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本編
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しおりを挟む魔王を歓待する催しとして、急遽三日後、武闘大会が行われる事となった。
城の衛兵や騎士たちの腕自慢だ。
この大会に優勝する事は大変に名誉な事で、名を知らしめる事も出来、
上役に引き立てられると囁かれていた。
大会で認められれば、レイモンが願っていた出世も叶うのだ___
「レイモン様、頑張って下さい、応援しております」
「ありがとう、ソフィ!漸く、僕の力を見せられるよ!」
レイモンも張り切っていたのだが、
大会の前日、昼食時に会ったレイモンの左腕は、包帯で巻かれ、吊られていた。
「その腕は、どうされたのですか!?」
「剣の訓練中にね、腕を痛めてしまって、暫く動かせないんだよ…
大会の前日だっていうのに、全く、僕はツイて無いよ…」
見るからに痛々しく、わたしは気の毒になった。
「まぁ…お気の毒に、わたしにお手伝い出来る事があれば、言って下さい」
「ありがとう、ソフィ、だけど、利き手じゃないし、そこまで不便では無いんだ」
レイモンは明るく言った。
腕を痛め、任務にも就けず、あれ程願っていた出世が叶うかもしれない武闘大会にも
出場出来なくなったというのに、暗い表情を見せない。これが彼の強さかもしれない。
だけど、きっと、胸の内では落ち込んでいるだろう…
「サンドイッチ、お取りしますね」
わたしはバスケットから彼の分のサンドイッチを取り、渡した。
「ありがとう、君は優しいね、ソフィ」
レイモンが甘い笑みを見せ、わたしは笑みを返し、自分の分のサンドイッチを取った。
「ソフィ、魔王の事だけど、何か聞き出せたかい?」
レイモンは毎日聞いて来るが、わたしはいつも同じ答えしか返していなかった。
「いいえ」
今日もやはり同じだったが、レイモンもそろそろ気付いてきた様だ。
「ソフィ、もう少し真剣に考えてくれないかな、嫌なのかい?」
「こんな事、わたしには無理だわ…」
「ソフィ、君なら出来るさ」
レイモンは励ます様に、わたしの手を握り、笑みを見せた。
「実は先日、宰相から直々に頼まれたんだよ、君が有力な情報を聞き出してくれたら、
僕を昇進させてくれるとね、僕たちの為にも頑張らなきゃ、ソフィ!」
わたしたちの関係は秘密の筈なのに、何故、宰相がレイモンに頼むのだろう?
それに、わたしが聞き出す事で、何故、レイモンに昇進の約束をするのか…
レイモンが聞き出すというならまだしも、実行役はわたしなのに…
いつもであれば、疑問は頭の中で留めただろう、だけど、疑問と違和感とで、黙っていられなかった。
「宰相様は何故、わたしに直接お頼みにならないのでしょうか?」
「君は侍女だろう?君の身分では、宰相とは話せないよ」
「でも、聞き出すのはわたしでしょう?それなのに、人を介すだなんて…」
「それは、僕だからさ、僕は君の婚約者だからね、僕たちは一緒なんだよ、ソフィ」
「でも、わたしたちの関係は秘密の筈でしょう?こうして、隠れて会っているわ」
尤も、知っていた衛兵もいたが…
「どうしたんだい?今日の君はやけに気難しいね?ああ、王妃の事があったからかい?
大丈夫だよ、王妃の悪評も、君の活躍で挽回出来るさ!」
クリスティナがエクレールを罠に嵌めようとし、逆に悪行が露呈してしまった事は聞いたし、
城では、知らない者はいない程、噂になっている。
自業自得の姉の悪評を、何故挽回しなくてはいけないのか?
それも、わたしの活躍で?
とんでもない!
あの性根の悪さは、もっと早くに露呈すべきだったし、
もっと地に落ちれば、少しは改心の情も湧くかもしれない。
いいえ、あの姉では難しいいかしら?
皮肉に思っていると、レイモンがわたしの手を引いた。
その甘い瞳をわたしに合わせ、甘い笑みを見せると、
「ソフィ、君だけが頼りさ」
彼はわたしの頬に唇を押し付けた。
答えて貰えていないわ…
レイモンは誤魔化したのだろうか?
