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本編

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ラウルへの想いは忘れるつもりでいたが、
気付くとわたしは、あの日惹かれた毛糸を求め、手芸店に立ち寄っていた。

以前あげたセーターをラウルが着てくれたかどうかは、聞いた事が無いので分からなかった。
ラウルはいつもスーツ姿だからだ。
深く考えずに編んだが、今思えば、スーツの中に着られる物にすれば良かった。
だが、マフラーならば普段使いにも出来る。
それに…

「マフラーだもの…特別な物ではないわ」

家族や友人に贈るには定番だ。
わたしは自分に言い訳し、手芸店に入った。

「シャーリー、いらっしゃい」
「こんにちは、この間、お祭りで見た毛糸ですが…」
「あの毛糸ね、まだ入っていないのよ、入り次第牧師館に届けるわ」
「ありがとうございます」
「二週間位掛かるかもしれないけど、いいかしら?」
「はい、構いません、お願いします」

わたしは数量を伝え、料金を払って店を出た。
他に買い物は無かったので、牧師館へ帰っていると、車が走って来て、
わたしの側で停まった。
ラウルの車では無く、それは赤いオープンカーだった。
町でオデットが乗っていたのを思い出したが、そこに乗っていたのは、
スザンヌとトマ、ポールだった。

「あら、誰かと思ったら、シャーリー?相変わらず、中年女みたいな恰好ね!」

スザンヌは侮蔑の表情を浮かべた。
そういうスザンヌたちは、まるで舞踏会にでも行くかの様に着飾っている。

「あなた、フィリップの事聞いた?あの女と離縁したのよ!
だけど、あなたの元に戻るなんて思わないでね?
この際、はっきり言っておくけど、フィリップは私と付き合っているの、あなたは身の程を知る事ね!」

スザンヌが高らかに笑い、トマとポールもいやらしく笑った。

「さぁ、行きましょう、これから、フィリップに会いに行くの、男爵家のパーティよ」
「じゃーな!おまえはこれでも食ってろ!」

トマがわたしに熟した赤い実を投げつけた。
咄嗟の事で避ける事が出来ず、わたしのワンピースのスカートを汚した。
三人の笑い声と共に、車は煙を上げ走って行った。
わたしは虚しさに嘆息し、汚れたスカートを見られない様に抱え、帰った。

あの時、わたしは自分の命を差し出す事に迷いは無く、正しい行いだと思った。
だが、彼らを見ていると、虚しくなった。
わたしが命を掛ける程の価値があったのか…

「いいえ、元はわたしの行動から起こった事だもの…
彼らがどう生きようと関係無いわ」

わたしは強く自分に言い聞かせた。
そうでなければ、わたしも救われない。

「これから先、誰かを愛し、素敵な家庭を持つかもしれないもの」


◇◇


初夏に入り、弟のジョシュアが卒業を迎え、《アエレ》に帰って来た。
ジョシュアは来年度から、隣町の神学校へ進む事が決まっていて、
牧師である父と母は、殊の外喜んでいた。
ジョシュアは明るく、家族の中心でもある。
その姿を見て、わたしも安心出来た。
わたしが居なくなっても、ジョシュアが居てくれると思うと心強い。


数日前からわたしは体調を崩していたが、その朝はとうとう熱が出てしまい、
ベッドから起き上がる事が出来なかった。
両親は教会の仕事へ行き、ジョシュアは牧師館の補修をしていたのだが…

「____!!」

昼前だった、悲鳴の様な声で、わたしは目を覚ました。
その直後「ドスン!!」と音がし、わたしは只事では無いと血の気が引いた。

「一体、何…?」

体を起こしただけで眩暈がしたが、わたしは気力を振り絞り、
重い体を引き摺り、窓辺へと向かった。
窓の外を覗いてみると、地面に蹲り倒れている人の姿を見つけた。

ジョシュア___!?

「ジョシュア!!」

わたしは窓を開け叫んだが、全く反応が無い。

「大変だわ…先生を呼びに行かなきゃ…!」

それを思い付くも、熱の所為で眩暈がし、わたしは足から力が抜けた。
側の机に掴まり、何とか立ち上がったが、とても満足に動ける状態では無かった。
部屋を出て、家を出て…診療所までの道のりが酷く遠く感じる。

でも、行かなきゃ!ジョシュアに何かあったら…!

