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本編

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翌日の午後、庭に出ていると、
「シャーリー」と、名を呼ばれ、わたしはドキリとした。

柵の向こうに、ラウルの姿があり、わたしは立ち上がると手に付いた土を払い、
彼の元に向かった。

「ラウル先生、あの、この間は…」
「この間は悪かったね」

早く謝ってしまおうと思ったのだが、ラウルが遮った。
わたしが上目に伺うと、ラウルはいつも通り無表情で感情は読めなかったが、
その声は落ち着き、優しい声色だった。

「余計な事を言ってしまった、話を聞くと言っておいて、酷い相談役だった。
クビにされても仕方が無いな」

「ええ…でも、クビは撤回しますわ、先生がお嫌でなければ…」

「正直、迷ったが、ビスケットが美味しかったから、続ける事にしよう」

わたしは小さく笑った。

「それは本当ですか?先生は嘘吐きだもの、信じられないわ!」
「本当だ、昨日は女性が二人居たから、彼女たちに譲ったがね、皆喜んでいたよ」
「良かったわ!」
「後で皿を返しに来るよ」
「お皿は、寄られた時で構いません」

ラウルは頷いた。
それから、少し逡巡した後…

「また余計な事になるかもしれないが…
結婚は一人では出来ない、相手の協力があってこそ成り立つものだ。
心を開き、彼と良く話し合ってみなさい」

結婚願望は無いと言い切った人とは思えない助言だ。
だが、わたしの為に考えてくれたのだと思うと、うれしかった。
それに…

《心を開き》

ラウルは、わたしがフィリップに隠し事をしていると、気付いているのだろうか?
だが、ラウルが信じなかった事を、フィリップが信じるとは思えない。
わたしは躊躇いがちに頭を振った。

「フィリップは信じませんわ、ビスケットも嫌いなんです」

「だが、愛があれば乗り越えられる」

ラウルが当然の様に言い、わたしは息を飲んだ。

愛があれば___!

わたしの目の前に一筋の光が差した気がした。

「はい…その通りです、愛こそ全てですもの、きっと、そうですわ!」
「いや、今のは撤回しよう」
「何故ですか!?先生のおっしゃる通りですわ!」

愛があれば、お互いに想っていれば、何か方法はある筈___

「君は、何というか、危険な気がする」
「分からないわ…」

頭を振るわたしに、ラウルは嘆息し、心配そうな目を向けた。

「いつも君が思った通りの結果になるとは限らない、世の中は複雑だ。
あまり期待はしない様に…」





「ラウル先生はわたしを、夢見る少女だと思っているんだわ!」

夜、わたしはレナにビスケットを出しながら、不満を零した。

『あら、その人、シャーリーを良く分かっていると思うわよ』
「そうかしら?」
『目をキラキラさせて、結婚して子供を産むって言ったかと思えば、
上手くいかなくて、塞いじゃう、とってもピュアだわ』

確かに、わたしの計画した事は、何一つ上手くいっていない。
喜んだり、落ち込んだり、そんな事ばかりだ。

『あたしは、シャーリーのそういう処が好きよ』

レナが言ってくれ、わたしは機嫌を直した。

「ありがとう!わたしもレナのそういう処が大好きよ」

わたしたちは笑い合い、一緒にビスケットを食べた。


◇◇


二週間が経ち、フィリップから手紙が届いた。
そこには、刺繍の礼と、それから、隣町の祭典への誘いが書かれていた。

町を挙げての祭りで、三日間、町の大通りや広場を使い、出店が並び、
パレードやダンス、様々な催しが行われるという。

《一日で良いから、出て来ないかい?》
《君にも見せたいんだ!》
《楽しいよ!》

「フィリップに会える!」

祭典は一月後だ。これを逃すと夏休暇まで会えないだろう。
何とかフィリップと結婚について話をしなければ…

わたしは手紙を持ち、急いで、両親の元へ走った。

「お父様、お母様、フィリップが隣町の祭典に誘ってくれたの!
一月後よ、行っても良いかしら?」

わたしは当然良い返事を貰えると思い話したのだが、
前回、隣町から帰って来て寝込んだ事もあり、両親は難色を示した。

「おまえ一人で行かせるのは心配だな…」
「でも、婚約者の誘いを断るのも良くないわ…体が弱いと思われるわ…」
「体が弱いのは本当じゃないか、正直に話すべきだろう」
「駄目ですよ!シャーリーが結婚出来なくなるかもしれないのよ!」
「だが、シャーリーには無理だよ…」
「何か良い言い訳を探しましょう…」

両親は、わたしが目の前に居る事も忘れ、相談を始めた。
わたしは普段、両親や周囲の顔色を窺っている様な人間だ。
いつもであれば、簡単に従っただろう、だが、今のわたしは、どうしても譲れなかった。
わたしは強く望みを口にした。

「お父様、お母様、お願いです、行かせて下さい!どうしても、フィリップに会いたいの!」
「今無理をしなくても、夏に戻った時に会えばいいじゃないか」
「そうよ、もし、会っている時に具合が悪くなったらどうするの?フィリップだって困るわよ」
「フィリップと会っている時は、絶対に大丈夫だから___」

わたしには、レナたちに貰った《妖精の薬》がある。
両親が懸念する事は避けられる自信があった。
但し、帰ってからまた寝込むかもしれないが、それでも構わない___!

