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本編
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しおりを挟む『一度決めた事に、私は従う』
やっぱり、あの事よね?
花嫁に迎える___
それに、先程は【おまえは私のものだ、おまえも直ぐに私を好きになる】とも言った。
でも、一度決めた事に従うというなら、【嫌がる事はしない約束する】も有効よね?
何かあれば、それを言葉質にしようかしら?
頭を巡らせ考えていると、
目の前のスープ皿にボトボトと何かが落とされ、わたしは二度見してしまった。
真っ黒いわ…
具も何もかも、黒い…
何かの嫌がらせかと思ったが、男は普通にそれを口に運んでいた。
仕方なく、わたしもスプーンを手にし、それを掬ってみた。
ドロッとしていて、変な粘着がある…
初めて目にするもので、何だか分からないが、見るからに悍ましく、
食欲を奪われた。
だが、出された料理に口を付けないのは、失礼だろう。
見た目は酷いけど、味は普通かもしれないし、もしかしたら、美味しいかもしれないわ!
そう、見た目ではないわ!!
変にコンプレックスを刺激されしまったわたしは、覚悟を決め、それを口に入れた…
「んぐ!!!??」
味わった事の無い奇妙な味と、悍ましい口当たりに、わたしは固まった。
何とか飲み下し、急ぎ水の入ったグラスを手に取った。
水があって良かったわ…
「口に合わぬか?」
男が気に掛けてくれ、わたしは安堵した。
これを無理矢理食べろと言われたら、わたしに出来る自信は無い。
見た目通り、恐ろしく不気味で悍ましい料理だった。
変な敗北感を味わったわたしは、気力を失い肩を落とした。
「はい、すみません…」
「気にするな、育った環境の違いだ、無理はせず、食べられる物だけ食べるがいい」
「はい、ありがとうございます…」
この時ばかりは、彼の寛大さに感謝したのだった。
出て来る料理は皆黒く、そして、得体が知れないものばかりで、見た目にも味にも、
食欲を奪っていくのだから…
「おまえはもう少し太った方が良い、これは肉が付くぞ」
そう言われて運ばれて来たのは、真っ黒な巨大な幼虫の姿焼きで、
わたしは軽く気を失ってしまった。
「ソフィ、どうした、大丈夫か!?」
男が駆けつけ、わたしの頬を叩いたので、わたしは心行くまで気を失う事も出来なかった。
ああ、忘れてしまいたい!夢だと思いたいのに!!
「いや…虫は嫌!!」
「蟲ではない、これは幼虫だ」
「どちらでも同じです!!」
「いや、違うぞ、幼虫の時は肉も柔らかく甘い、血のソースが…」
「いやー――――――――(聞きたくない)!!」
「突然叫ぶな、驚くだろう、そこまで嫌ならば、おまえたち、食べていいぞ」
男が言うと、フードの者たちが『キュイキュイ!』と喜びの声を上げ、
皆で皿を抱え、あっという間に運んで行った。
彼等にとってはご馳走だった様だ。
それを振る舞われたのだから、感謝すべき処だろうが…
やはり、感謝をするのは難しかった。
悪夢だわ…
悪夢に違いない…
結局、わたしが口に出来たのは、害の無い木の実と果実だけだった。
「おまえが小さい理由が分かった」と男は言ったが、多分、間違っているだろう。
わたしは否定する気力も無く、部屋へ戻り、さっさと着替え、ベッドに入ったのだった。
「わたしはなにもみていない、わたしはなにもたべていない…」
幸いというべきか…あまりのショックで、部屋に鍵が掛かるかどうかとか、
あの男が夜這いに来ないかという不安は、完全に頭から消えていた。
兎に角、今見た悪夢を忘れようと、眠る事に専念したのだった___
◇◇
翌朝、わたしの元に届けられた朝食は、見慣れたクロワッサン、ベーコン、
目玉焼き、そしてカフェオレで、わたしは驚きと共に、心底安堵したのだった。
「ああ!何て美味しそうなの!これこそ、夢に見た朝食だわ!」
『キキ!!キキ、ピュピュ!!』
フードの者たちが何やら説明してくれていたが、全く理解出来なかった。
「ごめんなさい、全く分からないわ」
わたしが言うと、彼らは肩を落とし、悲しそうに『キュイキュイ』言っていたので、
申し訳ない気持ちになった。
「言葉が分かるといいんだけど、何語なのかしら?」
皆、背がわたしの腰辺りまでしかないから、小人族だろうか?