◇◇
武闘大会には、わたしもエクレールのパートナーとして同席する事となった。
勿論、エクレールが強くそれを望んだからだ。
「私の同伴者として相応しい装いをしろ」
エクレールは知らないのだろうか、女性が一人で着飾るのには無理があるという事を。
出来る範囲で我慢して貰おう…と、部屋に入ったのだが、驚く事に、
そこには、エクレールの城の…フードの者たちが待ち受けていた。
「ええ!?どうして!?わざわざ来てくれたの!?」
『キキ!キュイキュイ!』
「分からないけど、手伝ってくれるのね、ありがとう!」
エクレールの指示で仕方なく…であれば、罪悪感が湧くが、
フードの者たちは『キュイキュイ!』と声を上げ、身軽に飛び跳ねて見せてくれ、
わたしはもう一度、「ありがとう」と礼を言った。
ドレスもフードの者たちが選んでくれていて、手早く着せてくれた。
化粧を施され、癖のある赤毛は綺麗に梳かされ、豪華にセットされた。
その髪には、美しい艶まで見え、わたしは感嘆した。
フードの者たちの努力の甲斐もあり、鏡の中のわたしは、洗練された令嬢に見えた。
「凄い…わたしじゃないみたい…!」
『キュキュ!』
「分からないけど、ありがとう」
だが、仕上げに豪華過ぎる宝飾品を付けられそうになったので、それは断った。
「もっと、シンプルな物が良いわ、落としたら大変だもの!」
武闘大会は、急遽、城の庭を使い設営した闘技場で行われる。
屋外であり、城に仕える者たちが観覧に訪れるので、人も多いだろう。
出来れば、目立ちたくはない。
人目に付き、クリスティナと比べられるのも嫌だった。
『キュイ!』
フードの者たちは、わたしの要望に応え、細い金色のネックレスを選び、着けてくれた。
小さな赤色の宝石が付いていて、高価だろうが、品は良かった。
「素敵ね、ありがとう!」
『キュイキュイ!』
フードの者たちは満足したのか、部屋の奥の扉から出て行った。
もしかして、魔界と繋がっているのだろうか?
好奇心に押され、その扉に手を伸ばしたが、わたしが幾らドアノブを回そうとしても、
それは動かなかった。
「成程ね」
必要の無い者には、扉が開けられないのだろう。
そうでなければ、この豪華過ぎる部屋を、誰かに見られる恐れもある。
エクレールは抜け目の無い人だ。
わたしが部屋を出ると、エクレールが待ち構えていた。
そして、わたしを頭から足先までじっくりと検分し、「いいだろう」と頷いた。
偉そうだわ!
エクレールなど、いつもと同じ格好だ。
わたしは唇を尖らせ、高慢な女性を演じ、それを指摘した。
「エクレール様はその恰好でよろしいのですか?」
「これが私の正装だ、華やかに着飾っては、魔王の威厳が無くなる」
確かに、その通りだ。
白い衣装などを着けては、魔王か天使か分からなくなるし、
もし、彼がピンクのセーターなど着た日には…!!
想像し、思わず吹いてしまった。
「楽しそうで何よりだ、ソフィ」
「あなたが笑わせるからよ!」
顔を上げた時だ、エクレールが手を伸ばし、わたしの髪に黄色い花を挿した。
ドキリ。
「似合っている」
エクレールが満足そうな笑みを浮かべる。
わたしは気恥ずかしさに顔が熱くなり、言葉が浮かんで来なかった。
「さぁ、行くぞ、ソフィ」
エクレールが腕を出し、わたしは促されるままに、その腕に手を添えていた。
闘技場の手前で、わたしはレイモンの姿を見つけ、咄嗟にエクレールの腕から手を抜いていた。
レイモンはこちらを見ていたが、その顔には、いつも通り、笑みがあった。
わたしに向かって手を振ると、ウインクし、観覧席へ入って行った。
レイモンに、わたしとエクレールの仲を心配する気配は無かったが、
わたしが彼から何か聞き出す事は期待している様だ。
わたしは急に気が重くなった。
「レイモンは試合に出ないのか?軟弱な奴だ」
エクレールが小馬鹿にする様に言ったので、わたしの意識も引き戻された。
「見てお分かりでしょう?彼は怪我をしたの、昨日、剣の訓練中に!
