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世界で一番幸せな令嬢は、すり替わられる

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わたし、オーロラ・モラレスは世界で一番幸せな少女だった。

豊かで美しい金髪に、印象的な紫色の目。
整った顔立ちに透ける様な白い肌、ふっくらとした赤い小さな唇。
華奢な体、繊細な指…
わたしと会った者は、口を揃えて、「天使のようだ」、「お人形だ」、
「なんて美しい小さな令嬢なんだ!」と褒め称え、うっとりとした。

一人娘のわたしは、両親の愛を一身に受けていた。
両親は立派な人で、モラレス家は由緒も正しく、
パーティには必ず招待される。皆が両親を褒め、傅いている。

屋敷では沢山の使用人たちが働いているが、皆が両親を尊敬している。
いつも両親を崇め、褒め称えている。
そして、わたしは皆から「お嬢様」「オーロラ様」と呼ばれ、愛されている。

わたしには婚約者もいる。
相手は、我がウィバーミルズ王国、第三王子のウィリアムだ。
彼はわたしよりも一つ年上で、婚約式を挙げたのは、数カ月前…
彼が魔法学園に入学する直前だった。
その時に初めて話しらしい話をしたが、あまり印象に残ってい無い。
彼は王子らしく礼儀正しいが、生気が無く、面白味の無い人だった。
大変ガッカリしたが、彼にも良い点はある、ダンスが上手だった事、
後は「美形」という所。
結婚したら、さぞ美しい子供が産まれるだろうと、皆から言われている。

わたしには家庭教師がついていて、同じ年の使用人エバと一緒に
勉強を習っている。彼女はわたしの友人でもあり、身代りでもある。
エバがモラレス家に来たのは十二歳の時で、その時に両親から言われた、
「おまえが悪い事をしたら、エバが罰を受けるんだ」
「エバはその為に居る」
由緒正しい家での伝統的な躾方法で、両親もそうして育てられたと言った。

わたしは悪い事はしなかったが、失敗はたまにしてしまう事があり、
その時はエバが家庭教師や両親から叱られていた。
叱られるだけの時もあれば、手を鞭で打たれたりする事もあり、
最初わたしはエバが可哀想に思えた。
「痛くないの?」と聞いた事があるが、エバは黙って頭を振った。
わたしは、「ああ、良かった、エバは強いのね!」と思った。

使用人たちは、エバがわたしの代わりに叱られたり、打たれた時には、
特別手当…お小遣いを貰えるのだと教えてくれた。
エバの家は男爵だが貧しく、弟妹が4人居て、エバが家を出て働く事に
なった。エバは魔力が強く、勉強したがっていた。勉強させて貰え、
礼儀作法も習えるるとあり、モラレス家で雇われたのだ。

エバがお小遣いを貰っているのだと知り、わたしはエバの為にもなると思い、
失敗しても気にしなくなった。

わたしの世界はいつも美しく、楽しいもので、光輝いていた。
わたしは皆から愛され、優しくされる、世界で一番幸せな少女だった。

そう信じて疑わなかった。


14歳の誕生日が来るまでは___


◇◇


14歳の誕生日、わたしは朝から幸せ過ぎて、舞い上がっていた。

湯浴みをし、誕生日の為の特別なドレスを着て、
髪もくるくると巻いて貰い、お化粧をする。
鏡の中の自分は、いつもより、少しだけ大人に見えた。

「ふふふ、お誕生日おめでとう!オーロラ!」

鏡の中の自分にキスをし、部屋を飛び出した。

階下にはわたしの為に沢山のプレゼントが届いていて、わたしを更に喜ばせた。
ただ、婚約者からのプレゼントは、豪華でも無い平凡な花束と、
本が三冊でガッカリした。だが、他の名も知らない方々からのプレゼントは
目を見張る程素晴らしく、大変うっとりしたので、直ぐに忘れてしまった。

