【完結】悲しき花嫁に、守護天使の奇跡は降りそそぐ

白雨 音

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わたしはカルロスに望んでばかりだった。
お互いの合意の元、とんとん拍子に婚約をし、彼がわたしのものになるのを当然と考えていた。
でも、違っていたのだ。
わたしは努力をしなくてはいけなかったのだ。

カルロスに好きになって貰える様に___

それに気付けたのは、アンジェル=マイヤー男爵令嬢のお陰だった。

「ふふ…」

刺繍を刺しながら、わたしはそれを思い出し、笑っていた。

素敵な出会いだった。
令嬢の友達は他にもいるが、ほとんどは貴族学院で知り合った同級生で、
アンジェルとルイーズには、彼女たちとは少し違った雰囲気があった。

「友達になれたらいいのだけど…」

わたしはそんな想いと感謝を込めて、刺繍を刺した。
そして、お礼状と共にマイヤー男爵家に送ったのだった。

二人への刺繍が完成し、次にカルロスへの刺繍を始めた。
考えてもれば、婚約式以降、こういったやり取りはしていなかった。

「わたしって、本当に気の利かない婚約者ね…」

自分にガッカリしつつ、わたしは丁寧に刺繍を刺していった。


カルロスへの刺繍が出来上がり、短い言葉を添えて送った。
その翌日に、一通の手紙が届いたので、カルロスからだと疑わなかったが、
差出人はルイーズだった。

「ルイーズからだわ!」

《素敵な刺繍をありがとう!___》

便箋の二行を使い、刺繍を称賛してくれ…

《来週末はこちらで過ごすのはいかが?》
《あなたをマイヤー邸に招待したいの!》

お茶会と晩餐会の誘いで、ゆっくり出来る様、一泊していって欲しいという事だった。

「お友達の館に招待されるなんて、久しぶりだわ!」

父の投資の失敗から、家中が暗く、友人たちとも疎遠になっていた。
婚約してからは幾らか明るさが戻ったものの、今度は結婚式の準備で忙しくなった。
だが、その間も、カルロスは友情を育んでいた様なので、わたしも彼を見習う事にした。
それに、新鮮な経験をすれば、カルロスに会った際に話せるかもしれない。
カルロスがいつもわたしにしてくれる様に…

わたしは直ぐに両親に話し、許可を得ると、喜んで受ける意を書き、早馬で届けさせた。


◇◇


結局、翌週、わたしが館を出るまで、カルロスからの手紙は無かった。
気になりつつも、わたしは久しぶりの馬車旅を楽しんだ。
マイヤー男爵家のあるアザールの町までは、馬車で一日半掛かるが、
目新しい景色に加えて、侍女のアンナが一緒に来てくれていたので、退屈する事は無かった。

景色を存分に楽しみ、予定通りに、マイヤー男爵家に辿り着いた。
男爵家は大通りから少し丘に上がった所にあり、周囲にはあまり館は無く、静かだった。
歴史を感じる、古い煉瓦造りの館で、然程大きくはないものの、堂々と聳え建っている。
小さな庭があり、赤く色づいた葉を茂らせた大きな樹、それに、彩豊かな花々が植えられ、見事な景観を作っていた。

「素敵だわ!」

馬車から降りたわたしは、思わず見惚れ、感嘆の息を吐いていた。
すると、バン!と勢い良く玄関の扉が開き、茶髪の令嬢…ルイーズが飛び出して来た。

「フェリシア!来てくれてありがとう!さぁ、入って!
ピエール、荷物をお願いね!」

ルイーズは挨拶もそこそこに、わしの手を引いて玄関に入ると、中央の階段を上って行く。

「あなたのお部屋は二階に用意したわ、マイヤー邸一番の見晴らしの良いお部屋よ!」
「ありがとうございます」

用意された部屋は、木の家具に囲まれた、温もりのある部屋だった。
カーテンにはリボンやフリルが付いていて、ベッドカバーはパッチワークだ。
クッションも明るい色ばかりで心が華やいだ。

「まぁ!可愛いお部屋ですね!御伽噺に出てきそうだわ!」
「気に入って貰えたかしら?」
「勿論です!」
「クッションやベッドカバーを作ったのは母なのよ、母はこういう事が得意なの、きっとあなたと気が合うわ!
あなたの刺繍を見て、ピンときたの!でも、残念ながら、今は夫婦で旅行に出ているのよ」