試合に出られない事で一番悔しい思いをしているのは、レイモン様よ、
酷い事は言わないで下さい!」
「フン、試合の前日にか?剣の訓練中に…」
その目には嘲りが見え、わたしはエクレールが何かを言わない内に、
その腕を掴み、観覧席に向かった。
魔王の席は王の隣で、王の逆隣は当然クリスティナの席だった。
クリスティナは従者に大きな傘を持たせ、自分は涼しい顔をしていた。
相変わらず、陽差しが嫌いらしい。
「魔王様、今日は楽しんで頂けますぞ!」
王が上機嫌で魔王に挨拶をし、クリスティナも渋々こちらに顔を向けた。
そして、わたしを見て、ギョっとしていた。
「ほう、そなた、真に王妃の妹か?私の記憶と随分違う…見違えたぞ、
着飾ればどの様な者でも変わるという事か、いや、結構!」
王が例により、失礼な賛辞をくれた。
だが、王から及第点を捥ぎ取れる日が来るとは、思ってもみなかった。
エクレールの顔を潰さずに済んだし、手によりを掛けてくれたフードの者たちも喜ぶだろう。
だが、クリスティナは苛立った様だ。
「魔王様、私程度の美貌の者は珍しくないと言われていましたが、
ソフィ程度の者はどれ程いますでしょう、星の数かしら?」
クリスティナの嫌味に、王も流石に「これ、王妃、口を慎みなさい」と止めた。
勿論、クリスティナは悪びれず、意地悪い笑みを浮かべている。
エクレールが困ると思ったのだろうが、彼は当然の様に答えた。
「ソフィは唯一無二だ、愛する者が我が世界の中心、一番に決まっておろう。
そうだな、王よ」
同意を求められた王は、破顔し、愛する妻に甘く囁いた。
「勿論、その通りだ!私にとって、おまえが一番だぞ、クリスティナ」
「まぁ!嫌ですわ、王様!私はこの国で一番、いいえ、世界一の美女です、
だから王妃になれましたの、そうでしょう?王様」
クリスティナは自分が絶世の美女だと信じて疑っていない。
その上、自己中心的で、自分の意見こそ正義という者だ。
話が嚙み合わず、思惑が外れてしまった王は、もごもごと何かを言い、前に向き直った。
武闘大会は、剣のみで競うもので、足技や手を使う事は禁止とされ、
私用する剣も同じ物が用意されていた。
観覧席には城の使用人たちも詰めかけていて、熱狂していた。
王も観戦が好きらしく、熱心に試合を見ていた。
その隣のクリスティナは興味無さげで、侍女に色々と用事を言い付けていた。
「紅茶はまだなの?」「お菓子もよ」「ああ、退屈だわ」と不満気だった。
いつもであれば、部屋に引き籠るだろうクリスティナが、この場に止まっているのは不思議だ。
悪評を拭おうと努力しているのだろうか?
エクレールは熱狂まではしていないまでも、それなりに面白そうに試合を眺めていた。
時々王から話し掛けられ、答えている。
「今のを見ましたかな、魔王様!流石我が国の騎士団長だ!素晴らしい!」
「ふむ、器用だな、中々頭を使っているらしい」
「そうですぞ!我が国の騎士たちは賢い!天晴じゃ!」
「力量を知恵と知識で補おうというのだな、やるな、人間共も」
こちらも、若干会話は噛み合っていないが、二人共気にしていない様だ。
そして、わたしはというと、やはり、レイモンが出場していない事で、あまり興味は無かった。
ただ、レイモンの様に、誰か怪我をしなければ良いと恐々見ていた。
「なんだ、つまらなそうだな、ソフィ」
エクレールに言われ、わたしは小声で返した。
「真剣を使うなんて、危ないし、怖いもの…」
「試合だ、死にはしない」
「何人も怪我をしていますわ!」
「怪我は直ぐに治る、それよりも、強さを証明したいのだろう」
「エクレール様にも、そんな時があったのですか?」
「いや、同等の相手がいないからな」
「でも、魔力抜きならば、大した事は無いのでしょう?」
「フン、言うではないか、だが、その通りだ」
エクレールはニヤリと笑った。
「それでは、今度、魔法抜きで、わたしと釣りの競争をしましょう!」
「それこそ、相手にならん、おまえは餌も付けられないではないか」
「チヴ茸探しはいかがですか?わたし、得意なんです!」
「全く、おまえと居たら退屈しないな___」
わたしがエクレールの観戦の邪魔をしている間も、試合は進み…
そして、優勝者が決まった。
優勝したのは王が話していた騎士団長だった。
騎士団長は表彰され、称えられ、王から名誉あるお言葉を頂いていた。
「王様にお願いがございます!」
騎士団長の声は、その見事な腹筋のお陰か、闘技場に響き渡った。
「外ならぬ優勝者の頼みとあれば、聞かぬ訳にはいかんな、申してみよ」
「そちらにおられます、魔王様と一戦交えたく思います!」
これには、王だけでなく、周囲も予想していなかった事で、騒然となった。
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