フードを被っている上にマスクを着けているのか…顔が全く見えないし、
手にも黒い手袋を着けているので、どういう人なのか分からない。
その上、皆同じフードを被っているので、誰が誰か見分けも付かない。
それにしても、本当に小人族は存在していたのね…
世界はわたしが思うよりも、ずっと広いわ…
わたしは感心しながら、美味しい朝食を時間を掛け堪能したのだった。
「ああ、美味しかった!ご馳走様」
最高のクロワッサンに卵、ベーコン、カフェオレだった。
城で出される食事に似ているかもしれないが、侍女の身分では、朝は精々、
クロワッサン一つをカフェオレで流し込む位だ。
お陰で、昨夜の悪夢の様な晩餐はすっかり払拭出来た。
『キュイキュイ!』
フードの者たちも喜び、飛び跳ねながら空の皿を下げて行った。
「ふふ、可愛い!」
恐らく、年齢は大人なのだろうが、背が低いのでつい、子供の様に思えてしまう。
それに、彼らは皆、身軽で陽気だった。
朝食が終わると、わたしは急に時間を持て余した。
勝手に連れて来られ、軟禁されているのだから、客人として過ごせば良いのかもしれないが、
悲しいかな、客人になった経験が無く…何をしたら良いのか分からない。
だが、考えるべき事はあった。
「ここから出る方法を考えるべきよね…
あの頑固者を説得する術を考えなくては…」
意図した訳では無かったが、わたしの足は本棚に向かっていた。
本棚にはびっしりと本が並べられていたが、どれも馴染みの無い奇妙なものだった。
魔獣辞典、魔物全集、魔植物図鑑、魔族系譜…
「《魔界誕生》《魔界史》《7大魔界》…こんな本もあるのね…
あの方、魔界に興味があるのかしら?冒険者を夢見ていたとか?」
今の世の中、冒険者は少ない。
五百年も前だろうか、魔族の存在も忘れ去られ、
脅威となる魔獣や魔物もあまり見かけなくなり、需要が減ったのだ。
「変な呪いを掛けるよりは、健全ね…」
だが、魔法が使えるというのは、羨ましい気もする。
時々、変に目がギラギラと光っているのも、魔法の力なのだろうか?
わたしは時間を持て余し、今まで考えないでいた事を考え始めていた。
祭壇で、わたしを包んだ光や、黒い薔薇の花びら、黒い馬車…
不思議な現象だった、あれも魔法だったに違いない。
そうでなければ、城に侵入し、無傷で済む筈が無いのだ。
「待って…馬車はどうやって、ここに来たのかしら?」
ここが城に隣接した場所だというなら分かるが、そんな事は有り得ない。
「!!」
わたしはそれを思い出し、窓辺に走り、見た目より重厚なカーテンを掴むと
力いっぱいに引いた。
窓から見える景色に息を飲む___
目下に広がる街並みは黒く、それを囲む森や山々も黒い…
空を覆う暗雲、その隙間に見えるエメラルド色の空…
「ここは、何処なの…?」
こんな奇妙な場所は知らない、いや、ある筈が無い…
これは、まるで、空想の世界だ。
体が震え、わたしは自分の腕を擦った。
『人間共』
『人間は成長過程で姿が変わると聞く』
『人間に疎い事を利用し、謀る気だな?』
『人間たちの流行りか?』
『人間の力を甘く見過ぎていた』
『育った環境の違い』
男の言葉にあった、数々の違和感が今になり浮かび上がった。
「あの人は…人間じゃない…?」
恐怖に襲われ、わたしは叫びそうになる口を両手で塞いだ。
叫んでいる場合では無い!
ここから逃げるのよ!!
わたしは扉に向かい、ドアノブを回した。
ガチャガチャ!!
いつもは簡単に開く扉が、急いでいる時には、どうして開いてくれないのか!!
「早く!開いて!!」
焦りながらもそれが開くと、わたしは安堵し、部屋を飛び出した。
何処に向かえば良いのか分からなかったが、
兎に角、この城から、あの男から逃げなければ…と、走った。
『キキ!キキキ?』
話し掛けて来るフードの者たちを無視し、わたしは階段を駆け降りる。
玄関を探していたが、自分が今現在、何処にいるのか分からず、
わたしは確認する為に、手頃なバルコニーに走り出た___
「!??」
かなりの階段を降りたつもりだった。
だが、そこから見える景色は、部屋の窓から見えた景色よりも、遠く小さい…
そして、強く風が吹き抜ける…
地上処か、ここは、城の上層階だ___!