ルイーズが肩を竦めてみせた。

「少し休みたいでしょう?お茶の時間には呼ぶわね。
侍女のお部屋は隣よ、自由に使ってね」

部屋に案内されたアンナも喜んでいた。

「侍女にまでお部屋があるなんて!
男爵家だなんていうから、期待していなかったんですけど、随分、裕福そうじゃありませんか?」

その通りで、庭はきちんと手入れをされているし、館の中も掃除が行き届いている。
部屋の家具も派手さはないが、良い造りの物ばかりだ。

「アンナ、そういう事は言っては駄目よ」

わたしは人差し指を立てて見せた。
アンナは「すみません」と小さくなった。
伯爵家から出て、気が緩んでいるのだろう。

「いいのよ、アンナ、あなたも楽しんでね」

わたしが言うと、アンナの顔がパッと輝いた。


わたしは窓辺に行き、外を眺めた。
前庭、門の向こうには、小さく町が見える…
いつも見ている景色とは違い、心が洗われるみたいだった。

景色を楽しんだ後、少し休む事にして、わたしはベッドに入った。
鳥のさえずりが聞こえ、いつの間にか眠りについていた。


「こちらです___」

お茶の時間に呼ばれて行くと、そこは庭に面したテラスで、
白いテーブルにはアンジェルが一人着いていた。

あら…?

わたしは不思議な既視感に捕らわれた。
何故か、懐かしい気がしたのだ。

ガタン…

音がして、わたしは我に返った。
アンジェルが立ち上がったのだ。
陽の下で見ても、彼女は背が高く、スラリとしていた。
そして、今日もフェイスベールを着けている。
いつも着けているのかしら?
怪我?それとも、傷があるのだろうか?
気にはなったが、詮索はしてはいけない。他でもない、アンジェルが傷付くかもしれない…

「フェリシア、この度は招待を受けて下さって、ありがとうございます。
その…申し訳ないのですが、姉が急に出掛けてしまって…
私一人なのですが…」

アンジェルが困った様に言う。
ルイーズの不在を気にしている様だ。

「わたしは構いません、ルイーズには先程お会いしたので。
それに、あなたと二人で話したいと思っていたんです。
お礼状には詳しく書けなくて…パーティの時の事、本当に感謝しているんです」

「いえ、そんな…どうぞ、お掛け下さい」

アンジェルは焦りながらも、わたしに席を勧めてくれた。
わたしたちが席に着くと、館のメイドたちが紅茶とケーキスタンドを運んで来た。
それと同時に、茶色の短毛の大きな犬がやって来て、アンジェルの足元に擦り寄った。
アンジェルは手慣れた手つきで犬の頭を撫でてやり、わたしに紹介してくれた。

「家族のジョイです、もう老犬なんです。
ジョイ、友人のフェリシアだよ」

アンジェルが言うと、ジョイはわたしの方を見て、ゆっくりとこちらに来た。
足元を周り、臭いを嗅いでいる様だ。
それから、ヒョコリと顔を上げた。頭を傾げて伺うようにこちらを見る。
黒い宝石のような瞳に、大きな垂れた耳…

あら?

何処かで見た気がした。

「犬を飼っているのね、可愛い、よろしくね、ジョイ」

わたしはそっと、頭を撫でた。
ジョイはわたしの膝に顎を乗せ、気持ち良さそうに目を伏せた。

「あなたを気に入ったみたいです」

アンジェルに言われ、わたしは「光栄だわ」と笑い、また頭を撫でた。

「フェリシア、お礼が遅くなってしまいましたが、刺繍をありがとうございました」

「いいえ、でも、刺繍なんて必要ありませんよね、後から気付きました」

刺繍をする令嬢は多い、ルイーズとアンジェルがしていても不思議ではないし、
彼女たちの母親は手芸が好きな様だ。

すると、アンジェルは薄い青色の目を大きくして言ってきた。

「必要ないだなんて!一針一針が丁寧で、絵柄も素敵で、
何より、私たちの事を考えて作って下さった事が分かり、心の籠った贈り物に胸を打たれました」

たかが刺繍のハンカチを絶賛され、わたしは恥ずかしくなった。
じわじわと頬が熱くなる。
誤魔化す様に紅茶のカップに手を伸ばした。

「そんな、大袈裟ですわ…」

「いいえ、大袈裟ではありません、真実です」

彼女は言い切ると、長い睫毛を伏せ、フェイスベールの下で紅茶を飲んだ。
アンジェルの事を、内気で気の弱そうな人だと思っていたが、意外にも、芯を持っている人の様だ。
それにも好感が持てた。

「ルイーズとアンジェルは、刺繍をされますか?」

「いいえ、姉はお洒落や化粧には詳しくセンスも良いのですが、
じっとしていられない様で、手芸等は大の苦手なんです。
刺繍を頂いて、飛び跳ねて喜んでいました」

その姿が容易に想像出来、つい笑ってしまった。

「私も刺繍はしません」

アンジェルがついでの様に言い、わたしは笑いを止めた。

「そうなんですか?」

それこそ、刺繍をしている姿が想像出来たので、意外だった。

「はい、ですが、見るのは好きです、心が癒されますので…
あの、もし、お疲れでなければ、庭を案内します…といっても、小さな庭ですが…」

アンジェルはまたもや、内気で気の弱そうな令嬢に戻り、もじもじとして言った。

「うれしいわ、是非、お願いします」

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