両親がどれ程悲しむか…

「そうだわ、《妖精の薬》!」

飲んではいけないと言われている。
それに、飲めば、また一月、わたしは眠り込むだろう…
わたしに残された時間は少ない…

だけど、それで、大事な弟の命を救えるなら___!!

わたしは引き出しを漁り、それを掴んだ。
震える手で、小瓶から黒い粒を出し、口に入れ、飲み込んだ。

お願い___!!

瞬間、わたしの体に力が漲っていくのが分かった。
頭がスッキリと晴れ、あれだけ重かった体は、驚く程軽くなっていた。

わたしは部屋を飛び出し、診療所へと走った。
診療所と牧師館は然程離れていない。
それに、元々わたしは足が速かった事もあり、瞬く間に診療所に着いた。

「まぁ、シャーリー!?どうしたの?」
「先生を呼んで下さい!弟が屋根から落ちたの!呼んでも反応が無いの!」

カウンターに居た女性がわたしの剣幕に驚いたのか、直ぐに先生を呼んでくれた。
ヴィクトルを連れ、診療所を出た所で、丁度ラウルが往診から戻って来た。

「何かあったのですか?」
「ジョシュアが屋根から落ちたらしい」
「僕が行きましょう、先生は診療所を、患者が待っているでしょう」
「ああ、すまんな、シャーリー、ラウルに任せてもいいかな?」
「はい!ラウル先生、こちらです!」

わたしはラウルを急かし、牧師館へ走った。
ジョシュアは倒れて蹲ったままだ。

「ジョシュア!」

わたしはジョシュアの元に駆けつけ、膝を付いた。
ラウルは反対側に膝を付き、ジョシュアの触診を始めた。

「そのまま呼び掛けるんだ」
「はい、ジョシュア!起きて!ジョシュア!」

わたしが何度か声を掛けていると、ジョシュアの意識が戻った。

「ん…なに?」
「ジョシュア、君は屋根から落ちたそうだが、覚えているかい?」
「屋根?ああ、そうです、足を滑らせて…」
「体を起こせるか?ゆっくりだ…」

わたしとラウルでジョシュアを支え、体を起こさせた。

「いたたたた…体が痛い…」
「屋根から落ちたんだ、打撲だろう、他には?眩暈や頭痛は?」
「いえ、ありません…」
「立てるか?」
「痛っ!!若先生、足首が…」

幸い、ジョシュアは打撲と足の捻挫で済んだ。
暫くは安静にし、様子を診るという事になり、わたしとラウルでジョシュアを部屋へ運んだ。
わたしはラウルに、薬の付け方と包帯の巻き方を習った。

「もし、頭痛や吐き気を訴える様なら、僕かヴィクトル先生を呼びなさい」
「はい、若先生、ありがとうございました、姉さんもありがとう!」

ジョシュアは明るく言ったが、それに気付いた様だ。

「あれ?姉さん今朝から寝込んでなかった?熱は大丈夫!?」

ラウルの目が鋭くわたしを見た。
わたしはジョシュアに笑みを見せた。

「心配しないで、熱は下がったから」
「そう?だったらいいけど…無理しちゃ駄目だよ!姉さんは体が弱いんだからさ!」
「ええ、分かったわ、わたしも行くわね、何かあればベルを鳴らして」

わたしはジョシュアの枕元にベルを置いた。
ジョシュアは「はぁ…」と重い息を吐き、上掛けを被った。
ジョシュアは、病気一つしない、元気が取り得の若者だ、相当参っているのだろう。
気の毒に思いながら、わたしはラウルと一緒に部屋を出た。
だが、部屋を出た先で、ラウルは足を止め、わたしを覗き込んできた。

「熱で寝込んでいたのか?そんな風には見えないが…」

「先生、ごめんなさい…」

わたしは早々に降参していた。
変に隠すよりも、謝ってしまった方が楽だ。

「ジョシュアは屋根から落ちて意識も無いし、両親は教会へ行っているの…
どうしたらいいか、分からなかったし…わたしでは、先生を呼びに行けなくて…
それで…《妖精の薬》を飲んだの」