「ソフィ、朝から元気なのは良いが、私や他の者を煩わせるな」
男の声に、わたしはビクリとし、バルコニーの手摺を掴んだ。
顔だけで振り返ると、思った通り、赤い目を眇め、仁王立ちした男の姿があった。
わたしは手摺を掴んだまま、「来ないで!」と叫んでいた。
男は「フン」と鼻を鳴らす。
「教えておいてやるが、ソフィ、逃げ出そうとしても無駄だぞ。
この城には、逃げ出そうとする者は上に行く様、呪いが掛けてある」
「!?そんな!酷いわ!!」
どうりで、幾ら階段を降りても玄関には辿り着けない筈だ。
だが、男はまたもや「フン」と鼻を鳴らした。
「私は捕まえた獲物を、見す見す逃す様な間抜けではない」
獲物!?
わたしはギョッとし、手摺に縋り身を縮めた。
「わ、わたしを花嫁に迎えるなんて、嘘ね!?
あの、憐れな幼虫の様に、わたしも食べる気なの!?」
「馬鹿を言うな、おまえなど食したとして、大して美味くもあるまい。
あの幼虫のプリプリとした肉と脂に対抗したいのなら、もっと肉を付けろ」
「わたしを太らせてから、食べるのね!?」
人でなしだわ!!
わたしが責める様に言うと、男は疲れた様に嘆息した。
「おまえは私の花嫁だ、食べるというのなら、それは別の意味だ」
「何を言っているの?分からないわ…人間の言葉を話して!」
「先程から人間の言葉を話しているだろう、通じ無いのは、おまえが未熟だからだ」
「わ、わたしの所為だというの!?こんな処に、攫って来ておいて!!」
「落ち着け、ソフィ、今のおまえは普通の状態では無い、錯乱している様に見えるぞ」
「わたしが錯乱しているというなら、あなたの所為よ!わたしを帰して!
帰してくれないなら、ここから飛び降りるわ!」
わたしは床を蹴って、胸の辺りまである手摺によじ上った。
そのまま、飛び降りてしまいたい衝動に駆られていた。
「ソフィ、飛び降りてもいいのか?死人を生き返らせる事は、私にも出来ないぞ。
誰だか知らないが、その男に、もう二度と会えなくてもいいのか?」
「!!」
わたしの内に、未練の様なものが沸き上がる。
「それでは…元居た場所に、帰して貰えますか?」
わたしが伺う様に見ると、男はマントを翻し、踵を返した。
わたしを元の世界に戻す位なら、わたしに死ねというの?
その非情な態度に、わたしは悲しくなり、涙が零れた。
「酷い…酷いわ…」
あまりのショックに、わたしは自分が何処にいるのかも忘れ、しゃくりあげ泣いていた。
手摺の上に跨るなど、不安定にも程がある。
強い風が吹き、わたしは簡単に体勢を崩した。
「きゃ!??」
嫌!!死にたくない___!!
空に投げ出されたわたしは、何かを掴もうと、必死に腕を伸ばした。
わたしの手は何も掴めなかったが、わたしを抱き止めた者はいた。
「!??」
固く逞しい腕がわたしの腹部に回され、背後からしっかりと抱きしめられている。
岩の様に固い腕、背中に感じる熱…
足元に地面は無かったが、わたしは自分が助かった事を強く感じた。
「おまえは、私を困らせたいのか?」
「いいえ…あなたが、冷たいから…」
「だから、死のうとしたのか?」
「いえ、死のうとしたのではなく、事故です、風が強くて…」
「風が強かっただと?まぁ、いい、そういう事にしておいてやる」
何故か、嘆息されてしまった。
嘘は言っていないのに、信じていない様子だ。
きっと、彼は、これまで、風で吹き飛ばされた事が無いのだろう。
頑丈そうだもの…
バルコニーに戻されたが、離しては貰えず、部屋の中まで抱えて運ばれた。
先の事もあり、わたしは反論出来ず、大人しく身を縮めていた。
だが、ベッドに放られた時には、流石にギョッとし、慌てて起き上がり、ベッドの上を這って逃げた。
「何もしない、少し寝て頭を冷やせ」
思い切り、呆れた溜息を吐かれてしまったが、前科があるのだから仕方ないと思って欲しい。
わたしは気まずく、おずおずと戻って来た。
何処の部屋だろうかと見回したが、自分の部屋で、自分のベッドだった。
あれだけ走り、階段を降り、上層階まで行ったというのに、元の部屋に戻って来ているなんて…
ああ、この城の造りも呪いも、全く分からないわ…
「あなたは、人間じゃないのでしょう?」
わたしはそれを聞いた。
彼は仁王立ちをしたまま、ベッドの脇に座るわたしを見下ろした。
漆黒の髪に、ギラギラとした赤い目、それに、この美しい造形…
そうよ、何故、人間だと思ったのかしら…
これ程、人間離れしているというのに…
「私が何者か、名乗っていなかったな、我が名はエクレール。
この魔界を統治する魔王だ___」
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