
彼女は魔力が強く、勉強も出来る、マデリーンと何処か似ている…

「マデリーンは、将来何を目指しているのですか?」
「王宮の官僚」
「まぁ!凄いですわ!」
「そうよ、だから、勉強の邪魔しないで」
「分かりました、勉強頑張って下さい、マデリーン」

わたしは片付けに戻った。

夜になり、マデリーンは「やっぱりこの布でいい」と言い出した。
半日見ていたら慣れたし、落ち着くと。

「分かりますわ!とても素敵な色ですもの…」

わたしはつい、その布を撫で、頬擦りしてしまい、マデリーンを引かせてしまった。





自分たちで掃除をしなくてはいけないが、
部屋にはバス・トイレが付いていて、とても便利だ。
わたしはそれを短時間で磨き上げ、マデリーンを驚かせた。

エバになってからというもの、使用人の仕事や雑用をしていたので、
コツも分かっているし、慣れもあり、全く苦にならなかった。
屋敷での仕事を考えると、寮の生活は天国だった。

「エバは掃除が上手なのね…私では、こんな風にはならないわ、
しかも、短時間で…」

マデリーンは頻りに頭を捻っている。

「わたしも最初は下手で、毎日叱られていましたわ」
「あなた、どんな生活してたの?平民?」
「男爵令嬢ですが、12歳の頃から公爵家で奉公していましたので」
「馬鹿っぽいのに、苦労してたのね…」

多分、マデリーンが想像している以上の苦労を…
わたしは笑顔で誤魔化した。

「なので、掃除は任せて下さい!繕い物も出来ます!得意ですわ!」

使用人として鍛えられた事もあり、
手作業や手先の器用さには少し自信があった。
だが、マデリーンは真面目な子の様で、気真面目に背を正し返した。

「そんな分けにはいかないわ、共同生活だもの、平等が第一原則よ」
「それでは、その分、わたしに勉強を教えて下さいませんか?」
「勉強?」
「マデリーンは勉強が得意でしょう?わたしは賢く無いので、お願いします!」
「それは、構わないけど…教えるだけで、代筆はしないからね!」
「はい、ありがとうございます、マデリーン!」
「その、たまにだけど、私にも掃除を教えて…将来そういう仕事に就く
分けじゃないけど、一人暮らしをした時に役に立ちそうだから」

こんな事もあり…気付くと、わたしたちは打ち解け、仲良くなっていた。
勿論、煩くすると怒られますが。


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