わたしが真剣に頼むので、両親は渋々だが条件付きで許してくれた。
その条件というのは、お酒を飲まない事、周囲に合わせ騒がない事、
陽が沈みきる前に《アエレ》に帰って来る事だった。

フィリップへの返事にそれを書くと、フィリップからの手紙では…

《夜には花火もあるのに、見ないなんて、どうかしているよ!》
《宿は僕が取ってあげるから、泊まって行くといいよ》
《不安なら、誰か誘うといい》

両親はフィリップに信頼があり、「日帰りよりは体にもいいだろう」と賛成してくれた。
わたしはジェシカを誘おうと、ジェシカに手紙を書いた。
ジェシカは喜んでくれ、お礼にわたしにドレスを貸してくれると約束した。


手紙から数日と経たずに、ジェシカはドレスを持ち、牧師館を訪ねてくれた。

「私が以前に作ったドレスよ、シャーリーに似合うと思っていたの、
サイズを少し直せば使えるわ」

淡い緑色のドレスで、白いレースやフリルがセンス良く飾り付けられている。
派手過ぎず、それでいて質素という訳では無い、清楚で上品なドレスだ。

「素敵だわ…本当に使わせて貰っていいの?勿体ないわ…」
「大丈夫よ、シャーリーに着て貰って、皆から賞賛されたいの!」
「わたしでは役不足よ、でも、ありがとう、ジェシカ、これを着ると自分に自信が持てそうよ…」
「その意気よ!フィリップだって、メロメロになっちゃうわよ~」

ジェシカはドレスを合わせ、直す処をチェックすると、「二週間後までには直すわね!」と
速攻で帰って行った。


全てが順調に進んでいたのだが、祭典の十日前になり、
わたしは体調を崩し、熱を出し、ベッドで過ごす事となってしまった。

「ああ、どうか、熱が下がりますように…」

高熱では無かったが、頭痛がし、嫌な咳も出ていた。
こんな状態では、とても祭典には行けない。
《妖精の薬》を使って、その日だけ元気になったとしても、
両親が外出を許してくれるとは思えない。

「わたしには時間が無いのに…」

これを逃すと、この夏に結婚する事は難しくなる、
子供を産める可能性も無くなってしまう___!

弱気になり、上掛けを被り、泣いていると、部屋の扉が叩かれた。

「シャーリー、ラウル先生が来て下さったわよ」

わたしはビクリとし、固まった。

「すみません、眠っている様ですわ…」
「少し待ってみましょう」
「紅茶をお持ちしますので、お掛けになって下さい」

話が聞こえ、扉が閉まった。
人の気配に息を殺していると、ラウルが近くに来たのが分かった。

「シャーリー、起きているんだろう?」

声を掛けられ、わたしはビクリとしてしまった。

「泣くと余計に疲れるだろう、
元気になりたいなら、悲観していないで、明るく考えなさい」

ラウルは感情を操れるとでも思っているのだろうか?
逆に、わたしの感情は堰を切った。

「そんなの、無理です!もう、間に合わないわ!」

「諦めてはいけない、その為に僕がいる、さぁ、診よう」

ラウルの落ち着き払った声とその言葉に引き摺られ、
わたしはノロノロと上掛けから顔を出した。
きっと酷い顔をしているだろう、だが、ラウルは何も言わず、わたしの手を取り、
脈を診た。

「熱もあるな、他に症状は?」
「頭痛と、咳が少し…」
「体を起こすよ…」

ラウルは起き上がるのに手を貸してくれ、診察してくれた。
触診を終え、ラウルは鞄から薬を取り出した。

「薬を出そう、温かくし、しっかり食べて、しっかり眠るように…」

ラウルに薬を貰い、それを水と共に流し込んだ。

「祭典に、間に合いますか?」

「間に合うように頑張ろう、だが、もしも間に合わなかった場合には、
僕が彼を連れて来てあげよう」

ラウルは簡単な事の様に言う。
フィリップは病人を見舞うのが嫌いだ。
だが、ラウルが言うと、本当にそうしてしまうのでは…と思えた。

「…ラウル先生、ありがとう…魔法使いみたい…」

つい、零した言葉に、ラウルが「ふっ」と笑った。
また、子供っぽい事を言ってしまった…
わたしは顔を赤くし、上掛けで顔半分を隠した。

ラウルが布を水に浸し、絞って、わたしの顔を拭いてくれ、額に乗せてくれた。

「しっかり眠りなさい、夢の中で会おう、お姫様」

その言葉に誘われるかの様に、わたしは眠りに落ちた。

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