プレゼントを開くのに飽きてきた所に、誕生日のケーキが運ばれて来た。
特別なケーキで、三段になっていて、沢山の花や果物で飾られている。

「ああ、なんて素敵なの!」

わたしはプレゼントを放り出し、ケーキの元に走った。
しかし、運の悪い事に、わたしは足を滑らせてしまった。
ケーキに辿り着く直前、わたしは転んでしまい、それだけなら良かったが、
驚いた使用人がケーキを落としてしまった。
この惨事に、この場に居た全員が固まった。

パーティにはまだ時間があり、招待客が来ていないのは幸いだったが、
片付けやケーキの買い出しにと、場が騒然となった。

「オーロラ、おまえだな」

父に言われ、わたしは床から起き上がると、痛む足を擦りながら、
「ごめんなさい」と謝った。

「今日はおまえの誕生日だから、厳しくは言うまい、
おい、誰かオーロラの怪我を見てやりなさい___」

父はすんなりと許してくれた。
いつもであればエバが呼ばれ、連れて行かれる所だ。
わたしは拍子抜けした。





わたしの誕生日のパーティが終わると、
夜は大人たちでパーティが行われる。

部屋に戻り、寝る支度をすませ、今日一日の楽しかった事を思い出し
ながら眠ろうと、ベッドに入った時だった。

「コンコン」

部屋のドアが、小さくノックされた。
母がおやすみの挨拶をしに来たのかと思い、わたしはベッドを降り、
ドアを開けた。だが、そこに立っていたのは、母ではなく、エバだった。

「エバ!?どうしたの?」

こんな時間にエバが訪ねて来る事など、今まで一度も無かった。
エバは普段の地味で質素なワンピース姿で、寝る準備もしていない様だ。
わたしはいつもとは違う雰囲気に、エバを心配し、部屋に入れた。

「エバ、入って」

「オーロラ様、今日はお誕生日おめでとうございます」

部屋に入ったエバは、ポツリと言った。
わたしは驚きながらも、喜んだ。

「ありがとう!わざわざそれを言いに来てくれたの?」

「わたしも今日、誕生日なのをご存じですか?」

そういえば、去年だったか、そんな事を聞いた気がする、
同じ誕生日だなんて奇遇ね!と盛り上がった。

「そういえば、そうだったわね、エバもおめでとう!
楽しいお誕生日だった?」

わたしが聞くと、エバは薄く笑った。

「はい、とても…
わたしからも、オーロラ様にお誕生日プレゼントを差し上げたくて…」

「まぁ!エバ、ありがとう!うれしいわ!」

「オーロラ様、手を…」

エバがわたしの両手を握る。
そして、エバの灰緑色の目が、わたしの目を覗き込んだ。
その目を見ていると、段々と意識が遠くなっていく…





「はっ!?」

目が覚めた時、わたしはみすぼらしい部屋の、固いベッドの中に居た。
倉庫みたいに狭く、薄暗く、殺風景で寒い部屋…ここは、何処だろう?
起き上がると背中が酷く痛んだ。

「痛い…どうしたのかしら?」

喉も少し枯れてしまっている。
わたしはのろのろとベッドから這い出た。
その時、自分が身に着けているのが、装飾の一切無い、ごわごわとした
アイボリー色の生地のワンピースだと気付き、わたしは驚愕した。

「まぁ!なに、この酷い格好!?これが服と言えるの!?」
「誰がこの様な物をわたしに着せたのかしら…酷いわ!」
「ああ、それに、とても寒いわ…」
「熱が出てきそうよ…」

わたしは自分の体を両手で擦った。
そこで、わたしは違和感に気付いた。

「この髪色は、なに?」

わたしの髪は目にも鮮やかで美しく梳かされた金髪の筈だ。
なのに、肩に掛かるこの癖の付いた、ぼさぼさとした髪は、赤茶色。
わたしはそろそろと、自分の手を見た。
細く骨ばった白い手…あちこち、痣や傷がある。
ワンピースから出た足も、痣や傷だらけだ。

「わ、わたしじゃない…!!」

わたしである筈が無い!
わたしは慌てて、壁に掛かる壊れかけた鏡に、自分の姿を映した___

「…エバ?」

そこに映っていたのは、何故か、エバ…エヴァンジェリン・マシューズだった。



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