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本編
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しおりを挟む祈りが届けられたのか、わたしを逮捕しに来る者はいなかった。
両親もいつもと変わりが無かった。
だが、翌朝、学校へ行くと、違っていた。
「盗人!」
「良く学校に来れたな!」
「こいつ、花を盗んでたんだぜ!」
「おまえらも気を付けろよ!」
一部の子供たちが騒ぎ立て、わたしを責めた。
わたしは恐ろしく、黙って席に座っているしか出来なかった。
「シャーリー、大丈夫?」
隣の席のジェシカが気に掛けてくれたが、わたしは小さく頷くしか出来なかった。
その時、「止めろよ、皆!」と、声を上げてくれたのが、フィリップだった。
フィリップは、トラバース男爵の子息だ。
《アエレ》で唯一の貴族一族で、先祖は町の開拓者にも名を連ねており、
一族、一家は、町の者たちから尊敬されていた。
そんな事情もあり、フィリップは子供たちの中心的存在でもあった。
「女の子だよ、花を摘む位するさ」
「フィリップ!盗人を庇うの!?」
高く鋭い声を上げたのは、赤毛で二歳上のスザンヌ=オノレ。
スザンヌの家は裕福層の資産家で、町では権力を持っている。
それ故、彼女は女子の中心的存在だった。
「可愛いじゃないか、スザンヌだって、花を摘んだ事位あるよね?」
「ええ、でも、他人の花は摘まないわ!」
「他の人の庭だって知らなかったんだよ、ね?シャーリー」
フィリップに聞かれたが、わたしは返答に困った。
話が根本的にズレていたからだ。
「庭の花じゃない…」
わたしは頭を振った。
「そうさ、こいつは、森林の花畑の花を盗ったんだぜ!」
誰かが言い、皆は騒然となった。
「いやー――!」
「呪われる!!」
「やだ!!恐ろしい!!」
その騒ぎの所為で、わたしは再び教師に呼ばれ、更に厳しく注意をされた。
「森林へ行ってはいけません!花畑も駄目です!
守れないなら、ご両親に話さなくてはいけませんよ!」
両親に話されるのは困るので、わたしは「分かりました…」と頷いた。
皆は「近付いたら呪われる」と、わたしを避けたが、ジェシカとフィリップは違った。
「迷信だよ、気にする事は無いさ」
「ありがとう、フィリップ」
「うん、また明日、シャーリー!」
フィリップは白い歯を見せ、明るく笑い、去って行った。
「彼、絶対にシャーリーに気があるわよ!」
ジェシカがわたしの腕に自分の腕を絡ませ、言ってきた。
「そんな、まさか!まだ、出会ったばかりよ?」
「あら、恋に落ちるのに、時間なんて関係ないわ!
私の伯母は出会った途端に恋に落ちて、半年足らずで結婚しちゃったのよ?」
「本当!?凄い!」
ジェシカは伯母の生き方に憧れていて、良く話していた。
十歳の時、独りで汽車に乗り、大きな町まで行き、三日間冒険した事。
寄宿学校や上の学校を優秀な成績で卒業し、資産家の秘書になった事。
裕福層の集まるパーティで、恋に落ちた伯爵と身分の差を乗り越え結婚した事。
その二年後、出産時に母子共に亡くなった事も___
とても現実に起こり得ないサクセスストーリーで、ジェシカが憧れるのも分かった。
尤も、わたしならば、そんな華々しい人生は気後れしてしまうけど…
ここに来るまでは、もっと大きな町に住んでいたが、騒々しくて好きになれなかった。
落ち着いた、自然豊かなこの町の方が、自分には向いている気がした。
「それにしてもシャーリー、あの花畑から花を盗むだなんて!凄いじゃない!
そんな度胸のある子は、あなたが初めてよ!友達になれてうれしいわ!」
冒険好きなジェシカは、皆と反応が違っていた。
茶色の瞳をキラキラとさせてわたしを見ている。
「違うのよ、ジェシカ…
森林が危険な場所だという事は知らなかったし、花畑の花は盗んだんじゃないの…
妖精に貰ったの」
「妖精!?どういう事!??」
わたしはレナとの事をジェシカに話した。
ジェシカは更に目を輝かせた。
「凄いわ!あなた妖精が見えるの!?ああ、羨ましい!私には見えないかな?」
「分からないけど…もう、花畑には行ってはいけないって言われたし…」
「でも、花を飾ったら、部屋に来てくれるんでしょう?」
「うん…」
「私、週末、泊まりに行ってもいい?妖精に会わせて欲しいの!」
「いいけど、妖精の事は内緒にしてくれる?皆、信じないし、両親に知られたら怒られるの…」
「分かったわ!約束する!」
ジェシカが約束してくれて、わたしは安堵した。
牧師館に帰り、わたしはコップに水を入れ、部屋の窓際に置き、花を挿した。
黄緑色のしっかりした茎から、オレンジ色の大輪の花が咲く。
レナの目の色の様だ。
「レナに会えますように」
わたしは祈った。
◆
レナは夜になり、部屋に来てくれた。
窓を少し開けておくと、入って来られる様だ。
「レナ!来てくれてありがとう!」
『ここが、シャーリーの家?面白いわね』
わたしは机の引き出しに隠しておいたビスケットを取り出した。
「レナ、ビスケット食べる?」
『ありがとう、頂くわ』
わたしはジェシカの話をした。
「週末にジェシカが泊まりに来るの、レナも来てくれる?あなたに会いたがってるの」
『来てあげてもいいけど、その子には見えないかもね』
「どうして、見える子と見えない子がいるの?」
『あたしたちが身を守る為よ、妖精が大好きで、心に汚れが無ければ見えるかもね?』
「ジェシカはとっても良い子なの!きっと見えるわ!」
『そう、あたしも会えるのが楽しみだわ』
だけど、そんな楽しい週末が訪れる事は無かった。
週末を待たずに、事件が起こったのだ。
「男の子たち、森林に行くって言ってたわ、シャーリーの所為よ」
学校が終わり、ジェシカと教室を出た所で、スザンヌに言われた。
ジェシカは顔を顰めた。
「それがどうして、シャーリーの所為になるの?」
「シャーリーに出来て、自分たちに出来なかったら、負け犬だって言ってたもの!」
「そんなの、勝手に言ってるだけじゃない、シャーリー、行きましょう!」
ジェシカはわたしの腕を組み、校舎を出た。
「シャーリーが気にする事無いわ」
「でも、何かあったら…」
「私たちも行ってみる?」
「どうしたの?」
わたしとジェシカが話していると、フィリップが声を掛けて来た。
「フィリップなら、男の子たちを止められるわ!」
わたしたちはフィリップに一緒に行って貰う事にし、男の子たちを追って森林へ向かった。
花畑まで来て、一部が荒らされているのに気付いた。
花たちが踏み潰され、折られている。
「酷いわ!!」
わたしは声を上げていた。
レナは大丈夫だっただろうか?