瞬間、ラウルの表情が険しくなった。
わたしはビクリと身を縮めた。

「ジョシュアを助けたかったの!」
「だからといって、危険だと分かっている薬を飲むなんて…」
「それでジョシュアが助かるなら、構わないわ!」
「だが、その為に、君が一月昏睡状態になっては、家族が悲しむだろう?」

前回、母が酷く心配していたのを思い出す。
わたしは視線を落とし、唇を噛んだ。

「ジョシュアに何かあるよりはいいわ、家族もそう思う筈です。
わたしは生きていても、ジョシュア程、役に立たないもの…」

ラウルの大きな手が、わたしの頬を軽く叩いた。
わたしは驚き、目を上げた。
ラウルは厳しい目をしていた。

「そんな事を言うものではない、君の両親やジョシュアは、君を愛している。
それが分からない筈は無いだろう?
僕からすれば、羨ましい程だ、だから、叩いた事は謝らないよ」

ラウルがその手でわたしの頭をぽんぽんと叩く。
まるで、子供にする様に…
だが、確かに、わたしは子供みたいな態度を取ってしまった。
愛されずに育ったラウルを気遣う事もせずに…
元気で明るくて、両親から頼りにされるジョシュアが、羨ましくて…

「ラウル先生、ごめんなさい…」

「許そう、僕も君が薬を飲むのを止められなかった。
目の前でこんな事が起これば、怖くなって当然だ。
実の所、君が早く知らせに来てくれて良かった、一つ間違えれば、
後遺症が残るかもしれない処だ、ジョシュアは君に感謝するべきだな」

ラウルの表情が和らぎ、わたしは安堵した。

「だが、今後、その薬は飲まないで欲しい」
「でも、これで、助けられるなら…」
「これをジョシュアが知ればどう思うか、想像付かないのか?
君の自己犠牲と引き換えだと知れば、誰も喜ばないよ。
分かったら、残りの薬を出しなさい」

ラウルが手を差し出す。
わたしは頭を振った。

「薬は妖精に返します、妖精から貰った物だもの…」
「妖精には、どうやって会うんだ?」
「妖精は気まぐれですから、気の向くままに、部屋を訪ねて来ます」
「危険は無いんだろうね?」

ラウルが顔を顰めるので、わたしも唇を突き出し、彼を睨んだ。

「危険なんてありません!それに、彼女は友達だもの!」
「だが、そんな危険な薬を持っている位だ…」
「わたしの為に持って来てくれたんです!わたしが望む事を、叶えられる様に…」
「一月、昏睡するのと引き換えにだ」
「分かっています!彼女も注意してくれたわ、よく考えて使ってと…」

ラウルは嘆息した。
それから、胡乱な目でわたしを見た。

「まぁ、いい、それで、君はまた一月、昏睡状態になるのか?」

「はい、明日のこの時間には…
ラウル先生、家族には、前回と同じ症状だと話して頂けますか?
心配はしないで大丈夫だと…」

「一月で目が覚めるという保証は無い、だが、なるべく心配はさせない様に伝えよう…
君の家族が心労で参ってしまうからな」

ラウルは完全には信じていないのだ…
それを悲しく思いながら、わたしはラウルに「お願いします」と頼んだ。
他に頼める人はいないのだから___

「それから、シャーリー」

「はい」

玄関ポーチを降りたラウルは、思い出した様にわたしを振り返った。

「叶えたい事があるなら、今後は僕に言いなさい、いつでも力を貸すよ。
薬を使うよりは余程良いと思わないか?」

ラウルが優しい笑みを見せる。
親切な申し出に、わたしの胸は震えた。
だが…

先生には無理だわ。
わたしの望みを叶える事は、誰にも出来ない___

わたしは微笑み、「はい」と答えたが、ラウルは頭を振った。

「君は強情だ」

「先生は疑り深いのね!」

ラウルは「ふっ」と笑うと、わたしの頭をポンポンと叩いた。
まるで子供にするみたいに…
わたしは去って行く彼の後ろ姿を見つめた。


わたしが望みを言えば、困るのはラウルだ。

わたしの望みは…

先生に抱かれる事だから___


「わたし、あなたの子が欲しいの…」

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