「レナ!レナ、大丈夫!?出て来て!」
わたしは呼んだが、レナの姿は無かった。
「いたぞ!!倒れてる!!」
フィリップの声に、わたしは我に返った。
森林の入り口付近で、三人の男の子たちが地面に蹲り、悶えていた。
「く、苦しい…」
「たすけて…」
男の子たちの周囲には、赤い実の様な物が散らばっている。
「きっと、これを食べたんだよ!」
「私、お祖父ちゃんを呼んでくる!」
「僕も行くよ!誰か大人を呼んで来なきゃ!」
ジェシカとフィリップは走って行ってしまった。
わたしは残ったが、苦しんでいる子たちに、どうしてあげたら良いか分からなかった。
『シャーリー!』
呼ばれて、わたしは瞬きした。
いつの間にか、レナが目の前に居た。
「レナ!ああ、良かった!無事だったのね…
お願い、彼らを助けてあげて!酷く苦しそうなの」
だが、レナは頭を振った。
『駄目よ、彼らは花畑を荒し、森林の物を食べた、女王様は大変お怒りよ』
「彼らはどうなるの?」
『苦しんで、苦しんで、朝には命も尽きるでしょうね』
「そんな!どうか、助けてあげて!」
『何故?あなたにとっても、敵でしょう?居ない方が良いじゃない』
わたしの頭に、彼らに言われた事やされた事が思い出された。
だけど、わたしは頭を振った。
「違うの!友達ではないし、酷い事を言われたけど…
彼らがここに来たのは、わたしの所為なの!
わたしがここに来たから、皆も来たくなったの、だって、ここは、特別な場所だもの…
皆、特別なものに憧れる…自分たちが来た印を残したくなる…」
わたしも、最初に来た日には、花を手折ろうとした。
だから、誰にも話してはいけなかったのね…!
「全部、わたしの所為なの!ごめんなさい!お願い、皆を助けて!
わたしが代わって罰を受けるから!」
わたしが叫んだ時、目の先に明るい光が見えた。
それは、ゆらゆらと揺れながら、人の形に変化した。
人間の大人位の大きさだが、この世のものとは思えない、彫刻の様に美しい女性___
『女王様よ!』
レナが言い、わたしは目を見開いた。
女王は冷めたい表情をし、素っ気ない口調で言った。
《代わって罰を受ける?分からぬな、おまえは命が惜しく無いのか?》
「それで、皆が助かるなら、わたしはどうなってもいい…」
『駄目よ!シャーリー!あなたが死ぬ事は無いわ!』
「いいの、だって、皆が死んじゃったら、わたしは生きていられないわ…」
自分の所為で皆が死ぬのだと思うと、耐えられなかった。
『駄目です!女王様!シャーリーは子供で、どういう事か分かっていないの!』
レナは止めようとしたが、女王はまるで聞こえていない様で、わたしをじっと見つめ、微笑んだ。
《面白い、シャーリーとやら、おまえの命を貰う事にしよう》
《これより、おまえの命は、少しずつ衰えていく》
《それは、おまえの二十歳の誕生日に、完全に尽きるであろう》
◆◆
目覚めた時、わたしは彼らと一緒に倒れていた。
わたしたち皆、ここ数日に起きた、騒動に関する記憶を失っていた。
自分たちが何故、この様な場所で倒れているのか、倒れた原因さえも謎だった。
誰も何処も悪い処が無く、眠りから覚めただけに見えた。
ジェシカもフィリップも、自分たちが何故大人たちを呼んで来たのか、思い出せなかった。
駆けつけて来た大人たちも、その理由を忘れ困惑した。
ジェシカの祖父で医師のヴィクトルも同じで、何故駆けつけたのか思い出せず、頭を捻ったという。
わたしは、妖精や花畑に関する記憶、全てを失っていた___
その事を、何故、突然、思い出したのか…
「きっと、女王様が、思い出させてくれたのね…」
残り少ない命を、知らせる為に___
わたしは震えながら指を組み、固く握った。
あの時は不思議と怖くなかった。
正しい事をしていると、当然の事だと思えた。
だけど、今は、怖い___!
応援ありがとうございます!
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